6-12 新たな指揮者
色々考えた結果、ロートのドラゴンに乗って上空から知らせるのが手っ取り早いという結論に達した。
不特定多数に伝わるから敵にも指令が分かってしまうが、それでもいい……というか、それでいいのだろう。最初は味方にだけ、と思っていたけど、そういうわけにもいかないのだ。
敵の狙いをカノナス城に集中させ、他を襲わせないためにも、ここで防御態勢に入ることを敵にも知らせた方がいい。
「そんじゃロート、行くか。」
「う、うん。空からなら……大丈夫だよね?」
どういう形であれ、かつてのクラスメイトと関わるのがまだ怖いんだな。頭では大丈夫だと思っていても、簡単に心は変えられない。
怖いものは怖いままで良い。
俺はそう思う。無理に苦手なものと付き合うよりは、怖いから近寄らない。それで済むのであればそれで済ませた方が良い。
「敵も戦力がダウンしてるはずだし、ドラゴンに手出ししようなんて思わないだろ。……多分。」
それにただ上空を飛ぶだけだしな、と付け加える。
空を飛んでいる鳥や虫をわざわざ撃墜しようと考えるヤツも実行するヤツも少数派だろう。それに戦いの最中で、そこまで考えられる余裕もほとんどないはずだ。
「そ、そうだよね。大丈夫……大丈夫。私なら……あっ。」
一瞬、何かトラウマを思い出してしまったのかと思ったけど違った。
外に出ようとしたところで、ちょうどイサジたちが帰ってきたのだ。コーキラと一緒にクマの……名前なんだっけ?
「ヒミマハオだ!このハーレム野郎!」
人の思考を読むな。
「ハーレムだなんて……そんなこと……。」
確かに女の子2人と一緒に暮らしていて、この世界の女神的なポジションに収まったゆりりんとも仲が良いと思ってるけど……ハーレムだなんて……あんまり考えたことなかったなぁ。
「強くは否定しないんですね。」
「気のせいだ。コーキラよ。……ってその腕どうしたんだ?」
彼の右腕が半分くらいで無くなっているのに気が付いた。魔法人形だから痛みは感じないだろうけど(事実痛がってる様子はない)、何があったんだ?
「これはですね……周辺の警備をした際に、敵勢力と遭遇して、その時に……。」
こちらの本拠地近辺にいる敵ということは、おそらく転生人だろう。
「戦ったってわけか。……どうなったんだ?」
見たところ、コーキラの負傷以外にダメージがあるようには見えない。ヒミマハオが少し汚れているのが気になるけど、それくらいに見える。
俺の質問に対し、イサジがいつもよりも低い声で答える。
「俺が責任を持って始末した。コーキラの負傷は、その際に出来たものだ。」
「ガハハハッ!この俺様の攻撃を受けて生きてやがったからな!あの野郎!」
始末……か。
俺が戦って勝った相手は捕らえただけで済んだし、そういう風に戦いを進めていけば比較的平和に解決出来ると思っていた。
けど……現実は甘くない。
3人ともそうしなければ死ぬ状況に陥っていたのだろう。誰かが死なないと終わらない戦いもある。いや、戦争とはそういうものだろう。
むしろこれまでが、上手くいきすぎていたんだ。
「……そうか。分かった。俺たちはこれから全軍撤退の指令を出しに行くから、2人で警備とか頼めるか?詳しい話はアカリから聞いてくれ。コーキラは……マギサのとこに行くしかないよな。」
大騒ぎになるのが目に見えている。でもコーキラを直せるのは彼女しかいない。
「応。任せておけ。ナギトたちも……しっかりな。」
「ああ。」
イサジと簡単に握手を済ませ、俺とロートは城外へと出る。
「なぁ……麗白。争いって……嫌なものだな。」
「……うん。」
あー……ダメだ。
一度嫌な方向へ考えてしまうと、連鎖してどんどん負の感情が溢れてきてしまう。
「……切り替えないとな。じゃあ改めて、行くか!」
「……うん!」
ロートは首からぶら下げていた銀のカードを掴み、天に向かって掲げる。
「……出でよ!クリムゾン・ドラゴン!!召・喚!」
どんな時でも召喚のノリはやるんだな。こういう時のメンタルは強いと言える。
カードが光って赤いドラゴンが召喚され、俺たちが背中に乗りやすいように屈んでくれる。
「発進!」
背中によじ登るとドラゴンは羽ばたき始め、大空へ向かって飛び立った。
「なぁ……俺が前に座った方がいいんじゃないか……?」
「えっ?なんで?」
ロートが前に座って、俺がその後ろ。そのポジションで何回もやってきたわけだけど……上空だと風があって、スカートが気になってしまう。
騎士団の制服が女性はスカートだから仕方ない……のかもしれないけど、気になるものは気になる。ゆりりんは下にスパッツみたいなのを穿いていたと思うけど、ロートがどうかは分からない。
そして確かめる勇気もない。
「……なんとなく。指示って前に座ってないと出せないのか?」
そこらへんは誤魔化して、次は普通に疑問に思ったことを訊く。
もしそうだというのであれば、大義名分……じゃなくて仕方がないということになる。ん?あんまり変わってない?
「そんなことはないけど……前に座ってた方がカッコイイ!」
「じゃあ仕方ないな!」
風に煽られて揺れるスカートの裾を気にしつつ、城下町を見下ろして状況を確認する。
遠目だけど、敵勢力の数は少なくなってきているように見える。アカリが俺のところに来る前に暴れてきたとか何とか言ってた気がするし、こちら側が優勢になってきている。
あちこちで倒れている姿を見ると……現実だなぁ……と感じてしまうのだけれど。
「どの辺りにする?」
「いや……飛び回りながら言えばいいと思ってる。」
人が多いところでいちいち停まって伝えるよりは、宣伝車みたいに移動しながらの方がきっと効率が良い。
そういうわけで、大きく息を吸って出せる限りの声を吐き出す。
「全軍!!撤退せよ!!カノナス城にて!!次の作戦が!!あるッ!!!」
大声を出すことに意識を向け過ぎたせいで自分で何を叫んでいるのかよく分からないけど、多分これで伝わるだろう。
「……よし。これを何回かやれば大丈夫だろう。」
「すでに声、ガラガラになってない?大丈夫?」
「大声出すことって日常でないからなぁ……。まぁ頑張ってみるよ。」
城下町を移動しながら、上空から叫んで指令を伝える。
そもそも俺の言葉を皆が素直に聞き入れてくれるのか不安にもなるけど、それでも行動する他ない。ヴラヴィのことを言ったら、味方の士気を下げて敵の勢いを増加させてしまう危険性がある。
だから俺の言葉で伝えるしかないんだ。
「カノナス城に!!帰れェ!!ゆりりんを!!守れェ!!」
叫んで酸欠気味な頭でふと思った。
ゆりりんは今、どこにいるんだ?本部で休憩している時にも見かけなかったし、外に出て行ったという話も聞いていない。事実、見下ろす城下町の中にその姿はない。
「……ロートはゆりりんのことで何か、聞いてないか?」
「……何も聞いてない。皆も言ってなかったと思う。」
一瞬──ほんの一瞬、間があったような気がした。
「そうか……知らないか……。」
彼女なら大丈夫な気もするけど、見かけないってのがなんだか怖いな。帰ったらイサジやスフェラに話を聞いてみよう。同じ場所で戦ってたから、何か知ってるかも。
「……さて、こんだけ叫べば全員に伝わっただろう。帰ろうか。」
「声凄いガラガラ!」
「そりゃあこんだけ叫べばなぁ……。」
おまけに冬の上空だ。乾燥してるし冷たい空気が襲いかかってくるこの環境。喉どころか身体を壊してしまう。こんな作業はもう二度としたくないものだ。
さて、これでこの伝令の仕事はお終い。
城の方へと帰ると、俺の言葉を聞いて帰ってくる兵たちが集まってきていた。
「帰ってきたか。帰還する兵への伝令は俺の方でやっておく。貴様らは本部へと向かえ。」
スフェラが門番をしつつ指示を出しているみたいだ。
俺はその言葉に従って通り過ぎようとして、先程の疑問をぶつけてみる。
「ゆりりんの居場所?彼女がアイラという名の少女と戦っていたことしか知らん。姿を確認出来んというのなら、死んだと考えるのが妥当だ。」
スフェラも知らないのか……。冷静にそういう判断を下せるのは彼という人間性だろう。
イサジにも尋ねておきたいところだが、これからどんどん人がやって来るわけだし、警備の仕事の邪魔になってしまうよな。
「おかえり。次の指示はスフェラに任せてるから、しばらく自由にしてて。」
本部に戻るとアカリがそう言いながらカップを持って近づいてきた。
暖かい飲み物が注がれたカップだ。俺がそれを受け取ろうとするとアカリはそれを一口飲み、そのまま話を続ける。
「しばらく防御に徹する。警備は時間による交代制にする。2人は夜に出てもらうから。」
「それまで休憩していて良いってことだろ?じゃあ休ませてもらうわ。」
疲労を一度意識すると、忘れることが出来なくなる。
どこかで仮眠を取って英気を養うとしよう。
「ナギト、その前に1つ。」
移動しようとした時、そうアカリが呼び止めてきた。
「出動前だと言いそびれそうだから、今のうちに言っておく。」
「何をだ?」
「ナギトは、必殺技の使い方が勿体ない。」
「えっ?」
どういう意味だ?
「一番の大技。あれを切り札として認識してしまっている。それが勿体ない。」
多分……風祭りのことだ。
勿体ないって……一番威力が高い技なんだから、切り札って考えるのは至極普通のことだと思うんだけど……。
アカリは何が言いたいんだ?
「それだけ。時間はあるから、自分で考えてみて。降参するなら訊きに来て。」
「むぅ……。」
そんな風に言われちゃあ、訊き辛くなっちゃうじゃないか。
意味深なことを言ってアカリは去っていった。
初めて出会った時から不思議な雰囲気を持っていると思っていたけど……。
一体、何を考えて何が見えているんだろう?