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2-3 ロマンは温泉にあり

そして、現実は甘くない──。



「シングルを二部屋、お願いします。」



「はい。それではこちらにサインをお願いします。」



「はい。」



宿屋に到着するとキクローは帰っていった。そして俺とゆりりんの2人きりになれたと思いきや、現実はやはり非情なり。


まぁ女の子と同じ部屋で寝泊まりなんて出来るはずがなかったし、別に当然のことだからがっかりしてないし、泣いてなんかないし……。



「ナギト?行くよ?」



「あ、ああ……。」



宿の人の案内を受けて、今夜俺が泊まる部屋に入る。


なんというか、シンプルな部屋だ。最低限の家具とベッドくらいしか置いてない。俺の部屋をそのまま小さくしたような感じだ。


説明を受けたところ、部屋にバスルームは付いておらず、大浴場に行く必要があるそうだ。



「風呂は……別にいいだろ……。」



1日入らなかったくらいで死ぬわけじゃないんだ。それに色々あって、風呂に入る気にはなれない。だったら今日は入らないということで……。


いや、ダメだ。


明日も女の子と一緒に行動するんだ。


ここで面倒くさがって風呂に入らなかったら、翌日以降に大きな代償を支払うこととなる。代償とはつまり、嫌われるということだ。


女の子は些細なことで好き嫌いを判断する──前にゲーム実況者がそう言っていた。


モテる自分になるためにも、ここは風呂に入ってさっぱりしよう!


リュックをベッドの上に置き、騎士団の制服も同じく脱ぎ捨てる。こんな服、ずっと着ていたら疲れるからな。そしてクローゼットに入っていた部屋着に着替える。白いパジャマみたいな服だが、宿内はこれを着て自由に行動して良いそうだ。



「準備OK!それじゃ……。」



部屋を出ようとした時、ベッドに置いたリュックから本がはみ出ているのが目に入った。


俺の異世界生活を支えるバグ辞典だ。これの扱いは丁寧にしないとな……。


万が一のことを考えてリュックに入れ直し、ベッドの下に隠す。


良し!これで本当に準備OK!いざ大浴場へ!



「あー……極楽……!」



大浴場と聞いていたから、日本に昔からあるような銭湯をイメージしていたが、実際には露天風呂だった。要は温泉だな。異世界で温泉ってのは不思議な感じだが、かえってありがたいというものだ。


石の壁で囲まれ、上を見れば綺麗な星空。俺の住んでいた家からじゃ、こんな綺麗な星々は見られなかった。これを見ているだけでも癒されていくけど……。


俺は視線を少し下げ、石壁を見つめる。


大浴場の入口は男女で隣り合って別れていた。つまり、この石壁の向こうは女湯だ。



「……。」



同じく石壁を見つめていた中年のおっさんと目が合った。



「…………兄ちゃん。」



「…………なんすか?」



他にも温泉に浸かっていた数人の視線が俺に寄せられる。


注目されてきたところで、中年のおっさんはゆっくりとその口を開く。



「確か……凄い可愛い子と一緒だったな?」



「……そうっすよ?」



俺も今日知り合ったばかりだが、当然といった表情で頷く。ゆりりんはもう俺の親友だ。という表情だ。



「……今も……いるのか……?」



この場にいる全員の固唾を呑む音がした。


俺はゆっくりと口を開く。



「正確には分からない……。」



全員ががっかりした顔になった。



「…………だが。」



俺は静かに言葉を紡ぐ。


再び俺に視線が集まる。



「……女の子っていうのは、綺麗好きなんだ。……つまり……きっと……いる……!」



雄叫びが男湯から上がった。


覗きは犯罪だ。元の世界でも異世界でも、それは変わらない。それでも追い求めるものが男にはある。それはロマン。


今、ここにいる男たちの心が一つになった。



「でもよぉ……。」



1人の男が疑問を呈する。



「この壁……どう攻略するんだ?」



確かにそうだ。とても高く、表面はツルツルしている。よじ登るのは現実的じゃない。



「そんなモン、簡単よぉ……!」



石のような筋肉を宿した男がそう答えた。



「俺は大工だ。壊す専門家だ。こんな壁、ちょちょいとぶっ壊してやんよ!」



再び雄叫びが上がる。


大工は壊す専門家ではないと思うけど、今はそんなことはどうでもいい。これほど頼りになる同士がこの場に居合わせるとは……!



「よぉし!この俺に続けェ!」



「おおおおおおッッッ!!!」



大工の男が先陣を切り、次々と立ち上がり皆壁に向かっていく。


俺も向かうかと立ち上がりかけたところで身体が止まる。


これは魔法によるものではない。己の心によるものだ。


それはつまり、本当に覗きをしていいのか?という疑問だ。壁を壊そうと男たちが群がっているわけだから、もはやこれは覗きとは呼べない気もするが、本当にやってしまっていいのだろうか?


大体、バレたら確実に犯罪者の仲間入りだし、そもそも本当に誰かいるのかすら怪しい。



「…………出よ。」



面倒なことになる前に風呂を上がる。


壁に攻撃を繰り返す野郎どもの背中を横目に屋内に戻る。あーヤダヤダ。これだから変態は。けしかけたのは俺かもしれないが、実際に実行しようとする奴らが悪い。


用意されていたタオルで身体を拭き、宿屋の部屋着姿に戻って浴場を出る。そこでゆりりんと出会った。



「あ、ナギト。お風呂どうだった?」



「いい湯だったぞ。」



ゆりりんも俺と同じく、用意された部屋着姿になっている。今の台詞からして、これから入るところなのだろう。



「それは楽しみね。それじゃ……。」



「待った。」



女湯の入口に向かうゆりりんを引き留める。



「どうしたの?」



「……さっき、覗きをしようとしている奴がいたんだ。今は行かない方がいい。」



「……そう。ちょっと急用が出来たわ。」



「……そうか。」



ゆりりんは踵を返し、宿屋のフロントの方へと早歩きで向かって行った。


俺は騒ぎが大きくなる前に自分の部屋に戻る。俺は無実だ。俺は関係ない。


部屋のドアに鍵をかけ、ベッドの下に隠していたリュックを引っ張り出したところで「ギャー!」という男たちの悲鳴が微かに聞こえた気がした。



「……さて、と。」



夕食は大広間に食べに行く必要があるけど……ほとぼりが冷めるまで大人しくしておこう。それまでバグ辞典を読み込んでおいて、明日の仕事に役立ちそうなものを見つけておくか。


真っ白な分厚い本を開こうとしたその時、ふと思った。


この本……誰が作ったんだ……?


神様が作ったんだろうって気はするけど、何となく気になった。早速裏表紙をめくってみる。大抵、ここに本の情報が書いてあるからな。


……書いてあった。



著者 ダムレイ

協力 ルナ



と書いてある。というか、それだけしか書いてない。出版年とか出版社とかは何もない。真っ白なページにそれだけが書いてあった。



「……。」



多分だけど……これが神様の名前なんだろう。協力の名前は分からない……俺にこの本を届けてくれた女の子の名前かな?


だから何だって話だけど、これで俺の疑問は一つ解消された。



「ナギトー?」



「おわっ!?ゆ、ゆりりんか?」



急にドアの向こうから声がして、めちゃくちゃビックリしてしまった。本を床に落とすところだった。



「うん。そうよ。ご飯食べに行かない?」



「あ、ああ。分かった。」



バグ辞典をリュックに入れ、またベッドの下に隠しておく。もし盗まれたら、俺の存在価値がなくなってしまう。大げさか?



「風呂はもう入ったのか?」



部屋から出、ゆりりんと肩を並べて歩く。



「ううん?今は警察の人が来て、大変なことになってるのよ。」



「…………そうか。」



やっぱ覗きは犯罪だな。止めといて良かった。


夕食は和食だった。温泉といい食事といい、ここって異世界感が全然ないな。


本当はゆっくりしたかったけど、どこかの温泉で見たことある野郎どもが大広間に入ってきたので、ゆりりんを連れて早々に引き上げた。つうかあいつら、捕まらなかったのか。


また部屋に戻って、今度は自由時間。バグ辞典を読んで糧にしておこうかと思っていたけど、色々あって疲れたので早々に寝ることに。よくよく考えたら、しっかりと休んでなかったしな。


そして翌朝がやってきた──。


余談だけど、翌日に嫌なイベントがあるって分かってる時ほど、朝が早く来る気がする。



「おはよう。ナギト。」



「おはよー。ゆりりん。」



部屋を出て挨拶を交わし、大広間で朝食を食べる。こうやって朝から女の子と行動出来るっていいな。転生前じゃ考えられない話だ。


朝食が終わると宿屋をチェックアウト。いよいよ仕事の始まりだ。正直まだ不安が強いけど、俺には最強のバグ技がある。まぁフラグ回収のバグは最終兵器だな。いちいち日付が変わるタイミングで水を掬うだなんてやってられない。


町の外を探索すること10数分──。



「あ、アレじゃない?」



ゆりりんが遠くにいる人物を指差した。


町から離れたところで、それも周囲に何にもないようなところに独りでいるってのは確かに怪しい。


近づいていくと向こうもこちらに気が付いたようで、こっちに向かってきた。



「ねぇあなた……あなたがドラゴン使いの人なの?」



近づいたところで、ゆりりんが直球にそう尋ねた。


俺はこういう時どうすればいいのかよく分からないので、静かにしておく。



「……そこまで噂になっていたか。」



裾の広がった白いコートを着るその人物は小さくそう呟き、俺たちをビシッと指差す。



「いいだろう!相手になってやる!」

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