5-23 キラキラ
「──なるほど……。ミノア様がそのようなことを……。」
プレゼンも無事に終了し、シメアと合流してドラゴンに乗ってバサラへと帰ってきた。そして仕事に戻る前にカフェに入って3人で軽食を摂ることにした。
キャラクターが描かれた皿に乗ったケーキをフォークでつつきながら、俺が聞いた情報を2人に話す。
「……ねぇ?戦うのは決まっていたって言ってたんでしょ?どこまで最初から決まってたの?」
「それは……分からない。だから勘でしかないけど……大分前から、だと思う。」
ロートの質問に答えつつ、俺は思考を巡らせる。
実際のところ、どこまでが仕組まれていたんだ?
ゆりりんやイサジが特別な存在だって管理者ダムレイは言っていた。それは多分、異世界と戦うためにっていう意味だ。
だとすると、俺がこの世界に来たことは偶然なのか?それとも、そこまで計画に組み込まれていてシメアも……。
「……?」
顔を見つめると、シメアはキョトンとした表情で首を傾げた。
……いいや。違うか。
この子のこれまでが、全部が演技であるはずがない。単なる偶然だ。それが重なって今の状況になった。それだけに過ぎない。
「……さて、食べ終わったら仕事に戻るか。休みたい気持ちもあるけど、ここでサボったらダメになっちまうからな。」
「それ、ブラックな思考だからホントは止めた方がいいんだよ。」
笑いながらロートは立ち上がった。
俺は伝票を見ながら立ち上がり、途中でその動作を止めてしまう。
「……思ったよりも高ぇ。」
流石アニメカフェ。他の店に比べるとケーキもドリンクも1.5倍くらいする。この町にはこういう店しかないからなぁ……仕方ないと言えば仕方ない。
「あの、私はどのようなお仕事をすれば……?」
あぁそっか。シメアは留守番してたからな。急に仕事をやれって言われても困るだけか。
「えーっと……そうだな……。」
とは言っても、俺もやる仕事が減ってきている状況ではあるし、他にどういった仕事が残っているかも把握してない。
ここから先はステージの人たちが頑張る場面になってきてるし……。
「……主催のトコに行くか。」
よく考えたら、俺も次に何やるか分かってなかった。
「──次の仕事?そうだな……。」
というわけで、ダイチのところへと俺たちはやって来た。
ダイチはチェックリストをパラパラとめくり、残りの作業を確認してくれる。
「……ステージの方をやってもらおうか。」
「ステージ?何をやるんだ?」
今頃はライブの練習が始まってると思うけど、そこに俺たちが加わったとしてやることあるのか?
「練習してたら、お客さんの役割をやってほしい。マギサが音響機器に似た道具を作ってはくれたが、その性能がちゃんとしてるかって。」
マイクとかスピーカーとかの効果があるかチェックするってことか。
確かにステージで歌ってるのに、その歌声が全然届かなかったらダメだもんな。
「歌ってなくて違う作業をしてたら、ステージの強度とか客席からの角度とか、そういう面をチェックしておいてくれ。」
「分かった。じゃあ俺たち3人に任せてくれ。」
「ああ。頼んだぞ。」
こうして町の中心部の方へと移動。夏祭りの時にもステージが組み立てられていた場所だ。
あの時と同じ……いや、それ以上の立派なステージが出来上がっていた。
でもステージの方だけだ。客席となる場所にはまだ椅子がほとんど並べられていない。それにステージにもまだ飾り気がない。ライブに行った経験がないから分からないけど、普通はもっと照明とか沢山ありそう。
「あ、来てくれたんだ。何かあった?」
ちょうど一段落ついたのだろう。ゆりりんがステージの上から手を振って飛び降りた。
体操服みたいなのを着ていて、それでも暑いのか大きな汗をかいていた。
「ステージの方をちょっとな。ゆりりん……その恰好は……?」
「これはとりあえずってことで。本番はちゃんとしたステージ衣装を着るけど、今の段階は動きやすければ何でもよくって、この体操服がお店に売ってたから。」
「コスプレ用だ……。」
ロートがボソッと呟いた。
俺もそう思った。この町で売ってる時点でマニアックな匂いがプンプンするぜ。
「ちょっと休憩したらまたやるけど、観ていくの?それともそれ以外のチェック?」
最前列の椅子の上に置かれたタオルとドリンクを取り、ゆりりんはステージの方を見る。
演奏する人たちが楽器の前に立ち、休憩しながらも曲について話し合っている。
「どっちも。休憩中なら、ステージの方をちょっと見させてもらうよ。」
「分かったわ。それじゃあ気になったことがあったら言ってね。」
許可も貰えたところでステージへとよじ登る。
少し離れたところで会話してたから気付かなかったけど、意外とステージに高さがある。左右の脇に階段が付いてたけど、根性で正面突破する。
この高さなら客が簡単にステージに上がってくるってことはなさそうだ。それにしてもさっき、ゆりりんはひょいと飛び降りたけど……ヘタしたら足を痛めそうだ。
「よっこらしょっと。」
最終的にロートとシメアに引っ張り上げてもらい(いつの間にか2人は階段から上がっていた)、ステージのセンターに立って客席側を見る。
「いや~こうして見るとホント広いなぁ。」
本番はこの目の前の景色が全部、観客で埋まるんだな。俺は10人くらいを前にしたプレゼンでももの凄い緊張したっていうのに……人前に立つ職業って凄いんだな。
「……というか3人で上がってもしょうがないじゃん。シメア、悪いけど客席側から見てくれるか?」
「あ、はい。そうですよね。すぐ下ります。」
階段をトトトトっと下り、シメアはステージの正面に立つ。
「ここが一番近い席になると思います。」
「分かった。じゃあ俺は移動してみるから、どこまで見えるか教えてくれ。」
こうしてステージの検査を行い、それが終わるとゆりりんと入れ替わって客席側へと移動。客席間を歩きながらリハーサルを聞く。
「しっかし……凄いな……。」
「……うん。」
ステージ上で歌い、踊るその姿はアイドルそのものだ。
イベントの経験がなくとも、その姿がプロと同等……もしくはそれに近しいものであると分かった。
「ゆりりんって……その、元々凄い人だったんだな。」
この世界に来て特別になったわけじゃない。
凄い才能を最初から持っていて、その活かし方が異世界に来て変わった……そんな感じに思える。まだ練習段階だというのに、その姿がキラキラと輝いていた。
練習する時間もそんなになかっただろうに、ダンスも歌も完璧にこなしているように見える。
「これがプロの姿なんだね。きっと。私とは……全然違う。」
そう呟くロートの横顔が、なんだか寂しそうで……悲しげに見えた。
俺はその肩に手を置いて、真っ直ぐにステージを見つめる。
「比べる必要はないだろ?ゆりりんは凄い。」
輝くアイドルの姿を見て、隣にいるロートへと焦点を合わせる。
「けど、人と違うのは当然だ。だから、気にする理由なんてない。俺はそう思ってる。」
「ナギト……。」
彼女もまた、俺の瞳を見つめてくる。
「……まぁ俺はこの世界に全然適応出来てないしな!誰かと比べたいってのなら、俺と比べればマウント取れるぞ。」
そのまま見つめ返してたら変な気分になってしまいそうな予感がしたので、茶化して誤魔化す。
ロートはそんな俺の様子を見て、フッと笑った。
「ロート……今の笑いはどっちだ?」
「さぁ?どっちだろう?頭を捻ってみたまえ。」
そう言って前へと歩き出した。
「後ろの方だと聞きづらいね。教えてあげなきゃ。」
「あ、ああ。」
慌ててその後ろ姿を追いかけ、最前列で目をキラキラさせているシメアの横に立つ。
「──どうだった!?上手くいったかしら?」
爽やかな汗を流すゆりりんが尋ねてくる。
お客さんアリでやるのが初めて……いや久しぶりか。日本にいた頃はやってたはずだもんな。ともかく、客としての感想を聞きたいらしい。
「上手くいってると思う。ただ、後ろの方にいると歌が届かない感じがする。」
「そう……音響の問題かしら?それとも会場の形が悪い?でも……。」
ブツブツと自分の世界へと入っていく。
要因はさっぱり分からないので、邪魔しないようにひっそりとステージを離れる。
「……ヨシ。じゃあココはシメアに任せる。さっきみたいに歌を聴いて、どこにいても聞こえるかチェックしてくれ。」
「はい!……お2人はどうするのですか?」
「他の仕事に行くよ。やっておくべきことがあるんだ。」
「分かりました!ではここは私にお任せください!」
シメアはビシッと敬礼して俺たちを見送ってくれた。
ライブ会場を離れて、再び本部の方へと向かう。
「ダイチにまた仕事を貰うの?」
ロートの質問に俺は「いいや。」と首を横に振った。
「重大な仕事が残ってるならやるけど……そうじゃないなら、やりたいことをしておきたい。」
冷静に決戦のことを考えた時、俺自身はどう動けばいいのか。そのことが頭に浮かんだ。
集まった転生人たちはバグ技を使って戦闘をしてもらう。俺もそこに加わるのかと考えたら……自惚れかもしれないが、違うと思った。
多分、手口をある程度知ってることからコウキの相手を任される可能性が高い。
「いた!ヴラヴィ!」
「おや?ナギトにロートじゃないか。どうしたのかな?」
作戦は人が集まってから細かく決めていくと聞いていた。
だけど、自分に与えられる役割が予想出来ているのなら、ただ待っているだけじゃ落ち着かない。
「イサジを呼んでほしいんだ。特訓がしたい。」
だから決戦に備えて……少しでも強くなっておきたい。