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俺をバ美肉させないで  作者: 天才川 スプリーム太郎
12/41

12 演技の演技

 昼休み、二人して部室で食事を取ってから教室に戻る。


「おーい近藤。近藤?」


 机に突っ伏して寝る近藤をエコが突っつく。


「……なに。寝かせてくれぇ……。朝練始まったからお昼食べると眠くて……」


 近藤は自身の腕のうえで頭を転がす。


「放送部に殴りこみにいくぞ」


 起きないとわかってエコの指はどんどん無遠慮になる。


「放送……なんで……」

「柳瀬元帥の曲ばっかかけて、ぱふぇ子のこと馬鹿にしてんだよ。許せないだろ?」

「うん……わかった。トンボはかけとくから……」


 かみ合わないことを言って、寝息に戻ってしまう。


「これが作戦?」


「まだ手はある。これが一番手軽だってだけでな。とりあえずあんたには、宿題だな」




 放課後に二人して体育館に出かける。

 部活紹介兼発表会の段取り説明に、吹奏楽部や書道部など外部の大会で身の証を立てられる部以外の文化部が集まっていた。

 会長もいる。

 昨日会った放送部の先輩も片方だけいる。もう片方は体育館の放送室にいるのだろう。


「よしよし。ちゃんと遅延してるな」


 エコが頷く。

 俺も、マイクを持って壇上で説明する放送部Aの口元を見ながら頭のなかで計っていた。

 口の動きとスピーカーから聞こえてくる音声とでは半秒ほどの遅延があった。


「これなら装置のうしろに隠れたあたしが喋るのを生で聞いてから口パクしても、そんなに違和感ないだろ」

「そう上手くいくか?」

「タイミングが安定してずれてるなら、そういうもんだと思われるからいい。言葉ごとに詰まったり遅れたりすると違和感が出る。心配してんのはそこよ。練習しなきゃならん理由は」


 放送部から会長にマイクが渡る。


「当日は淀みなく進行するとともに時間厳守でお願いしたい。短くなるのはもちろん、長くなるのもだ。もしも、それほど充実した発表内容があるならな」

「あいついま、こっち見ながら言いやがったぞ」

「気のせいだって。アイドルのライブの自意識過剰なファンじゃないんだから」


 その後、待機場所になる体育館裏口から舞台裏の通路などを案内される。


「おい、まずいぞ。袖につぎのが待ってたらおまえが隠れるもクソもない。俺も仕掛けごと入りこめないし、全部企画倒れじゃねぇか」

「だったら誰もいなくなる順番ならいいだろ。最後なら裏口から袖まで誰もいない」

「いや、もう俺ら最後から二番目に決まってるんだけど」

「最後は?」

「お隣、プログラミング部」

「んじゃあ選択肢は二つ。交渉して当事者同士勝手に順番入れかえて事後報告で逃げきるか、そいつらを夜道でポカっとやって参加させずに実質あたしらをトリにするか」




「こんちわーす」


 説明がおわり、部室にしているコンピューター室に戻るプログラミング部一同をぴったり追いかけ、同じ扉に滑りこんでお邪魔する。


「あれ。君は電子工作部の。それにそっちはこのまえ見学にきた。やっぱりこっちに入部することにした?」


 プログラミング部の部長が応対する。


「いやそうじゃなくてぇ、今日はちょっとお願いがあってきたんですけどぉ」


 うわぁ媚びてる。気持ち悪い。


「発表会の順番、プログラミング部さんが最後でうちはそのまえじゃないですか。それかわってもらえないかなって」

「順番を? なんで?」

「トリのほうが目立つじゃないですか」

「目立つって、でも生徒会が決めたことだし、あの会長怖いしなあ」

「お腹痛いって言うからさきにやりましたとか言えば大丈夫ですよー。だれも腹痛には勝てませんって」

「うーん」


 マスクのしたの舌打ち。


「じゃ、この部のPCをゲーミングPCみたいにLEDでピカピカにしてあげますよ。LED余ってるんで。好きでしょピカピカのケース」

「いや、いい。好きじゃないし」


 いつもの歯軋りの音。


「とっ、ところでプログラミング部はなに発表するんですか?」


 早くもエコの化けの皮が剥がれはじめたのでちょっと話題を逸らす。


「お、見る? 我が部が一年かけて作った大作ノベルゲームのPVを八分間たっぷり流す予定なんだ」


 一台のPCで映像を流してくれる。


『それは、一人の少女と運命の物語……』


 音楽とともに文字やアニメ絵がフェードする映像がつづく。

 絵や音楽の素人っぽさもあるが、これを八分間流すってのはどうも……。


「なんていうか、地味ですね」

「そうなんだよ! もちろんあとで生徒会に完成品のゲーム自体も渡すけど、どうしても地味になっちゃうんだよ。なんたってものがノベルゲームだから!」


 室内で部員たちがいっせいに頷く。


「これって、せめて声があったら格好もつくんじゃないですか?」


 俺の提案にみなが振りかえる。


「PV中のシーンだけでも声当てたら、印象も全然変わると思うんですけど」


 面々に理解と希望が広がっていく。


「たしかに声があれば俄然プロっぽくなるよ!」

「本編は三十万字ですけど八分間使うぶんだけなら関係ないですもんね! PV詐欺になりますけど!」


 なんだかとっても盛りあがっている。


「じゃあこちらが音声を提供したら順番を変わってくれるってことで」

「おっけーおっけー!」

「じゃ、頑張ってな。ヒロインくん」


 エコが俺の肩を叩く。


「おまえがやるに決まってんだろ」

「やだよ。なんであたしが。あたしの喉は大事な商売……」

「たまにはおまえも体張れ」

「ちっ」


 部長が取りだした安そうなマイクを見て、エコは諦め顔で歩みでる。

 なぜ全員が幸せになれる選択肢に難色をしめすのかわからないが、嫌がるなら嫌がるで、これまでこいつの横暴に振りまわされてきた俺の気も晴れるってもんだ。

 マイクのまえに立ち手で合図されると、画面を見ながら口を開く。


 第一声で、エコはふざけているのだと思った。

 だがつづけて聴いて、マイクに向かって喋るのに慣れてないって演技をしているのだと察する。

 どうせタダで本気の声を使われるのが嫌だとかセコい考えだろ。

 プログラミング部の面々は笑顔を維持しながら、映像を途中で止めた。


「ちょっと気負いすぎかなー。緊張しないでいいから、自信持って。あとできればマスクも外して……」

「花粉症なんで無理でーす」


 こいつも、花粉症の季節がおわったらどうするつもりなんだろ。


「じゃあまず普段話してるみたいに読みあげてみて。それならできるよね?」


 部長の口調に、エコの歯がガチリと鳴る。


「それはぁ、一人の少女と運命のぉ、物語?」

「うん。じゃあ今度は知ってるアニメの物まねをするつもりで」

「ぼぉくナレぇションです」

「おー、いいねー」


 いいのか。

 エコのやつは下手なふりを続けたいが、言われたことを実践できないのもプライドが許さないらしい。

 教えられたところはすぐに改善する。

 それでも早口になったり上ずったりと手を替え品を替えて下手なままでいようとするが、プログラミング部部長のそれなりな指導によって、しだいに逃げ道をふさがれていく。

 結果的に、


「あの子、凄い。凄い才能だ……。この短時間にめきめき上達していく!」

「信じられない。なんて吸収力。つい数分前までまったくの初心者だったのに……!」

「ああ、でも部長の演技指導があってこそだ。あの人にあんな指導力があったなんて……!」


 なにも知らない人間からすると物凄い早さで成長しているように見える。

 プログラミング部の部員たちは努力と熱意で高めあう二人に羨望の眼差しを注ぎながら、自身らのPVが流れるのに任せる。


 初めて映像を止めずに最後まで行きついた時点で、エコの声は音量も上がり、かなり聴けるものになっていた。

 が、彼女はそこでマイクから離れる。


「はい! じゃあこんなもんで!」


 そろそろ下手な演技のバリエーションも切れたのだろう。

 宣言して帰ろうとする。


「ま、待って! あと一回! あと一回やればプロレベルに!」

「そうだよ! 君は凄い才能を持っている! もっと高みを目指そうよ!」


 プログラミング部の面々は跪いてすがりつくような格好をする。


「こっちも準備があるんで。じゃ、順番の件はよろしくおねがいしまーす」


 約束を言いつけると悲嘆の声を背にし、さっさと廊下を経由して壁一枚隔てた小部屋に退避する。

 マスクを外すとエコは息を吐きだし、身体から空気を抜くみたいに椅子に沈みこんでいく。


「おまえさあ、なんでもうちょっと本気でやらないわけ?」


 俺もマスクを外しながら言う。


「あ? 本気でやっただろ。あのリアリティがわからんか?」


 眉を食いちがえさせて、本気で心外そうな顔をする。


「わかってるよ。わざと素人を演じたんだろ? でもわざわざ段々上手くなるって演技してんだから、最後はあのままおまえの本気まで持っていくんだと思って」

「あたしの本気までって、あと何時間かかんだよ。そこまでしてやる義理も時間あるか」

「それは、なんか適当に壁を越えたみたいなことにしてさ。あの人たちも一年間頑張って作ったものなんだから、どうせならいいものにしてやればいいじゃん」

「マネーも発生しないのにかよ」


 また金の話をして。

 そんな俺の表情を読んだのか、発言をつけ足す。


「それにあたしが本気出したら、落差で下手な絵が余計ショボく見えるだろ」


 椅子の背に仰けぞると顔が見えなくなる。


「あのくらいのが、いいところを見つけようって目線が絵に向くからいいんだよ」


 腹の立つ言いかただが、真実なのかもしれない。

 いや、でもやっぱり自分を安売りしたくないだけの気もするし……。

 わからない。こいつの真意が読める日なんて来るのだろうか。




 家に帰ってスマホを手にし、エコから課せられた宿題に取りかかる。

 なにに使うのか「近藤のなんかSNSのアカウントを特定しろ」だそうだ。


「おまえが直接聞けよ。女子なら簡単に聞きだせるだろ」

「やだね。聞きだして、それからなに話題にして繋がってりゃいいんだよ。気まず」


 というわけで夕飯前、ネットの広大な海から近藤を探していた。

 匿名のアカウントから現実を特定するのは時間がかかるが、逆はそれほど難しくない。

 俺たちが通う学校名プラス入学とかで検索して同級生のアカウントを見つけ、友達リストから辿ってそれらしきものを見つけるだけだ。

 俺はさまざまなSNSを横断してしらみつぶしにしていく。

 ただの高校生たちだ、たいした人間関係の量ではない。


「うちのクラスさー、男子しょぼくね? みんな冴えねーんだけど」


 身内しか見ていないという油断から、こういうやりとりも公開していたりする。


「あえて言うなら中田とか?」

「中田って。同じ野球部なら近藤だろ」

「たしかに近藤はイケメンだわ」


 その女子がクラスの誰と誰なのか、調べる気にもならないが、野球部コンビに見つからないことを祈るばかりだ。


「そういや顔のわからねーのもいるな。近藤の隣に」

「マスク男女コンビな。どうせしょうもないブサどもだろ」

「あいつらなにやってんの? なんかやるんでしょ部活の紹介とかいって」

「漫才でもすんじゃねーの。マスクーズで」

「マングースみたい」

「マングースってなに?」


 見なけりゃよかった。すっげーもやもやする。

 こいつら過去の火種探してから特定して炎上させたろか。しないけど。ちくしょう。

 俺はきっちり近藤のツイアカを見つけてからスマホをベッドに投げた。

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