挿話 クーマと私
私の名前は、リアム・クグロフ。
腹違いの兄である現王から聖女が現れた情報を早くから伝えられていた。
昨日深夜、私が怪我のため屋敷で床についているとひっそりと訪れるものがいた。
「珍しいお客人だな。
リュカ、護衛もなく城下に降りてくるのは危険だぞ。」
「分かってますが、どうしても聞き入れてもらいたい事があって急いで来てしまいました。
本日早朝、聖女が降臨されましたのですが、ご存知でしたか?」
「兄のおかげで昼過ぎには降臨の様子を聞かされたよ。なんでも馬場に大きな黒い箱に入って降臨されたんだって?」
「ハルカというんですが、乗ってきた乗り物について少し、気になることがあって相談に参りました。」
「乗り物…。」
「はい、クルマという乗り物で、ハルカはミニーと呼んでいます。
で、ミニーについてなんですが、父にも話したのですが、ハルカの降臨の際、私も慌てていて、馬場に向かう途中で転んでしまい、膝と手に擦り傷を作ってしまったのですが、馬場から城までミニーに乗せてもらっている間に跡形もなく治っていたんです。まだ仮説の段階で、ハルカにも伝えていませんが、ミニーには治癒の効果があると思っています。
明日、第2騎士団と顔合わせをする予定で、あわよくば闘技場まで父達もミニーに乗って検証する予定です」
「それで、私にも検証しろということか。
しかし、私のコレは擦り傷程度では無いぞ。正直、今こうして休んでいる間にも文官への配置換えが着々と進んでいる。
治るならありがたいが、そう期待できるような怪我ではない」
10日ほど前に発生した魔獣討伐で足を損傷し、切り傷や打ち身は治癒魔法で治ったが、折れて変形した骨は魔法では戻らない。治る見込みも無いと医師団に通告されていた。
「だからこそです!
叔父上も騎士を続けたいのではないですか?
ダメでもともと、ミニーに賭けてみましょう!
もしダメでもハルカを紹介できますし!たぶん叔父上の好みだと思うんです」
「それは…うん、わかった。楽しみにしてるよ。」
翌日、朝から登城し、数日ぶりの騎士団本部。
「副団長!おはようございます!お怪我良くなったのですか!?」
「騎士団辞めるって嘘ですよね!」
まだ本決まりではないが、騎士達の間でも広まっているか。
「聖女様がとても可愛らしい方だと聞いたんで、是非会ってみたいと思って来てしまった」
「副団長もオトコですね〜。
俺、昨日降臨された現場に居合わせたんですが、男のような服装でしたが、キリッとした美人でしたよ!
女性なのにぴったりとしたズボンで、怪我をしていたのか、ところどころ破れて肌が見えているのがなんとも言えませんでした…」
「あれにはドキッとしたよな!今日もズボンで来るかな?
俺はムチッとしたお尻がたまらなかった!」
「お前達…決して顔に出すなよ。今のお前達の顔は信頼もなにもないぞ」
はぁ、騎士は花形だというが、出会いもなければ、どうしてもこんな風になってしまう。
うちの団で聖女の護衛をするにあたって、こんな顔で対面したら目も当てられない。
さて、久しぶりの団員達と話し込んでいたらどうも来たようだ。
馬場の先から土煙を上げながらこちらに向かってくるのは黒い物体。
圧倒的に馬車より早い。下手したら早馬並みだ。
しかも移動する姿にブレもなく静かだ。
これが異世界の乗り物。
降りてきたのは鮮やかなオレンジ色の上衣に黒の体にぴったりしたズボン、目が痛くなるような黄色い靴を履いている。
容姿は、肩下まである髪がゆるくウェーブした明るい髪、しかし、根元は黒い。初めて見る髪色だ。
顔立ちもスッキリして少しツリ目がちでいかにも気が強そうだ。
赤い唇がいやに目を惹く。
団長が目配せして呼んでいる。
ついにミニーの検証か。
「リアム・クグロフと申します。この様な姿で申し訳ありません。」
「リアムは先日出現した魔獣討伐の時、ちょっと怪我をして休みにしていたんですが今日聖女様が闘技場に来る予定というのをどこからか嗅ぎつけて登城してきたんです。
せっかくなので、こいつにもクーマに乗せてもらえたらと思った次第で。」
「わざわざ来てくれたんですか?
ありがとうございます。お怪我はどんな感じなのですか?座れます?助手席より、後ろの席の方が乗りやすいと思います。とりあえずこの建物の周りでも走りますか?」
宰相がいち早く聖女の隣の席に乗り込み、後ろと言われたが入口の開け方がわからずにいたらピーピーと音がして自然と開かれた。
とりあえず中に見える席に乗り込んだら聖女が体を固定する『しーとべると』なるものをはめてくれ、その時、触れ合いそうな程至近距離に聖女の頭があり、初めて嗅ぐ甘くいい香りに胸が詰まった。
ドアがまた勝手に閉まり、気がつけばとても暖かな空間で、足の痛みが徐々に引いていくのがわかった。乗り心地も馬車とは比べ物にならないくらい揺れもなく静か。椅子も背中や尻が包み込まれるかのような座り心地の良さに目を見張る。
闘技場から馬場を1周して戻るまでには痛みも違和感もない程回復していた。
到着後、団長に怪我の様子を確認され、いつも以上に調子がいいと正直に伝えた。
聖女はミニーに治癒の効果がある事を知らないようだった。この世界に来てからの効果のようだ。
これから聖女の持久力を測るという事で闘技場から馬場を2周する事になり、私と数名で走る予定が、団員全員が参加する事になり団長が静かに冷気を放っていた。
一緒に走ってみて驚いたのが、スピード。
我々騎士は毎日走っているのである程度速く走れるのは当たり前だが、それに近いスピードで会話しながら走っている。
聞くと、『じむ』というところでよく走っているようだ。
騎士団のいつものスピードが知りたいというのが聞こえ、団員がいつもにはない張り切った姿で駆け抜けていく。
その姿だけならさすが花形騎士と言われるだろう。
全員の予想以上に早いスピードでハルカは2周を駆け抜けたが、その姿は爽やかそのもの。多少息切れはしているが、だまだ走れるといった様子だ。
今回の持久力の目的が逃走する為のものと知り不安になったのか、明日からも早朝の走り込みに一緒に参加する事になった。
明日から毎日会えるのが今から楽しみだ。
そうと決まれば、騎士団総長に異動の内示を取り消してもらわねば。




