5-13 孤軍奮闘
「……へぇ。中々面白いじゃねぇか。」
「ぐっ……!」
現時点で最高火力を誇る風祭り。
それをコウキは完全に受け止めた。
炎刀ミノアを両手で構え、正面から俺の必殺技を受け止めた。これは単なる防御ではなく、見せつけているんだ。
お前の攻撃は通用しない、と。
「今ので終わりか?」
「んなわけねぇだろ……!」
そのまま鍔迫り合いになり、煽りに虚勢で返す。
「じゃあもっと見せてみろよ。」
「ぐがッ!」
競り負け後方へと弾き飛ばされる。
身体が倒れまいと力を込めるが、すぐに切り替えてそのまま道路を転がる。見た目は悪いけど転がってでも距離を取った方がいい。
急いで立ち上がって前方を見るも、コウキに追撃を仕掛けてくる様子はない……。
そう思った瞬間、道路を強く蹴って跳び出してきた。
──速いッ!
たとえ世界的なアスリートでも、このスピードを瞬間的に出すことは不可能なはず。
コイツ……武器だけじゃない……!身体も何かしら与えられている……!
「ぐあっ……!」
咄嗟に剣をかばうように前に出した結果、剣撃を運よく防ぐことが出来た。けれど威力を殺すことは出来ず、またもや後方へと吹っ飛ばされる。
「くっそ……!」
カフェの方へと飛ばされ、外に置いてあるテーブルやイスに激突し店の壁に叩きつけられ、それでも俺は立ち上がる。
倒れてはダメだ。諦めてはダメだ。
もはや義務感のような感情を原動力として立ち上がる。
「おいおい?もう終わりか?」
「終わって……ねぇよ……!」
とどめを刺しに来たであろうコウキをその場で迎え撃つ。
武器は平たく、短めに。刃を盾のようにし、腰を落として脚を開く。
防御に特化した必殺技──。
「──月宴!」
両手でイリスを操り、飛んでくる攻撃を薙ぎ、弾き、受ける。
「……!」
これまで涼しい顔をしていたコウキの表情が僅かながら変わった。
楽勝だと甘く見ていたのだろうが、俺の守りを崩せないことに驚いているのだろう。
──これなら……。
……いける!
月宴なら受け切れる。これを起点に攻撃を組み立てていけば太刀打ち出来る。
コウキの攻撃はまだ単調で、実力を出し切っていないだろう。俺をナメているであれば、別にそれでいい。油断だろうが運だろうが、勝てればそれでいい。
「ここだ!」
一際大きく攻撃を弾いて攻撃の体勢に入る。
武器は通常よりも少しだけ短い剣。腕の振りもコンパクトに。
大技の風祭りを使いやすく、その場で放てるようにした必殺技──。
「──花踊!」
「……おっと。」
俺のもてる最高速で連続で斬りつけ、相手を後退させていく。
守りは崩せないけど……前に出てスペースを作れれば、そのまま次に繫げられる──。
「──風祭り!」
「うおっ!」
コウキは退いて避けようとしたが、風祭りの攻撃範囲の方が広い。
両手で柄を握って一発一発を受け止めていくが、先程よりも手応えを感じる。
このまま押し切れるか……?いや、前のめりになるのはよくない。いつ、どんな攻撃がくるか分からない。だから冷静に……。
「……てか、一々なんか言うのなんなの?」
「……こういうモンなんだよっ!」
「へぇ……コッチにはそういうの、なかったわ。」
そう言って柄を強く握り直した。
刀の赤が濃くなり、強く輝き出す。
そして──。
──業火が刀身を包み、炎の刃が襲いかかってきた。
「なっ!?ぐっ、くそッ!!」
風は炎に呑まれ、俺を焼き払おうと迫ってくる。
「ッ盾!」
必殺技を中断し、バランスを崩しながらそう叫ぶ。
重心が揺れて倒れそうになるのを必死に堪え、大きな盾となったイリスを前に突き出して炎を受ける。
「ぐっ……熱っ……!」
けど、その程度の反応で済んだ。
イリスの性能が想像以上だ。これだけの業火を受けているのにも関わらず、俺が感じる熱はそれほどではない。
「……マジか。今ので消えなかったヤツは初めてだ。なんだそれ?」
業火が治まると、驚いた顔をしたコウキが姿を見せた。
「……お前のそれと似たようなモンだよ。」
炎が消えたことに内心安堵しつつ、俺は平静を装ってニヤリと笑う。
……今のはヤバかった。
剣撃ならまだしも、魔法に類する攻撃は月宴でも防げないかもしれない。今みたいにイリスを盾にすれば防げるけど、攻撃に織り交ぜられたら対応しきれない。
「似てるってだけだな。じゃあ……次やるか。」
そう言って炎刀ミノアを鞘に戻した。
そして反対側の鞘に収められている武器を引き抜く。
サイズは普通の剣と一緒だ。フォルムも剣と同じ。違うのは刀身。
透き通っていて、暗闇の中に小さな光がいくつも浮かんでいる。まるで……宇宙を映しているようだ。
「今度はコッチ……星剣ヒダガルで相手をしてやる。頑張って食らいついてこいよ?」
「ああ……そうかよ……!」
聞いたことない名前だけど、きっと炎刀ミノアと同じ存在だろう。何か特別な能力が宿っているはず。
それを分からないうちに無闇に仕掛けていくのは危険だ。……でも、後手に回って勝てるはずもない。
盾から剣へ。イリスと呼吸を合わせて──。
「──花踊!」
一気に畳み掛ける!
「それはもう見たっての。」
互いの刃が激しくぶつかり合い、甲高い金属音が人のいない町に響き渡る。
突如、星剣がまばゆい光を放った。
「うッ……。」
思わず目を瞑り、技のリズムが乱れる。
その場に留まるのはマズい。目が元に戻るのに2秒か3秒、もっとかかるかもしれない。だから後ろに跳び退いて距離と時間を作る。
「ぐあッ……!!」
跳ぶのとほぼ同時に身体に痛みが走った。
肩から胸の辺りにかけての鋭い痛みだ。
片目を無理やり開けて確認すると、痛みが走ったところに深い切り傷があり、血が流れていた。
「……ッ!月宴ッ!」
しかしそれを気にかけている場合ではなかった。
視界の隅に斬りかかってくるコウキの姿が映った。
半ば勘で、半ばヤケで必殺技を放ち、追撃を防ぐ。
「見えてないんだろ?やるなぁ?」
コウキが星剣を振るいながら煽ってくるけど、それに乗ってやる余裕はなかった。
痛みを無理やり無視して必死に必殺技で攻撃を防ぐ。それと同時に思考をフル回転させる。
──どうする?どうやって戦う?
強烈な光で視界を奪われたら、それは大きな隙となる。けど光を放つタイミングは分からないし予備動作も特になかった。だから防ぐことはほぼ不可能だろう。
「くっそ……鳥躍ッ!」
一気に切り込む必殺技を無理やり使って切り抜ける。防がれはしたがすれ違ってそのまま距離を取る。
そして問題がもう1つ。
必殺技の残弾だ。
1本の魔力ドリンクで放てる数は10発。上限は変わらないって説明を受けたから、残弾に関わらず1本飲めば10発放てることになる。
今……何回使った?
魔力ドリンクは残り1本。コイツ相手に回数を余らすなんてことは考えてはいけないから、1本目の効力がなくなった瞬間に2本目を使用したい。そのためには残弾を正確に把握しておく必要があったが……。
7発?8発?くそっ……覚えてない……!
数え間違えて不発になるくらいなら、無駄を作る覚悟でもう2本目を飲むべきか?
「おい。なに考えてんだ?」
「ぐッ……!」
コウキが斬り込んできた。
一旦思考を放棄し、目の前の攻撃を捌くことに意識を集中させる。
左から振られた刃を受け止め、腕を伸ばしながら地面を蹴って反動で離れる。右足を1歩分下げて力を込め、踏み止まり攻撃を仕掛ける。
コウキはそれを避けることなく刃をぶつけてきた。
力と力による真っ向勝負。ぶつかった瞬間に重い衝撃が腕に深くかかるが、剣を手放さないように力を込めて俺は堪える。
ここで踏ん張らないと、また吹っ飛ばされて終わりだ……!
「結構頑張るもんだな……。」
コウキは刃を引いて数歩下がった。
そして右側へと回り込む……所作を見せて逆に動いた。
フェイント!
でも想定内ではあった。右利きの俺に対して攻撃を有効に仕掛けるのなら、左側から攻めるべきというのは、戦闘経験の浅い俺でも理解出来た。
だからこれには対応出来る。ちょっとでも何か仕掛けてくるようなら月宴で確実に受けて……。
「……ッ!?」
次の瞬間、コウキの振るった刃が消えた。
いや、柄は握っている。刀身だけが見えなくなった……?
「ぐああああッッ!!」
腹部を深く斬られ、次いで強い蹴りを入れられた。
激痛の悲鳴とともに身体がよろめき、数歩下がった後にうずくまり、痛みを抑えようと本能的に傷口に手を押し当てる。
「なんだ?今のも防いだりすると思ったけど……意外と呆気ないな……。」
俺はうずくまったままコウキを見上げ、睨み付ける。
傷口から溢れる血で押さえる手が真っ赤に染まっていく。蹴られた痛みも伴い、まともに動くことが出来ない。
──考えろ考えろ考えろ!
今の……星剣の能力を勝手に判断したのがミスだった。光を放つ武器じゃない……光度を調整出来る武器なんだ。それで光を反射しなくなり見失った。
それが分かった。じゃあここからどうやって逆転する?そもそもこの怪我で戦い続けることは出来るのか?失血で死ぬのか?
「じゃあ楽しめたことだし……そろそろ死ねよ。」
くそッ!動けッ!俺の身体ッ!
ここで死んでたまるか!俺が死んだら……あいつらはどうなる?
「まだ……終わって……ねぇぞ!!」
歯を食いしばって立ち上がる。
身体は震えるけど、まだ動ける。まだ戦える!
「いやいや、もう終わったも同然だろ?」
コウキの言い分ももっともだ。
今の俺の状態では、子供にだって負けるだろう。
それでも、戦う理由が俺にはある。動くにはそれだけで充分だ。
「根性はちょっと認めてやるよ。けど、そんだけ。まぁ陰キャにしちゃあ……。」
「ナギトッ!!来たぞッ!!」
突然、大声が人気のない町中に響き渡った。
「ん?」
コウキは声のした方に視線を向ける。
制服を着た騎士団の人々、その先頭に立つ全身をアーマーに包んだ人物。
「……遅ぇよ……ダイチィ……!」
「待たせたなナギト!後は俺たちがやる!任せておけ!」
シメアとロートが呼びに行った騎士団が到着した。
時間稼ぎをするつもりはなかったが……間に合ってくれて本当に助かった。
「なんだ?今、こいつとやってたんだけど?」
「ここからは俺が相手をすると言っているんだ。覚悟しろ!」
その宣言をした直後、黄色い光が鞭のように伸びてきて騎士団の数名を無造作に突き刺した。
「なっ!?」
唐突な攻撃。けれどコウキが動いた様子はない。
「いやいや~なに言ってんの?」
マントを羽織った金髪ギャル──アイラが俺たちと騎士団の間に割って入る。
「あんたらの相手はあたしがまとめてしてやるからさぁ……邪魔すんじゃねーし?」