やっぱり 夢と希望の冒険ファンタジー?
華麗なるドリフトをキメ、破裂してしまうのではないかというくらいけたたましく鳴り続ける心臓の音を感じなが、それでも意識は冷静に「あれだけ衝撃があったのにエアバック出ないんだ… 」なんて考えてしまうくらいには平常心を失っていた。
そうこうしているうちに、厩舎の方から馬に跨った人などが、やってきて、あっという間に車の周を騎士のような制服を着た人や、上半身裸のマッチョな人に取り囲まれてしまっていて、焦りや恐怖から身動きすることができなくなってしまっていた。
一つ助かった点は、取り囲んだ人々が喚き散らすことなく、みんな一様に押し黙って一定の距離をもって取り囲んで微動だにしていない点だった。
お互いに対峙してしばらくした頃ようやく杖を持った長いコート?を着た見たこともない綺麗な藤紫色 の瞳の天使のような青年が人垣を超えてやってきた。
人垣の面々を見ても、明るい髪色だったり、彫りの深い顔立ちっだったりで、あきらかにアジア圏内ではなさそうな人々……。
日本語通じるのかな… 。
敵意がないことを表すように手を上げながらウインドーを下げていく。
「お、おじゃましてしまってすみません…あの、こ、ここがどこか教えて欲しいんですが… 」
「ここはバルダイア王国の王宮です。
私はリュカ・カルカロフと申します。我々に貴方を害する気はありませんが、貴方にもその意思が無いようでしたら姿を見せていただけませんか」
「あっ、すみません!今出ます!」
ドアを開け、外へ出ると…ちょっとどよめきが起きた…な、なぜだ?
「もしや、お怪我でもされているのですか?」
確かにさっきのスピンはブレーキ音も凄かったし、土煙もすごいから見た人には心配させちゃっただろうなぁ… 。でもなんだろ…取り囲んでいる人たちがなんとなく顔を背けているような… 。
ちなみに、今日の服装は黒のタートルネックにオーバーサイズのざっくり編み白ニット、黒いダメージスキニーパンツ、上げ底ハイカットスニーカー。
ダメージパンツが怪我してるように見えたのかな?
「? あ、さっきスピンしちゃったのは驚きましたけど、シートベルトもしてたし、怪我もないです。ご心配ありがとうございます。
安藤 遥と申します。お騒がせしてしまってすみません。
…あの、正直、今自分がどうなってしまっているのかわからないので…変なことを聞きますが、ここは日本ですか?」
「それについては、少しお話をしたいと思いますので、ひとまず王宮まで移動します。
この物体には騎士をつけておきますのでご心配なく。」
なんだかリュカさんの顔が少し赤いような気もする。怒ってるのかな?怒るよねー。ダート荒らしだもんね…。
「…物体…車ですね… 。
…これからお話してもらうというのになんですが、なんだか嫌な予感しかしないんですが…… 。」
「クルマというのですね。
…そうですね、貴方にとっていい話ではないのかもしれませんね…。
では、場所を移動するので手をお借りしてもよろしいですか?」
そう言って少し苦笑しながら手を差し出されたので、握手かと思い…手を触れ合わせたと思ったらめまいのように視界が歪んで思わず目をつぶり、落ち着いたところで目を開けて辺りを見回した。
「えっ?なにここ…手品?」
見るからに高級そうなウォールナットのような艶かしい上品な家具が揃えられた一室にいた。
さっきまで土埃舞う屋外にいたのに今はふかふかな絨毯に、調度品もシックでまるでホテルのラウンジの様な所だ。
いきなり現れた私たちに驚くことなく、メイドさんのような人がお茶の支度をし始めていく。
その際、ブランケットを貸してくれて足を隠すように言われた。
もしかしたら宗教とかで肌を見せたらいけない?
とりあえず温かい紅茶をいただき、心を落ち着けていると、勢いよく開けられた扉の大きな音とともに、ちょっとスモーキーな金髪碧眼の渋いおじさまがバタバタとやってきた。
「リュカ、こちらが聖女様か?」
「父上、これからお話させていただくところでした。
そんなに焦ってどうされたのですか?」
「継承の指輪が浄化された。」
「まさか!こんなに短時間で浄化されるなんて信じられませんね。
継承の指輪…こんなに綺麗な青だったんですね… 。」
お父さん?『聖女』って言った?そんな気はしてたけど嫌な予感しかしてこない。
頭から血の気が引いてきてきっと顔色も悪くなっていると思う。
ふらっと体からも力が抜けてきて、ソファーで項垂れてしまった。
「アンドゥ様大丈夫ですか?」
リュカが心配してくれてる。
「…… 違う世界?…… 私、帰れないの?」
「それは……」
リュカが苦しそうな声で言い淀んでいる。その横から落ち着いた渋い優しい声が聞こえる。
「ここはアルーンという世界のバルダイアという国で、この大陸はいくつかある霊山が長い年月をかけ穢れつつあり、動植物、命あるものの生活を脅かしている。」
『穢れを祓うことが出来るのは黄金の力を持つ者のみ。
神殿に安置されている宝玉が黒く染まる時、聖女が宝玉の下に降臨し平和をもたらす。』
「昔からの言い伝えだが、既に神殿の宝玉は真っ黒に染まり、そろそろ聖女の降臨かと思われていたところ、貴方が遣わされた。
この通り、宝玉と対になっている王家に代々受け継がれている指輪も黒曜石のごとく真っ黒だったが、貴方が降臨されたと同時に穢れが祓われ元の澄んだ青に浄化された。」
リュカのお父さんは自分の指に嵌められた大振りの澄んだ青空のような貴石をとても大切そうに眺めていた。
その目に柔らかくも強い力を乗せて私をみる。
「貴方にとっては受け入れがたい事だろうが、できたらこの国を救ってはくれぬだろうか。
神官たちの必死の浄化でなんとか持ちこたえているが人々も疲弊しつつある。
神官の浄化の力はお世辞にも強いとは言えない。
一番被害にあうのはいつも力の弱い年寄りや赤子からだ。」
リュカのお父さんの話す内容が頭の中を滑るように抜けていく感じがする。でも、年寄り子供が一番の被害者と言われてはNOとは言えない。でも…。
「とりあえず少し時間を頂けませんか…… 。何が何だか頭がついていけません。」
「もちろんです!
お疲れでしょうからお部屋に案内させて頂きます。今日はゆっくりお風呂に浸かって美味しいものを食べていっぱい寝ちゃいましょう!何が好きですか?甘いもの?『クルマ』に一度戻りますか?」
リュカさんがしゃがんで覗き込むように優しくしてくれるのがとても嬉しい。
「車に着替えなどがあるので出来たら戻りたいです。ここからどのくらいの距離がありますか?」
「距離にしたら歩いて10分程度です。でも転移で行くのであっという間ですよ。」
いい笑顔で言われたけど、『転移』って……。
魔法ってことよね……
本当に違う世界に来たんだなぁ…… 。
「…車までお願いします。
ちなみに、今日泊めていただける建物に車を停めて置ける場所はありますか?
あと、できたら車で戻ってきたいと思ってるんですが、その場所から車で走ってこれそうですか?」
「馬車も通れる道もあるので大丈夫だと思いますよ。では、もう一度私の手を取っていただけますか。」
手が触れるとまた、めまいのような感覚にギュッと目をつぶり、目を開けるとそこには愛車のミニーちゃん。
ミニーに触れて、やっぱり夢じゃないんだと覚悟した。
助手席のドアを開けてリュカさんを呼ぶ。
「リュカさん道案内お願いします。」
「へ? 私もクルマに入ってもよろしいのですか?」
「もちろんです。隣で道案内してください。」
「ありがとうございます!とても嬉しいです!」
なんていい笑顔なんだろ。癒されちゃうなぁ。
なんだろ、天使のようなふわふわ金の髪にちょっと垂れたきゅるんとした可愛い感じ、おもわずわしゃわしゃしたくなる…これも現実逃避かしら?
「リュカさん、このコは、車のミニーって言います。普通は車に名前なんてつける人いないけど、私の特別なコなんだ。」
リュカさんを助手席に乗せ、シートベルトをしてエンジンをかけると。
「フフ。私はリュカだよ。ミニー、これから仲良くしてくれると嬉しいな」
と、リュカさんがミニーのアッパーボックスあたりをなでなでしてる。
ちょっとキリッとした表情でミニーに挨拶してると思うとなんだかホッコリして口元が緩んでしまう。
「フフフ。スベスベですね」
アクセルを踏み、宮殿目指して走り出した。
走り出せば、「はやーい!!」って喜んでくれる。その少し子供のような年相応にはしゃぐ様子にさっきまでどん底のような重苦しい気持ちがふっと軽くなって、リュカさんのはしゃぎようにこちらまでだんだん楽しくなってきちゃった。
この世界でリュカさんは私の癒しに決定!




