6-19 新しい景色
アイラに装備を返して、中庭の方へと出る。
植物の近くで戦うと被害が大きくなるので、少し歩いて居住区の近くの方まで移動する。
「……この辺にするか。」
多分、ゆりりんとアイラが戦った地点だ。石畳が荒れていて少し危ないけど、ここなら戦っても被害はほとんど出ない。
「オッケー。あたしはいつでもいいよ~。」
アイラは肩を回したりして準備運動をしている。体育の前には必ずああいうのをやっていたけど、あれって意味があるのか?
まぁそれはさておき、身体を動かす姿が様になっている。日頃から運動している人の動きって感じだ。
管理者によって強くなっていることを差し引いても、きっと俺よりも運動能力が高くて強い。
だからこそ、これは賭けだ。俺がアイラを信用して、アイラがちゃんと約束を守るかどうか……。
「……っとその前に確認だ。勝負に付き合うって話だけど、勝敗はどうするんだ?」
模擬戦とはいえ、これはスポーツではない。だから審判もいないし、明確なルールがあるわけでもない。
「そこ考えてなかったな~……まぁ追い詰めたらってことで!それでいいっしょ?」
「……分かった。じゃあそういうことにしよう。」
えらく曖昧だけど、戦いでとどめを刺した経験は人相手にないから、その方がやりやすい。
「じゃあ、好きなタイミングでかかってきな。」
アイラの顔つきが変わり、挑発するようにそう言った。
自分から仕掛けないのは、情けからなのかタイミングを計りやすいからか……。
「イリス、剣だ。」
霊装に呼びかけ、普通のサイズの剣へと変形させる。
何はともあれ、ここからは相手への信用と自分の腕だけが頼りだ。誰にも言わずにこの模擬戦を受けたから、万が一の事態になっても気付いてもらえないだろう。
だけど……受けた以上、この機会を俺も最大限に利用させてもらおう。
実戦で挑戦することは難しいけど、これならアカリの言っていた言葉の意味を考えて行動出来る良い機会だ。
相手は最前線に出てきたアイラ。実力も転移人の中でトップレベルだろう。
「不足……なし。いくぞっ!」
掛け声を出してから、俺は間合いを詰めるために駆け出す。
彼女の装備の性能については、ある程度知っている。雷輪は好きなだけ雷を発生させられる。ならば遠距離で戦うのは得策ではない。
接近すればむやみに使えないはずだし、暴発も誘えるかもしれない。
──だから接近戦で勝負だ!
「せっかく身体動かせるんだから……こっちもチャレンジしていくよ!」
雷を発生させ、それを腕へと巻き付けていく。
そして一部を細長く伸ばし槍のようにし、それを右手で掴んだ。
「おりゃあ!」
雷で出来た槍を剣のように叩きつけてきた。
咄嗟にイリスで受け止め、しまったと思ったけど痺れる感覚はない。イリスが雷を受け止めているからか、素肌で握っているアイラが感電しないように出力が異なるのか……。
詳しい事情は分からないが、とにかくアレに触れても感電の心配はなさそうだ。
「……だったら!」
俺は両腕を使って槍を弾くと、アイラの身体の左側へと回り込む。
槍は小回りが効きづらいし、棒状だから軌道も読みやすい。武器がない方を取っていれば、戦いやすい。
「甘いって!」
そう叫んでアイラは自らの左腕にも雷を纏った。
そしてそれで殴りつけてきた。
「んぐっ!?」
これまた咄嗟の出来事だったが、今度は防御が間に合わず喰らってしまった。
思ったよりは痛くない……のか?切り傷ばかり受けてきたせいで、暴力的な痛みに対する感覚がよく分からない。
よろめいて隙を晒してしまったが、追撃してくる様子はない。
とことんカウンター狙いの近接戦を望んでいるのか、運動の気分でやっているのかは分からない……けど、仕掛けてこないのはありがたい。
──近すぎてもよくないな。
呼吸を整えながら思考する。
俺の持っている必殺技毎に適切な間合いが存在するが、接近しすぎるとどれも発動出来ない。相手の武器の特性だけ考えてもダメだ。
「そろそろいい!?いくよ!」
思考がまとまらないうちにアイラが仕掛けてくる。
まぁ当然、そっちからもくるか。練習台じゃないんだし。
「月宴!」
鉄壁の必殺技を出そうとしてから、発動出来るのかとちょっと不安が過ったけど無事に発動した。昨日飲んだ魔力ドリンクがまだ身体に残っていたようだ。
連撃を受け止め、弾き飛ばしながら思考を再開させる。
守ることが悪いわけじゃない。現に月宴は強力でこうして役立っている。ダメなのは……考え方か?
「……!」
アイラの攻撃が止んだ。息切れだ。
その好機を逃すまいと技から攻めの姿勢に転じるが、刃が彼女の身体に届く前に雷を巻いた腕に阻まれた。
激しく火花が飛び散り、鍔迫り合いのようになる。
……ダメだ。押し切れない。腕力は向こうの方が上だ。
次の瞬間にアイラは後ろに退いて、俺の身体が前のめりになったところを横から槍で叩かれた。
「ぐわっ!!」
棒で叩かれたようなものだから致命傷にはならないけど、その衝撃で体勢が崩されて石畳を転がった。痛いけど……血が流れるわけじゃないから、まだいける。
「あれ?手抜いてたりする?もっとガンガンきて平気だよー?」
「くっそ……!」
煽られながら立ち上がる。
──俺にアカリのような戦い方は無理か……。
相手の行動に合わせ、常に最適な選択肢を採って相手の思惑を潰す。
アカリに対してそんな感じのイメージがあるわけだけど、あれは一定レベルの読みと経験がないと無理そうだ。
「ちょっとタンマ。」
「……?」
アイラにちょっと待ってもらって、魔力ドリンクを1本飲み干す。残数を忘れてしまったから、これでリセットした方が良い。
「ふぅ……。」
さて、どうすればいいんだ?
アカリのような高度な読みは出来ない。運動能力にもそこまで自信はないから、ゆりりんのようにガンガン攻めていくことも出来ない。
イサジのように腕が立つわけでもないし、スフェラと違って魔法を使うことは出来ない。
俺に出来ることはなんだ?俺だけの強みはあるのか?
「…………イリスがいるから、それでいい。」
以前、そう思ったことがある。
それに不満を感じたことはない。それは事実だ。悩み、迷うことがあるのであれば、それは俺自身の実力が足りていないだけ。
俺が俺を信じていないだけだ。
「……行くぞ相棒!」
叫んで柄を強く握り直して駆け出す。
「相棒……?」
アイラは首を傾げた。
霊装イリスの存在を知らない者からすれば、意味不明なことを叫んだようにしか見えないだろう。だけど、別にいい。
俺が自分自身と、イリスのことを信じていれば、それでいいんだ。
舞うように身体を回転させ、風の層を重ねていく。
「──風祭り!」
俺が撃てる、俺たちが放てる最高火力の必殺技だ。
「うわっと!」
アイラは羽織る大陸の外套を身体の前へと持って来て、それで必殺技の衝撃を全て吸収させた。
やはり転移人の強い奴相手には、風祭りでも足止めくらいにしかならないか。
「……!」
……そういうことなのか?
「強い技みたいだけど、あたしのマントには効かないよ!」
「だよな!」
大陸の外套の性能は最初から分かっていた。他にも能力があるのかもしれないが、何でも吸収して無力化することは知っている。
けど無敵ってわけじゃない。マント自体はそうかもしれないけど、それを扱う当人はそうじゃない。
マントは背中に羽織るものだ。つまり、その性能を使うには攻撃に対して背中を向けるか、前の方へと動かす必要がある。
「だからすぐには、次の行動に移れないよな!」
イリスの形を細長い長剣へと変え、脚に力を込めて一気に解き放つ。
「鳥躍──応用!」
一気に間合いを詰めて斬り上げる必殺技だが、技の使い方は1つじゃない。
その勢いを利用してアイラの脇を通り抜け、マントのない無防備な背後を取る。
「えっ!?」
急激な変化に対応出来ないのか、アイラはただ驚いた声を上げるのみだ。
──いける!
……!いや!
腕輪をはめている腕を下げるのが見えた。
雷の大きな腕を創り、それを石畳に押し付けた。そのまま雷の腕を押し曲げ、一気に伸ばして反動で宙へと跳び上がった。
「へっへ~どう?」
跳びながら得意げな笑みを浮かべてくるが、驚きはしない。
雷を武具のように纏ったりしてくるんだ。奇天烈な手を打ってくることは分かっていたことだ。
……けど、あそこで決めにいけなかったのはキツイかもな。
これでまた距離を取られてしまったから、アイラに有利な間合いだ。
「……いや、だったらもう一度やればいいのか。」
戦い方、というものが見えてきた。
相手の弱いところを狙いにいくのではなく、自分の得意なことを押し付けにいく。
俺にとってのそれは、必殺技ってことだ。
アカリの戦い方とは真逆になるわけだから、そりゃあ真似しようとしても上手くいかないわな。
「考えすぎっ!おりゃあ!」
球体の雷を創り、アイラはそれを右足で蹴って飛ばしてきた。
あ……考える方に意識が向き過ぎて、いつの間にか動きを止めてしまっていたようだ。で、その隙を突かれようとしている。
「……ってサッカーじゃないんだから!」
そんな攻撃方法があるか!
──盾だ!
イリスを盾へと変形させ、雷のボールを防ぐ。
カウンターを狙える月宴の方が強いけど、単純に攻撃を防ぐだけなら盾モードでも充分だな。
「ええ~!?そこは打ち返す場面でしょ?」
「いや、知らんがな。」
その場のノリでルールみたいなのが生まれるのは苦手だ。
「……まぁいいや。運動出来て楽しかったし!」
運動?やはり全力ではなかったということか。
ここからが本番……。
「もう満足したから……なんだっけ?あたしに何聞きたいの?」
違った。
よく分からないけど、自己満足してくれたみたいだ。
これでようやく、聞きたいことを訊けるな。