2-1 ゆりりん
「えっと……その、ゆりりんって人と一緒に仕事すればいいってことなのか?」
ゆりりん……その名前からして、強そうには思えないんだけどなぁ……。そもそも名前的に転生人のような気がする……と思ったけど、流石にそれはないか。そんな名前を好き好んで名乗る奴なんていないだろうし。
「そういうことです。」
大臣は俺の言葉に頷く。そしてテーブルに置いてあった資料に視線を落とす。
「場所は城からかなり離れたところにある町です。そこの近くに時折、ドラゴンを従える人物が現れるらしいのです。」
らしいって言ったぞ今。
「その迷惑者を討伐することが仕事内容です。午後から取りかかってもらうので、それまで自由に過ごしてください。その間に出張受付に準備させておきますので。」
「へーい。」
もうおっさんの相手をするのは面倒だ。
昼まで時間があるなら、寝ておくか。時間が飛んだとは言え、大分長いこと活動していたわけだし、休養も必要だ。
それでこの仕事が終わったら絶対に休暇を取ってやる。1週間くらいの。
自室に戻ってベッドの上に転がる。
何かをやろうとも一瞬思ったけれども、特にやりたいこともない。寝るくらいしかやることないし……ってこのままだとヤバいか?
仕事に疲れたサラリーマンのような思考になっている気がする……趣味すらやる気になれないっていう。異世界に来てまでそれっていうのは不味いな。何かやることを見つけよう。
身体を起こして部屋を見回してみるが、何もない。あるのは家具と学校の制服くらいだ。
「…………。」
やっぱやることねぇな。
それじゃ最初の目的通り、寝て過ごしますか。
……。
…………。
…………………。
「起きろナギトォ!!」
大声で起こされた。
「なんだぁ……?団長?どうしたんだ?」
気が付いたら団長が部屋の中にいる。
「早くするんだ!もう時間になるぞ!」
「何言ってんだよ団長。まだ5分くらいしか寝てないって。」
「何言ってんだァナギトォ!現実を直視しろ!」
時計を突き付けてきた。
それよりも現実を直視しろって……失礼だな。現実逃避なんて両手で数えられる……かどうかは分からないけど、あんまりやってないぞ。
で……その時計がなんだって……?
「……12時?」
おかしいな。
目をこすってもう一度時計を見る。
「なんだ。まだ10時じゃんか。脅かすなよ団長。」
「それは分針だ!現実を受け入れろ!」
「……ヤベェな。」
一瞬しか寝てない体感だったのに、結構ガッツリ寝ていたのか俺。団長が起こしにこなかったら確実に寝坊コースだったな。
まぁ結果的には時間前に起きれたわけだし、なんの問題もない。というわけで──。
「行ってきまーす!」
これ以上ダラダラするのは流石に不味い。
あと帰ったら部屋にちゃんとした鍵を付けよう。誰も入ってこられなくなるようなヤツ。
廊下を走って中庭の方へと出て、途中で逆方向であることに気が付いて戻り、なんとか1時ギリギリ前に受付に到着した。
「おっナギト!遅刻寸前とは、自信満々ってことか?」
受付のおじさんにからかわれてしまった。
「まぁ……そんなところ。」
こういう時、言い訳をするよりは冗談に乗った方がいい。その方が笑いで誤魔化せるからだ。小学生の頃とかによく使った手法だ。
「あなたが新人の……?今日から私と組むっていう。」
「えっ?あ、そうだと思うけど……。」
先に受付にいた女性が声をかけてきた。
さらさらとした長く綺麗な髪の毛。まるでアイドルや芸能人のような整った、それでいてあどけなさの残る顔立ちと切れ長な目。スラッとしているが、しっかりと女性らしい身体つき。
一言で言うなら、もの凄い可愛い人だ。
年齢は……俺と同い年くらいに見える。この人が……?
「そっか。私はゆりりん。アゴーンの剣の……一応、エース?みたいに呼ばれているの。よろしくね?」
そう言って手を差し伸べてきた。
「そっか。俺はナギトだ。よろしく。」
差し伸べられた手を握る。
やべぇ……女の子と握手したのって初めてかも。なんか柔らかいし良い匂いがする。
「ナ……ナギト……?」
ゆりりんという名の少女は俺の名前を聞くと、強張った表情へと変化した。口が開き、眉がピクピクと動く。明らかに動揺した様子だ。
え……なんでその態度……?
そんなに俺と握手したのが嫌だったのか……?
「もしかして……日本人……?」
と思ったけど違ったみたいだ。よかったよかった。
「あ、ああ……俺は日本人だ。」
そう答えてから、あれって思った。
だってここは異世界なんだ。日本って国は当然ないし、団長を始め日本を知っている様子の人は誰もいなかったと思う。
だからこそ、ゆりりんの質問はおかしいと思った。
そう考えて我に返ると、ゆりりんは俺に背を向けてしゃがみ込み、両手で顔を覆っていた。
「あの~……ゆりりん?さん?どうしたの?」
「……だって…………名前…………。」
「えっ?名前?」
俺の名前ってそんなに変?自分で言うのもなんだが、結構カッコイイ系の名前していると思うぞ?これでリア充だったら間違いなくモテてた。間違いない。大事なことなので2回言いました。
ってそうじゃない。
さっきの質問の意味と合わせて考えると……。
「つまり、ゆりりんも俺と同じで日本から来た?」
この問いに彼女は黙ったままこっくりと頷いた。
あー……そうだったのか。
どうしよ?朝に名前を聞いた時、変な名前だとか普通名乗らない名前だろって思っちゃった。
だが、それを口に出さなければいいだけのこと。そしてここからの俺の発言次第で、彼女の機嫌と好感度が左右される。重要なチェックポイントだ。事前にセーブしておきたい。出来るわけないけど。
「まぁ……別にいいんじゃないか?ここは日本じゃないんだしさ。そういう名前の方が……なんというか、新しい自分って感じがしないか?」
彼女の方がピクンと動き、横顔が見えた。
よし。あと一押しって感じだな。ここからが大切だ。
「えーっと……だから……その……生まれ変わったからってことで、気にしなくていいんじゃないかなぁ~……って俺は思う。」
ダメだ。上手い言い方が思いつかなかった。そもそも異世界転生してここにいるわけだから、もう既に生まれ変わってるようなもんだ。
こんなんだったら、恋愛ゲームをやっとくんだった。
俺はリア充にはなれなかったよ……。
「そ、そう思う……?」
あ、でも思いの外好感触みたいだ。
顔を上げて俺の顔を見つめてくる。
「ああ!だから気にすることなんてないぜ!」
とびっきりの笑顔で俺はそう答える。
これで彼女のコンプレックス(と思われる)名前の問題は完璧に解決だ。
「そ、そう?そうよね?私、日本人に会うの初めてだし……変に思われてないよね?私の名前って?」
「大丈夫だ!自信持てって!」
何の自信だ?まぁ細かいことは気にしない。
「えぇ!ありがとう!この名前……正直恥ずかしかったけど、元気になれたわ!」
「そっか!それは良かった!」
再び握手を交わし、2人で笑い合う。
傍から見たら変な人たちに見えているのかも。だがそんなことはどうでもいい!
女の子とこうして仲良くなれたんだ!周囲の評価とか視線とかなんて、もはやなんだっていい。
ひとしきり笑った後、彼女に質問する。
「それで俺たちは、どんな仕事をするんだ?」
「──ドラゴンを従える人がいるらしいの。」
ゆりりんは真面目な顔になる。
ドラゴン使いがいるって話はおっさんから聞いたな。普通に考えて、そんな凄そうな奴に勝てるわけないとおもうけど……。
「聞いた話だと……大体2週間くらい前から現れたらしいわ。その人をやっつけるって話が表向きというか……近隣の町から受けた話なんだけど……。」
ゆりりんは背中を丸め、左手を口の横に添える。内緒話のポーズだ。
「出来れば捕まえて、仲間にしたいって話が上から出ているの。私としても出来ればそうしたいって思ってるんだけど……ナギトはどう思う?」
美少女に上目遣いでそういう風に言われたら……答えは一つしかない!
「ああ!俺もそうする方が良いって思う!」
俺のこの台詞に彼女はパアっと笑顔になった。
「そうだよね!?それじゃあ早速、準備といきましょう!」