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俺をバ美肉させないで  作者: 天才川 スプリーム太郎
14/41

14 夜の住宅街に笑い声

 放課後。

 俺たちは装置を仕上げていた。

 ビニールを一度広げ、レースカーテンで代用していた背後に当たる面積に白いスプレーを吹きかけて再度丸める。


 できあがったものを眺める。

 透明のようにも不透明のようにも見える筒を黒い土台が上下から押さえている。

 なにも知らない人間が見たら凝った水槽とでも思うだろう。


「できたじゃん」


 ビニールシートと装置上部は固定されていていっしょに持ちあがる。

 上の台ごと筒を傾けてなかに入り、持ちながら土台に乗って、円形の隙間に嵌めれば立体映像のできあがりだ。


「できた。けど、これ、どうやって運びこむんだ? 舞台袖まではいいけど、そっからステージのなかまで。照明消してもさすがに見えるだろ。おまえ一人で俺の体重ごとは押せないし、俺はぱふぇ子の格好してるからいっしょに押して出るわけにもいかないし」

「最初から入った状態で台車かなんかに乗せてステージ中央まで運べばいいじゃん。台車あるよ、向かいの部屋の用務員さんが階段の脇に置いてる」

「そんなもんのうえでどうやって踊るんだよ」

「そっか」


 考えてみれば当たりまえのことなのに、実際ぶち当たらないと気づかない問題ってのもあるもんだ。


「まず土台のしたにフェルトみたいなの貼れば、人が入ってない重さなら簡単に押せるだろ。それならおまえが横から押したとき滑るのを助けてくれるし、俺が踊ったときに音を消すクッションにもなる」

「フェルトねぇ。また買い物か」

「百均で売ってるだろ。んで全体にこう、幕を被せてだな、二人してそれに隠れてだな。俺は筒に入って歩いて、おまえは土台を押しながら歩いて、ステージ中央まで行ったらおまえだけが押してましたよみたいな顔して出ていって、そのうしろで隠れたまま俺が土台のうえに乗って」

「手品みたい。なんかゴソゴソしてバレそうだな」

「じゃあ本当に手品で隠すときみたいに長い棒から布を垂らす感じにするとか」

「いまいち気に食わないけど、まあいいか。じゃ、幕を手に入れないとな」

「買わないのか?」

「だから金ねぇって言ってんじゃん。えげつなく使ったから」

「だってそんな無くなる? 儲かってるだろ。いくら払ったか知りたくないけどさ」

「金の使い道はコラボ代だけじゃねぇから。ぱふぇ子のモデル代の借金も、親に返さないといけないし」

「親に?」

「月ごとでな。いくら失業中のフリーの人材でも、あれだけのモデルを作らせたらガキの小遣いじゃ払えねぇよ」


 そうなのか。


「それに金使うと、不機嫌になるじゃん」


 小声でつけ足す。

 俺か? 不機嫌にまではなってないだろ。


「きっちり取り立てられてるからあんたが思ってるより金ねーの。羨ましいよ。あんたの親父さんはいいよな」

「親の職業で羨ましがられても。失業してたんだからな」


 エコはめずらしく歯切れの悪い相槌を打った。

 なんだ?

 あんま突っ込むと金、折半にしようとか言われるやつか?


「じゃあ幕はシーツ……じゃ小さいか。百均でレジャーシートでも買ってきて繋ぎあわせるか?」

「おまえ百均好きだな。やだよレジャーシートってみすぼらしい。晴れの舞台だぞ。ないならあるとこから借りてくればいいじゃん」




「透けない幕? 三メーター四方くらいの? できればマジックショーで使うような赤と黒のビロードっぽいかっこいいやつ? ええ、ありますよ」


 エコが評するに「カラスを飼ってそうな女」って外見の演劇部員は答えた。

 演劇部の部室まえで適当な部員を捕まえ呼びだしてもらった彼女が、道具係で演劇部の備品すべてを管理しているそうだ。


「それ貸してくれません? 絶対返すから」


 絶対返せよ。


「駄目です」


 先輩は断言する。

 最近上級生を相手にしてばっかだな。エコはまったく物怖じしないが。


「なんでよ? 使ってんの?」

「使ってませんし近々の演目では使う予定もありませんが、部外者に貸して壊されでもしたら大変です」

「壊れるかよ。布だぞ布。大事に扱いますから。うえでお菓子食べたらちゃんと粘着コロコロしときますから」


 食うなよ。


「駄目です。演劇部の大道具小道具はすべて完璧に管理されていなくてはいけないのです。布一枚から剣の一振りにいたるまで。そうやって代々大事に守り、積みかさねてきたから限られた予算のなかでもこれだけ充実した道具を揃えられているのです」


 半身になって部室内を見せる。

 部員たちは格好こそジャージだったが、手にはそれぞれ剣のようなものを持っていた。

 その輝きは鋭さと重さを想像させる。

 演劇の小道具と聞いて考えるアルミホイルとか色紙とかとは一線を画していた。

 道具係は間口に腕を掲げ、歌うように続ける。


「そして来たる日に取りだされ、演者といっしょに舞台に上がったとき、それらは魔法をかけられ命を得て動きだす。そこまでエスコートするのが私の役目。そう、私はこの演劇部の道具の精である。私の守る宝に触れていいのはダイヤの原石のような役者だけなのだ!」


 そう叫ぶと笑いながら扉を閉め、低く響かせる声を塞きとめて姿を隠してしまう。

 さようなら。


「あーもう!」


 歯軋りの音がする。隣で髪が振り乱された。


「なんでこの学校の連中はグダグダ言ってあたしを困らせるんだ!」


 それはおまえが無茶ばっかり言うからだ。自覚ないの? 怖っ。




 下校時刻が過ぎ教師もあらかた帰り学校全体の明かりが落とされて、俺たちはやっと部室から這いだした。

 これからやることを考えて、動きやすいよう二人ともジャージのままだ。


「なーやめようぜ。盗むなんて」


 普通の音量でも制御できないのだから、小声ではどうやってもエコを止められないだろう。


「ちょっと借りておわったら返すだけだろ。ビビるなって。学校にあるもんなんて基本生徒の共有の財産だろ」


 傘とか盗むやつの言い分。


「おまえそのうちぱふぇ子とか関係なく炎上しそうだな」


 廊下のさきを確認しながら進み、階を昇っていく。

 演劇部は四階の端。

 俺たちは一階の逆側にある電子工作部から校舎を横断しなくてはならない。

 エコは指で鉄砲を作り特殊部隊の真似をして訳のわからないハンドシグナルを出しながら先行している。

 それはキツネだろ。


「よし、頼むぞ」


 なにごともなく辿りついた演劇部のまえで言われ、俺はため息をついてしゃがみこむ。


「むかしネットで見て練習しただけだからな。無理かもしんねーぞ」

「うちの部室のは開いたじゃん」

「ものによっては……。おい、ちょっと回る方向に力かけといてくれ」

「こう? こっちだっけ? お、お、おおー」


 いっそ開かなきゃいいなと思っていたのに、鍵穴がズリズリと回ってしまう。


「カチリって言わないんだな」

「そんな鮮やかなもんじゃない」


 学校って場所には古いものがいつまでもある。

 しかし内側のどうでもいい部屋の一つとはいえ、こんなに簡単でいいものか。いまどき自転車だってもうちょっと強固な鍵をつけてるぞ。

 俺たちはなかに入るとスマホの明かりを頼りに舞台道具を漁りだした。

 整理はされているのだろうが、明かりのしたで見たことがない部屋だ。手探りに近い探しかたになる。

 後ろめたさはいいからさっさと見つけてさっさと逃げよう。

 もし見つかったらエコを差しだして減刑されよう。


「ねーねー」

「ん? 見つかっ……」


 驚きのあまり叫び声が出なった。

 そのかわり跳ねあがった脈拍が喉まで上っていって吐息になって抜けだす。

 部族風のお面の横からエコが顔を覗かせる。

 くしゃくしゃと目元を波立たせ、小声でキャッキャと笑い声をマスクにぶつけている。

 信じられねーこいつ。

 ふざけてはいけない場面でふざける人間の感覚は本当にわからん。


「おまえ高いところとか平気だろ」

「おー」

「ホラー映画とか好きだろ」

「好きー。なに? なんの心理テスト?」


 こっちが知りたい。

 てことはホラーゲームを実況して大声で怖がってる動画、あれは演技か。

 いつかリークしてやるからな。


「おっ」


 エコが上げた声が思考を打ちきった。


「見ろ。や、ほんとにもう違うから見ろってこれ。幕より全然いいもの見つけた」


 エコがしゃがみこんだ膝元には、監視カメラを大きくしたような機械が二つ並んでいた。


「なんだこれ」

「これスモークマシンだわ。むかし見たことある」

「燻製ブーム……」

「テレビとかで派手に登場するときのやつな。ドライアイスって言われてる。ほんとは違う液剤を使うんだけど。しかもリモコンつきだわ。マジに気合入った演劇部なんだな。そこまで高いもんじゃないけど」


 そう言いながら、エコは最近使いまわしている紙袋に機械を詰めだす。


「なにやってんだよ」

「目隠しするのにこっちのがいいじゃん。照明落として両脇から舞台全体ぶわーってしてさあ。そのあいだにさーっと真ん中まで移動して。こりゃ手品の真似よりずっと豪華になるぞー。いやー運がいいわ」


 ゲームでレアなアイテム拾ったくらいの感覚だ。

 俺の鞄の口を開け、もう一台を入れるというか挟む。


「壊したらおまえが弁償しろよ」

「えー。そりゃ厳しいよー」

「軽さで言いあいの余地があるみたいな感じ出すな」


 俺たちは部室を出、鍵を閉めなおし、帰路につく。

 収まりが悪く、持ち手の紐が不均等に引っぱられるらしい、エコはいつまでも紙袋をがさがさやっている。

 それを気にしながら階段への角を曲がったときには、懐中電灯で顔を照らされていた。


「うわっ」

 声を上げたのは相手のほうだった。

 俺はとっさに鞄を後ろ手に隠し、妙な冷静さで相手の様子を観察していた。

 知っている男、保健室のイメージ、養護教諭だ。

 最初の体育でいきなり怪我をしたやつのつき添いで保健室に行ったときに会った。

 甘いタイプの保健の先生ってやつなのか、具合も悪くなさそうなのにベッドに腰かけている生徒が何人かいた。


「こら、君たち。駄目じゃないかこんな時間まで。なにしてたんだ」


 怒りなれてない人間が頑張って怒っているって声。

 と言っても相手も仕事だ。ただで見逃してはくれないだろう。

 職員室まで連れていかれて明るい場所でパンパンの鞄や紙袋を検められたらさすがにおわりだ。

 いろんなことが頭のなかを駆けめぐる。

 弁償とか、警察とか、退学とか。

 緊張で顔が強張り、唇が戦慄く。

 この数日練習してきた表情のどれも出てこない。

 たった一人を目のまえにしてこれか。

 こんなことで本番、百人からの人間を騙せると考えていたなんて。

 絶望する俺と同じように後ろ手に紙袋を隠しながら、エコがひとつ鼻をすすった。

 こんなときだってのに、まだ尻のうしろで紙袋のなかを手探りしている。


「ごめんなさい。私たち、鞄を探していたんです」


 消えいりそうでいて聞き逃さない、絶妙な声音で語る。


「鞄?」

「彼女の鞄、隠されちゃって。それをずっと探してたんです。ないと電車にも乗れないし、親も心配するし」


 罪悪感のかけらもなく被害者を演じる。

 なにかを察してしまった教師はおろおろと俺たちの顔を見比べた。


「そう、だったんだ。担任の先生は知ってるの? 責任逃れとか世間で言われることもあるけど、言わないとほんとにわかってないこともあるよ?」

「いいんです。まだそんな、酷いものじゃないし。注意するとひどくなりそうだし。私たち、二人でいれば耐えられるし」


 押さえた目元が濡れ、懐中電灯でキラリと光った。

 もうこいつ、大好き。


「そう……。でも本当に辛くなったらいつでも言うんだよ。保健室に逃げてきてもいい。うちにはそういう生徒もたくさんいるから」

「ありがとうございます。では、これ以上遅くなると親が心配するので……」


 背中を見せないように二人して回りこみながら階段に向かおうとする。


「あ、ちょっと待って。一応職員室まで行って、それから校門まで送るよ。君たちがなにをしていたかは、黙っておくから」


 さてどうするのかな。もう俺は観客の気分。

 こいつも明るい場所に入ってはまずいとわかってるだろうし。

 エコの足元に紙袋が落ちる。そして手に残った中身を突きだして叫んだ。


「煙幕!」

「うわっ!」


 煙が音とともに勢いよく噴きだす。

 やりやがった。

 養護教諭の顔にぶつかり広がった白い靄はあっという間に視界を覆い、間近にいたお互いの姿さえ見えなくなった。


「ずらかれ!」


 駆けだす足音を慌てて追う。

 見つかってから紙袋の中身を触っていたのはこのためか。

 背後で咳きこむ声がする。

 煙は無害なはずだ、芸能人もいつも顔に食らうものだもの。


 遭遇場所から離れるにつれ俺たちはだんだんと足音を潜め、最後には音もなく自分らの部室に滑りこむ。

 お互い口も利かず、手に入れた機械をガタクタの奥へとしまいこむ。

 ジャージのまま窓から校舎を抜け、一番近い運動場脇のフェンスをよじ昇って学校をあとにする。


 夜にエコの笑い声が吸いこまれていた。

 順繰りに顔を照らす街灯も、どこか近くでアイドリングしている車も、ひっそりと佇む住宅の窓も、それを待ちうけては吸いこんでいた。

 誰も抗議の声を上げない。なにも笑いかえさない。

 だから笑い声が二つになった。

 二つの笑い声は駅までの道を漂うようにゆっくりと進み、やがてそれまで自分たちを吸いこんでいた街と同じように静止していき、そして消えた。




「おかえりなさい。お風呂にさきに入ってください。そのあいだにハンバーグが焼けるので」


 父は自室から顔を出すとキッチンに向かう。

 キッチンでは仕込みがすんだ食材が鍋やボウルに入っていた。


「遅くなるってラインしたよね」

「うん、見ました。でも私もそんなにお腹減ってなかったので。それに今日はライカの好きなハンバーグだから、焼きたてのがおいしいと思って。料理はできたてがおいしいので」


 遅くなるってことはさきに食ってろってことだろ。わかれよ。

 ハンバーグも好物じゃねぇ。慣れない料理を始めた時期にとりあえず褒めただけだ。

 できたてが旨いんじゃねぇ一番旨い瞬間ができたてなんだ。風呂にいつ入るかも俺に決めさせろ。


「食事は、家族いっしょに取るものですし」


 その決まりも、母がいたときに決めたものだろう。

 状況が変わったとは思わないのか。

 それでも言われるままに風呂に入る。手早く汗を流してリビングに戻る。


 父はキッチンでスプーンを片手に、食器棚からフォークを取りだしては戻し、取りだしては戻しを繰りかえしていた。

 うちには柄に模様の入ったものとツルっとしたもの、二種類の食器セットがある。

 今日は模様のあるスプーンを掴んでしまったから、フォークも模様のあるものを探しているってわけだ。

 やっと見つけたか。

 そして今度はスプーンを取りだしては戻し、取りだしては戻しし始める。

 一人分、模様のあるものにしたからもう一人も同じにしなければならない……。


 俺はキッチンに入ると脇から適当にスプーンとフォークを持ちさり、食卓に向かった。

 こうと決めたら人のことなんか見えやしない。そのくせ整理整頓はしないんだから救えない。

 戸惑ったような顔をしてないでさっさと席に着けばいい。


「いただきます」

「ごちそうさま」


 食器を下げているところをまた言葉で捕まえられる。


「部活は、遅くまでなにをやってるんですか?」

「べつに。……発表会の準備」


 なにを理解したのか、満足げに頷く。

 興味がないなら訊くんじゃねぇよ。


 部屋に入る。

 家に帰るまでの気分が台無しだ。

 なぜあのまま眠れると思ったのだろう。

 苛立ちが湯上りの熱とともに静まると、戻ってきたのは不安と後悔だった。

 明日学校に行ったらすべてが露見していて、俺とエコは呼びだされ、仲良く停学くらいになって部活も廃部になるに違いない。

 そしたら俺は絶対ひきこもりになってやるからな。ざまあみろ。




「つぎの瞬間、その女子二人は突然煙玉のようなもので煙幕を張ると、どこかへ消えさったということです」


 金曜の朝、朝礼に立つ校長が昨日のあらましをそこまで話したところで生徒らはいっせいに笑いだした。


「煙玉だって。ジャパニーズニンジャかよ」


 中田もそう笑って担任に睨まれていた。


「私は先生から報告されてね、こう思いました」


 一拍の間に笑いが静まる。


「その生徒二人がなにをしていたかなどどうでもいい。よかった、イジメられている子はいなかったんだ、って」


 至極嬉しそうに語る。

 生徒らも、お説教や犯人探しが始まるよりはマシと同調する。

 隣のエコが手を頭のうしろで組んだ。


「けっ。いい話かよ」


 おまえはほっとしろ、一番。

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