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「……お前、仮にも初対面の相手にそりゃないだろう」
品のない女だな、なんて男は言うけれど、それは貴方に言われたくない。
なにせこの男、黒スーツにボサボサの黒髪、無精髭という『気品』という言葉からかけ離れた容貌なのだ。
別に見た目で人を判断したりはしない、けど……スーツ着るような仕事で歳なら、最低限の身だしなみってあると思うんだ。
私の視線がそれを語っていたのか、男……仮に黒スーツさんと心で呼ぼう。は、「いいんだよ、俺は」なんて頭をかいてそっぽを向いてしまった。
「とにかく、お前は異世界で天使として仕事をしてもらう」
「いや、天使って何なの」
「何って……知らないのか?」
「いや、知ってるけどそうじゃなくて!」
黒スーツさんにはどうやら人の話を聞かないてらいがあるらしい。
私の叫びは虚しく、天使の説明が始まった。
「天使の仕事には大きく二つある。所謂『お迎え』と、今俺がしてるみたいな『魂の管理』だな」
「魂の管理……?」
「そうだ」
なんでも、死後の世界──所謂『天界』。
そこでは日々、天使が働いているらしい。
それも、黒スーツで。
……なんで黒スーツ。
「お迎えに行く時に白い服着てたら、クレーム来たんだよ」
「死後の世界でもクレームなんてあるんだ……」
めんどくさかったなぁ、なんてボヤく様子から、クレームを付けられた天使とやらは彼のようだ。
ああ、やっぱり黒スーツさんも天使だったの……。
というか、黒スーツさんの場合は服装じゃなくて、違うところでクレームが来たんじゃないのかな。
閑話休題。
で、その天使が勤めるお役所のようなところがあるそうで。
それぞれ、自分に適正のある部署で『人の生死』に関する仕事をこなしているらしい。
なんか、死んでも役所で働くって、夢のない話だなぁ……。
「お前みたいに“ 運命”をまっとうしてない奴は、そのまま生まれ変われないんだよ。だから、お前には天使として仕事をして、“ 運命”をまっとうして貰うしかないんだ」
運命。
J-POPの歌詞や、漫画なんかでよく出てくる単語だが、天界でいう“運命”とは、すなわち“寿命”のことを指すらしい。
死ぬはずじゃなかった私には、寿命が残っている。
だから、その寿命をまっとうするまでの措置として、天使として働き生きろ、と……。
「それって、拒否権は?」
「ぶっちゃけない」
「聞いた意味」
「ちゃんと説明しとかないと後々面倒だろ」
「オブラートって言葉知ってる??」
なんだろうこの天使。というかほんとに天使なのかなコレ。
現実味のない事がいっぺんに起こりすぎて、頭がショートしそうだ。むしろ今きちんと話を理解しようとしてる私ってめちゃくちゃ偉くない??
ズキズキと痛みだした頭を抱えていると、目の前がふと陰った、気がした。
「………悪いな」
──どうして、そんな顔をするんだろう。
陰ったのは、黒スーツさんが目の前にしゃがみこんだからで。
私のすぐ上にある顔は、何故だかとても、辛そう、で……
「ぁ──」
「急だが頑張ってくれ」
「は?」
──ぱっ!
「はぁっ!!?」
私が口を開く前に、彼が片手で『ごめんね』のジェスチャーをしたかと思った次の瞬間。
へたり込んでいた私の足元の草原が、なんとも軽い音を立てて、消えた。
文字通り、消えた。
「ちょぉぉぉぉぉぉっ!!?」
そして消えた所は深い深い穴になっていて……ここまで言えば伝わると思う。
私は、絶賛、その穴に落下中である。
ひゅるるるるるるる、なんて空気を切る音が耳元で鳴り響く中。とっくに遠くなった上空で、呑気な「達者でなぁ~」なんて言葉が聞こえた気がした。
ちなみに、私は某ネズミー○ンドの某ホラー系落下アトラクションが大の苦手な人間である。
そんな私が一瞬の浮遊感と長時間続く落下感に耐えられるはずもなく──
意識を失う前に私が胸に抱いたのは、『黒スーツさん許すまじ』という確固とした殺意だった。