1-7 バグは活かせば最強!
「…………あれ?」
真っ暗になった──そう思った次の瞬間には、また普通の明るさに戻っていた。
一体何だったんだ?今の……?
ん……?
明るい……?
顔を上げると、木々の向こうにある太陽が輝いているのが分かった。
あれぇ……?さっきまで夜だったよな?どうしてあそこに太陽があるんだ?つまり今って、朝ってことだよな?水を掬っただけで朝に?んな馬鹿なことが……。
……あり得るか。
この世界にはバグがあるんだ。突然次の日になるバグがあったって不思議じゃない。そういえば、バグ辞典をパラパラとめくった時に、そういう感じの文章があった気がする。
とりあえず瓶に入れた水を飲み、草地に腰を下ろす。
「えーっと……どこだっけ?」
真ん中の辺りで見かけた気がするんだよなぁ……おっ。あったあった。
『翌朝になる現象』
これだ。
「なになに……?」
『日付が変わり始めるタイミングで、月を見上げ真水を掬うと翌朝になる。』
……。
すげえピンポイントな現象だなオイ。
『尚この時、直前に立てた後々更なる事象を引き起こす言葉・行動──いわゆるフラグが一つ回収された状態となる。』
ここで一度バグ辞典から目を離し、空を見上げる。
俺が立てたフラグか……なんか言ったっけ……?
……なんか、オークを倒すとか言った気がする。うん。きっとそういう感じのことを言ってた。それはつまり……!
バグ辞典を脇に抱え、昨日……というか、さっき通った方向を進む。
そして歩くこと数10分──。
「いたァーーーッ!!!」
オークが地面に倒れているのを発見した。
近寄って確認。
間違いない。このオークは死んでいる。(何もしてないけど)俺の勝ちだァ!
「ハッハッハッ!」
なにこのバグ!?
最強じゃん!
勝利フラグっぽいことをテキトーに言って、このバグを使えばなんだって倒せるわけだ。上手くやっていけば、これで頂点を獲ることも可能だ!
俺の時代、始まったな。さて、まだ何か続きが書いてあった気もするし、念のため読んでおこうか。変なデメリットでもあったら困るし。
『この現象が成立した場合、必ず翌日の朝6時となる。』
これでバグの説明は終わっていた。
朝の6時になるのか……まぁゲームによっては6時から新しい1日っていう設定になっているのもあるし、この世界もそういう感じなんだろう。
デメリットはないようで安心した。これで後は城まで帰るだけ……。
……6時?
……締め切りって、確か8時だったよな……?
今、どれくらい経った!?
オークを発見するのに、多分3、40分くらいか?バグ辞典を読むのに10分くらいだと仮定して……絶対、城まで帰るのに間に合わないよな……。
「くっそぉーッ!」
まさかこんなところに落とし穴があるとは!!
どうする?オークを倒すっていうノルマは達成したわけだし、遅刻しても良い評価は貰えるはずだ。今から走っても間に合わないことは確定しているわけだし、諦めてのんびり帰るか?
いや!ダメだ!
せっかく倒したのに遅刻してしまっては何の意味もない!遅刻しようものなら、大臣に「どうせ倒すのに時間がかかり過ぎて遅刻したんでしょう?」と言われてしまう。というか絶対に言われる。俺には分かる。
あっそうだ。証拠を持っておかないと。
オークを観察してみると、首に緑色の石を付けたネックレス?みたいなのが付いていた。この石を貰っていこう。ドロップアイテムってやつだ。
さて、ここからどうやって帰るかだけど……。
「まぁ……これに頼るしかないよな……。」
頼むバグ辞典!もといこの世界の不具合よ!
俺のこのピンチを救ってくれ!
もの凄い勢いでページをめくり、求めている情報を探す。気分は速読の世界記録挑戦だ。そういえば速読って内容があまり頭に残らないってネットで見たことあるけど、それってホントなんだろうか?
もしホントだったら……別にいいか。どう読もうと人の勝手だしな。でも速読を自慢するのはあんま良くない気もするけどな……っと。
「コレだな!!」
『高速後方跳び』
この項目だ。なになに……?
『臀部を何かにぶつけながら、もしくは当てながら後方へと跳ぶ。その状態で遮るものがなくなると、高速で身体が後方へと移動する。』
あ、コレ知ってる。
世界的に有名なゲームと同じ現象だ。青いオーバーオールを着た髭のおじさんが主人公のゲームだ。
この世界にもまさか同じバグがあるとは……本当にここは異世界なんだよな?ゲームの中とかじゃないよな?……ちょっと不安になってきた。
というか、俺が使った他のバグ技もなんかのゲームと同じものだったりして……まぁいいか。それを考える時間はない。
早速実践だ。
必要な物は全て身に着け、近くにあった木に尻をこすりつけながらジャンプする。傍からみたらレベルの高い変態だなこりゃ。
そしてちょっとずつ移動していって……尻にぶつかるものがなくなった瞬間、俺の身体が凄い勢いで移動し始めた。
「うっ……おおおおおぉぉぉっっ!!」
身体は普通に立っている状態なのに、どんどん移動していく。自分が高速で移動しているっていうよりも、景色が勝手に動いていくような感覚だ。
あっという間に森を抜け、町中を通り抜けていく。後ろに向かって移動し続けているわけだから、行先に何があるのか見えなくて怖い。でもまぁ直立している人間が高速で移動しているのを見たら、少なくとも人は近づいてこないだろう。
恐怖心と好奇心が混じった視線を大量に浴びながら町を抜け、外へと出る。来る時にあんなに歩いた道もあっという間だ。でも道筋は真っ直ぐだけじゃなかったはず。
ちょっと方向修正。常に尻が向いている方向に移動し続けるわけだから、身体をちょっと捻ってやれば修正完了。楽ちん楽ちん。
そしてカノナス城に到着。
尻の力で城門をこじ開け、城に勤める人々からも変な目で見られつつ、目的地である会議室に到着。時間にすると精々5分10分か?
「おい大臣!帰って来たぞ!」
ジャンプしてバグ状態を解除。
「んなっ!?バ、バカな……今、変な動きしてませんでした?」
「気のせいですよ。……ていうか今、バカなって言いませんでした?」
やっぱり俺が間に合うと思ってなかったみたいだな。
「気のせいです。それで、魔物を倒したという証拠はあるんでしょうね?」
やっぱりそうきたか。ここで手に入れておいたドロップアイテムが役に立つってもんよ。
「コレだ!」
オークを倒した証──緑色の石を見せつけると、大臣のかけているメガネがずり落ちた。
「そ、それは……!」
「これで分かったでしょう。大臣。彼は本物です。」
俺の後ろから声がした。
団長だ。俺の援護に来てくれたっぽい。
「ナギトは必ず、我らが騎士団──イポティスの集いのエースになる男です。」
「団長……!」
そして俺の肩をポンと叩く。
「だからよ……!くじけるなよ……!」
「当たり前だろ!団長!」
団長からも厚い信頼があるし、嫌味な大臣もこれで俺の実力を認めざるを得ないだろう。ようやくバラ色の異世界ライフの始まりだな。
「ふっ…………まぁいいでしょう。」
しかし大臣は不敵に笑った。そしてずり落ちたメガネを直す。
「エースとなる男なら……ちょうどいい仕事があります。本来は団長クラスに頼む仕事ですが……勿論、受けてくれますよね?」
え。それはちょっとヤダなぁ。
「当然です!ナギトなら必ずやり遂げますよ!」
何言ってんだよ団長!?
「では決まりですね。既にアゴーンの剣のエースには依頼を済ませています。」
アゴーンの剣……それって確か、実働部隊というか、バトルメインの組織だったよな?
「団長……アゴーンの剣のエースって、どんな人なんだ?」
この大臣みたいな人だったらイヤだなぁ……。人によっては、無理矢理にでも断ってやる。
「ナギトは来たばかりだから知らなくても無理はないな。彼女はこの国でも最強と謳われている。」
団長の言葉に大臣は頷く。
「ええ。ではナギトくん。しっかりと仕事をこなしてください。くれぐれも我が国のエース……”ゆりりん”の足を引っ張らないようにしてくださいよ?」