14.小さなちいさな冒険譚 後編
「ん……おいし」
「うん! おいしいね!!」
木の幹に背をもたれて、お尻が汚れるのも構わず、三角座りの二人の少女がもぐもぐと赤い果実をかじっている。
少女の名前はしゅーしとターニャ。泥だらけの幼女である。しゅーしにセメメの果実をあげて、一緒に食べて仲良くなりたい! と思っていたターニャだが、すでに頭の中からは抜け落ちていて、ただただ、二人で食べる実に夢中になっていた。
ていっ! としゅーしが種を草藪に投げる。見ていた、ターニャもぽいっと投げた。
「ん。 とんだ」
「むふー!」
が、果実の香りか子供の声に誘われたのか、投げた種が当たったのかわからないが、突然そこに、呼ばれざる乱入者が、2人の少女の前に飛び出してきた。
角猪と呼ばれる獣がいる。雄には二本、雌には一本の鋭い角が額に生え、雄雌共に、口の両端に牙があり、動くものを見かけると突進してくる。大きいものは2メートル以上にもなる。
魔獣ではなくただの獣ではあるが、その突進からのひと突きは並みの魔獣の一撃並みである角猪。
その角猪の幼体かぷぎーと叫び、突進してきたのだ。
だが目測を誤ったのか、ターニャの横の幹に突進した。鈍い音がして、幹が揺れる。角こそ生えていないが二つの硬いコブが額にある。
セメメの果実が落ちてくるなか、固まっているターニャの手を握って引っ張ったのはしゅーし。
「ん! にげる」
「うん!」
二人は手を繋いで角猪から逃げるように暗い森へと駆け出した。
「よし! 今日の練習は終わりだ」
剣の訓練が終わった雪継達3人は革袋から水を飲み、次の遊びについて話し合う。けれども、いつもはすぐに近くにくるしゅーしの姿がない。
「あれ? しゅーしは? ……ターニャちゃんもいない?」
ちりちりと雪継の首筋が疼く。嫌な予感がする。
「どうしたんだ。遊びにいかないのかな?」
話しかけてきた元冒険者で今は村の門番をしている渋い中年のワイズに、二人の少女が見当たらないことを伝える。
「まさか森の方に行ったりしていないよな……。まずいな、人を集めないと。………君たちはここで待ってなさい。もしかしたら戻ってくるかもしれないからね」
そう言うと、物凄い速さでワイズは去っていった。
とりあえず3人は、しゅーしとターニャがよく座っている石の付近で話し合う。どうにも雪継は嫌な予感が拭えない。
ふと石の前の地面に目をやる。少し乾いてきた地面に不思議な跡があったのだ。まるで子供がぬかるんだ泥だらけの地面に顔から突っ込んだような人型の跡である。そしてそこには
「赤い……なにかの実?」
雪継は人型の跡に落ちていた潰れたセメメの果実を拾い上げた。
「あっ! それ」
その実を見て反応したのはレビンであった。
「じゃあ、ターニャちゃんがしゅーしにあげる予定だった果実。それがここに泥だらけで落ちているっと」
レビンから話しを聞いた雪継とヤックス。
「ねえ、もしかして食べる前にセメメ落としちゃて、また実を取りに行っちゃった。とかないよね?」
冷静なヤックスの予想があまりにもあり得そうで、レビンも雪継も顔を青くした。
どん!
と角猪の子供が突進してきた。
グラグラと揺れる倒木の上にはしゅーしとターニャの2人。
「ん! ん! あっち…………いけ!!」
ターニャを庇うように背にして、ぶんぶんと木の枝を振りまわす。
嫌がるように角猪は後ずさるが、再び突進してくる。
「あっち……いけ。あっち……いけ!」
無表情にへの字口だか、足は震えている。眉も下がり気味だ。ターニャは涙を溜めなが、なんとか泣かないように頑張っている。
「ん! ん! ……わ!」
腐れかけた倒木が割れて、地面に尻餅をついてしまう。
ピギー、ピギーと鳴く角猪は突っ込んだ倒木から頭が抜けないで短い脚をバタバタともがいているが、すぐにでも抜け出しそうである。
「ん」
震えるターニャが横にいる。
「ん!」
しゅーしはターニャの背中を押す。
「にげる……」
ふるふると首を横にふるターニャの目からはポロポロと涙が止まらない。
「ん。たすけをよんでくる……しごと」
「じぇ、じぇも、じゅーじじゃんば」
「ん。だいじょぶ。あとで……にげる」
そう言うと、無理矢理しゅーしはターニャの背中を押して、再び木の枝を握る。
ターニャは泣きながらヨタヨタとしゅーしに言われた通りに、どこに行けばいいのかわからないまま歩く。
けれど、つい後ろを振り向いてしまった。
涙がで歪む視界の中で見てしまった。
地面に倒れたしゅーしの姿を。
足は震え、歯がカチカチとなり、苦しくて怖くて。
もう、先に進むことができなかった。
「い……いたい」
倒木に突っ込んだ角猪のお尻を木の枝でぺちぺち叩いていたしゅーしは、頭が抜けた角猪に驚いて転んでしまった。
地面に倒れたしゅーしと角猪の幼体の視線が合う。
「あっ……」
ダメだと思った。
しゅーしに向かって、角猪が、額のコブを、向けて、駆け出し、てーーーー
こつん
黒い何かが、角猪の頭に当たる。黒くてゴツゴツした木の実だ。
こつん
再び、黒い木の実が角猪に当たる。傷で顔が描かれた木の実であった。
しゅーしが目を見張る。
鬱陶しそうに、振り返った角猪の先にはバックに手を突っ込んだターニャがいた。
「じゅーじぢゃんをいじめうな! ターニャのどもだぢをいじめうな!」
えい、えい、と宝物である木の実を、川原で拾った宝石の石を投げる。
けれども角猪は構うことなく、しゅーしからターニャに目標を変えて突進する
しゅーしの目の前で……
(そんなの、そんなのダメ)
許さない。許されない。世界の、にーちゃの守護者である自分が、友達ひとり守れないなんて!
しゅーしのエメラルドグリーンの髪が瞳が輝いて、つむじからぴょんと双葉の芽が生える。
ターニャにぶつかる直前に角猪は緑色の丸い膜に阻まれて弾かれる。もう一度突進するがターニャに触れることなく、弾かれるひっくりかえた。
「ピギー?」
そしてひっくりかえった角猪の視界に影がさす。大きな倒木が動いていた。否、しゅーしが手を回すのも難しい大きさの倒木を抱え、持ち上げて、振りかぶっていた。
「ん。……どっかいけ」
「ピギーーー」
角猪はキランと空に消えていった。
そしてターニャを守っていた緑色の膜は消え、しゅーしの頭の双葉の芽もなくなっていて、ぺたんとチカラが抜けたように座り込んだ。
「しゅーしちゃん」
「ん」
疲れたと思うと同時に、何処からかココロがポカポカする声が聞こえてくる。
「ん。にーちゃ」
しゅーしはここだよ。
そして二人の少女は救助され、しこたま怒られるのであった。
晴れた晴天。
今日も元気に剣の練習をする子供達の声が響く。
3人の少年が、それぞれ個性豊かに剣をふっている。
雪継は動きを気にしながら、レビンは元気一杯に、ヤックスは少し自信なさげに。
そしてその後ろでは、しゅーしがぶんぶん木の棒を振り回している。ターニャも真似して枝を振り回すのだ。
仲良く皆んなで剣の練習なのだ。
そして練習が終わると、遊びに行こうと誰ともなく、少年達が歩き出す。
置いていかれまいと小さなターニャは走ろうとする。
その時に目の前に差し出された小さな手。無表情にへの字口の女の子。
「ん」
「うん」
手を繋いだ二人の少女は今日も楽しくて嬉しくて、少年達に負けじと駆け出した。




