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1.日常の終わり

「はあ・・・・・・ マジか」



柊雪継は、クーラーの効いた部屋で、座椅子に座りながらため息をつく。机にボールペンを置くと、首からさげた、ペンダントを指で転がしつつ独り言ちる。


「困ったぞ。どうしようか」


どれ位困っているかと言えば、絶対絶命とまでは行かないが、今すぐには答えがわからず、頭を悩ませる程度には困っていた。


目の前の机上にはA4サイズの用紙が数枚あり、雪継の名前やら、住所やら、印鑑が押されている。その内一枚が、雪継にとっては問題であった。


『保証人』と印字され、下には2名分の空欄。雪継のペンはそこで止まっていた。


「あ~。どうしたものか。爺さん達もいないしな」


グッと腕をあげて固まった体を伸ばしながら悩む。



突然ではあるが、柊雪継は、両親について何も知らない。


物心ついた時には、児童養護施設が家であった。正直あまり記憶に残らない程度の期間を施設で過ごしたのちには、幸運にも老夫婦に引き取られて育った。厳しい老夫婦ではあったが、虐待や理不尽な体罰はなく、信頼も信用もできる人物であったが、ただどうにも甘えることができる関係ではなく、親代わりというよりも保護者といったものであったが大学にも行かせて貰えたし、当然感謝もしている。


そんな、保護者である老夫婦が、雪継が30歳になってすぐ、立て続けに亡くなった。唯一の身内とも呼べる二人が居なくなり、悲しくて泣いた時には、ちゃんと家族としての情愛があったんだなあ、もっと甘えてみてもよかったのかもなあと、しみじみする間も無く、何処から現れたのか、親類縁者と名乗る人物やら弁護士やらなんやらから、なんやかんやとした権利なんかをまるっと持って行かれて、追い出されてしまったのだ。


更に悪ことは続いて、大学を卒業してからずっと勤めていた会社があれよあれよと潰れてしまたのだ。そこそこに大きい会社ではあったのだか、更に大きな同業企業が他県から進出してきた結果、倒産してしまった。給料が突然4分割になった時の驚きは今でも憶えている。


それでも何とか、6ヵ月間の失業手当受給期間内で、新たな再就職先を見つける事ができたのは雪継の努力か、幸運なのか、はたまた、ハローワークの職員の腕なのか。


そして話しは最初に戻り、腱鞘炎になるのではないかと思うくらい書いた履歴書と何が長所で短所なのか分からなくなる程の面接で勝ち取った、再就職先から送られてきたのか、入社の手続きの書類の中にある『保証人』の記入欄である。


詰まるところ、保証人のアテがないのだ。


「まあ、考えても仕方ないよな。何か良い方法がないかネットで調べるか」


取り敢えずノートパソコンの電源を入れる。ちょっと一息入れるために、台所に向かった。


ヤカンに水を入れ、火にかける。マグカップにインスタントのコーヒーを入れた。



湯気の立つコーヒーの入ったマグカップを片手で持ちながら、もう片手で、ペンダントを弄る。

これは、雪継の癖でもあり、実はこのペンダント自体、雪継が、唯一身に付けていたものだと、施設の先生から聞かされいた、愛着のある品だ。その他には何身につけていなかったと聞かされている。


シルバーの鎖に、乳白色の台座は象牙のように艶だ。ただ、台座にはまっているのは、宝石でも、見栄えの良い石でもない。緑色の種子である。おそらく。たぶん。雪継自身はは種子だと思っている。大きさは、ペットボトルの蓋より一回り程小さく、表面はクルミの殻の様だが、堅さはそれ程でもなく、どちらかと言えば、弾力がある。鮮やかな緑色は、雪継が子供の頃から変わらない。


他人から見れば可笑しなペンダントかもしれないが、雪継にとっては、最早体の一部と言ってもいい物だ。決して緑色した梅干しの種みたいだなんて、言わせない。


だが運命とは格も残酷で、予想できないものだ。


机の前まで歩きながら、ぼんやりと考え事に耽っていて、注意力の抜けた雪継の手からマグカップか滑り落ちた。


雪継は慌てた。落ちるマグカップの先には、ノートパソコンと入社用の書類がある。次に起こる最悪の光景が頭をよぎる。


だか、その時、奇跡は起きた。


咄嗟に滑り落ちたマグカップをペンダントを触っていた方の手で、見事に掴みとったのだ。掴んだ本人も驚いている。


けれども奇跡には代償が必要なのだろう。


マグカップを掴むため、慌てて手を出したのがいけなかったのか、ペンダントの鎖に手に引っかかってしまっていたのだ。鎖は千切れて、空を舞った。


「え?」


空を舞うペンダント。


「はあ!?」


更に、雪継の視線の先で、ポンと台座から緑色の種子が外れたのだ。


外れて、そして蛍光灯の紐に当たり、軌道を変えて、唖然とする雪継の口の中に入ったその一連の流れは、あまりにも自然で鮮やかなものだと観客がいれば、スタンディングオベーション、拍手の嵐だったかも知れないが、今は雪継ひとりであり、更には見事に掴んでいた、マグカップの熱々のコーヒーが揺れ溢れて、手にかかって、尻餅をついた拍子に、口の中の種子を飲み混んでしまう姿は、何処神々しくもある。



ゴトンと鈍い音を立てて、フローリングの床にマグカップが落ちて、コーヒーが広がって絨毯に染みを広げていく。



そして、雪継が尻餅をついた場所には、先程まで雪継が着てた衣類が体温を残したまま、そこに残されている。



ただ、雪継だけが、部屋から忽然と姿を消していた。


ブックマーク登録お待ちしております。感想や評価頂けましたらうれしいです。


雪継はどこに行ったのか。

次回お楽しみくださいませ。


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