5-12 それは突然に
「おーココが異世界なのか。なんか思ったよりも普通の見た目だな。」
町が騒めく中、光る球体から姿を見せた人物──青年はそう言った。
見た目からして、俺と同い年くらいに見せる。軽く茶色が入った髪、一言で言うなれば爽やか系。そんなイケメンだ。腰には左右に1本ずつ帯刀されている。着ている服は……学生服?ブレザーを改造して着崩している……ように見える。
「てか変わんないだったら、来た意味なくね?なんつうんだっけ?無駄……無駄……?」
恐らく無駄骨と言いたいであろう少女──これまた青年と同い年くらいだ。
ウェーブのかかった金髪、やや焼けた肌。一言で表すならば……ギャルだ。青年と同じく着崩したような制服を身に纏っていて、高級そうな大きなマントを羽織っている。そして右腕には金色の腕輪。……金持ちなのか?
「あー……まぁなんだっていいだろ。それよか、ココがどんな感じなのか見ておかないとな。」
──こいつら……。
頭の中をグルグルと思考が巡る。
何者だ?恰好的には俺たちと同じ日本人のように見える。
だとしたらどこから来た?あの光る球体から現れたってことは、そこが別の世界と繋がっているのか?そもそも、他にも異世界が……。
「あ……。」
その時、シメアから聞いた話を思い出した。
異世界は沢山あって、神様はその中から選んで転生させる。そんな話だった。
今思うと、それは管理者の下でって意味なのだろう。
「……ん?日本人?」
俺が声を出したことで、初めて俺たちがいることに気付いたようだった。
青年は怪訝そうな顔をした後、納得したように笑った。
「……なるほどな。そういうことか。」
何を納得したのか分からないけど、これで俺も1つはっきりした。
この男は……恐らく女性の方も、俺たちと同じ転生人だ。俺たちと同じく転生して異世界に行き、あの光る球体でこちらの世界にやって来た……そんなところだろう。
「おいあんた!あんた日本人だろ?転生ってやつか?」
初対面であんた呼ばわりされたことに内心イラつきつつ俺は答える。
「……ああ。そうだ。俺たちは転生人だ。」
「たち?」
ん?ああ、俺1人だと思っているのか。シメアは日本人とは顔立ちが少し違うからカウントされていないとして。
身体を半歩動かして隠れていたロートを見えるようにする。
「ほら、ここにもう1人……。」
いくら何でも人見知りし過ぎだろ。
そう思いながらロートを見たら、その表情は……。
酷くショックを受けているような、怯えているような……恐怖やら何やら混じり合った顔だった。
「……ロート?」
俺の腕と肩を強く掴み、固まったように動こうとしない。
一体何が……?
いや、考えるまでもない。
こいつらが原因だ。何が起きているのかは分からないけど、原因がはっきりしているなら……。
「おっ!もしかして麗白?」
そう──俺が何か言う前にギャルが──言った。
その言葉にロートの方がビクッと震えた。
「マジ!?死んだと思ったらこんなところにいたんだー。あたしのこと覚えてるー?ほら、同じクラスで友達だった雷坂愛楽だよ。」
同じクラス……?
「そんでコッチは焔光生!ちゃんと覚えてるー?」
そう言ってイケメンをグイと引っ張って前に誘導する。
「ちょ……アイラ。急に引っ張るなって。でもココで空野さんに会えるとか奇跡みたいなもんだよね。自殺したって聞いたからさ、何があったんだろーなーって皆で話したことあったんだ。」
心臓がドクドクと早鐘を打つのを感じる。
「てか麗白がいるなんて超ラッキーじゃん!この世界を貰おうって話を昨日したんだけどさー、ここにいるならまた前みたいに遊べんじゃん!」
「……は?この世界を……貰う……?」
コウキという名の青年は頷いた。
「ああ。俺たちが倒した魔王ってやつが、この世界に来ようとしてたみたいなんだ。で、そいつをやっつけてやることがなくなったから、こっちにも同じようにやってみようって話になったんだよね。」
こちらは……敵だ!
「皆!逃げろォーーーー!!!!!」
腹の底から大声を出して町の人たちに危険を伝え、首元にぶら下げていた霊装イリスを掴む。
イリスに俺の考えが伝わったのだろう。声に出す前に剣へと姿を変えた。
「うおっ!急に大声出すなよ……うるせーなぁ……。」
「侵略者が何言ってやがるッ!!」
こことは別の異世界で魔王を倒して暇になったから、そこから繋がる別の世界に行って侵略・支配を行う。
言い分をまとめるとこんなところだ。
そんな奴らを野放しにするわけにはいかない。
「侵略?何言ってるんだ?俺たちがやろうとしてるのはゲームみたいなもんだよ。つまりあんたは障害物みたいなもん。楽しめる程度に抵抗してもいいけど……。」
コウキは逃げ惑う人々を眺めながら溜め息を吐く。
「狩る対象を減らすなよ……空気読めねぇなぁ。」
「なんならあたしが狩ろうか?あたしならココからでもやれるよ?」
イラついた態度となったコウキと、それを励ますように、そしてどこか楽しそうに言うアイラ。
本当に……ゲーム感覚でやる気だ。
「いや、いいよ。それは後から皆と一緒にやればいい。」
皆……?他にも誰かいるのか……?
「どういう意味だッ?転生人なんだろ、お前ら!」
「転生……?違う違う、俺たちはそんなそこらへんにいるのと一緒じゃない。」
腹立つ態度で手をぶんぶんと振る。
「転移したんだよ。ある日、神って名乗る奴が現れたんだ。異世界に来て魔王を倒してほしいって。それでクラスごと転移した。分かった?」
クラスごとって……。
魔王を倒したとも言ってたし、その話が本当ならクラス全員が何かしら強力な能力を与えられたと考えていい。
何十人いるのかは分からないけど、そのうちの2人がココに来ているってことか……。
「……さっ、話してる間にいなくなっちゃったな。でもいい。あんたが相手してくれるんだろ?」
「それと麗白もね~。」
アイラが背中にいるロートに視線を送ってくる。
「ロート……。」
過去に何があったのか、聞いたことがあった。
だからこそ、この場で無責任な言葉をかけることは出来ない。
だから……。
「城に戻ってろ。こいつらの相手は俺がする……!」
「……!ナギト……。」
一瞬、ロートの顔が明るくなった気がした。けどすぐに瞳は潤み、顔を下げる。
「マジ?あたしら2人と1人でやろうっての?すごっ、エリートじゃん。」
「それは無理な話だろ。それとも……そこの女の子も戦うとか?」
俺の隣に気丈に立つシメアを見つめてくる。
今のシメアは神様ではなく村人。戦うことは出来ないはず。
「……騎士団を呼んできてくれ。ダイチ優先で。」
ボソリと呟くとシメアは静かに頷き、ロートの手を引いて走っていった。
「ありゃ?行っちゃったけど……いいわけ?」
「ああ。言ったろ?俺1人で相手するって。」
「へぇ……カッコイイじゃん。」
応援が来るまで時間稼ぎをすれば俺の勝ち。
でも、そんな余裕は多分ないだろうし、するつもりもない。
こいつらがロートをイジメて追い詰めて、自殺に追いやった連中だってんなら……この場で俺がぶっ潰してやる!!
「……分かった。じゃあまずは俺が相手するよ。」
「ちょ!?コウキ!?」
アイラの肩をポンと叩いて前に出てくる。
「リーダーは俺なんだ。言うこと聞いてくれよ、アイラ。それに……2人でやったらあっという間でつまんないだろ?」
「まぁ……そうかも。分かった!コウキに譲ろう!」
そう言ってコウキの肩を叩き返す。
とりあえず……俺が馬鹿にされてるのは間違いないな。
「つーわけで……あんた、名前なんだっけ?てか言った?」
「ナギトだ。ていうかロー……麗白の同級生ってなら俺が先輩だ。この茶髪ヤロー。」
「あーはいはい、先輩ね。変な呼び方すんなよ陰キャがよ。」
「そういう差別……やめろ。」
でもまぁ……ここが学校ならそうなんだろうな。
こいつらはリア充でスクールカーストもトップの方で、俺はクラスで少数派のオタクで底辺の方のポジションだ。
けど、異世界にいたら関係ないな!
「あーはいはい、俺に勝てたらやめてやるよ。」
テキトーな返事をして左側に帯刀している柄に手をかけた。
なんだあれ……?刀か……?
彼が鞘から引き抜いたのは細身で長い、赤い刀だった。
ただ赤いのでなく、宝石のように透き通っている。深紅に染まる刃は芸術品のようだ。
「あらゆる世界を見渡しても1つしかないという……この炎刀ミノアで相手してやる。」
「は……?ミノア……?」
「ん?……いや、知ってるわけないよな。特別なモンだって言ってたんだから。」
コウキはそう言っているが、知っているに決まってる。
いや、明確な心当たりがあるわけじゃない。ただ、その名前を知っているというだけだ。
管理者ミノア──この世界とは別の世界を管理している人物だ。
その名前を冠した武器ということは、当人がそういうものとして渡したか、もしくは……。
「……おい、いつまで固まってんだ。いい加減に……。」
「……ああ。分かったよ。」
腰のホルダーから魔力ドリンクの小瓶を掴んで飲み干し、脇へと捨てる。
顎を下げ、腰を落とし、刃を地面へ向ける。
管理者と同じ名前の刀、魔王を倒したという話……。
コイツは間違いなく強い。だから悠長に構えず一気にいく!
姿勢は下げたままに大きく踏み込み、そのバネを使って一気に間合いを詰める。武器は細く長く、速さと切れ味を重視して……。
間合いに入ったところで上へ向かって跳び、勢いに乗った刃で斬り上げる。
「──鳥躍!」
必殺技を決めるが……。
くそっ……!防がれた……!
空中で俺はコウキを睨みつける。
普通に刀を横に構えて防いだだけなのに、重い……!
仕掛けた俺の腕がビリビリと震える。あの武器が凄いのか、コウキの腕力が凄いのか……それは今のでは判断出来ない。
「へぇ~……なんか面白いの、持ってんじゃん。」
そう言うだけで、俺が着地するまで手出ししてこなかった。
「このっ……!」
舐めてやがる……!
着地して回り込むように駆け出し、同時に次の必殺技の体勢に入る。
走りながら大きく回転し、風と刃による層を作っていく。武器は通常の剣のサイズに。
──イメージは鳴子を振るように。
幾層も作り、回転の勢いと力が乗った刃で斬りつける。
「──風祭りッ!」