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なんだ、これは。
宿の女将にたたき起こされ、「お兄さんも隅に置けないねえ」と揶揄われたのが十分前。寝ぼけた頭で――やけに甘ったるい色使いの――手紙の封を切り目を通したのが二分前。
なんだ、これは。
漏れ出たあくびをかみ殺しても文面は意味不明の言葉を並べているだけだった。頭を乱暴にかきむしり手紙をベッドの上に放る。たちの悪いいたずらか、それとも。いや、やはりいたずらの類だろう。手紙にはきちんと自分の名前が記入されていたが、もう一つの名は見知らぬ者の名だった。
少なくとも、知り合いに「ラグニア・ツェンペッタ・ジュリアン・ポーター二世」などという人間に心当たりはない。しかし、どうやら手紙の中の自分はそのラグニアという人物と仲がいいらしい。知らなかった新事実に驚きを隠せない。こんな桃色の便箋と封筒を使う人物と、周りの人間から無愛想が服を着て歩いているといわれる自分が、仲がいい。
「…はは、ありえんなあ」
封を開けてしまったが女将に事情を伝えて郵便局に戻そう。そうしてしまおう。
寝巻を着替え、朝食をとるために与えられた部屋を出た。
「で?逢引のお誘い?それともあなたの子どもが出来たので認知してくれって手紙?」
「まて、なぜ知っている」
「女将さんから聞いたの」
色男が、えらくかわいらしい手紙をもらったってね。とウインク付きで返される。同じ宿に部屋をとる知人、キラは楽しそうに笑っていた。朝にしてはにぎわっている食堂で席を取っておいてくれたキラに感謝しつつ、給仕の女性に「パンとスープ。温かいものを」と頼む。椅子に腰を下ろせばにやけ顔のキラ。
「キラ…、あれは間違いだ」
「そうなんだ~、ふーん」
「…第一、自分に「ラグニア」なんて知り合いはいない」
刹那。
氷。
まさしく、その表現が似合うほどの静寂が生まれた。他にいる男たちも女たちも子どもも老人も自分を見ている。その視線の数を察する前に目を逸らした。
「…ラグニア、あなた、今ラグニアって言ったのよね…?」
「ああ、まさしく。自分はそう言ったが。…なにかまずいか」
「まずいわ、ええ、とてもね」
太陽のようなキラの瞳が曇る。ひそひそと呟く声が聞こえる。
「…」
これは、どういうことか。
「…それは、悪かった。そのラグニアと言う人物は何者なんだ」
「ラグニア、それはね」