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俺をバ美肉させないで  作者: 天才川 スプリーム太郎
10/41

10 欠如、欠陥

 日曜、昼飯を適当に食べたあと、父の部屋の扉をそっと空かしてみる。

 規則正しい寝息が小さく聞こえる。

 そのままゆっくりと隙間を大きくしていく。


 久しぶりに足を踏みいれて感じたが、父の部屋は昨日訪ねた天衣の部屋と雰囲気が似ている。

 雑然として、人形やら趣味のものが並んでいて。


 仕事の研究のためと言ってはフィギュアやプラモデルを買おうとするのを、母はいつもいなしていた。

 あれから収入は少なくなったはずなのに、ものは増えたように見える。

 生前の母の忠告も、犠牲にしたものも構わずに。

 電動ドライバーのセットも使ったら押入れに戻せと言われていたのに、すぐ自室にしまい込んでしまう。

 だから黙って持っていく。

 言ってもわからない人間に、なぜ俺がもう一度言ってやらなきゃならない?


 部室で工作をするのにあのセットがあれば心強い。

 俺はカーテンが閉まる薄暗い室内へ足音を殺して進んでいく。

 なんとなく、目的のものは仕事机の足元にある気がした。

 一度、寝息をたてる顔を振りむいてから、モニタの載る机のしたを覗きこむ。

 当然のように、ドライバーセットはそこにあった。


 硬い手提げバッグのようなセットを手に取って身を起こす。

 背中に椅子が当たり、背もたれが回転する。

 回ったさきでサイドボードにぶつかり、うえから四角いなにかが倒れて落ちそうになる。

 俺はかなり集中していたらしい。

 冷静に受けとめると、逆再生のように元の位置に戻して安定させた。


 それは写真立てだった。

 どこか緑を背に笑う母の姿が収まっていた。

 母が病床で父に言ったことを思い出す。


「わたしが死んだら、写真を飾ってね。あなたはそんなもの要らないと言いそうだけど、いつでも思い出してほしいから」


 写真立てを戻した奥、雑多なプラモデルからはみ出すように、細身の人形が置かれていた。

 固まった長い髪が改造制服風の衣装にぶつかって枝分かれしている。

 顔はあまり似ていないが、ぱふぇ子のフィギュアだ。

 エコのやつ、こんな商売にも手を出していたのか。

 母の写真とそのフィギュアはサイドボードの端と端に置かれていた。


「たまにそういうのの服も作ってるんだよねー。我が子のように扱って、金に糸目をつけない客が多いんでー」


 天衣の声を思いだす。フィギュアだのドールだの。どうせいい歳して独り身の男の寂しい趣味だろうが。


「私も同じってことかな。……本当にこだわって作ったものは自分の子のように思えてくる」


 男と付きあったこともないやつの思い入れさきだろ。

 いない人間がすることだろう。

 我が子のように。我が子。我が子の、ように。


 足音が大きくなるのも構わずに早足で自分の部屋に戻る。

 ドライバーセットをベッドに投げ、身体もそれに続けた。


 写真を飾って忘れないようにしてほしいという母の言葉を聞いたとき、俺は病人の弱気が言わせるのだと思った。

 俺は父を頭が良いし、優しい人間だと思っていたから。

 だが葬儀がおわったあと、家のどこかに座ってはいつまでも静止しつづける姿は、俺を自分の悲しみ以上に不安にさせた。


「お父さん、ずっと座ってるよ」

「大丈夫」


 なにが大丈夫なのか分からなかった。

 俺は自分が大丈夫でないことを伝える。


「ご飯はどうするの?」


 聞いてからやっとぎこちなく作り出す。

 母が死んでから父は、家のことも俺のことも言われなければやらない人間になった。


 そして俺は、幼いころショッピングモールで起こった事件を思い出した。


 父と二人で出かけたモールで、俺はいつの間にか一人になってしまった。

 どこを探しても父はいない。

 施設の人間に保護されても、ずっと心細さで泣きつづけた。

 やがて涙も枯れるころ、俺を迎えにきたのは母だった。


「ごめんね! ライカ! お父さん、ライカを連れて出たこと忘れて帰っちゃったんだって!」


 そのときは母の明るさで笑い話になったし、俺もそういうこともあるのかと思ったが、成長して周囲の大人が我が子にかける愛情を見て、しだいに違和感を覚えていった。

 その違和感が、危機感に変わった瞬間だった。


 だから会社をクビになったと聞かされたとき、まず心配したのは捨てられることだった。

 あの時期、俺はどうにか父にやる気を出させようと明るく振舞っていた。

 よくわかってもいない仕事のことについて前向きなことを言い、慣れない料理を褒め、仕事探しから帰るのを笑顔で出迎えたりしていた。小賢しい。


 着替えて靴を履き、マンションの外に出て走る。

 家の近所の平坦な場所をぐるぐると回る。

 余計なことを考えていたほうが、ペースは上がるようだった。

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