1-2 とりあえず逃げたい!
うおぉ……本物の騎士だ。
何というか……コスプレとは雰囲気が全然違う。鎧の輝きかたとかが……本物って感じだ。
あれ……?
「……入団……希望者……?」
今さっき、そう言っていたな。
それってもしかして……。
「ああ。我ら”イポティスの集い”に入団したいのではないのか?でなければ、わざわざ門の前まで来ないだろう?」
イポティスの集い……初めて聞く言葉だけど、多分騎士団の名前なんだろう。
「いや、そういうわけじゃなくて……。」
最初のイベントとしてはキツそうだ。運動はロクにやってこなかったし、勿論武器を持ったこともない。第一、転生した特典みたいなのを貰ってないんだ。
ということで、ここは逃げるのが正解だ。
「……あれ?」
足を動かしているはずなのに、一向に前に進めない。
「はっはっは!何を言っている?この時間にここに来ている時点で、入団希望者というのは分かっている!今更恥ずかしがっても仕方がないぞ!」
「いや、ホントに違くて……。」
「大丈夫だ!揶揄されたりもするが、騎士団だって立派な職務だ!」
駄目だ。人の話を聞いてくれない。これだから異世界は……。
……そういえば、日本語だな。
まぁ言葉が違ったら困るから、通じるだけマシだけど……話は通じてないけど。
襟首を掴まれ、無理やり連れて行かれる俺。
門の中に入り、いかにも中世って感じの庭を歩く。中世って一言で言っても、色んな種類があるんだっけ?まぁ一般的なイメージの中世だ。
「──自己紹介をしていなかったな。俺はこのカノナス国の騎士団──イポティスの集い団長・ディミオスだ。よろしくな!」
団長か……こりゃまた偉い人に目をつけられたもんだ。
「それで入団希望者くん、君の名前は?」
「……凪人です。」
「ナギトか!良い名前だ!」
「……どうも。」
中庭を通り抜け、石畳の廊下を歩いていく。
……本当に城なんだなぁ。これも見た目からして、本物って雰囲気がある。遊園地とかにある城とは何かが違う。
「しかしナギトよ。君は中々肝が据わっているな。他の受験者はとっくに来ているというのに、君は時間ギリギリに来るとはな!」
そりゃあ来る気なんてなかったからな。
「説明は済んでいると思うが、一応改めて説明しておこう。試験は明日!面接を行い、その後に筆記試験と実技試験を行う。試験の点数がそれぞれ一定ラインを越えてたら合格だ!」
実技試験って……俺が異世界に元々住んでいる人に勝てるわけがないよな。どうにか逃げないと……。
そのまま屋内へと入り、とある部屋の前で団長は足を止めた。
「ここが君の部屋だ。合格すれば、そのまま使用することになる。ではまた明日会おう!」
「あはは……。」
愛想笑いで誤魔化す。
……。
よし。行ったな。
俺はドアノブに手をかけた状態で待機し、団長の姿が見えなくなると移動を開始する。
もし騎士団に入れたら俺の異世界ライフは良いスタートラインを切れるってもんだが、いきなりコレは難易度が高すぎる。
俺のレベルに合ってない。だからさっさと逃げさせてもらう。まずは村人からのスタートでいい。
狭く薄暗い廊下を慎重に、それで早足で歩いていく。窓もあるけど小さい。子供なら通り抜けられるんだろうけど、俺には無理だ。
壁に一定の間隔で付けられてる金具は、多分ロウソクを付けるものだろう。漫画で見た。
「……おっと!君、受験生か?」
曲がり角を行った先、誰か騎士が立っていた。
「受験生は明日まで外出禁止だ。」
「え?何でですか?」
俺は外に行きたいんだ。
「まぁ色々とあるんだ。カンニング対策とかでな。というわけで!部屋で勉強するんだ!」
「……はい。」
こっちから出るのは諦めよう。
なら反対側だ!
……と思ったけど、反対側は行き止まりだった。
「あ~ヤバい!」
部屋に仕方なく入り、頭を抱える。
このままだと、転生直後に恥をかいて……最悪、死ぬかもしれない。実技って言ってたし、本物の武器を使うんだろう。戦ったことなんてないのに、出来るわけない。
……転生直後に死ぬ心配をするなんて、おかしいだろ。普通、特別な何かを持って無双していくもんだろっ!?
ネクタイを外し、ベッドに飛び込む。
そういや、制服のままだったな。ポケットになんか入ってたり……しないな。スマホとかどうした?神様に取られたのか?
「……考えるんだ、俺。」
この異世界で、どうすればいいのか。
そうだ。夜だ。
人間である以上、夜にはきっと眠る。あの見張りをしている騎士が寝る時間……いなくなる時間に脱走する。そこから俺の本当の異世界生活が始まるんだ。
交代制とかは考えてはいけない。
「……寝るか。」
夜中になるまで寝て待とう。部屋に時計はないけど、まさか朝まで寝てしまうってことはない……はずだ。そもそも、今は何時なんだ?
俺が死んだのは朝の時間だけど……この世界も日本と同じ時間帯なのか?太陽の位置的に……昼前……かな?
「とにかく寝よう。色々あって疲れたし。」
そもそも早起きして眠たいし。
せっかく学校から解放されたわけだから、早起きしないで済む生活したいな。
というわけで就寝。
……。
…………。
………………。
「……ん。」
しばらく眠って目が覚めた。
小さな窓から外を覗くと、夜空が広がっていた。
夜だ。待ちに待った夜だ。相変わらず何時なのかは分からないが、とりあえず行動開始だ。
物音は立てないように。石造りの部屋だから大丈夫だろうけど、一応他の部屋にいるであろう人たちを警戒して。
コンコン。
その時、ドアをノックする音がした。
「あ、はい。」
反射的に返事をして、しまったと思った。
寝たふりをして、やり過ごす方が賢い選択だったはずだ。
「……良かった。起きてましたか。」
ドアが小さく開き、隙間から女の子が顔を覗かせた。
「ナギトさんですよね?」
「そうだけど……君は?」
女の子は部屋に入ってくる。
赤いローブを羽織った、プラチナブロンドの髪の少女だ。俺と同じ年くらい?
「お使いで来ました。お届け物です。」
お使い……?
「この本をどうぞ。」
分厚い、真っ白な表紙の本を手渡してきた。
辞書みたいな厚さだな。表紙には何にも書いてないけど……。
「これって、何の本だ?」
「この世界で現在、発見されている不可思議な現象についてまとめた本です。」
「不可思議な?」
少女は頷く。
「はい。転生人が特定の行動をした場合にのみ発生する、おかしな現象……分かりやすく言うならば、バグという現象です。」
「それって、ゲームとかであるヤツ?」
少女はまた頷く。
「そうです。能力を与えるのを忘れてしまっていたということで、これを渡すことになったんです。これを使って好きに生きろ、とのことです。」
俺は本に視線を落とす。
神様から与えられた本……バグって言葉が気になるが、これが俺の能力になるってことだな。
「それともう一つ、ヒントです。」
「ヒント?」
「明日の入団試験ですが……身分の低い者は、大臣によって減点されてしまうそうです。それでは……新生活、頑張ってくださいね。」
それを伝えると、俺が何か言う前に少女は部屋を出て行ってしまった。
慌てて後を追いかけたが、もう廊下にもその姿はなかった。
色々と聞きたかったんだけどな……。
「……読んでみるか。」
貰った本を開く。遅れながら、これが俺に与えられた能力……ではないけど、転生したことで得た新たな力となる。
……はずだ。
ここに書いてあることを上手いこと活用すれば、人生を成功させていくことも出来る。
ここからが俺の異世界ライフのスタートってわけだ。
ページをパラパラとめくり、内容を確認していく。
「……コレ……使えそうだな……。」
とある項目に目が留まった。
きっと使える能力……もとい現象だ。
「……無敵剣。これなら……!」