武蔵がんばる
よろしくお願いします。
ハルカが操るミニーとかいう乗り物も随分進むのが早かったが、我にかかればまだまだ亀に等しい。
この大空で、我の邪魔をするものはいない。原因を探り、すぐに愛しいハルカの元へ舞い戻る。
決意硬く翼を大きく羽ばたかせる。程なくしてポアンの山並みが眼前に迫る頃、異変を感じた。
まず、空を飛ぶ鳥がほとんどいない。虫の気配もない。
ひとまず近場の林の一番高い木へ溜まり、観察をする。
麓の町には人や、動物…生活が営まれている。
おかしいのは【霊山】。僅かだが、得も知れぬ違和感と、感じたこともない大きな気配がする。
これだけ大きな気配であれば視界に触れてもいいはずだが…。
その時、山が僅かに揺れた気がした。目を凝らし、山並みを観察する。
いた。むしろあったと言うべきか。山が連なる中に山に見える大きな物体。物体を覆う陰影のような模様が辺りの山並みに同化していて見つけにくくしていた。
一瞬強い視線を感じた瞬間、観察していた山が消えた。
辺りに強い風が荒れ狂い、気流の流れから何か大きなものが飛んでいることを感じる。
『ヨ、ヨコセ…ヒカリ…』
瞬時に悟るのは我の首元にしっかり装着されたチョーカー。ハルカの護り石。譲る気はさらさらない。
『神の御使と見受けるが、お主、まだ自我があるのか?』
『ヒカ、リ、ヒカリヲ…』
姿は見えないが、後を追ってきている大きな気配がある。厄介だ。しばらく撒こうと飛翔を続けたが、多少距離を稼ぐことはできても我が見えているかのようにどこまでも追ってくる。このまま城まで連れ帰るのも問題だが、とてつもなく強い執着を感じる。
『ハルカ、許せよ…』
天高く飛翔し、首に付けられたチョーカーを鉤爪で引きちぎる。追ってきている物体めがけて断腸の思いでチョーカーを投げ落とす。
チョーカーは搔き消えるように視界からなくなり、追ってきているであろう物体の気配も消えた。
しばらく辺りの様子を観察し、最初に見つけた山並みに山が戻っているのを確認してから愛しのハルカの元へ向かう。
…もう、追ってくる気配はない。
辺りがオレンジの空に包まれる頃、神殿で待っているハルカの元へ帰る。
バルコニーの手すりに降り立ってすぐ、ハルカが駆け寄ってくれた。
『ハルカ、今朝方貰ったお主の分身、訳あって失ってしまった。許してくれるであろうか?』
「お帰り武蔵!もちろん!許すもなにもないよ!無事に帰ってきてくれてありがとう!怪我はない?」
ハルカの両手が全身をなぞり、怪我の有無を確認する。
我の事を心配してくれたようだ。その思いが嬉しくて目を細め頭を差し出した。
差し出した頭がハルカの柔らかい首に触れ、気づいたら体ごと抱きしめられていた。突然の事に固まっていると額にキスが落とされる。
『ハ、ハルカ?』
「心配したんだよー。一緒に行けばよかったって。武蔵の方が速いのは分かってるけど…危険な目にあってないかって気が気じゃなかったよ…早く帰ってきてくれてありがとうね」
もう一度柔らかなキスが降ってきた。抱きしめられている体も内から温かな何かが溢れて今にも力が抜けそうだ。
『わ、我が人生に一片の悔いなし…』
『鳥が何言ってるの。で、状況は?ちゃんと見てきたんだろうねぇ?』
*****
ラシル。顔怖い。
私の腰に抱きつき、私越しに武蔵に挑むような視線を向ける。
武蔵が帰ってきたのをどうやって知ったのか、シシリーとリュカもやってきたので、丁度、晩餐の時間前だったこともあり、皆んなで情報共有しようということになり、急遽、王族の晩餐に遠征チーム勢揃いというなんとも緊張感漂う食事会になった。
「……。俺ら、なんでこんな事になってるんッスか?」
「知らん…いきなり呼ばれてコレだ…。俺も知りたい。とりあえず副団長命令だからな」
アンディーとユノアは何も知らされず連れてこられたようで訓練用のラフな制服のままだった。
片やアドルとフランは、しっかり魔術師の正装ローブを纏っていた。
武蔵の報告する内容はこの国にとって緊張が走る内容だった。
まず目に見えない巨大な何かが山に擬態している事。
浄化の光を求め一心不乱に追ってくる事。これは、今回、武蔵が飛行する事で、被害がなかったが、地上で私を標的にした場合の被害と、回避方法に頭を悩ませる事。更には、ソレがいる事によって霊山に近づけない事。即ち、浄化できない事。
「何か手立ては無いものか。…街の生活がいつも通りならば、神官、巫女を送り込むか…」
「ラシルの【結界】で押さえつけられないか?」
『目に見えていれば、囲い込むことはできると思うけど、ソイツがどのくらい大きいかによるなぁ。山ってなると相当の大きさがあるよね…。うー…。厳しいかも…。
でも!ハルちゃんをソイツから守る結界なら自信あるよ!何があっても傷付けさせないから!』
『…あまり進言したくはないが…、ハルカが今朝方作ってくれた護りの石をもう一度作ってくれぬか?我が彼奴に届けよう。さすれば自我も戻り近づく事も出来るやもしれん』
それは武蔵だけが危険に晒される。
危険なものがいるのにわざわざ送り出すなんてできないよ。
「護りの石なんていくらでも作るけど、武蔵一人に危ない思いさせれないよ!なんとか私も一緒に行ける道ないのかな?」
『危ない?我一人であればあんなモノ、亀すぎて危なくもなんともないわ。我は、ハルカの髪が短くなるのを危惧しておる』
髪なんてこの世界に来ていくらでも伸びるようになったんだからそれは心配することじゃないでしょ。
とりあえず他にいい案も出ず、武蔵の案が採用された。もちろん私たちも後を追うように出発する予定。
夕食後、アドルさんとフランさんに案内され、魔術師団棟へ向かう。なぜかそこへリュカとリアム、さらにラシルと武蔵。
武蔵は私の肩に留まっていたが、ラシルにハルちゃんの肩が傷付くと言われ、渋々リアムの肩に留まっている。それに気を良くしたのかラシルは私の手をとり、おてて繋いで上機嫌だ。
魔術師棟にはアンナさんの旦那さんがいて、以前鹿の魔獣の浄化を行った時に切った髪を預けて研究してもらっていた。今回、水晶を作るにあたって、周りから今以上短く切らないようにと圧をかけられ、仕方なしに取りに行く事になった。
魔術師棟は騎士団棟とは違い、廊下に絵が飾ってあったり、花が活けられていたり、華やいだ雰囲気があった。これも女性が活躍できる職場のなせる技かしら。
アドルさんがおもむろにドアをノックすることもなく開け、中に入っていく。フランさんは外でじっとしてるので、入らない方がいいのかと、一緒に廊下で待っていると室内から重い本が何冊も落ちる音がし、男の悲鳴も聞こえてきた。
びっくりして何事かと見回しても、誰も心配するそぶりもなく、リアムに至っては廊下に活けられている花と戯れていた。
しばらくするとアドルがドアからひょっこり顔を出し、手招きする。
「びっくりさせちゃいましたよね。コイツがタクトです。」
中に入るとブラウンの髪に眼鏡の奥から覗くエメラルドの瞳が印象的な男性が本が散らばる床に座り込んでいた。
「初めまして、聖女さま。妻がお世話になっています。こんな格好でごめんね」
右手を差し出され、握手かと思い手を握ると、強い力で引っ張られた。タクトが起き上がるために利用されたと瞬時に理解した。よろける私をリアムが支えてくれ、抱きつくような格好になる。
「はいはーい、ここでイチャつくのは禁止ですよー」
「なっ!あなたが引っ張ったんでしょ!」
なんだこの男は!コレがアンナさんの旦那さん?信じられない…。このチャラさとか…。キライなタイプだ。
アドルさんの話だと、タクトさんは第3魔術師団でも、エリートで、将来を有望視されているそうだ。
仕事ができても、人間性に問題ありなのはいかがかと思うが…。
で、肝心の髪の毛を受け取る際、
「コレから護り石作るなら、直接抜いた毛根付きを一本入れるだけで効力上がると思うよー」
と、アドバイスをくれた。髪の毛は元々排泄物…栄養として要らないものらしく、【生きた細胞】の毛根を加える事で、効力が跳ね上がるらしい。…仕事はデキるようだ…。
その夜。自室に帰り、持って帰ってきた毛束を左右に割り、ピンポン球ほどの水晶を二つ作り、さらに、手櫛で頭を梳き、数本絡めて引き抜くと武蔵用の新たな護り石を作る。
この石が武蔵を守りますように。




