4-10 魔女の住処
「なんでココに……!?」
船上で急にいなくなったと思ったら、食堂で再会することになるとは……。とりあえず、また会えたってことは夢や幻ではなかったらしい。
「勿論、仕事。もう片付いたから、長居する意味はないけど。」
そう言って俺の皿からつまみ食いする。
「ナギト、この子は?」
ああ、そうだった。
ダイチたちには話してなかったからな。まぁ船内のどこにも見当たらなかったわけだから、話しても信じてもらえないと思ったからだけど。
「彼女はアカリ。えっと……つい最近、知り合ったんだ。」
船で会ったことは伏せても問題ないだろう。そこんところの説明とか面倒くさいし。
「ふーん……。」
「……ロート?」
何故か若干目を細め、どことなく不機嫌な様子になるロート。いつ知り合ったんだって訊きたいのかもだけど、そこは拾わないでほしい。
「それで、魔女の居場所が分かるのか?」
「うん。ここから結構歩いたところにある……と思う。」
「断定は出来ないのか……。」
「いや、それでも充分な話だ。俺たちは何も掴んでいないからな。もしいなかったとしても、痕跡でも見つけられれば、それだけで大きく前進だ。」
まぁ……ダイチの言う通りだな。
俺たちを含め、他の人たちも情報を何も得られていないみたいだからな。
「一体どこなんだ?教えてくれ。」
「いいよ。」
そう言ってまた俺の皿からつまみ食いする。
食堂に来ているってことは、何か注文したってことなんだよな?なんで俺の皿から取っていくの?
「ねぇ……もしかしてだけど、私とナギト、あなたに前に会ったことあるかしら?」
アカリの顔を見つめていたゆりりんが自信なさげにそう尋ねた。
前に会ったこと……?
どんどんつまみ食いしていく姿を見ながら首を傾げる。
あるかな……?こんな食いしん坊っぽい子……。
「うん。あるよ。」
悩んでいたら、あっさりと肯定された。
「あるの?」
ロートとダイチが同時にそう呟いた。
俺の反応を見ていたら、そりゃあ疑わしくもなるわな。全然思い出せない。
「ええ。あの時……夏祭りの時に会った……わよね?」
ゆりりんにそう言われて思い出した。
そうだ。あの時の子だ。
目を引く大きな瞳と食いしん坊を思わせる大量の食べ物。会話らしい会話をしていないけど、あの時に会った子で間違いない(ゆりりんがそう言ってるし)。単なる迷子かと思ってた。
「うん。夏に会った。」
またしてもあっさりと肯定。
なんか……テンポ良いというか、ホイホイ会話が進んでいくな。ゲームでボタン連打している時の会話みたいになってる。
「あの時も仕事だったのか?……というか、仕事って何やってるんだ?」
見た目的に中学3年……か高校1年生くらいに見える。そのくらいの歳の子が何か仕事に就いているってイメージはあんまり湧かないな。日本のイメージだから、異世界にそれを当てはめようとするのは良くないと思うけど。
「……お手伝い、みたいな仕事をしている。今日はイサジ・タカエの様子を見に来ただけ。」
「イサジの?」
なんでイサジの様子を……?
どういう接点が……?
「そう。もう終わったことだから、気にしなくて良い。それより、魔女のところ……行くんでしょ?」
「ん、ああ。そうだな。案内してくれるんだよな?」
「勿論。早速行こう。」
早速?
いや、まだ食べてる最中だからもう少し待ってもらえたら……。
「……あれ?」
いつの間にか、俺の皿が空になっている。
まだ半分近く残っていたのに……。
「……おい。」
アカリを見ると、口元に付いたソースを指で拭っているところだった。
コイツ……!
「ん?……ああ、皆、食べ終わったみたいだから、行こうか。」
「俺、半分くらいしか食べてないんだが……?」
「気のせい。」
んなわけあるか。
──俺の食事代はアカリと折半になりました。
そして、外に出てすっかり暗くなった町中を歩く。
「どの辺りにあるんだ?」
「そこそこ歩いたところ。遠いけど、後回しにしても良い……そういうところ。」
「なるほどな。」
ダイチは地図に視線を落とす。
ヴラヴィが調べたのは辺鄙なところが多い。そこまでではないけど、俺たちを含め冒険者が調べに行くにはちょっと遠めなところ……要はメンドーなところにあるってことだな。
「ねぇ……変わった子みたいだけど……大丈夫なの?」
町を抜けて真っ暗に近い森を進む中、ロートがそう耳打ちしてきた。
「……悪い奴じゃない、と思うんだよ。」
と俺は返す。
よくよく考えたら、俺もアカリのことをまだ全然知らないわけで(同じ転生人であるってことくらい)、本当に信用して良いのかと訊かれたら……返答に困ってしまうわけだ。
でもなんだろう……?
悪い奴ではない、そんな気がする。
何となくそう感じるだけで、実際のところは分からないが。でもまぁ本当に悪い奴だったら、船に乗っている時に1人ひとり殺していったはずだ。サスペンスドラマになりそうな感じで。
そういう事態にならなかったってことは、信用出来るかはさておき、少なくとも敵ではないってことが分かる。今はそれでいいんじゃないだろうか。
「──着いたよ。ここで合ってる。」
「着いた……って……?」
何にもないじゃないか。
沢山歩いたわりに、辿り着いた先はただっ広いだけの森の中。キャンプとかは出来そうなくらいにスペースがあるけど、ただそれだけの空間だ。ここに魔女がいるとは思え……。
「ハッ……!まさか地面に……?」
確認出来ないだけで、巨大な地下都市があるのか──!
「フッ……否!天……!」
ロートがキメポーズをしながら上を指さす。
「なんだ……!?この奇妙な空間は……!?」
ダイチの頬を大きな汗が伝う。
「…………え?」
置いてけぼりを食らったゆりりんがきょとんとした顔になり、俺たち3人を順番に見る。
「……で、ホントにココなのか?」
ゆりりんはマンガを読まないみたいだからな、今のが通じなくても仕方がない。
ノリはここまでにしてアカリに質問すると、彼女はすぐに頷いた。
「うん。やっぱりここで合ってる。」
「合ってるって言っても……。」
困った表情でゆりりんが周囲を見渡す。
「それじゃ、私は帰る。」
「ちょお!?待てって!説明してくれ!」
本当に帰ろうとしたアカリの肩を慌てて掴む。
一体どういうことなんだ!?
まさか本当に地中や空に潜んでいるっていうのか……!冗談だったのに……!
「説明?……見ようとすれば、見えてくる。」
「……?」
何ソレ?
質問に対して「いずれ分かる。」と答えるライバルキャラみたいになってるじゃん。そういうふわっとしたのじゃなくて、ハッキリとした返事が欲しいんだけど……。
それだけ言ってアカリは夜の闇の中に消えて行ってしまった。
「……で、どうすりゃいいんだ?」
「とりあえず、見てみましょうよ。何か分かるかもしれないわ。」
「ゆりりん……。」
そこまで真に受けなくて良いと思うんだけど……。あれってそのまんまの意味じゃなくて、何かの比喩なんじゃないの?
でも疑ってるだけじゃ何も進展しないので、とりあえず4人で目を凝らしてこのただっ広い空間を見つめる。どこからかフクロウの鳴く声が聞こえてきて、なんか幻想的な気分になってくる。
……いや、何やってんだろって思うようになってきてしまっている。
「……んん?」
その時、視界が若干揺らいだ。例えるなら、画面にノイズが入ったみたいな。
そのまま目を凝らし続けていると、どんどん景色が歪み始めた。
「おおー……!」
そして、目の前に黒い古城が姿を現した。
まさか、本当にココにあったとは……!それとアカリの言葉が比喩表現じゃなくて、本当にそのままの意味だったとは……!
「見続けていると、見えるようになる……ってことだったのか……!」
いや、そんなん普通分からないだろ。ゲームでこんな仕掛けがあったとしても、ほとんどの人は見逃すイベントになるぞ。
でもまぁ、結果的には見つけられたからいいか。
「よし!それじゃ皆!乗り込むぞ!」
「おー!」
勝ち鬨を上げて、意気揚々と古城に乗り込む。
錆び付いた扉を強引に開け、真っ暗なホールに侵入する。
「真っ暗だな……ダイチ、マッチとかランプとか持ってない?」
「いや、夜間の行動は想定していなかったからな。持って来ていない。」
「何しに来たのかしら?」
「ホントだよ。そういうのを持ってくるのはダイチの役目だろ?それなのに……誰だ今の?」
普通に流しそうになったけど、今の声はゆりりんでもロートでもなかった。アカリはもう帰ったはずだし、ヴラヴィやシメアは一緒に来ていない。
つまり…………。
突如としてホールが明るく照らされた。
「しばらく見ないと分からないように魔法をかけておいたのだけど……それを破ってやって来たということは、明らかな敵意があるということよね?」
奥に続く階段から女性が下りてくる。
「私のことを嗅ぎ回っている、あの女の刺客よね?正直に話した方が身のためよ?」
「お前が魔女か……!」
ダイチの言葉に女性はその歩みを止め、口元に左手を持っていって静かに笑う。
「その反応……あの女の刺客で間違いないってことのようね。」
セリフからして、自分が魔女であることを肯定したみたいだ。
魔女の話を聞いてから一体どういう風貌なのかと思っていたけど、想像していたよりもずっと若い。20歳くらいに見える。
魔女は黒いシンプルなドレスに身を包み、長い灰色の髪を手でパッと靡かせる。
「それじゃ、夢の世界に堕としてあげるわ。」
魔女の目が怪しく光った。
次の瞬間、急激に眠気が襲いかかってきた。たまらず膝をつき、そのままうつ伏せに倒れる。
「記憶から構成された夢の世界へ──精々、悪夢でないことを祈ることね。」
外から入ってきた情報はここまで。
俺は眠気にどうしても抗うことが出来ず、そのまま床で寝落ちした。