8.食卓の風景
「ただ今戻りました」
「もどり・・・・・・した」
飾り気の無い木製のドアを開けて入ってきたのは、黒い髪に黒い瞳が特徴の、10歳になるかどうかといった少年とその後ろをちょこちょこくっついている5歳くらいの緑色の髪をした女の子だ。
少年の名は柊雪継。見た目は幼い子供ではあるが、そその中身は、この世界に転生してきた、30歳の失業保険受給者である。
「あら。おかえりなさい。ふたりとも手は洗ったかしら? もうすぐご飯よ」
明るい声で雪継達の返事に言葉を返したのは、長い金色のふわりとした髪を一つに束ねて、肩から服の上からでも分かる豊かな胸に垂らした、美しい女性であった。
22~3歳くらいかな、と雪継は思っているが、なかなか年齢を聞く機会も無く、いつも楽しそうな笑顔と優しな雰囲気に、元の世界では美人を前にすると緊張してしまっていた雪継でも、自然に接することができる、素敵な人妻である。名をライラといい、雪継の命の恩人でもあった。
「はい。手は洗ってきました。何か手伝えることはありますか?」
「じゃあお皿を4枚並べてもらえるから。あら?」
「・・・・・・ただいま」
雪継達に続くように、再びゆっくりと扉が開くと、低い声でひとりの男がのっそりと入ってくる。
「おかえりなさい。あなた」
「おかえりなさい。シルフィさん」
「・・・・・・ん。なさい」
「・・・・・・ああ」
この家の主人であり、ライラの夫でもあるシルフィは無言で頷くと、奥の部屋に消える。
2メートル近くある長身に、筋骨隆々で服は張り裂けんばかりである。坊主頭に鼻は高く彫りの深い顔には大きな傷跡と、細かな傷がいくつかあり、鋭い眼つきは、これまでどれだけの人間を殺めたのかと言わんばかりの迫力だが、生まれてこのかた農業一筋の何処にでもいる村人である。途中、戸の上枠に頭を打つけて悶えていた。
食事の時間となり4人が食卓を囲む。
暖かなシチューに食べ応えのある黒パン。
「シューちゃん。ちゃんと野菜も食べないとダメよ」
「む~」
逆手でスプーンを持ちツンツンと、シチューの中の野菜をにらみながらつついているのは、ライラにシューちゃんと呼ばれた女の子。エメラルドグリーンの髪に少しムスッとしたような、ふっくらほっぺにへの字口の表情のあまり動かない幼女である。
雪継は行儀よくスプーンを動かしている。その横では、目をつぶってシチューの野菜を食べる少女。笑顔のライラが、ほんの僅かに眉の下がった少女の口元を布地で拭い、シルフィが殺し屋の表情で黒パンをモグモグとしている。
そんな平和な風景も、最初の出会いは混乱と緊迫に満ちたものであった。
「早く来てください。こ、子供が!」
ライラに引き連れらるた村の男達が見たのは、岸辺に横たわる2人の子供であった。
「こいつは、酷い」
そう呟いたのは、村で狩人をしている、獣人のダリ。
緑色の髪をした子供は意識がある様子でぐったりしながらも、黒い髪の子供を力無く揺すっている。
だか、揺すられている子供は生きているのかもわからない状態で、血の気のない肌にあらぬ方向に曲がった四肢には白い骨が突き出ている箇所も見て取れた。
「い、息はまだあるぞ! 兎に角運ぼう!!」
そう叫んだのは、たまたま村に来ていた巡回商人のモリノストだ。
男達は厚手の広い丈夫な革の上に黒い髪の子供を乗せて、数人がかりで持ち上げると、一番近い第一発見者であるライラの家に急ぐのであった。