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俺をバ美肉させないで  作者: 天才川 スプリーム太郎
11/41

11 材料集め

 明けて月曜。


相変わらず部室でスーパー産の炭水化物を摂取していると、エコが急に顔を上げた。


「ま、た、か、よ!」


 なんだいきなり。


「まーた柳瀬元帥の曲だよ! 登校してから一週間、ぜんぶこいつの曲じゃん! アホほどぱふぇ子の曲リクエストしてるのに、放送部のヤロウ!」


 たしかに校舎全体に最近話題のネット出身シンガーソングライターの曲が流れていた。


「そんなことしてたのか。地道にファンを増やそうって?」

「なに言ってんだ。これも作戦のうちだろ」


 エコは水を飲み干した口をぬぐうと、椅子を逆にし背もたれに腕を乗せた。


「発表会でバーンとぱふぇ子を出したとき、なんだあれってなったらそこでおわりだろ?」

「ぱふぇ子って結構有名だろもう。Vチューバーのなかでは上位だし、ネットでは誰でも通じるし、歌の配信ランキングでも見たぞ」

「この時代でもVチューバー自体興味ないやつは知らんし、ネットってのは知ってるやつだけはなしに乗ってくるからみんな知ってるように感じるだけだし、ランキングは空いてる日付狙ってデイリーで滑り込ませただけだっての。生徒を全員集めたら、まあ四割がいいとこだろうな」

「四割じゃ駄目か?」

「生の客ってのは怖いぞー。少数派になる不安があるうちは外野から参加者になってくれないからな。まずこの学校のなかで認知をあげないと、なにをやってるかのまえに躓いておわりよ」


 というわけで放送部に抗議に行くことになった。

 昼休みの賑わいのなか職員室の隣の隣に辿りつくと、エコはいきなり扉を開けた。


「聞けい!」

「な、なんですかあなたたち!」

「本番中!」


 ごもっとも。

 放送部の女子二人はスイッチかなにかをたしかめながら慌てふためく。

 外で流れる放送にその慌てた声やアホの声が混じっていないのだから、マイクは切られていたのだろう。


「聞けい!」


 黙った。

 抗議しても無駄だってわかるんだよな。

 俺たちはなかに入りこむと扉を閉める。

 機材の溢れる小部屋にはエコが形容するに「地味すぎて双子ファッション」の女子二人だけだった。


「あんたたちか? 放送部ってのは。あんたらだけ?」

「実質活動してるのは、そうですね」

「じゃああんたらだな。毎日まいにち柳瀬元帥の曲ばかり流しているのは」


 二人して椅子から立ちあがる。

 先輩だなこの人ら。タイの色でわかる。


「それがなにか問題でも?」

「柳瀬元帥の曲ばかりでは不満?」


 歌手の名前を出した瞬間から、それまでの怯えた態度が消えた。

 自分らがその人物の名誉をすべて背負ってて、この場での侮りすら世界中に伝わるんじゃないかって気負いを出している。

 こういうやつがネットでナイト気取って余計にはなしややこしくすんだろな。

 ファンってやつはよ。


「問題あるだろ。ほかにも色々リクエストきてるだろ? あたしは知りませぬが」


 考えてみれば歌ってるヤツが自分の曲をリクエストしてるって相当恥ずかしいな。


「たしかにリクエストは受けていますが、取りいれるとは言っていません」

「なにを流すかの決定権は放送部にあります」

「はあ? なんだそれ職権乱用じゃねぇか。だいたい活動が二人ってこれ発表会で生徒会に潰されるやつだろ」

「放送部はね、野球やサッカーやバスケや野球の大会のアナウンス役で休日に駆りだされたり文化祭や体育祭やそれこそ文化部発表会の司会進行もやらされたりってお役目が多いからお目こぼしされてんの」

「運動部はそれぞれの大会に出かけるだけでいいのに、私たちはいろんな大会に駆りだされるんですよ? これくらいの役得あってもいいでしょ」

「それにしてもやりすぎだろ。ずっと柳瀬元帥ばっかじゃねぇか」

「この世に音楽は柳瀬元帥さまだけあればいいの。ネットの世界から実力だけでのし上がった完璧なアーティスト、それが柳瀬元帥さま。大手音楽会社のスカウトも断り、個人のまま孤独に業界に立ちむかうヒーロー」

「歌も完璧、歌詞も完璧、顔も完璧。この世にほかのアーティストなんて要らない。そんなに言うならリクエストを見てみましょう。アニソン? ボーカロイド? Vチューバー? はっ、くだらなーい」

「この学校のお昼休みは私たちが卒業するまでずっと柳瀬元帥アワーになるのよ!」


 こいつらもこいつらで無茶苦茶なことを言う。

 目のまえで自分を無碍に扱われたエコさんはご機嫌いかが?


「柳瀬元帥アワーね。抗議しても無駄ってわけだ」


 意外なことに、むしろ落ちつきを取りもどして素直に引きさがった。

 相手の反応も待たずにさっさと踵を返す。

 だが俺は、放送室を出たあと扉に向かい浮かべた笑みを見逃さなかった。

 初めて会った日に見たあの笑みだ。

 他人に向けられたそれを見て、俺はちょっと頼もしいと思ってしまった。




 放課後、ランニングに踊りに装置――エコはスーパーホログラフィック・スリーシックスティと呼んでいる――の磨きあげにと時間を使ったあとのことだった。


「前半の人工知能パートの訓練を始める」


 膝を突きあわせて椅子に座り、エコが威厳を出して言う。


「口パクと表情のやつ?」

「そうだ。ものは試し、これからあたしの言うことに合わせて口パクしてみろ」


 エコの口元は見ないようにする。本番で当てにできないものに慣れるといけない。


「やあ、ぼくはぱふぇ子くん。みんな、道路を渡るときちゃんと信号を守ってるかなー?」


 なんで交通教室の腹話術。

 皮肉か? 俺がおまえの言いなりになってるっていう。


「曲がり角で車の音が聞こえなくても気をつけなきゃ駄目だよ。音は遅れて聞こえるからね。ほら、ぼくの声も、遅れて、聞こえるよ。……おい遅れてるぞ!」


 ややこしいわ。


「タイミングはいいけど、もっと大げさにやったほうがぽいな。あと黙ってるときは笑顔で固定。あたしの動画見て研究しろ」

「笑顔かあ。苦手だな」

「社会性ぃ。ここは不自然なくらい回答によって表情入れ替えるパートだろ。怒った回答を口パクするときには怒った顔。デフォルトの笑顔に戻ってぇ、悲しい回答で泣き顔! ってふうにコロコロ変えないと。じゃあ表情の練習。あたしが言う表情に合わせて瞬時に表情変えてみろ」


 エコは手拍子を始める。


「笑顔から入って。泣き顔。笑顔。怒った顔。笑顔。驚いた顔。笑顔」


 あ、急にたくさん笑ったから唇割れそう。リップクリーム塗らなきゃ。


「テンポアップするぞ。笑顔! 泣き顔! おこ顔! 笑顔!」


 この日、俺は初めて顔の筋肉痛になった。

 家に帰って動画を見ていても、引きつった顔に自動的に愉快な気分にさせられる。

 眩しい陽に顔をしかめて歩いていると人間は攻撃的になるそうだ。

 怒ったときと同じ顔をしていると脳が本当に怒ってしまうってことらしい。

 笑った顔の絵を描くときは自分も笑ってしまうし、自分の写真に涙の線をコラージュするだけで悲しくなってくる。

 人間の自己認識なんてあやふやなものだ。


 俺が表情を学ぶためとはいえ普段のぱふぇ子の動画を見たくないのも、自己認識を侵害されたくないからって面もある。

 たしかにもし俺が大天才で、ぱふぇ子のモデルを使って質疑応答プログラムを作ったなら、その表情は既存の動画を参考に設定するだろう。

 しかし俺ではない俺が知らないことをして泣いたり笑ったりするのを見ていると本当にアイデンティティーを揺さぶられる。

 だからまた、俺はぱふぇ子の奥にエコを探してしまう。

 CGに変換されるまえのあいつの表情を重ねて見る。

 嘘泣きが上手ですね、とかこの苛立ちと怒りは本物だなゲームくらいで本気でキレんなよ、とか普段からそのくらい無邪気に笑えよ、とか考えていないと頭がおかしくなってしまう。


 ぱふぇ子の最新動画は「ネイルアートに挑戦してみた!」だった。

 土曜に言ってたネタをもう実行してアップしている。

 ちゃんと寝てんのかな。


「今日は生まれて初めて! ネイルアートに挑戦してみまーす。実はさっきね、ネットの動画見て練習したんで、絶対かわいくできるんで、見ててくださーい」


 そう言って自分の爪に顔を寄せ、刷毛を這わせるふりをする。

 ずっと引きのカメラで、爪自体も角度で見えないようにして。

 熱中してるって感じはするが、ネイルアートの動画なのに塗ってる様子を接写できないのは苦しいな。

 CGが本当に化粧をするわけじゃないから仕方ないが。


「塗りぬり。塗りぬり。はい、ここからマスキングテープを使っていきまーす」


 形骸化してきているとはいえ、ぱふぇ子はVチューバーではなく現実の女子高生って体裁なので、化粧だのアクセだの食品レビューだのヨガだの女子高生っぽい動画も上げている。

 エコが語るに、化粧やアクセやネイル程度のテクスチャやモデルは自作するそうだ。

 「外注ばっかしてたら金かかってしゃーない」だと。

 食品レビューで食べたり飲んだりするふりをするモデルは案件先の企業の提供らしい。


「できましたー! ちょー頑張ったー。どうです? どうです? めっちゃかわいくないですかこれー!」


 カメラのまえに両手の爪を並べる。

 ラメやグラデ、貝殻のような彫刻が指のさきを飾っていた。

 目立つものだけ気合を入れたモデルを自作して、残りはおそらくテクスチャを張り替えただけだろう。

 それでも相当な手間には変わりないが。


「てわけでみんなも挑戦してみてねー。それじゃー」


 暗転しておわったと思いきや、音声だけが遠く聞こえる。


「ねーこれ、洗っても落ちないんだけど」


 カチカチとマウスのクリック音が挟まれる。


「あーそっか。リムーバーっての、買ってなかった。どうしよう、明日このまま学校行かなきゃなんないじゃん」


 オチをつけて今度こそ終了する。

 リアルさだけではなく分かりやすい笑いどころも提供してるってわけだ。


「男受けは悪いけどな」


 俺は親指をしたに向けたボタンを押し、スマホを手放した。




 翌火曜。

 登校して席に着くと、隣に座る近藤とそのまえの席を陣取った中田が二人してニヤニヤしながらこちらを見てきた。


「え? なに?」

「今度俺たちにも見せてくれよ?」


 中田が頬をたるませながら言ってくる。

 からかわれているのはわかかるが、なんのことかさっぱりだ。


「なんの話?」

「立ち聞きするつもりはなかったんだけど、昨日の部活の最中にたまたま電気工作部の部室のまえ通ってさ」


 近藤が気まずそうに口にする。

 まさかバレたのか?

 俺たちの企み、この顔のことまで。


「隠すことないじゃん。一生懸命練習してたんだろ? 全力まるまる」


 全力まるまる。全力泣き顔……。全力おこ顔……。

 表情の練習をしていたときのかけ声か。

 背後でエコが吹きだした。


「陰キャがこっそりティックトックやってると思われてる。キツぅ。くっく」


 おまえも共犯だと思われてんだよ。いつまで笑ってんだ。いつまで笑ってんだ。


「でも遊んでていいの? 今度の部活紹介でなんかやらないと廃部になるんでしょ? なにやるの?」

「えっと」

「ロボットだろロボット。ちょくちょくテレビでやってんじゃん。高校生がロボット戦わせるやつ」

「いや、ああいうのは……。とにかく発表会のお楽しみってことで」


 二人とも、隠すのは自信がないからと受けとったようだ。

 近藤がエコに向かって言う。


「もし駄目だったら、野球部はいつでも歓迎するから」

「小豆畑も、野球部でマネージャーやるかぁ?」


 せめて記録係とか頭脳キャラに収まりたい。

 野球のルールもよく知らないけど。

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