6-13 暗闇から
「やぁナギト、少しは休めたか?」
空き部屋で仮眠を取って多少スッキリして、もう夕方から夜になるなと時計を眺めていたところに、ダイチが部屋に入ってきてそう尋ねてきた。
「まぁボチボチ……ダイチは?出てたのか?」
他の皆にどういう指示が出ているのか全然知らないからな。アカリはそれを代理の指揮者にするとか言ってたけど、俺がやったことは今のところ、全員に撤退の指示を出したくらいのものだ。
結局のところ、俺は一介の兵に過ぎないみたいだ。
「ああ。さっき戻ってきたところだ。」
そうダイチは答えるとベッドに腰掛けた。
「夜……もう少ししたら警備に出るんだろ?ロートから聞いたよ。」
「で、どうしたんだ?俺にアドバイスでもしに来たのか?」
少しおちゃらけて訊いてみるも、彼は神妙な顔で頷いた。
「緊張し過ぎもよくないが、気を抜き過ぎても悪いからな。俺の場合、死という概念に対し、皆と違うところがあるから、忠告になるのか分からないが……。」
ダイチは変身!と叫ぶことにより鎧を纏う能力を持っている。
どういう原理なのかは全然分からないけど、とりあえずアレを纏っている間は無敵と言って差し支えない状態になるようだ。
特撮系が好きなダイチらしい能力と言える。でもその能力があるが故、自分一人だけ安全地帯にいるように感じてしまうのかもしれない。
「明かりは用意されているが、数はそんなにない。広範囲を照らしてしまうと、敵が遠距離攻撃を仕掛けやすくなってしまうからだ。」
「街灯が少なめな路地……みたいな感じか?」
「ああ。そんな感じかもしれない。」
この世界で生まれ育った人には分からない例えだけど、日本で暮らしていた俺たちにとっては中々分かりやすい例えだ。
俺が住んでいたトコは都会ってわけじゃなかったけど、田舎ってほどでもなかった……と思う。駅が歩いて行ける地点にあったわけだし。
「そういやダイチは以前は、どういうところに住んでたんだ?」
「なんだいきなり?……どういうと言われても、大学の近くで一人暮らしだったからな……都心の方だと思うが?」
「一人暮らしか……流石大学生だな。」
「別に大学生だからってわけじゃないぞ。そうした方が便利だからってだけで、全員が一人暮らししてるわけじゃ……。」
「分かってるって!でもなんか、大学生へのイメージ?みたいなのがあるんだよ。」
羨ましかったもんなぁ……一人暮らし。
どれだけゲームをしていても勉強しろと怒られることもないし、不規則な生活をしてもお菓子を沢山食べてもいい。深夜アニメを堂々と観られる。
「あの時は……羨ましいと思ってたんだよ。」
急にそういう環境へと変化したせいかもしれないが、実際にやるにあたって色々と大変なんだと分かった。今はロートとシメアが一緒にいるから大変よりも楽しいが勝ってる……と思う。
「よく考えたらさ、俺たちってお互いの昔のこと、そんなには知らないだよな。」
そういう機会があって話すということはあったが、世間話の感覚で話すことは少なかったと思う。
無意識に、でも意図的に避けてる部分はあったかもしれない。
「……そろそろ行ってくる。」
俺は立ち上がって、ダイチの顔を見る。
「落ち着いたらさ、もっと色々聞かせてくれよ。昔のこととか大学のこと。俺はもう大学生になることはないからな。」
この世界に大学があるのかは分からないけど、もう働いているわけだし、今更通おうとは思わない。勉強する空間が大変だって知ってるし。
「──ああ。いっぱい話そう。頑張れよ。」
「──おう。」
拳を軽く合わせて俺は部屋を出る。
廊下に出ると一気に冷気が押し寄せてきた。日本の冬に比べればマシなんだけど、それでも寒いとは思ってしまう。気温は高くても暖房機器がないから、その差かもしれないな。
「こんばんは、ナギトさん。これから警備ですか?」
「コーキラか。ああ。お前もか?」
廊下を歩いていると階段から降りてきたコーキラに出会った。
「はい。人手も足りないそうなので。」
人手というのは、転生人と戦える戦力という意味だろう。俺たちが集めた戦力も騎士団の人たちもいっぱいいるけど、特別な能力を持っている連中を相手にするのは厳しい。
そんなことを考えながらふとコーキラの姿を見て、彼の右腕が半分ほどシンプルな造りに変わっていることに気が付いた。
そのことを指摘すると、彼はその腕を軽く動かしてみせた。
「性能は落ちていますが、そんなに変わらないですよ。」
「でもマギサは大騒ぎしたんじゃないか?」
コーキラを造ったマギサが作品を溺愛しているのは知っている。本当の息子のように可愛がっているわけだし、大怪我している姿を見たらパニックにもなりそうなものだ。
「ええ、まぁ、はい。でもヴラヴィさんのこともあって、僕のことは優先順位が低かったみたいです。」
「ヴラヴィが…………そうか。」
あのマギサがコーキラ以外のことを優先させるのはよっぽどな事態だ。それだけヴラヴィが重傷だということだろう。
確かに俺が来た時には既に、いつ死んでしまってもおかしくない。そのレベルの傷だった。でもマギサがこちらに姿を見せないということは、まだ命がそこにあるのだろう。
「……さて、俺たちも目の前の仕事に集中するか。」
「はい。」
話しているうちに城門付近へと到着した。
一定の感覚でかがり火が配置されているから、真っ暗ではないがかなり暗い。外に出る時に気付いたけど、やっぱり冬は日が落ちるのが早い。火を消したら真っ暗になるだろう。
俺たちの他にも大勢の兵が配置されているけど、大物の相手は俺とコーキラの役割だ。彼らを頼り過ぎてはいけない。
「この体制になってから、襲撃はあったのか?」
「いえ、ないようです。」
「なるほど……。」
アカリの攻撃によって、コウキもかなりのダメージを受けたはずだからな。回復魔法が使えるヤツでも仲間にいないと、すぐに復帰することは難しいはず。
そう考えると敵勢力も、休息にこの時間を使っているのかもな。万全でない状態で無理に攻め入るよりかは、整ってから落ち着いて攻める。そういう風にこの籠城作戦を捉えているかもしれない。
だったらこうやって守っていても、誰も攻め入ってこないのかも。こういう備えは使わないまま終わるのが一番平和だし、何事もなく済んでほしい。
「ちょっと訊いていいか?」
「はい。なんでしょう?」
暗闇を見つめたまま質問する。
「アカリに言われたんだけどさ、俺の必殺技の使い方がもったいないってどういう意味だと思う?」
「もったいない?随分と変わった意見ですね……。」
言われてから休憩中もあれこれ考えてはみた。
だけどこれといって、らしい結論というのは出てこなかった。魔力ドリンクによる回数制限もあるわけだし、文字通り必殺技らしい使い方をしてきたと思う。人を殺めたことはないけどさ。
「必殺技って、風祭りですよね?あの技は発動までの予備動作がかかりますし、気軽に使用出来ないと思います。」
「そうなんだよなぁ……。」
コーキラの言う通りなんだ。
使うには充分な距離とスペースが必要だ。だから使える場面も限定されてくるわけで、そこはどうこう出来ないと思ってる。だからこそコンパクトにした花踊という技を作ったわけだし。
……そもそも、もったいないってどういう意味で言ってたんだ?
技の完成度に粗があるのか、使うタイミングなのか、何かと組み合わせられるのか……。
霊装と呼吸を合わせて必殺技を使ってきたわけだけど、それじゃダメってことか?でも俺の腕力じゃ武器を自由自在に操れない。
その方向で考えると、もっと鍛えろって話で終わるけど……。
「うわっ!暗っ!どんだけ文明遅れてんだ?」
「……!」
多分、思考の方に意識が向いていたんだと思う。
でも、それも一瞬だったはず。だというのに、気が付いたらすぐ近くに女性が立っていた。
「……ったく、こんなへんぴなトコに……。おいあんたら!このあたしの話、聞いてくれるよな?」
青く長い髪を後頭部で無造作に結んでいる、活発そうな少女だ。見た目は15、6歳くらいに見える。
「……ナギトさん!」
「ああ!」
イリスを構え、目の前の少女を睨みつける。
このタイミングでここにやって来るのは敵の奴らしかいない。コウキやアイラに比べると幼くも見えるけど、クラス丸ごと転移したって話だしあいつらと同い年だろう。
「おいおい?このあたしにケンカ売ろうってか?野蛮な連中じゃねぇか。」
好戦的に挑発してくるけど、出来れば相手したくないような容姿だ。
恰好からしておかしい。太ももくらいまでの白いコートを羽織っているけど、下には何も穿いてないように見えてしまう。そして膝くらいまである長いブーツを履いている。
一言で言うなら……痴……かなりマニアックだ。
「つーか、いるんだろ?アカリが。呼んできてよ。」
「へっ?アカリ?」
彼女を知ってるってことは、転移人じゃない……のか?
「よ、呼んできます!」
コーキラがジェットで飛んでいった。あれならすぐに連れてこれるな。
「あ、あんたは何者なんだ?」
イリスを構えたまま俺は問いかける。
「は?このあたしを知らないの?まぁでも、言ったところで……。」
「連れてきました!」
早いっ!でもありがたい!
連れてこられたアカリはコーキラの背中から飛び降りる。その時にコーキラの身体からミシミシいってたけど平気かな?
「おーう!来たかアカリ!ちょいと確認したいことがあるんだよ。」
「あ、メロウ様。わざわざこの世界に?お疲れ様です。」
そう言ってアカリは深々と頭を下げた。
え?この態度に……様付けってことは……。
「堅苦しいのはいいって。それより、この世界にいるんだろ?水のEXコードを持たされた奴がさ。会わせてくれよ?」