4-12 不本意な勉強、それと本名
それから……。
ようやく訪れた昼休み。その頃には俺はクッタクタになっていた。
毎日、こんな長時間勉強してたんだっけ……もう無理だ。不真面目に授業を受けてたら、いつ呼び出しされるか分からないし……強制される勉強って苦痛だ。指してくる教師がいなかったのがせめてもの救いだ。問題の答えとか全く分からないからな。
「うぅ……死ぬ……。」
ガヤガヤと賑やかな教室で、ロートが暗い顔でそう言ってしゃがみ込む。
「気持ちは分かる。」
俺はその肩をポンと叩き、ダイチとゆりりんの方を見る。
2人とも、なんだかんだ充実しているみたいな顔をしているからな。どうしてこうも差が出るのか。
「懐かしいという感じだったからな。」
とダイチ。一度卒業した身分としては、また高校生になるってのが現役とは違う気分ってことか。
「私は……その、経験がなかったから……。」
とゆりりん。経験がないってどういう意味だ?
まぁ、それはさておき……。
「どうするんだ?昼休みになったけど?」
昼食で皆、グループになったり教室を出たりしている。今なら行動しても怪しまれないだろう。でもアテがないから、ただ行動しても仕方がない。計画を立てる必要がある。
「いきなり行動に移すことは難しいからな……とりあえず、授業中に少し考えていたんだが……。」
おっ?なんだダイチ?
真面目に授業を聞いてると思っていたら、他のことも考えていたのか?
「まずは呼び方を変えよう。このままだと怪しまれる。」
「呼び方?…………ああ。」
一瞬意味が分からなかったけど、すぐに合点がいった。
ゆりりんとロートか。
確かに日本でその呼び方をしたら目立ってしょうがないわな。好奇心に駆られた誰かが接してきても困るし、ないとは思うけどイジメと思われて先生が出てきたら困るし……。
「つまり、本名で呼ぶってことだな。」
「そういうことだ。」
俺たちの会話に2人はビクッとした。
「あー……でも……。」
この2人、本名は教えてくれなかったんだよな……異世界で新しい名前になったし、旧名?を使うのを躊躇う気持ちも分かるけど、ただそれだけじゃないと思ってる。
だからこそ、この状況で必要なのは分かるけど、無理強いはしたくないというか本人の気持ちを尊重したい。
「……大丈夫よ。我が儘を言っていられる状況じゃないことは分かってる、」
ゆりりんは決意したように頷き、それを見たロートはため息を吐きながら頷いた。
「仕方ない、か。…………でもここだけで呼ぶこと。それが条件。」
「分かった。」
俺とダイチはすぐに頷いた。
それから教壇の前に移動。そこにクラスの座席表……つまり名簿が置いてある。昼休みなら教壇に立っていてもおかしくないしな。
「これを見れば名前と漢字が分かる。呼び方は……好きにしよう。それじゃあ、まずは俺からだな。」
ダイチが自分の座席のところを指さす。
「『黒岩大地』。それが俺の本名だ。名前がそのまま異世界での名前になっているから、呼び方を変える必要はないと思う。」
ふーん……そういう本名だったんだ。
というかコレ、オフ会で本名さらすみたいな恥ずかしさがあるな。経験ないけど。ダイチが先陣を切ってくれて良かった。
「じゃあ次は俺で。」
こういうのはさっさとやった方がいいんだ。後になればなるほど恥ずかしさと緊張感が強くなるんだ。ばっちゃが言ってた。
「俺は『潮見凪人』。えーっと……そのままナギトって呼んでくれ。」
……他に言うことがないな。
というかフルネームを名乗るの久々だな。名前だけで通じる世界にいるもんなぁ……。そうなってくると、逆に苗字に違和感が出始めるから慣れってもんは怖い。
それにしても、どうして苗字を必要としていないんだろうか?無事に帰れたらシメアに訊いてみるか。
「えっと、次は私かしら?」
ゆりりんが遠慮がちに座席表を指さした。
「私の本名は『明庭祐莉華』……聞いたこと、あるのかしら?」
「聞いたこと?」
なんかお嬢様みたいな名前だと思ったけど、やっぱりそうだったりしたのだろうか?それなら名前を言い出しにくいってのも分かるし、ニックネームでもあるゆりりんって名前を恥ずかしがるのもなんか分かる。
「明庭祐莉華……ゆりりん……う~ん……どこかで……。」
ダイチがなんか唸ってるけど無視。
「じゃあ最後はロートだな。」
「そうね!知らないなら別にいいの。それじゃあロート、お願い。」
なんか少し慌てたような、それでいてホッとしたような調子でゆりりんがロートにバトンタッチ。
「フッ……任せておけ…………ん。コレ。」
急に不機嫌になって、自分の名前のところを示した。
そこに書いてある名前は……。
「えーっと……なんて読むんだ?」
『空野麗白』
そう書かれていた。
苗字は分かるけど……名前の方、なんて読むんだろう?レイハク?……じゃないよな。
「………………しろ。」
「えっ?」
ぼそぼそと何か言ったけど、声が小さすぎて聞き取れなかった。
「……ましろ!空野麗白!んにゃー!だから言いたくなかったのにィ!!」
そう叫んで頭をモシャモシャと掻き毟る。
「お、落ち着け!キャラが変わってるぞ!」
「そ、そうよ!それに麗白って名前、私は可愛くて素敵だと思うわ!」
「そういう慰めはいらないー!!」
恥ずかしそうに頭をゴンゴンと教壇に打ちつける。
ちょ!目立つからヤメテ!!
「と、とりあえず!出るぞ!」
ロートを引っ張って脇に抱え、4人で教室を出る。そしてそのまま廊下を駆け抜け階段を駆け上がっていく。やがて辿り着いた先──屋上へと続く踊り場に座り込んだ。
屋上は封鎖されているみたいで行くことは出来ない。が、だからこそココまで来る生徒なんてほとんどいないわけで、人目を避けるにはもってこいの場所だ。
「ふぅ~……これで一安心だな。落ち着いたか?ロート?」
「あーうん…………少々取り乱してしまったな……!」
少々……?
まぁいいか。危機は脱したわけだし、これからについて話さないとな。時計を持ってないから分からないけど、昼休みは多分あと20分くらいだろうから。
「えーっと、これで全員の名前は知れたわけだから、ここにいる間はそれで呼び合って行動しよう。それで次の段階だが、魔女の媒体探しだ。」
うんうん。
それが最優先事項だからな。それを邪魔されないための勉強であったり名前呼びであったりするわけだけど、それをやらないことにはどうにもならない……というか、死ぬ可能性すらある。
「だけど、分かりやすいところに置いてあるとは思えないし、見つけるには時間がかかると思う。だが、そのための時間は少ない。」
そういや……さっきロートを抱きかかえて走ってしまった。咄嗟のことだったけど、思い返すと恥ずかしくなってきた。
ロートの方をチラリと見ると、彼女も同じ思考なのか俺の顔を見て俯いた。
「記憶を元に創られたというこの世界が、どこまで再現されるのか分からない。学校を元にしている以上、放課後を過ぎて夜になったら、何もかもなくなる危険性がある。……聞いてるか?」
「あ、ああ。聞いてる。続けてくれ。」
「そうか。……だからこそ、今から夜になるまでの約6時間、無駄にすることは出来ない。多少の無茶をしてでも捜索に動くべきだと思う。」
「午後の授業をサボるってことだな!」
悪いことを考えるな。褒めてやる。
「悪い顔をするな。午後には授業が3つ。これをいきなり全員で抜け出したら怪しまれるから、まずは1人が抜け出すことにしよう。その次の授業で、保健室に行くと言ってもう1人。最後の授業でも同じことをする。この流れでいこうと思う。どうだ?」
「ああ。いいぜ。」
俺の言葉にゆりりんとロートも頷いた。
授業を聞いてないことは数え切れないほどやったが、サボって抜け出したことはなかったからな。こんな状況だけど、なんかちょっとワクワクすっぞ。学校にいた不良もこんな感じの気分だったんだろうか?
ちょうどその時、予鈴が鳴った。
「そんじゃ、俺は最初から最後まで抜け出すから……大地、祐莉華、麗白。上手いことやってくれ。」
試しに名前で呼んでみたけど、やっぱり違和感と気恥ずかしさがあるな。慣れる時は来るのかな?
「分かった。それじゃ凪人。頼んだ。」
「おう!」
階段を下りていく3人の後ろ姿を見送って、午後の授業開始を知らせるチャイムが鳴るのを待ってから、俺は行動を開始する。
授業中だから廊下に人はほとんどいないけど、教室の扉に付いてる小さなガラスから見えてしまう。だから教室の前を通る時は屈んでバレないようにしないと。
「さてと……。」
媒体とやらがどんな見た目か分からないけど、隠すとしたらどんな場所が良いかな?
魔女の視点で考えろ。
簡単に見つかる場所には置かないはずだ。いや、媒体ってバレなきゃいいわけだから、敢えて堂々と置くのもアリか?
……その考え方は後回しにしよう。それを考えてしまったら、それこそいくら時間があっても足りなくなってしまう。見つかりにくいところにあるのを前提としよう。
「ん……?」
どこからか足音が聞こえていたので、近くにあった空き教室に入る。授業中といえど、完全に人が廊下からいなくなるわけじゃない。考え事をするなら、こうやって隠れての方が良いな。
学校で見つかりにくい場所……要は人が立ち入りにくい場所ってことだよな?
パッと思いつくのは、立ち入り禁止の屋上に……化学準備室とかか?先生以外に入ることなんてまずないし。あとは部室棟とかかな?この学校にあるのか分からないけど。
……ヨシ!
とりあえず、今思いついたところを探索開始だ。