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2-9 仕事の後は温泉

「な……何が起こったの……?」



ゆりりんに引き上げてもらい、安定した地面に安心したところで、ロートがそう問いかけてきた。


突如として俺の腕が壁を貫通し、ヒミマハオの腕を振り解くことに成功したわけだけど……。



「……いや、よく分かんね。」



多分……というか十中八九、あれもこの世界に存在するバグなんだろうけど、詳しいことは分からない。どのゲームでも壁をすり抜ける……壁抜けってやつは見つかりやすいからなぁ。今回の事象についても、バグ辞典で調べて……。



「……まぁ勝ったことだし、深く考えなくていいだろ!それより打ち上げを仕切り直さないか?」



「え、ええ。そうね!それじゃロート、ナギト。町に戻って続きをしましょう!」



多分──俺はビビったんだと思う。


2人と違って俺は何も持っていない。だから2人にバグのことを話すことで、俺だけの特別な”何か”っていうのを失うことを恐れた。


でも……いつかは話さないといけないよなぁ。いつまでも周りを騙しているような状態ってのはあまり良くない。だけど……今はまだ……その時じゃない。俺が強くなった時……バグに頼らなくても良くなった時に話そう。


そのためには修行をしっかりしないとな。よし、明日から筋トレをしていこう。そうしよう。毎日ちょっとずつでも続けていけば、いつか強くなれるはず。ちゃんと続けられなかったら……ペナルティは特に設けなくていいか。


そして町に戻ると──。



「おおぉ!山賊を倒してくれたのは貴方たちか!」



「ありがとうございます!これでこの町に平和が戻ってきました!」



「どうぞ!今日は好きなだけ寛いでいってください!何でもサービスしますよ!」



なんか凄い歓迎された。


実質活躍したのはゆりりん1人だけど、こうしてちやほやされるのは悪くない気分だ。うん。



「あ、や、その、私は……。」



ロートが凄いテンパってる。こういうのに慣れてないんだろう。その気持ち、良く分かる。


そういう俺もここまで熱烈に歓迎されると、なんか焦ってまともに喋れない。スポーツとかやってれば、こういうのにも慣れていたのだろうか?



「ね?こういうのって……とてもステキでしょ?」



ゆりりんが優しく笑った。



「まぁ……うん。」



ロートは恥ずかしそうに頷いた。


感謝を求めてやっているわけじゃない。見返りを求めて仕事をしたわけじゃない。それでも……こうやって色んな人たちにお礼を言われるっていうのはいいな。俺とロートはほぼ仕事してないってのが本当に問題なんだけどな!


でも、ゆりりんが伝えたいことは、こういうことなんだろう。仕事をするってことに対して、これまでマイナスなことばかり目を向けてきたけど、こういうこともあるんだ。



「ああ……それじゃせっかくだし、町の人たちの好意に甘えて……。」



あぁ~いい湯だ~……。


再び温泉宿に俺たちは泊まることとした。温泉はいつ入っても気持ちが良いし、無料サービスでいいのなら、やっぱり温泉コレが一番だろう。


露天風呂で肩まで浸かり、空を見上げる。


少し赤みがかった空になってきた。町の人たちのお礼を聞いたりしているうちに夕方が近くなってきたみたいだ。明日には城に帰ってまた仕事か?あーヤダヤダ……考えるのは止めよう。


視線を空から下へ──女湯と男湯を隔てる石壁に移す。


あれをよじ登るのは無理だろう。分厚そうだから、壊すのも無理だろう。一部に軽くヒビがはいっていて、立ち入り禁止を表す三角コーンが置かれているが気にしない。



「……。」



壁に耳を当てれば、会話くらい聞こえるかな……?



「……兄ちゃん。」



その時、同じく露天風呂に浸かっていた他の客が話しかけてきた。



「……確か、可愛い女の子2人と一緒だったな?」



「……ああ。そうだけど……ん?」



なんかこんな感じの会話、昨日もした気がするぞ?


というか周囲をよく見てみれば、昨日いた人たちと同じ面子の気がする……。



「……昨日、警察がきたはずだよな?」



覗き未遂の事件があったからな。コイツらはその実行犯。なのになぜ、こうして温泉にいる?



「俺たちくらいになればな……警察くらい、ちょちょいのちょいよ。」



「……なるほど。」



……倒すなよ。警察を。


そしてなぜ、また温泉ここにいる?


そんな俺の疑問を読み取ったかのように、1人の男が喋りだした。



「昨日、俺たちはな……温泉愛好会を結成したのさ……。世界各地にある温泉を求める者の集いさ……。」



「……なるほど。」



妙な団結力を見せていたからな。そういうのを作るのは悪くない。



「俺たちの目的はただ1つ。美女のいる温泉を追い求めることだ。そして女湯を覗くことだ。」



目的が2つになってるぞ。そしてそういうのは悪い。


……騎士団として、捕まえた方がいいんだろうか?



「……兄ちゃん、話は聞いたぜ。騎士団員らしいな?もし俺たちを見逃してくるなら……この石壁の向こう側、見せてやるぜ……?」



「なッ……!?」



コイツは何を言いだしている!?ハッタリか!?


いやハッタリじゃ意味がない。時間稼ぎくらいにしかならない!つまりコイツの言っていることは本当だ!


人数的にも争いになったら、俺が勝つ可能性は限りなくゼロに近い。ならばここは大人しく、コイツの要求を呑むのが正解なのではないだろうか?うん。きっとそうだ。それが正解だ。間違いない。逆らうなんて間違っている。



「……俺はまだ、何も見ていない。……それで、どうするんだ?」



男はニヤリと笑った。



「……あそこのヒビ、見えるだろう?俺たちが昨日作ったヒビだ。」



「ん?そうだな……?」



あのヒビがどうしたというんだろう?まさかあのヒビを起点に壁を破壊するつもりか?だとしたらそれは、もう覗きではなく突入な気がする。



「……あれはダミーだ。本命はあっちだ。」



ヒビから離れたところを指差した。



「……あそこには小さな穴を作っている。もう少し掘れば貫通する。あのヒビはそれに気付かせないためのダミーってことさ。」



絶対、穴を後から作っただろう。こじつけというか後付けというか……まぁ今はそんなことはどうでもいい。



「……それじゃあ行くとするか……温泉愛好会の求める桃源郷に!」



「オオオオオオォォォッッ!!!」



男たちは立ち上がり、穴のある地点に向かって雄叫びを上げながら突進していった。これはもう覗きではない気がするが、それを考えても仕方がない。


俺も行こうと立ち上がった時、身体に衝撃が走ったような感覚に陥り、身体の動きが止まった。


これは魔法によるものではない。自制心によるものだ。


それはすなわち、このまま覗きをして本当にいいのだろうか?という思考だ。もしこのまま覗きをしてバレたら(叫んでる時点でバレてるようなものだが)、女の子2人からの信頼を完全に失うことになる。



「……出よ。」



騒ぐ野郎どもを横目に俺は露天風呂を後にする。


俺は悪くない。たとえどんな理由があったとしても、最後にそれをやってしまったヤツが悪いのだ。だから悪いのは俺ではなくアイツら。


そんな言い訳を心の中でしつつ、一応サッパリして温泉を後にした。



「──ねぇ、温泉で凄い叫び声が聞こえたけど……アレなに?」



夕食の席にて──。


ゆりりんが不思議そうに尋ねてきた。


……。



「……温泉愛好会が騒いでたんだ。」



本当のことを言おうかと迷ったけど、言わないことにした。もしかしたらどっかで、温泉愛好会アイツらに助けてもらう日が来るかもしれない。今のうちに恩を売っておこう。



「ところでゆりりん、私は具体的にどういう処遇となる?」



ロートの質問……俺も気になっていた。


これから仲間になるからといって、ドラゴンを操って暴れ回ったという事実は消えない。その点を加味すると、あまり良い待遇は受けられなさそうなんだけど……。



「う~ん……私が大臣に言ってもいいんだけど……今回はナギトに任せようと思うの。」



「俺にっ!?」



ご飯を飲み込み、ゆりりんは頷く。



「大臣に評価してもらえるいい機会だと思うわ。騎士団長も凄い期待しているみたいだし……大丈夫よ。ナギトなら。」



信頼してくれるのはとってもありがたいのだが、あの大臣おっさんは俺を嫌ってるからなぁ。俺から言ったら、むしろロートの処遇も厳しくなってしまいそうだ。



「ナギトはそんなに凄いのか?それなら、私のことを任せても問題なさそうだな。」



「ええ。ナギトはこれからドンドン出世していくと思うわ。」



俺への期待がドンドン膨らんでいく。


これが過大評価ってやつか。……意外と悪くない。



「よし分かった!俺に任せてくれ!」



乗り掛かった舟だ。気分はバンジージャンプに近いけれど。期待されているのならそれに応えようではないか!



翌日。帰り道──。


馬車にゴトゴトと揺られ、ゆったりとした時間を過ごしていく。


手綱を握るゆりりんの後ろ姿を眺め、俺はリュックからバグ辞典を取り出す。



「……それは?」



「俺の能力チート。だから覗かないでくれよ?」



「……分かった。」



ロートの問いを華麗に回避し、目的の項目を探す。



「……あった。」



『すり抜けてしまう現象について』


俺の腕が壁を貫通したこと、それについて詳しく知っておきたかった。実用的ならば、これから戦いに活かすことが出来る。


『壁、地面といったこの世界を構成する当たり判定を一定の確率で貫通することがある。4096分の1、もしくは8192分の1の可能性が高い。要検証。』


と記されていた。



「……。」



ダメだな。こりゃ。


狙って出せる確率じゃない。いや待てよ?乱数調整とかないのか?もしあれば、それでいくらでもこのバグを発生させられる。


辞典をパラパラとめくってみたけど、それらしい項目はなかった。まぁ乱数調整はバグとは違うからな。めっちゃ嫌う人もいるし、あんまし触れない方がよさそうだ。


辞典をリュックに戻し、特に会話するでもなく、ただ時間が過ぎていき馬車は城へと向かってゆったりと走っていく。



「──そろそろ着くわよ?」



気が付くと寝ていたみたいだ。


ゆりりんの声で目が覚め、隣で同じく眠っていたロートを起こす。


そしてゆっくりと馬車が停車した。



「私は馬車を置いてから、事務所に報告に行くわ。ナギト、ロートの案内と大臣への報告をお願いしていい?」



「ああ。分かったよ。」



2人で馬車から降り、去っていくのを眺めてから城門を叩き、中に入れてもらう。


通路を歩き、中庭を横目に階段を上がる。


そして目的地のドアの前に到着。



「……いいか、ロート。大臣はいわば、嫌いな先生みたいな存在だ。真面目な演技でやり過ごすぞ。」



「わ、分かった。」



ドアノブに手をかける。


やっぱ緊張するな。職員室に入るようなもんだからな。



「……。」



深呼吸を1つしてからノックをして、「失礼します。」と言ってドアを開けた。

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