4-8 豪華客船と少女
船の中は豪華の一言に尽きる。
どこもかしこもキラキラしている。でもゴテゴテとした感じは一切しない。オシャレな煌びやかさがここにはあった。
「ゆりりん様御一行でございますね?ようこそ、お待ちしておりました。私ども、ヴラヴィ様の召使いがお世話を担当させていただきます。よろしくお願いします。」
スーツに身を包んだ大量の人たちが一斉に俺たちに頭を下げた。
「あはは……よろしくお願いします……。」
ゆりりんがそう言ったけど、笑顔が若干引きつっていた。まぁそりゃあそうか。俺たち4人を相手に数十人も用意されたら、正直なところ度が過ぎるというかなんというか……まぁやりすぎってことだ。
にしても召使いか。いてもおかしくない存在なんだろうけど(世界最強なわけだし)、実際に目の当たりにするとやっぱり別の世界の住人なんだなぁって思う。
というか忙しそうにしているあの人のことだし、今回限りというかこのためだけに雇ったって可能性がある。金があるって凄いことなんだな。改めて実感した。
「まもなく出港いたします。皆様の個室を用意しておりますので、ご案内いたします。」
そう言われて4人、バラバラに別の部屋へと案内される。
その最中に長い廊下と左右にある大量のドアを見て密かに絶句。船なんだけど……高級ホテルって雰囲気だ。カーペットもふかふかで、歩いてもほとんど音がしない。
こんな高そうな船に泊まれる……普通に生きてたら、まず無理な額なんだろうな。ここまでサービスされてしまうと、恐れ多さと高級さに卒倒してしまいそうだ。
「こちらがナギト様のお部屋でございます。」
「は、ハハ……どうも。」
もう変な笑いしか出ない。
部屋に入ってみると……うん。俺の寮室より3倍くらい広いな。簡単な運動だったら軽く出来そうな空間だ。
「もうじきお食事のお時間となります。部屋を出て左に真っ直ぐ進み、右手の両開きの扉の間となります。ビュッフェ形式となりますので、お好きなお時間にお越しくださいませ。何かご不便がございましたら……。」
「あ、大丈夫ですから。」
「かしこまりました。それでは失礼いたします。」
「あー……疲れた……。」
召使いさんが出て行ってから俺はソファに腰を下ろした。
なんだコレ、凄いふかふかだ。きっとベッドも凄い柔らかいんだろうな……。
こんなに金持ちな空間に放り込まれてしまうと、元の生活に戻れなくなってしまうな。恐ろしい……気を付けねば……。
「……。」
本も何も持ってきてないし(あるのはバグ辞典くらい、後は日用品とか着替えだけだ)、部屋にいても暇だから食事に行くか……ビュッフェってなに?
「あ、早いな。」
言われた食事の部屋に行くと、そこもめちゃくちゃ広くて、大量の長机とその上のいかにも美味しそうな料理が置いてあった。
料理以外には召使いの人たちが10人くらい、そしてゆりりんがいた。
「ナギト……部屋にいても落ち着かなくて……。」
分かる。
ロートとダイチはまだ来ていないみたいだけど、きっとあの2人も同じ気持ちだろう。それか高い部屋を興味津々で調べているか……探検するの面白そうだな。この後行ってみよ。
「これだけ用意出来るんだもの、ヴラヴィさんって想像以上に凄い人なのね。」
「あぁうん……そうだな。」
会話する分には、頭の回転が速そうな人だなって印象くらいだったんだけどな。
トレーと食器を受け取って(どれも銀製)、高級ってことしか分からない料理をテキトーに選んで皿に乗っけていく。そしてハンバーグを見た時の安心感。
「──ここで後……2日?過ごすのか?」
席に座って食事を始めるくらいのタイミングでダイチとロートもやって来た。その2人が料理を選んで来るまでの間、俺はゆりりんに質問する。
「明日の夜に到着する予定みたいよ?それで1泊して、次の日の朝に出るみたい。」
2泊3日ってわけか……慣れてきた頃くらいに出るってことか。旅行の寂しさみたいのを味わえるようだ。
「凄いところだな。」
話しているうちにダイチが隣に座ってきた。
「異世界でこんな、上流階級の暮らしの一端見られるとは思わなかったよ。」
「まぁ……確かにな。」
異世界でもイメージしやすい金持ちの生活……みたいなのを見られるなんてな。
……アレ?俺たちも城に住んでるんだけどなぁ、一応。この格差はなに?
「フッ……決して届かない世界……ならばこの眼に刻み付けようではないか……!」
ロートもやって来た。
「……言ってて寂しくなんない?」
「…………うん。」
俺たちには縁のない世界だろうけど、そう割り切ってしまうのも何だか物悲しい。いつか金持ちになって贅沢したいもんだ。
さて、4人そろったことだし……。
「いただきます。」
一口頬張ると、もう言葉が出てこなかった。
それくらい美味しかった。これが本物の高級料理か……なんて名前か全然分かんないけど……!
夢中で食べて「美味い!」とだけ言う。おかわりも沢山したいけど、勢いに任せて食べたせいでお腹一杯だ。
「ごちそうさま。」
ろくに会話もせずに食事が終わってしまった。ゆりりんとロートは途中、何か喋りながら食事していたみたいだけど、俺にそんな余裕はなかった……。
「ナギト、この後どうするんだ?」
食器やトレーを召使いの人たちに返して、食事の間を出たところでダイチがそう尋ねてきた。
「この船を少し探検するつもりだ。」
個室へと戻っていくゆりりんたちの背中を見つめながらそう答える。女の子は体重を気にすることが多いみたいだし、大変だな……という感想を持ちながら。
……でも同棲してて、ロートがそういうのを気にしてる様子を見たことがないな。
「そうか。……迷惑をかけないようにするんだぞ?」
「わーってるよ。」
オカンか!
ダイチと別れてテキトーに道を選んで探検開始。迷ったら来た道を辿れば帰れる。うん。完璧な計画だ。
というわけでふかふかなカーペットの踏み心地を楽しみながらフラフラしていると、小さな後ろ姿が奥の方で目に入った。
「……ん?」
背中に届くくらいの黒髪。召使いの人たちにそんな髪型の人はいなかったし……ゆりりんか?いつの間に俺の前に出てきたんだ?
廊下の角に姿を消した影を追いかけて進んで行き、見かけた地点まで来たところで違和感に気付いた。
ゆりりんじゃ……ない……?
廊下の壁に等間隔で置かれているランプ。それとの高さの関係がおかしかった……気がする。ゆりりんの身長だと、さっき見かけた後ろ姿とランプとの位置関係が違う。
じゃあつまり、他の誰かになるってことなんだけど……俺たちの他にこの船に乗ってる客っているのか?ヴラヴィの用意したものだから、貸し切りなんだとばかり思っていた。
ロートの髪は赤茶色だし、あんなに長くない。他に可能性があるとしたら……ダイチが女装してたとか?それも身長の話で成立しなくなるか。
「…………。」
どうする?
追いかけてみるか、引き返すか……。
幽霊とかの可能性もあるわけだし(モンスターがいる世界だからいても不思議じゃない)、追うのは危ないか……?
普段の俺だったら、引き返すという選択をしただろう。
でも今回は違った。知らない環境で、探検をしているという好奇心が強かったせいかもしれない。それとも、不思議な力に導かれたか……なんてね。
「……行くか。」
あのヴラヴィが用意した船だ。不審者が忍び込めるとは思えない。身の安全が保障されていると分かっているからこそ、追いかけるという選択が採れただけだ。
廊下をそのまま進んで行くと、やがて突き当たりに辿り着いた。無機質で急な階段が上に向かっている。周囲の壁にも飾り気がないし、非常口みたいなもんなんだろう。
「上か……。」
階段を上がり天井に付いている扉を押して開けると、冷たい空気が一気に入ってきた。甲板に出たようだ。
9月といえど、夜は冷え込む。この世界が日本に比べて涼しげってのもあると思う。
外に出て扉を閉じ、星明りを頼りに甲板の上を見渡す。冷たい風が一定に吹いていて、出港していた船が順調に進んでいることを教えてくれている。
「…………いた。」
これで誰もいなかったらホラー確定なわけだったけど、ちゃんと目的の人物は甲板にいてくれた。手すりに上半身を預けて、海を眺めているみたいだ。
「……なぁ、ちょっ……と…………。」
声を掛けながら近づき、眺めな黒髪が風に靡いている後ろ姿を星明りの元でも見えるようになって、俺は言葉が途切れ歩みを止めてしまった。
この少女……普通の人じゃない。
そう気付いたタイミングで、俺の声が耳に届いたのか少女はこちらに振り向いた。
「どうしたの……?」
少女はそう、全てを見透かしているかのような淡く大きな瞳で俺を見つめ、そう呟いた。
「あ、いや……何してるんだ?」
そんなことが訊きたいわけじゃなかったんだけど……誤魔化した方が良いと無意識に判断したのか、普通の質問をしてしまった。
「船の上から見た海ってどんな感じなのかなって思って……それで甲板に来た。」
そう言って少女は俺に近づいてくる。
その恰好は紺色のパーカーにくるぶし丈のズボン。半年くらい前までの俺なら別に何とも思わない、ありふれた服装に思えただろう。
だが、ここは異世界。そんな恰好をしている人はまずいない。つまり、この少女も転生人ってことになる。
「君は……あっ、その顔、知ってる。前に見た……期待されてる人だ。名前は……?」
俺を知ってる。見たって……どこで会ったんだ?
それと期待されてるって……騎士団の俺に対する期待は荷が重いところがあるから、そのことにはあんまし触れてほしくないなぁ。
「俺は……ナギトだ。君の名前は?」
どう答えようか一瞬悩んだけど、ここで嘘を吐いたって仕方ないよな。
「私はアカリ。」
少女はそう名乗った。
「アカリ……は、日本人なのか……?」
「そう。違う。」
どっちだよ。
「純血じゃない。でも国籍は持ってたから、日本人で間違いない。」
「えーっと……ハーフってこと?」
アカリは黙って何も言わなかった。無言は肯定ってことでいいんだよな?
「それでアカリも、この船の人に招待されたのか?食事の間で見なかったけど……。」
「まぁその話は置いといて。」
「置いとくなって。」
一応騎士団やってるわけだから、犯罪を見過ごすわけにはいかない。
「……タダ乗りしてたわけじゃない。仕事がある。」
「……じゃあ、そういうことにしておく。」
さっきから気になっていた、アカリの腰に付いている物をチラリと見る。
真っ白な筒状の何か……モバイルバッテリーとかに近い見た目だけど、スマホがこの世界にあるとは思えないからなぁ……。
「なに……?」
ちょっと見ただけなのに……視線に気付かれたのか?
可愛らしい印象を与えるはずの大きな目がジッと見つめてくると、暗闇に包まれるような不安感が襲ってくる。
「……なんでもない。俺はもう戻るから、風邪引かないようにな。」
「うん。分かった。それじゃ。」
屋内へと戻る扉を開けて階段を下りる時、甲板に視線を向けるとそこには誰もいなかった。
…………あれ?