6-34 よく晴れた空
あれからおよそ1か月が過ぎた──。
12月ももうすぐ下旬。師走のバタバタとした空気があり、誰もが忙しそうに動き回っていた。
「ナギト、休憩中か?」
「おう。ダイチもか?」
壁に寄りかかって休んでいると、飲み物を持ったダイチが話しかけてきた。
この寒さに暖かい飲み物はありがたい。受け取って一口飲んで、何となく空を見る。
「……もう1か月近く経つんだな。」
異世界との戦いが決着して、もうそれだけ時間が経った。やっぱり、毎日が忙しいと時が経つのがあっという間に感じるな。
雲一つない、よく澄んだ青空だ。
あの時、ピンクやら緑やらに光っていた空の下──。
──コウキとの決着がついた時。
「ナギト……この場でお礼を言うよ。」
管理者ダムレイが去った後、アカリは俺の目を見てそう言った。
「関わった時間は君の友達に比べて少ないと思うけど、それでも楽しかったよ。」
「そうか……それは良かった。でも何で急に?」
面と向かってお礼を言われると、なんかむず痒い感じがする。
「多分、これで最後だから。」
「最後……?」
管理者が別れの挨拶って言ってたな。
それって、そのままの意味なのか……?
「うん。この世界のバグについて調べるのが私の仕事だったけど、もうその必要がなくなるから。だから私もこの世界を去る。」
確かにアカリはバグ辞典を書いていた。
「だからって、そんな突然……。」
大きな地震がまた起こった。
本当に、この世界が壊れようとしている。
「私はあの方の部下だから。この世界は生まれ変わって、私を必要としなくなる。……そろそろ行くね。手遅れになると不味いから。」
話を切ってアカリは背を向けて……振り返った。
その視線の先は俺ではなく、隣にいるロートだ。
「……幸せにね。」
それだけ言って、アカリは歩き出して消えた。
次の瞬間には世界がパッと明るくなって、綺麗な青空が広がっていた。
「急にどうしたんだ?」
あの時のことを思い出していると、ダイチが不審そうに話しかけてきた。
あの時、アカリにお礼を言えてなかったな……。なんて思いながら俺は歯を見せて笑って見せる。
「いやなに、もうすぐ俺の誕生日になるんだなぁって思ってな。」
ロートの誕生日から1か月とちょっと。今度は俺の誕生日がやってくる。まぁロートの誕生パーティーもまともに出来なかったから、同時開催になる予定なんだけどな。
「わざわざ言わなくても、ちゃんとやるから安心しろ。それでプレゼントは本当に何もいらないのか?」
「ああ。まだ色々大変で忙しい時期でもあるからな。落ち着くまではいいかなって思ってる。」
「落ち着いたら欲しいとも思っているってわけか……。」
「そう受け取ってもらって構わないぜ?」
城下町も城も攻撃によって半壊してしまった。
そのため俺たちは修復作業の日々で、日用品とかも他の町や国からのに頼りっきりになっているのが現状だ。だから贅沢もし辛い状況でもある。
外国からしてみれば、俺たちは世界侵略を最小限の被害で食い止めた英雄みたいな存在らしくて、そのお礼って感じで色々と供給してくれている。
けど、全部がタダってわけには流石にいかないみたいで、こちらもお金を払っている。その過程で宝剣もどこかの国へ売り払われたらしいけど……アレは夏祭りの騒動しか思い出さないし、別にいいかなって密かに思ってる。
「……まぁ、来年には用意出来ると思うから、もう少しの辛抱だな。」
「そんなに早く終わるかぁ?」
確かに城と町の修繕は大分進んできたと思うけど、来年まであと1週間ちょっとしかないぞ?
「物流をメインにやっていた盗賊団も修繕作業に加わるらしいし、ゆりりんのライブツアーでファンになった人も手伝いにやって来る予定なんだそうだ。」
「人手が一気に増えるからってことか。」
俺たちがかつて成敗した盗賊団は戦争にも加わってくれたし、今も「世界が混乱しているのに悪事を働いていられるか!」とか言って協力してくれている。
「じゃあ、そうなるように頑張るとするか!じゃあなダイチ!」
「ああ。頑張れよ。」
休憩を切り上げて移動する。
どこを歩いても働いている人が目に入る。これだけどこもかしこも忙しいなら、マギサたちにもココに残ってもらえば良かったな。
イサジとマギサは事が済むと海の向こうへ帰ってしまった。
イサジは「今回の出来事での混乱に乗じて悪事を働く者が現れるかもしれんからな。」と言っていた。しばらくは治安を守るのに忙しいのだろう。
マギサはヴラヴィの意思を継いで、問題事を解決しつつ世界を良くしていくための発明をしていくそうだ。コーキラとヴラヴィのことで大泣きしていたけれど、無事立ち直れたみたいで何よりだ。
「あ、ナギト。お仕事中?」
「お、ゆりりん。そう。そっちは……ライブの帰りか?」
城へと戻る途中のゆりりんと出くわした。
彼女はステージ衣装の上にコートを羽織っている。
「うん。遠くの方でね。」
眩しい笑顔を見せるゆりりんを見ていると、それだけで元気が湧いてくる気がする。アイドルというのは不思議なものだ。
「……というか、怪我の方は平気なのか?」
戦争が終わった後。
ゆりりんは右腕と右足を骨折。他にもあちこちにヒビが入っていることが検査で分かった。
魔法で治療が行える世界とはいえ、安静にしているようにって話だったと思うけど……。
「ええ。バッチリよ。……と言っても踊るのはまだダメなんだけどね。」
右腕を軽く動かして見せ、困ったように笑った。
「でも、やっぱり皆の前で歌うのって楽しいし、それで盛り上がってくれたら嬉しいの。だから今回のことに限らず、私はこれからもアイドルをやっていこうかなって思ってる。」
「ああ。ゆりりんなら出来るさ。」
以前は恥ずかしがっていたけど、もうアイドルとしての感覚を取り戻せたみたいだ。
オタクが多いこの世界で、本物のアニソン系アイドルってのは需要がとんでもないだろうし、そうでなくても彼女はこの国の象徴みたいなところがある。
初めて会った時のように、これからまた遠い存在になっていくんだろうな……。そう思うと、ちょっと寂しく思ったりもする。
「次はクリスマスにライブする予定なの。その時はナギトもお休みでしょ?観に来てよ?」
「ああ。絶対に……とは言えないな。」
絶対に行くと言い切りたいけど、大臣の顔が頭に浮かんで言い淀んでしまった。あのおっさん……休日でも仕事押し付けてきたりするからな。
ちなみに分裂していた大臣は、いつの間にか元の1人に戻っていた。あの怪異に関しては本当に謎だったな。なんだったんだろ?
「でも観に行けるように頑張るよ。」
「うん。約束よ?あ、それとなんだけど、ナギトの好きな歌ってなに?次、歌うかも。」
「俺の好きな歌?そうだな──。」
リクエストを受けたゆりりんは打ち合わせのために別れ、俺は次の仕事に黙々と打ち込む。
明日は休みだったな……何して過ごそうか?帰ったらロートに訊いてみるか。
独りで作業していると、勝手に色んな考え事が始まってくる。
世界が修復した後……霊装イリスは気が付いた時には消えていた。肌身離さず持っていたのに消えたから、こっそり管理者が持ち帰ったんじゃないかと思ってる。
星剣と炎刀はマギサがどこかのダンジョンに封印すると言っていた。武器自体に罪はないけど、今回の件を覚えている人がいる間は、人目につかないところに置いておくべきって結論になったためだ。
100年とか経った後、伝説の武器みたいな扱いで発掘される日がくるのかもしれない。
「……っとそろそろ定時か。」
いつも以上に肉体労働ということで、働く時間がいつもよりも短い。俺は今日は朝から働いていたから、夕方前には終わりにして良いことになっている。
「……帰るか。」
いつもより早い時間に仕事が終わっても、家に帰る他ない。買い物はほとんど出来ない状況だからな。家に帰って、ご飯の時間になったら城の食堂に移動する。そんな日々だ。
「ナギトー!」
「あれ?ロート?どうしてここに?」
俺の名前を呼ぶ声がしたと思ったら、ロートが手を振りながら駆け寄ってきていた。
「そろそろ終わる頃だと思って、迎えに来たよ。」
「そっか。サンキューな。」
ロートの頭を撫でようと思ったけど、仕事で手が汚れているから止めておいた。
「ちょうど帰るところだったけど……どこか寄りたいところ、あるか?」
ハンカチで手を拭きながら尋ねる。
「特にない……あ、でも、共同墓地に行きたい。」
「……そうだな。」
城の裏手の森に出来た墓地へと足を運ぶ。
死んだ人は帰ってこない。それは魔法が存在するこの世界でも同じことだ。現代医学のような魔法があっても、命を取り戻す魔法はない。
戦争で失われた命のために作られた墓場を歩き、とある墓石の前で立ち止まり、屈み込み、手を合わせる。
──少女の遺体は見つからなかった。
それは彼女が元々特別な存在だったからなのか、それとも敵に何かされたのか、それは分からない。それでも俺たちは墓を作ってもらった。
妹のような存在であった、家族とも言える少女を弔うために。
手を合わせてどれくらい時間が経ったかは分からないが、夕日が差し込んできたのに気付いた。
「……また来るからな。」
静かにそう告げて、俺たちは立ち上がって墓を後にする。
帰路──。
手を繋ぎながら歩き、オレンジに照らされたロートの横顔を見つめる。
「明日、ロートも休みだったよな?2人でどこか行くか?」
「明日?う~ん……何したいかって訊かれると……。」
まぁパッと思いつかないよな。
まだ完全に日常を取り戻したわけじゃないし、遊べるところもまだ少ない。
「海外にするか?早起きしてドラゴンに乗れば行けるよな?」
「それはそうだけど……朝は眠いからムリ。明日はのんびり過ごしても良いんじゃない?」
「まぁ……それでもいいか。もうちょっとでパーティーもやるしな。」
休みの日にただダラダラするのは何となく時間が勿体ないような気がするけど、ここのところ忙しかったからアリかもしれない。
「うん。ところで……パーティーってどこでやるの?聞いてる?」
「いや……でもまぁ、俺たちの部屋だろうな。」
ダイチの部屋は戦争で壊れてしまったし。ちなみに彼は今、他の空き部屋で暮らしている。
ゆりりんは怪我の治療品やライブ用品で部屋が狭くなっているだろうし、彼女の部屋でやるって言ったらきっと無理して飾りつけとかを行うだろう。それは申し訳ない。
「今回は仮にって感じで、全部が落ち着いてきたら、その時に改めてやってもらおうと思ってるよ。だからそんなに気にしなくて良いんじゃないか?」
「うん……うん!そうだね!」
ロートは俺の手を振り解いて前に立ち、爽やかに笑った。
「それじゃナギト!家まで競争だ!フハハハ!この私に勝てるかな?」
そう言うや否や、ロートは駆け出した。
「ちょ!ズルいぞ!」
俺は慌ててその後を追う。
バグ技がない今、それを使って加速することは出来ない。
この世界が生まれ変わった時から、この世界にバグとフラグは存在しない。
だから自力で、実力で追いかけて追いつくしかない。
「俺だってちょっとは鍛えられてんだ!甘く見るなよ!」
夕日に照らされてオレンジに染まる町を走る。前を走るロートは楽しそうに笑い、俺たちとすれ違う人々が視線を向ける。
子供みたいに追いかけっこをして注目されるのは恥ずかしいけど、それも偶には良いかって思う。
せっかくこんなに陽気な日なんだ。
「追い……ついた!」
走るロートの腕を掴んで隣を走る。
ロートが笑いかけてくる。
「家に着くまでが勝負だよ。まだまだこれから!」
「ああ!このまま2人で走るか!」
風は吹いてなくて穏やかで、夕日が優しく町を照らしている。
空は雲一つなくて、こんなにも綺麗なのだから──。
これにてこの物語は完結となります。
読んでくださった方々、本当にありがとうございます。
ナギトたちの日々を楽しんでいただけたら幸いです。
いつになるかまだ未定ですが、次の作品でお会いしましょう!