ポアン
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「ラシル、走るよ!」
腰にはりついていたラシルの手をとり、大きな木で身を隠しつつ祠前にいる女性に近づいていく。
ありがたい事に、彼女はリアムとアンディーに釘付けになっていて、私の存在に気づいていない。距離にして、後十数メートル。行けるか?
リアムも私のしようとしている事を理解しているのか、こちらに向かってくる穢れを音もなく粉砕していた。
彼女がリアムに対して大きく振りかぶるように詠唱していた魔法を放つ瞬間、私は走りだし、タックルをするように彼女を押さえ込んだ。
真っ暗に染まった瞳を大きく見開き、こちらを凝視する。その瞳も段々と青に変わり、理性が戻っていったようだ。それに合わせて、周りでも骸を核にしていた穢れが白い煙を上げつつ静止していく。
『あっ、…私は……。』
「正気に戻った?」
『…はぃ。…ご迷惑をお掛けしました。…ありがとう、ございます』
「んーん。」
『貴方は神の御使様とお見受けしますが、なぜこのような事をなさったのですか?』
いつのまにか近づいていた龍が尋ねた。
『貴方にはとても酷い事をしました。愚かな私の浅はかさが招いた事。決して許される事ではないとは理解しています』
『私は当事者です。貴方様の犯した事に対して知る権利があるとは思いますが?』
『もちろん…そうですね…。』
彼女がポツリポツリと話す内容は、想像以上のことだった。
彼女は神の御使である天使で、彼女が愛していた天使ルシフェルが堕天した事によって、引き起こった事だった。
ある時、神の意向を伝えるため、地上に降り立ったルシフェルの目の前で、凄惨な事件が発生した。本来であれば、地上にいる者に対し、助言はすれど不可侵を貫いている立場にあるはずが、思わず手が出てしまい、その場にいた全ての人間を殺してしまった。
その時に感じた生き物の血の温かさや、感触、高揚する心に取り憑かれたかのように、ルシフェルは少しずつ狂っていった。
地上に降り立つ度、神に知られることがないよう犯行を繰り返していたが、どこの土地でも、近隣を【護る者】がいて思うように楽しめない事に苛立ち、【護る者】を排除する事にした。
神の意向を伝えるため、降り立つ神殿の神官を誑かし、邪悪で危険な龍を封じ込めるためと唆し、彼女と神官六人で魔法陣を作り上げ、その命、身体を捧げさせた。
しかし、いくら時を待っても龍は捕まらず、焦れたルシフェルは、そのまま冥界へ旅立って行ってしまったらしい。
龍を捕まえない限り彼女も解放される事がなく、長い年月をこの場で過ごすうち、穢れにより少しずつ理性が穢されてしまったそうだ。
『なんと、身勝手な……』
「なら、今まで戦ってきた奴らは神職者って事か?悪魔崇拝者とは違う⁈」
ユノアが愕然としている。そうは見えないが、彼も信心深いところがあり、毎朝神殿へ祈りを捧げている一人だ。
『いえ、悪魔崇拝者と言っても間違いではありません。既にルシフェル様を信仰の対象として神殿内に派閥を作っておりましたので……』
「神の意向を伝えつつ、悪魔として信徒を集めていたという事ですか?」
フランもユノアと同じく、毎朝の祈りを欠かさないため、神に近い者が行なっていた事にショックを感じているようだ。
『えぇ……。神が気付いた時には既に多数の信徒を率いており、粛清の混乱に乗じて冥府へ下って行きました…私達が張ったこの陣で貴方を捉えたとて、もうこの世に戻って来れるとは思いません…』
「ルシフェルというのが戻ってこない根拠はあるのか?」
『はい…神によって粛清が行われた際、ルシフェル様が冥府へ行かれたことが判明し、神が冥府の神と約定をかわし、冥府より立ち戻る術を無に帰したと聞きました…冥府の神によって道を閉ざされたのなら戻る事も叶わないでしょう…』
『人の子らよ、私の同胞が数名、ルシフェル様に付き従っていましたが、私と同じ罠を仕掛けている可能性があります。…どうかお気をつけなさい』
と、言うことはこの先の旅で同じようにゾンビに遭遇する可能性があると言う事…か…。
彼女の体が少しずつ光の粒に変わり、サラサラと風に舞うように消えていく。
「か、体が…」
『本当に皆さんにはご迷惑をかけました。そして、私共に安らぎを与えてくださり感謝します』
そう言って消えてしまった。
後に残されたのは無数に散らばる骨のみ。
「終わったのか?」
『えぇ。終わったようですね。…では聖女よ、この祠を浄化してくれますか?』
「あっ、はい」
『中に水晶があります。よろしく頼みます』
岩の裂け目を潜り、中に入る。冷んやりとした空気に包まれ、汗をかいた体が少しだけふるりと震えてしまう。
安置されていたのは六角形にカットされ、パビリオンの部分を金属の輪、巨大な指輪のようなものにセットされた黒い穢れを纏った石があった。
手を触れ、穢れを吸い上げると、大理石のような白く美しい模様の石に変わる。
私の隣では、伸びた髪を抱えてきてくれたラシルがさらに伸びた髪を地面に着かないように丁寧に巻き上げてくれる。
『聖女よ、ありがとう。これでまたここに住むことができます。私の名は【ポアン】この山々を護る者。この世界で困るようなことがありましたら訪ねてきなさい。力になります』
振り返り、龍に向き合うと、そこには白く長い髪をなびかせた色白なとても美しい男性が佇んでいた。
淡い光と風を纏った姿は神々しく、思わず見とれてしまうほどだ。それは、皆んなも同じで、時が止まったようにも感じられた。
『その姿が本来の姿か?』
『小さき者には多いに助けられました。よく荒れてしまった私に再三に渡り、浄化の石を届けてくれましたね。ありがとう。
この姿も仮のものですが、本来の姿では、人の子には見る事が出来ないので、それはまた後日貴方方のみにご披露しますね』
器用に武蔵とラシルに向かってウインクしている。
ポアンの本当の姿は精霊などにしか見えないようだ。
こうして、慌ただしく始まった一つ目の祠の浄化は完了した。
後日、改めて事後処理に訪れた騎士と神官の前に美丈夫の姿で現れたポアンを見た者がすっかり魅了され、足しげく通う者が続出した事は少し先のお話。
城へ戻りルーチンをこなし、平和な数日を過ごした頃、ある晩ラシルと武蔵に心の内を話してみた。
「ねぇ、ずっと思っていたんだけど、この前のポアンの時、もしかしたら同じような呪いを掛けられているところがあるかも知れないんだよね。私、このままここに居ていいのかな?本当だったらすぐにでも次の祠へ向かった方がいいんじゃない?」
『確かに…ミニーがいるこの城を中心にして浄化されてるから遠くになればなるほど浄化の力は届かなくて穢れたままの地域が続くようになる…ボクは、ハルちゃんに危ない思いはして欲しくないと思っている…だけど、ボクの生まれたカンターニもそうだったけど、国の端に行くほど辛い生活を送っている人たちがいる事は間違いないんだ…』
『ハルカ、迷う必要はないぞ。最悪、我と此奴だけででも旅に出る事は可能ぞ』
「ありがとう。…あまりにも今までの生活からしたらかけ離れた世界で、流されるように生活して来ていたんだけど、なんか最近特に自分らしさが無くて…いつもモヤモヤしてたんだ…うん。王様に話してみる!で、ダメって言われたらラシル、武蔵、一緒に来てもらえる?」
『もちろん!どこまでもハルちゃんについて行くからね!』
『我も最期の時までハルカと共におるぞ』
「もう、二人とも重いよ。でもそう言ってもらえるととっても嬉しいね。ありがとう」
二人をぎゅっと抱きしめてその日は夜を過ごした。
振り返れば……お約束ですよね…。
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