6-7 風が吹く
俺が城門前に辿り着いたその時には、ヴラヴィが腹部を串刺しにされ城壁に磔にされ、城門は破壊されており、イサジの刀が弾き飛ばされる瞬間であった。
生死を賭けた勝負を経験して、ここまでの移動があって、精神的にも肉体的にも疲労が溜まってきている。が、それを言い訳にしては……考えることすら許されない状況であった。
──辛いとかキツいとか全部、忘れて突っ込め……!
頼むぜ、イリス。
いや……違うか……。
行くぜイリス!
「イサジ!避けろっ!風祭りィ!」
イサジが避けるのを確認する余裕はない。ここまで走って来た勢いをそのまま技に乗せ、全身の力を込めてぶっ放す。
「……!」
俺の存在に気付いたコウキは一瞬イサジに目線を向けてから、俺の方を向いて炎刀を構えた。
炎刀は強く赤く輝き、空気が揺らいだ。
その熱を以って風祭りを正面から受け止め、四散させた。
「……またお前かよ。どうした?仲間のピンチに駆けつけてヒーロー気取りか?」
「もし俺がヒーローに見えたってのなら、コウキ。お前はやられる怪人ってトコだな。」
俺は魔力ドリンクを一気飲みし、コウキに不敵に笑ってみせる。
俺のその態度が気に食わないのか、コウキは不機嫌な表情へと変わる。
「……なんかムカつくんだよな、お前。ナギトっていったっけ?こいつらは蹴散らしてやればそれでいいと思ってたけど……お前は殺してやる。」
なんかムカつくっていう理由で俺は殺すと宣言されるのか……。
世の中は本当に理不尽で、儚いもんだ。多分、希望ってのは元々ほとんどなくて、人はそれを必死に掻き集めて生きていくんだ。
コイツみたいな、他人に攻撃するのを当たり前って思ってる連中以外は。
「つうか空野はどこにいるんだ?俺が会ってないだけで死んだとか?」
コウキはヴラヴィに突き刺さっている星剣を引き抜いた。
彼女の身体はそのまま地面へと倒れ込む。もう……生きているのかも分からない。
「──麗白は生きている。お前なんかに会わせないよ。」
俺にとっての掻き集めたいほどの希望ってやつは、きっとロートやシメアの存在なんだ。ゆりりんもダイチも友達で、イサジやコーキラたちも仲間だって思ってるけど、ずっと一緒にいる人たちはそれとは何かが違う。
──そうだ。初めからちゃんと、分かっていたじゃないか。
あの子を守りたい。それが俺の戦う理由だ。この手は彼女のことを守るために使う。
「なぁっ!?どうなってんのよ!?」
「マギサ!?」
マギサが突然、上の方から降りてきた。魔法を使って窓から飛び降りてきたんだろうか。それによく見るとコーキラも一緒に来ている。
「ヴラヴィ……!!あぁ……貴方がこんなことになるなんて……。」
地面に伏したヴラヴィを見下ろし、悲しげな瞳を見せる。
「スフェラから報告を受けたわ。私とコーキラも一緒に戦うから安心してちょうだい。」
「あ、いや、気持ちはありがたいけど……ここは俺に任せてくれないか?」
「えっ?でも……。」
ヴラヴィがやられている状況を見ると、俺が単独で勝てるはずがないって思っているのだろう。
実際、その判断は正しいんだろうけど、そうも言ってられない戦況なはずだ。
「ヴラヴィを優先してくれないか?マギサなら助けられるかもしれない。それでイサジとコーキラで周囲を警戒してほしいんだ。コイツには仲間がまだまだいるはずなんだ。」
「…………分かったわ。高速で戻って来るから、それまで持ちこたえなさいよっ!」
戦争では全体を見据えないといけない。
マギサもそれが分かっている。躊躇いも確かにあったが、それでも俺の意見に頷いてくれた。その様子を見て、イサジとコーキラも黙って頷いた。
「話は済んだか?遺言はしなくていいのか?」
ヴラヴィを抱えてマギサが飛んで城に戻って行き、イサジたちが別のところへと向かうのを見届けてから、コウキは嫌味な笑みを浮かべてきた。
ヤツからしてみれば、前に一度倒した俺1人になって楽だと思っているのだろう。
城内の方をチラリと見やったが、内部の様子が気になるのか?無理に俺の相手をする必要はないはずだけど、何か狙いがあるのか?
いずれにせよ、今の俺に出来ることはコイツの相手をすることだけ……。
イリスを軽く振って、感覚を確かめる。
ミト、カゼと戦ってきて、自分の感覚が今までとどこか違うような気がしてきている。以前と比べて視野が広くなったというか、冷静になれる部分があるというか……。
「……さぁ、来いよ。コウキ。あの時の決着、ここで着けよう。」
「負けたのはお前だったろ?何カッコつけてんだ?」
「かもな。」
来いとは言ったものの、本当に先に仕掛けられたら防戦一方になって敗色濃厚なので、先手必勝でこちらから仕掛ける。
ステップを踏んで回転の勢いを刃に乗せ、前進しながら風の層を形成していく。
──今までよりも、身体を捻って腕の振りをコンパクトに!
「風祭りッ!!」
対しコウキは2本の刃を交差させて必殺技を受け止めてみせた。身体が多少後ずさったようにも見えたが、効いていないのは確かなようだ。
やっぱり……。
一番威力の高い必殺技を使っても、防御されたら簡単に凌がれてしまうか。EXコードを相手に競り勝とうって考えるのは間違っているな。
「効かねぇんだよ!お前の攻撃なんてッ!」
「──月宴!」
カウンターも狙える技だが、防御に徹して使用し2刀流の猛攻を防ぐ。
ゲームみたいに分かりやすい隙があるわけじゃない。ヒントがあるわけじゃない。粘って様子を窺って、辛抱強く戦っていくしかない。
「……チッ。」
月宴を突破出来ないと踏んだのか、はたまた2刀流はやり辛いと判断したのか、コウキは攻撃を止めて数歩下がり、炎刀を鞘へと収めた。
「……。」
星剣の光をコントロールする能力、前回もそれで俺を倒したわけだし、それでいいという判断だろう。
そう思考するのと同時に、今下がった瞬間が仕掛ける機会だったんじゃないかと思った。もう遅いけど、大きな隙を逃してしまったようにも感じてしまった。
…………いいや。無理をする必要は、慣れないことをする必要はないな。
自分の性格的にも、積極的に動いていくというのは苦手だ。攻撃的に出るという苦手分野に挑んではいけない。
俺には俺の戦い方があるはずだ。
「来い。じっくりやろうぜ……!」
「カッコつけんな。一瞬で終わらせてやる。」
星剣がまばゆい光を放った。
反射的に目を瞑るけど、それでも眩しくて目を開けられなくなる。多分、無理に開けても何にも見えないだろう。
視界が戻ってくるまで無防備な状態を晒すことになる。けど……それは独りならの話だ。
「イリス!月宴だ!」
俺の声に反応して霊装が動き始める。
イリスが自分で判断して動いてくれる。だから俺はそれに合わせて身体を動かせばいい。攻撃に出ることは叶わないけど、守りに徹するのなら視界を奪われても何とかなる……!
「ぐっ……!」
互いの口から呻き声が僅かに漏れ出す。
コウキからは思い通りにいかないことの苛立ち。俺のは一撃一撃が重くて受けるのが大変だからだ。それにイリスを信頼しているとはいえ、何も見えない状態で敵の攻撃を受けにいくのは恐怖があり、嫌な汗が勝手に流れていく。
攻撃が止む気配を感じるのとほぼ同時に、視界がゆっくりとだが戻ってきた。
慎重に目を開けるとコウキは少し離れた地点へと移動していた。このまま城の方へと侵入されるのはマズいな。追いかけつつ戦う体力は残ってないだろうし、そもそもEXコードのスピードに追い付けると思えない。
だから突破出来ないと思われるのはかえって厄介だ。俺を倒せると思ってもらった方がこの場に留められて良い。
自分で言ってて変な考え方だなって思うけど。
「あー……もううぜぇな。さっさとやられないってのなら、全力でやってやるよ……!」
星剣をしまって炎刀を引き抜いた。
EXコードの輝きが強まり、炎刀がより赤く、黒く染まっていく。
「何だ……?」
武器が反応しているのか?EXコードに。
炎刀ミノアの周りが揺らいで見える。熱によってそう見えるのか。
これ……ここで最初に見たやつか……?
「喰らえェッ!!」
コウキが炎刀を振り下ろした。
空間が裂けるように揺らぎ、凄まじい衝撃波と熱波が一斉に押し寄せてくる。
さっきのやつと同じだとすると、風祭りを簡単に掻き消したくらいだし、とんでもない威力なのは確かだ。
「……ッ!」
どうする?
必殺技で受け止めるか?それとも脇に跳んでイチかバチかで躱しにいくか?でも躱しきれずに巻き込まれた時が一番ヤバい。だったら月宴で受け切れることに賭けた方が良いのか?
どうする……?
剣技が届くまでの一瞬の間に色々な思考が巡る。でもどの選択肢を選べば良いのか分からなくて、身体は動かない。
このままじゃ、迷ってただ死ぬだけだ。
「……イリス!月……!?」
叫ぼうとした間際、黒い影が俺とコウキの間に割って入ってきた。
「ちょっとどいてて。」
その人物はスムーズに片手で俺の身体を掴むと、宙に向かって放り投げた。
「えっ!?」
気が付いた時には、俺の身体は宙を舞っていた。
地上を見ると、その人物はコウキの剣技を俺の身代わりになるように喰らっていた……が、ダメージを受けているようには見えない。
「ここで戦ってたんだね。遅くなった。」
落下してきた俺をお姫様抱っこして、優しく下ろしてくれた。
「はっ!?なん、なんだお前はっ!?」
突然入ってきて、全力の一撃をものともしない様子の人物。
競泳水着みたいな黒くてテカテカした衣装を纏っている。布のようにも金属のようにも見え、脚や腕にも同じ素材で出来ているであろうパーツが付いている。でも太ももや腋は丸出しだ。
左右の腰には白い筒と折り曲げたような長方形の物体が1つずつ付いている。
「ア、アカリ!?」
「新しい任務として来たよ。ナギト。」
来てくれたのか!でもコウキの攻撃を受けたりその変わった恰好だったり……ツッコミどころが多い!
「向こうからテキトーに敵を蹴散らしながら来たから遅くなった。で、アレをやっつければいいの?」