5.3人の冒険者 中編
「3人とも、凄いんですね」
日が昇っているが、鬱蒼とした木々で薄暗い森の中を3人の冒険者と1人の少年が歩く。
少年の名前は柊雪継。恐らく異世界か何かに転移した上に、いつの間にか身体が子供になっていた、元30歳のナイスガイだ。
「お、おう。街の冒険者ギルドでも、ちょっとした顔なんだぜ」
アルラは自慢気に答えた後、ニヤニヤと笑うレヴィンとパティの視線に気がつくと耳を赤くして、2人を睨んだ。
「おい。止まれ」
アルラの低く厳しい声色に、雪継は何事かとビクリと肩を震わせ、レヴィンとパティは表情を変えて立ち止まる。
少し先の茂みが揺れた瞬間、アルラは革のマントの裏側に仕込まれた投げナイフを素早く投擲した。
「レヴィン!パティ!」
同時にレヴィンは別の茂みに向かって剣を振るい、茂みは紫色の血で染まり、パティは木の上に向けて矢を射る。雪継が一言も発する暇もない、一瞬の出来事だが、木の上から落ちてきたゴブリンに飛び上がって驚いた。
矢で首を射られたゴブリンにレヴィンが剣を突き立て、何事も無かった様子でゴブリンの耳を削ぐ3人の冒険者達の姿に、雪継は興奮する。
自分があれだけ苦労して、倒しきれ無かったゴブリンを、姿がまともに見えない内から発見して倒した冒険者の3人。ゲームやアニメ、漫画にハマっていた雪継の厨二心がぴょんぴょんと疼く。何がなんだか分からない状況ではあったが、作り物の中にしか無かった、ファンタジー世界の冒険が今自分の目の前に広がっているのだ。一歩間違えれば死んでいたかもしれなかった昨日の出来事を忘れ、雪継の胸は高まっていった。
森の中の移動に少し息を切らした雪継。これまで森の中の道もない場所を歩いた経験など無い。しかも子供の体であり、ほんのした窪みやなんでもなさそうな倒木などの段差が、大きな障害となる。
(キツイ・・・・・・けど思ったよりもこの体は体力あるみたいだ)
少しなくとも、元の世界の体であれば、既に根を上げていただろう。
冒険者の3人も最初は心配そうに色々と言ってきていたが、移動速度を抑えてるとはいえ、雪継がしっかりとついてくるため、困ったときは頼るように言ったきりであった。
休憩のため、大岩に腰を下ろした雪継は、近くで革の水袋を傾けていたアルラに声をかける。
「あの~アルラさん」
「ん?なんだユキツグ?ションベンか?」
「違います。質問なんですが、僕も冒険者になれますか?」
ポカンとした表情のアルラに代わってパティが答えてくれる。
「犯罪歴が無ければ、銀貨5枚で登録はできるわよ。でも急にどうしたの?」
「いえ・・・・・・。街についたあと、知り合いとか見つからなかったら、働いてお金を稼がないといけないし、それに」
「それに?」
「皆さんがかっこよかたから・・・・・・」
今度はパティもポカンとして、先に休憩を終わらせて周囲を見張っていたレヴィンが笑いながら話しに入ってきた。
「それは光栄だな。だけどユキツグ。キミは冒険者になれない」
「えっ? でもパティさんは銀貨5枚でって」
まずは銀貨5枚を稼ぐ必要があり、その当ても無いのだが。
「残念ながら、冒険者になるには、ひとつ必要なことがあるんだよ」
「それって?」
「年齢さ。冒険者登録できるのは15歳からなんだよ」
話を聞くと、冒険者の最初の級である青銅に登録するには15歳という年齢制限があり、見た目が10歳になるかならないかといった雪継が、サバを読んだとしても流石に無理があるとのことで、がっくりと雪継の肩が下がった。
「まあ、そんなに落ち込まなくても、ひとつ裏技があるんだ」
落ち込む雪継の肩を叩くとレヴィンは続ける。
「見習登録っていう制度があってね。本当に安全な街中での、お使いとかゴミ広いとかの簡単な依頼が受けれるんだよ」
「あと、鋼級以上の冒険者の荷物持ちや雑用として街周辺の危険度の低い依頼ならついて行くこともできるのよ」
とはパティから追加の説明を受けて、夢継の夢は膨らんでいく。
「・・・・・・なんなら、オレたちの見習で荷物持ちになればいい」
とボソッと呟いたアルラは雪継の顔を見ることなく立ち上がり、レヴィンとパティは苦笑いを浮かべていた。
その後も4回ほど戦闘があった。3回はゴブリンと遭遇したがゴブリンに何もさせることなく終了し、残る1回は、フォレストウルフという、体に木の根の鎧をを巻きつけたような狼6匹と戦闘になったが、これも危なげなく勝利していた。
日が傾き、今日はここまでにしようと、野宿の準備が始まった。
何もしないのは落ち着かないし、申し訳ないため、雪継も手伝いをしている最中だ。
「ユキツグくんは、料理が上手いのね」
とパティが褒めるが、雪継としては、包丁代わりのナイフでジャガイモに似た野菜の皮を剥いたり、フォレストウルフの肉を切ったりしているだけだし、慣れない子供の手で満足な出来ではないのだが、隣のパティの極め厚く剥かれた皮を見るとなんともなしに納得してしまった。
手にしたナイフを見る。飾りのない、雪継には少し大きなナイフだ。
「ほら、何もないと不安だろ」
とフォレストウルフ戦の後、オロオロしていた雪継にアルラから渡されたものだ。
日が沈んで、揺れる焚き木を囲んで、雪継は迷惑にならないように注意しながら、色々と話しを聞いてみた。3人も嫌な様子も見せないで質問に答えたくれていた。フォレストウルフ戦でパティの放った火の玉や、街の様子やお金についてなどだ。
それは突然だった。
「ちっ!来るぞ!!」
アルラが立ち上がり、鉈のようなナイフを両手に握っている。
レヴィンもパティも立ち上がってそれぞれ武器を構える。雪継は何かあったらそこにいるようにと言われた岩影に隠れた。
薄暗い木々の間から巨大な影が飛び込んでくる。ひとつ、ふたつ。
レヴィンが剣を振るい迎え撃ち、影の一体は血飛沫を上げて土を削りなら木の幹にひしゃげるような激しい音を立ててぶつかった。
もう一体は軽やかに地面に着地する。
「ゴブリン騎兵か!」
巨大な二本の凶悪なツノのある、四つ足の獣の背には槍のような武器をもったゴブリンが跨り、ゴブリンと同じ目の色をした、四つ足の獣は、口から飛び出した牙をから唾液を滴らせながら、潰れた醜い顔で唸っている。
ゴブリン騎兵は着地するとすぐ横に飛んでパティの矢を躱すが、レヴィンとアルラも挟み込み様に移動し、レヴィンが獣の首に剣を突き立て、アルラは獣の背に飛び移ると、一瞬でゴブリンの首を掻き切り、飛び降りた。
「があああ!」
着地したアルラに潜んでいた一体が飛びかかる。
「うるせえ!」
アルラは着地と同時に身を翻し、ゴブリン騎兵の突進を躱すと、そのままゴブリン騎兵は地面に頭を突っ込んで2回程回転して吹き飛び動かなくなった。ゴブリンと獣の目にパティの放った矢が突き刺さっている。
雪継には、大きな怪我も無く、戦闘は終了したかに思えたが、首筋がチリチリと落ち着かない。
「急げ!移動するぞ!」
レヴィンが大きくはないがはっきりとした声で告げる。その声には緊張と焦りがあった。
「ゲギャ」
だが既に指示は意味をなさない。
「ゲギャ! ゲギャ!」
木々の間から、草叢から、暗闇から湧き出て来るように、
「ゲギャ。ゲギャ! ゲギャ! ゲギャ! ゲギャ! ゲギャ! ゲギャ! ゲギャ!」
大量のゴブリンが4人を大きく囲むように現れた。