5-15 EXコード
奴が星剣を一振りするとビーム攻撃が全て斬られ、魔法陣は脆いガラスのように砕け散った。
「なっ!?」
「なんで……!?」
俺とヴラヴィは同時に驚きの声を上げる。
突如として強くなったコウキに驚くヴラヴィだが、俺にとってショックなのはそこではなかった。
「なんで……あいつが……!?」
「これを見せるつもりはなかったんだけどな……使った以上、お前らにはここで死んでもらう。」
そう宣言したコウキの左眼の周りには、黄金に輝く紋様。湾曲した刃が幾層も重なって円を描いている。
あれは……渦……竜巻か……?
「……ヴラヴィ!気を付けろォ!」
どうしてコウキがEXコードを、ゆりりんと同じ能力を持っているのか。
でも同じものには思えない。ゆりりんのは滴の紋様だったが、奴は違う。
「ああ。確かあれは……ゆりりんと同じ……ナギト、何か知っているかい?」
そう言うヴラヴィの声音と表情はもう、先程までの余裕のあるものではなかった。
「……分からない。でも、強くなってるのは確かだ。」
「だろうね。ふぅ……ここからは全力でいかせてもらう。君は巻き込まれないように注意しといてくれ。」
「あ、あぁ……。」
俺の返事を聞く前にヴラヴィは飛び出していった。
両手に黄色の魔法陣を描くと、それをボールのように地面へと叩きつけた。
それは雷となり道路を奔り、高速でコウキへと向かっていく。
「……ふん。」
星剣を一振りすると、その攻撃も全て砕け散った。そして軽くジャンプをするように道路を蹴った。
「……!?」
その動作だけで、一瞬で間合いへと入っていた。
速っ……。
速い。そう感じる前に星剣が振られ、ヴラヴィの身体へと叩き込まれる。
「ヴラヴィ!!」
彼女の身体は道路へと強く叩きつけられるが、生きていた。攻撃を喰らう直前に魔法陣で緩和したようだ。
けど勢いを殺すことは出来ずのたうち回る。
「さっきまでの威勢はどうした!」
「黙っていろ!」
なお襲いかかってくるコウキに向き合い、ヴラヴィは立ち上がると左手で炎を創り出し業火をばら撒く。そして右手で宙を掴むような仕草をし、そのまま引っ張る。
空が歪み、巨大な岩石が落下してくる。
だが、その岩石は業火に包まれ空中で絡め取られた。
それどころか、放った炎も裏切ったかのようにヴラヴィへと向かっていく。
「なっ!?」
青色の大きな魔法陣を創り、そこから洪水の如く放水をして対抗する。
……も業火の勢いに競り負け、洪水は蒸発し炎が彼女の全身を捕まえた。
「終わりだ……死ねよ。」
コウキが左手に持つ──いつの間にか引き抜いていた──炎刀ミノアを振り下ろすと、宙で絡め取られていた岩石がヴラヴィ目がけて落下し始めた。
「ぐッ!ガアアアっ……!」
けたたましい雄叫びを上げ、彼女の身体を中心とし暴風が巻き起こった。
業火を消し、周囲の建物を巻き込んで岩石も遠くへと吹き飛ばす。
「かっ……ハァ……ハァ……。」
「ヴラヴィ……。」
肩で息をし、猫背になっている。着ている服はボロボロ、肌は煤や血、埃で汚れていた。
「へぇ……ちょっとはマシな感じになったんじゃねぇの?」
コウキがそう見下した笑みを浮かべるが、反論する余裕はないみたいだ。
「くっ……!」
あのヴラヴィがこうも一方的にやられるとは。
EXコードの力はそれほどだと言うのか。
こうなったら、イチかバチかになるけど俺が戦うしかない。2人とは実力差があり過ぎるけど、そんなことは言っていられない。
疲労と回復し切っていない痛みが襲いかかってくるけど、それを無視して俺は立ち上がる。
「……あ?あんた、まだやる気なのかよ?」
「当たり前だろ。ちょっと休んでただけだっつの。」
マグレでもなんでもいい。俺がどうにかするしかないんだ。このままヴラヴィを死なせるわけにはいかない。
「へぇ……よく言うよ。あのまま死んだフリをしといた方が良かったんじゃないか?」
「……彼の言う通りだよ、ナギト。……君は休んでいたまえ。」
「ヴラヴィ……!?」
どうして俺を拒むんだ?
ほとんど戦力にならなくても、2人で共闘した方が勝率が上がるんじゃ……。
「ははっ。仲間にも嫌われてるのかよ。この陰キャはよぉ。」
「……そうじゃないさ。言わなかったっけ?……君1人、私で充分だって……!」
「は?」
コウキの顔から笑みが消え、鋭い目つきでヴラヴィを睨みつける。
「……さて、充分に休ませてもらったし、ここからが本番さ。集中してないと、この私に瞬殺されてしまうよ……。気を付けたまえ。」
「……ああそうかよ。じゃあ望み通り、あんたから殺してやる。本気でな。」
無茶だ……。
ヴラヴィの今の言葉。悪いけど虚勢にしか聞こえなかった。回復魔法を発動出来ないほど弱っているんだ。あの状態で戦えるわけがない。
「……イリス、聞いてくれ。」
俺は小声で霊装へと語りかける。
ヴラヴィの狙いは分からない。だから俺も自分の出来ることを勝手に判断してやるしかない。
「……隙を見て……鳥躍を叩き込む。協力してくれ。」
俺の持つ4つの必殺技の中で、一番素早く直線的な攻撃を仕掛ける剣技。
これで一気に……暗殺を仕掛ける。
「……。」
コウキが一歩動いた。右手には星剣、左手には炎刀。
どちらを使ってくるか。どう仕掛けてくるか。
「……ッ!!」
高速で駆け抜け、一瞬でコウキは背後を取った。
ヴラヴィは猫背の体勢のまま右腕だけを前に突き出していた。その指先がキラリと光った。
魔法で創った小さな刃。正面からの攻撃を誘い、それで反撃を決めるつもりだったのだろう。奇しくも俺と似た発想だった。
「……けど、残念だったな。そういう小細工、俺には通用しないから。」
そう言ってヴラヴィが振り向くよりも速く、その場から離れるよりも速く炎刀が振られる。
──死を目前にすると、時間の流れが遅く感じる。
そんな話を誰かからか、それともどこかで読んだ本からか、どこで知ったかはもう忘れてしまったけど、その記憶が唐突に頭に浮かんでいた。
炎刀が地面と水平に振られていくのがゆっくりに見えた。相対するヴラヴィは歯を食いしばり、その場に踏み止まって右腕を掬い上げるように振っていく。
スローモーションに移る互いの攻防。だからこそ分かる。ヴラヴィが魔法を発動し始めたけど、先に届くのはコウキの刃だ。
このままだとヴラヴィが殺される。
俺は視線を落とし、脚を広げて霊装を握り必殺技の体勢に入る。
間に合うのか?
その考えをすぐに消して、一歩踏み出す。マグレでも奇跡でも、間に合わせるしかないんだ。
俺と両者の距離が半分ほどまで縮んだ時、炎刀がヴラヴィの首に触れようとしていた。
その次の瞬間、背景にあったもう一方の戦い──ダイチとアイラの戦い──そこから高速で飛び出してくる影があった。
「伏せてッ!」
それを聞いてヴラヴィの瞳が輝き、仰け反りながら身体を伏せる。
そして突き出された拳がコウキの──盾代わりとして突き出された星剣に命中した。
「ぐっ……くうっ……。」
ガードしたが大きく後ずさり、コウキは飛び出してきた人物を睨む。
「ふぅ……間に合ったみたいで良かったわ。2人とも、大丈夫?」
「ゆりりん!助かった……。」
ヴラヴィは安堵した表情で笑い、へなへなと道路に座り込んだ。体力と気力の限界が来たのだろう。
「来てくれたのか!良かった……!」
気が付いたらスローモーションの世界じゃなくなっていたけど、そんなことはどうでもいい。
ゆりりんの左眼の下には金色の滴の紋様。
このEXコードの力があれば、同様の能力を持つ奴とも戦えるはず。
「……なんかその制服、サイズ合ってなくない?」
ゆりりんは騎士団の制服を着てるけど、いつもより少し身体つきが強調されている気がする。
「……ロートの制服だからかしら?ほら、ドレスで戦うわけにもいかないでしょう?」
「……おう。」
なるほど。つまり2人の身体つきの差が浮き彫りになっているというわけか。それとドレスで飛行船に乗ってたのか。ドレス姿もちょっと見てみたかった。
「着替えて来たせいで遅れちゃったけど……あの人を倒せばいいのよね?」
「ああ。気を付けろ。何故かあいつもEXコードを持っているんだ。」
ゆりりんはコウキの左眼を確認して頷く。
「ええ。ということは……あの人に会ったってことよね。」
「まぁ……そういうことだ。」
ゆりりんの言うあの人が誰なのかは断定出来ないけど、管理者の誰かってことは分かる。
さて……どうするか、だ。
ゆりりんが奴と互角に戦えるのであれば、俺が足手まといになってしまう可能性がある。そうだとすると、俺は参戦せずにサポートに回った方が良い。
それとも……盾役に徹するか?それなら出来そうな気も……。
「ナギト、ここは私が何とかしてみせるから……彼女をお願い。」
「……分かった!」
本人が1人でやれると判断したのなら、素直にそれに従おう。
「大丈夫か?」
ヴラヴィに肩を貸して戦線を離脱する。
その身体はずっしりとしていて、力がまともに入ってないことが窺えた。
「……ナギト。城まで退くことは難しいと思う。」
慎重に歩く最中、耳元でぼそぼそとヴラヴィが囁く。
「だから……隠れて観戦出来るところまで……連れていってくれないかい?」
「いや、そんなこと言われても……。」
考えたくはないが、万が一の事態もあり得る。そうなってしまった時、すぐに巻き込まれないように遠くに避難した方が良い。
「……頼む。見届けたいんだ。」
「…………分かった。」
断ろうとしたけど、真剣な眼差しを見たら頷くしかなかった。
でも、それで良いのかもしれない。
万が一のことを不吉に考えて過ごすよりも、彼女を信じて見守る方が。
「今度は君が俺の相手をするの?1人で大丈夫?」
コウキが煽っているけど、ゆりりんに動じる気配はない。
「心配はいらないわ。……そのEXコード、誰から受け取ったのかしら?」
「神から、とだけ言っておくよ。俺と同じモノを君が持っていることも驚きだけど……君、かなり可愛いね。どうしてあんな陰キャと一緒にいるのさ?俺たちと一緒に来ないか?」
あのヤロー……!
俺をディスるのはいいけど(よくはないけど)、あまつさえスカウトしようなど……許せん!!
「陰キャ?……というのが何かよく分からないけど、私の仲間を馬鹿にしないで!」
「あのオタク臭ぇのが仲間?可愛いと思ったけど、君もそういうタイプ?自分は特別な存在だーみたいな。俺たちみたいな本物の真似をしたさ。」
なんだあいつ?
自分たちは本物で、それ以外は……この世界は偽物だって言いたいのか?
「本物って何?他の人と違う経験があれば、それは特別なの?」
これは……怒ってるのか……?
純粋に疑問をぶつけているようにも見えるし、静かに怒りの炎を燃やしているようにも見える。こんなゆりりんを見るのは初めてだ。
「簡単に言うと、そんなところだ。まぁ陰キャなオタクにはそういう経験、あるわけないけどな。」
「そういうの、よくないと思うわ。」
その言葉に隠れながら俺も頷く。
差別はよくない。絶対に。
「それと……。」とゆりりんは言葉を紡ぐ。
「私は昔、アイドルをやっていたわ。これであなたの言う特別になったわけだけど、それで何が変わるって言うの?結局、差別したいっていう気持ちに言葉をくっつけただけ。そういう人と仲良くするつもりはないわ!」