2-10 金と愛
ドアを開けた先に大臣はいた。長机に資料を広げて何か仕事をしていたようだ。このおっさん……いつもここにいる気がするぞ。案外ヒマなのか?
「おやおや?期待のルーキーくんではありませんか?どうしましたか?ちゃんと仕事はこなせましたか?何か報告があるなら手短に。私は忙しいので。」
……やっぱりヤな人だよ。この人は。資料から顔を上げずに含みのある言い回しをさらりと言ってくる。
そんな人と長く話す気はない。用件だけ伝えてさっさと帰ろう。
「詳しい報告はゆりりんがやると思うんで、俺の報告はこれっす。」
俺の後ろに隠れるように立っていたロートを隣に立たせる。
「例の子です。今日から騎士団に入ってもらう……で良いんですよね?」
ロートは不安そうな表情で俺の横顔を見る。
そりゃあ不安にもなる。この嫌味な大臣の匙加減1つで待遇がガラリと変わるんだ。俺がロートの立場だったら吐いてる。この場で。
大臣はメガネをクイと直し、そこで初めて顔を上げた。
「そういう話は私にではなく騎士団長のディミオスに…………採用です。」
「はい?」
メガネがずるりと落ち、大臣はそう言った。
コイツ……!顔を見た瞬間に判断しやがった……ッ!
メガネを直し、大臣は咳ばらいをする。
「元々採用する予定でしたからね。それでは騎士団長に伝えて事務処理等をしてきてください。」
「はい。んじゃ失礼しまーす。」
投げやりに返事をして部屋を出る。なんか色々考えてたのがアホらしくなってきた。
まぁ変な処罰とかがあるよりはずっと良いか。
「ふぅ……悪い方にいかなくてよかったぁ……ナギトの言った通り、嫌な先生って感じの人だったね。」
「だろ?あんなのが上司……よりも偉いか。まぁそういう偉い立場にいるってのはヤだよなぁ。それで……とりあえず、団長を探すか。」
「なんだぁ……?この俺を探してるのか?」
「うおっ!?」
後ろから声がした。
いつからそこにいたんだよ団長!?
でも探す手間が省けた。
「団長、こっちが新人のロートです。」
「は、はじめまして。」
ピシッと気をつけをして、ロートは緊張した面持ちで団長の顔を見る。
「そうか!つまり仕事は上手くいったってことだなナギト!大したもんだ!それじゃ!」
「いや待て待て!」
そのまま立ち去ろうとするな!
団長が色々決めてくれないと!
「冗談だ!それで、イポティスへの入団でいいんだな?」
「だと思う。ゆりりんの方……アゴーンだっけ?あっちは専門職って感じだし、いきなりはキツイと思ってる。」
「それもそうだな。よし!ではロート!君の”イポティスの集い”への正式な入団を認める!」
……入団テストってないのか。もしかして、新規採用じゃない方が楽に入れる?
「……しかし困ったな。」
団長は困り顔になり、懐から手帳を取り出してペラペラとめくる。
「今使える空き部屋がないんだ。ついでに家具も。」
「ん?でも入団前に与えられた部屋があっただろ団長?俺がそのまま使ってるやつ。試験に落ちたヤツの部屋を使えばいいんじゃないのか?空いてるんじゃないの?」
結構な人数が落選したわけだし、その時に空き部屋になった部屋も大量にあるはずなんだが。
「あれらの大半は客室なんだ。騎士団で使っていいのは一角……ナギトの部屋のところだけだ。」
廊下の端みたいなところに並んだドア……あそこしか使えないのか。
「あれ?それじゃあ……?」
「ああ。合格者で泊まりたい者にはナギトと同じエリアに引っ越してもらう。大半は町から通勤してくるわけだから、あの数でも充分だったんだが……参ったな。」
そういうことだったのか。
そして町からの通勤が普通だったのか。なんとなく全員、城に住んでいるもんだと思ってた。俺もそっちの方が良かったかも。色々と楽しそうだし。
「あの……それじゃあ私は……?」
「ハッハッハ!大丈夫だ!」
ロートの頭をポンと叩く。
「近いうちに新しい部屋を用意させる。だからそれまで……ナギト!任せるッ!」
「へっ?」
「えっ?」
「ええええええええぇぇぇぇっっっっ!!??」
ベッドに倒れ込み、ロートは天井を見上げる。
まさか……同じ部屋に住むことになるなんてなぁ……。いや、女の子と同棲ってのは凄い嬉しいもんなんだけど、同時に凄いプレッシャーというかなんというか……とにかく、色々と不安とか緊張とかがこみ上げてくる。
「まぁでも……仕方ないか。それでナギト……私は何かやることある?」
「やることなぁ……。」
寝っ転がるロートを見る。
今日は休暇になったわけだし、今のうちにやっておかないといけないから……とりあえず……。
「まずは金だな。」
「カネ?」
世の中金が全てと言っても過言ではない。金で手に入らないものは確かにある。愛とか絆とかだ。でもそれ以外ならば、大抵金で買えてしまうというわけだ。
「だから団長!生活資金が必要なんだ!給料の前借をさせてくれ!」
部屋を飛び出して再び団長のところへ。そして土下座しそうな勢いで俺は頭を下げた。
出張する時の日当でこれまではやりくりしてきたが、仕事がない日は無一文になってしまう。2人で暮らすのであればなおさらだ。だからたとえ人に恥ずかしいと思われてでも、金を手に入れなければならない。
「安心しろナギト!」
団長の力強い言葉に顔を上げる。
「期待の新人にひもじい思いはさせない。だからよ……給料、先払いだ……!」
「えっ!?いいの!?」
少しでも借りられればいいと思っていたけど、まさか月給丸ごとくれるのか!?
「ナギトならきちんと仕事くれるだろうからな!これまでの2件の仕事ぶりでよく分かった。だから先払いでも問題ないってな。」
団長は懐から長めの紙を取り出して、サラサラと何かを書く。
「これを経理のところに持っていけば、給料が貰える。経理室は4階の端だ。」
「ありがと団長!よしロート!行くぞ!」
「え、あ、うん!」
「フッ……青春してるな。お前ら!」
団長の声をバックに走り出し、経理のところに行って無事、給料を手に入れることに成功。初任給は20万ヴロヒ。普通の仕事よりも……高いんだよな?多分。
これだけあれば何でも買える!何でもは買えないけど。
当たり前だけど、これで約1か月過ごすわけだから、使い過ぎには要注意だ。
まずは……。
「服だな。」
「そのようだな。……ところで、その制服ってどこで貰える?」
「あ、仕事の窓口でだ。まぁ後で貰いに行くとして……町に行くか!」
「ふっ……承知!」
ロートも段々とノリノリになってきたな。人見知り発揮して居心地悪い生活するよりもはっちゃけていった方が断然いいし、このテンションのまま行くぞー!
城下町──。
平日と言えど町は賑わっていて、往来も人でごった返していた。城が近くにあるわけだし、もしかして観光地みたいな感じなのかもな。
少し周囲を見渡してみるけど、前回来た時に出会った綺麗な赤髪の子は見当たらない。例にもれず観光客だったのかもしれない。あー……思い出したら、余計に惜しいことをしてしまった気がしてきた。
「どうしたナギト?まさかこの人混みに酔ったとでも言うのではなかろうな?」
「あーいや、そういうわけじゃないんだ……。」
人混みは確かに苦手だけど、凄い嫌いってわけじゃない。都会の方に買い物に行けば人が多いのなんて当たり前だしな。それで自然と慣れてきた。
「そうか…………ちなみに私は酔った……。」
「……え?」
とりあえず、近くにあった喫茶店に避難──。
「う~……元引きこもりには厳しい環境だ……。」
「んな大げさな。ほら、これ飲んで元気だせって。俺の奢りだ。」
……人に奢れる俺ってカッコイイかも。なんか大人って感じのワードだ。奢りって。
「……ありがと。でも大げさじゃないから……。」
大げさ?……引きこもりって部分のことか?
俺も自虐的な意味で自分に同じ言葉を使うけど、ロートの口ぶりと雰囲気はそれとは少し違う気がする。
「……そうか。ついでに何か食べるか?」
誰にでも触れてほしくないことはある。だから俺も踏み込まない。
というわけで話題を転換してテーブルに置いてあるメニューを開く。ドリンクメニューしかまだ見てないからな。どういう食べ物があるのか……。
「…………。」
「……ナギト?」
固まった俺に声をかけてきたが、なんて回答したらいいか思いつかない。
改めて周囲の客席を見てみると、確かに男女のカップルばかり。
ここ……恋人同士で来る店だ。完全に来る店を間違えた。アレだ。男独りで来たら入店お断りって言われるようなところだ。SNSで炎上するようなところだ。
「一体何を見て……うっ。」
メニューを俺の手からヒョイと取り上げたロートが目を通し、俺と同じように言葉に詰まった。
こういう”リア充向け”みたいなところはどうしても苦手だ。どうにも近寄り難さを感じてしまう。それはロートもどうやら同じらしく、フリーズしてしまった。
「…………ココハキケンダ。ニゲナクテハ。」
カタコトでそう呟いた。ロボットかお前は。
もしくは外国語を覚えたてのキャラクターか。カタコトながらも危険を教えてくれる良いやつか。
しかし、ここから逃げるという判断には大賛成だ。こんなところに長居していたら心が蝕まれてしまう。早く何とかしないと……!
だがしかし!まさにその時!
「お客様?ご注文にお困りでしたら、こちらの『カップル限定!ラブラブケーキ&ドリンク』がオススメとなっております。」
店員が話しかけてきた!
俺たちは衝撃のあまり言葉を発せず、パクパクと口だけを動かす。
そのハートマークが付いてそうなメニューを頼んだら爆死してしまう。ここは上手いこと言って逃げ道を作らなくては……!
考えろ……!授業中、真面目に話を聞いているフリをしてゲームのことを考えていた経験を今こそ活かす時……!
「ア、あの!ソレ!お願いひましゅ!」
なっ!?
テンパリまくったせいか、目をグルグルさせてロートがそう言った。
「かしこまりました。少々お待ちください。」
「え、あ、あの……。」
かしこまらないでほしかった。
呼び止めようとしたが、時すでに遅し。
「お待たせしました。こちら『カップル限定!ラブラブケーキ&ドリンク ~永遠の愛を込めて~』になります。」
来ちゃったよ。
しかもなんかさっき聞いたのよりパワーアップしちゃってるよ。
……どうしよ?