009 王都へ
さて、ヒクイドリ事変の解決を見た翌日。
村の放火事件と神殿からの宝物窃盗事件も時間を置いておく訳にはいかず、当然のように昨日の今日で出発の準備がなされる。
ちなみに盗まれた宝物は、グングニルという銘の神槍らしい。神の一人が使っていたものだという。
同じ物だとは思わないが、元の世界にも、北欧神話にグングニルの名を持つ槍が出てくることは知っている。神の投げ槍は必ず敵を貫き、そして、自ら持ち主の手に戻ると言う。
日本神話の天叢雲剣やアーサー王伝説のカリブルヌスの剣、サウジアラビアのラハイヤン、神授の剣や槍というのはどこの世界にもあるもののようだ。
王都に向かうメンバーは、俺、村長、ポウル君と村人A。村人Aさんは、村の商人で失ったものや資材等の買い付けでの同行とのことだ。
他に、護衛の“疾風迅雷”の3人。リーダーのアグネータと、斥候役のヘンリクと重装備で盾役のスティーグだ。
ヘンリクが、ダグリッチ騎乗で先行偵察。その後の2羽立ての馬車の御者にスティーグ、馬車内にビフレスト村の3名。そして、殿の“疾風迅雷”のダグリッチと運搬車に御者でアグネータが全体と後方をチェックするという態勢で街道を進む。
運搬車には、“疾風迅雷”がビフレスト村に立ち寄る前に東の大森林で仕留めた魔物の討伐部位が積まれている。その中には、昨日のヒクイドリの羽根も含まれている。
だいたい均して時速10km弱、1日に7~8時間くらいの移動で、王都ギムレイまで約700kmの行程を10日間の予定である。
えっ、俺?
俺はどこにいるのか、だって?
俺は、と言うと馬車の横を並んで“走って”いる。
別にやはり刑罰が……とか何かの罰ゲームとか言ったことではない。
自ら望んで走っている。(自爆の)打ち身などはあったものの、大した怪我も無く燃える鳥の相手をしてのけたのは僥倖に恵まれたとも感じとれるからだ。やはり、未だに地に足がついてないようなフワフワした感じは解消されていない。
だから走っている。
中学で陸上部だった俺にとって、走ることは苦にならない。
森の中を走るというのも気持ちが上がる。
速度もこの程度なら問題ない。
足元を確認しながら走るのにちょうどいい感じだ。若干、跳ねるような走りになってしまうのを矯正しながら走る。
ちなみに時速10kmとは、フルマラソンを4時間で完走するタイムである。市民マラソンにおいて、サブ4での完走率は、男性で30%、女性で12%程度と言われる。
◇
昼時になって、偵察で先行していたヘンリクが戻ってきたのに合わせ、皆で昼飯の準備をしていた。
シュウジはヒクイドリの一件からヘンリクと仲良くなり、昨日の討伐の件はもちろんのこと、今は初対面の時のことを話していた。
「あの時は、大丈夫でした?」とは、あの“ドスッ”“バスッ”の件である。
なにしろ、昨日の討伐の時には受けなかった痛手を負っていたように見えたからだ。
「ああ、最近、いつものことっスから。姐さん、あせってるっス。
姐さんも、今年29。同い年の冒険者ギルドの受付嬢のダニエラさんが寿退社してからと言うもの、ますます……。
あの胸当てを見てくださいっス。ちょっと、多めに打ち出して、隙間に詰め物をしてるっス。
魔物の攻撃が当たる範囲が拡がるだけだから、危ないのに、聞く耳もたないっス。魔物しかいない場所で誰に見せるわけでもないのに……。はぁぁx~」
苦労してそうだな、この人も。
「しかも、なにもこんな年下にまで手を拡げなくても……」
「あっ。でも、俺、24……」
「ええっ。オレより年上っスか」
あっ、アグネータさんと目が合った。
「楽しそうだね。何、話してるのかなぁぁ~」
つまり、俺が今、ハンティング対象になってる訳ね。
「あ、いや、このあたりの魔物って、どんな感じなのかなぁ~って、ねぇ」と、視線で同意を促す俺。
「そうそう、決して、詰めもの……」
あっ、誤魔化した意味が……。アグネータさんの目がキランとする前に……。
「どんなのがいるんですか?」と重ねる。
「そんなこと、心配してるの?大丈夫よ、お姉さん、こんな細腕だけど、
(肘を“クイッ”と曲げると、“ポコッ”と力こぶが……。慌てて、手を振りおろし)
結構、強いんだから。守って、あ・げ・る。うふっ」
おおっ~と、いちいちブリブリしてる。たぶん、慣れてないんだろうなぁ~と思いつつ、かわいそうな子を見る目を逸らす。
「そうねぇ。ビフレスト村のあたりだと、東の大森林には結構危ないのが生息してるけど、神殿や1本樹の廻りではまず魔物は見かけないわね。街道沿いも、あまり出てこないけど、森を抜けるまでに出てくるとしたら、鼠系とか蛙系、あとは蜘蛛系でも網を張らないタラントとかかしらね」
「そうッスね。森を抜けた後は、魔物はぐっと減りますからね」
「泥荒猪も、ちょっと遠慮したいわね。ただ猛突進してくるだけのおいしい魔物だけど、護衛任務の時に馬車に突っ込まれるのは避けたいわ」
◇◇◇
ポト、ポト、ポトトトトト~
と、街道に張り出した樹上から、青いまあるい60cmくらいのボールが10数個、落ちてきた。
その後、その近くにヒョイと2匹のカエルが……、こちらは100cmくらい。全体的に青で、背中に青白い筋が数本、入っている。
ボールがクルッと一回転。あっ、しっぽと手が出た。オタマジャクシじゃね。
ちょっと、でかいけど、「あれくらいなら、俺でも」
「藍玉尾と蛙ね。毒のあるタイプだわ。グローダは、毒液を噴射してくるから、気を付けて!」
壁役のスティーグがすかさず大盾を前面に押し立て、藍毒蛙との距離を詰める。
ヘンリクが間合いを取りつつ、藍玉尾に精確に投げナイフを的中させていく。急所なのだろうか、全て目の後ろの部位に刺さってる。
スティーグさんが、右側の藍毒蛙を連接棍棒で粉砕した。
直後、アグネータさんがスティーグさんの後ろから流れるように出て、左側の藍毒蛙をほぼ一刀両断にする。
そりゃ、もう、文字通り“あっ”と言う間。
動いていそうなのは、後、2匹のおたまじゃくし。
俺は、残った左側のおたまじゃくしに視線を向けて、集中する。
緊張感を増し、心拍数を上昇させていく。
キーンと言う一瞬の耳鳴りの後、廻りの音が静かに消えていき、視野が狭まっていくかわりに、時間がゆっくりと、一つひとつのものがはっきりと、視界からより多くの情報が得られるようになっていく。そう、目標のオタマジャクシを目線で捉えている視界の端の落ち葉が風でどんな感じに揺れているのかさえもわかるようになっていく。
こんなことができることに気付いたのは中学の時、その契機となったのは小3の時のことだと思う。
俺は幼い頃に両親を事故で亡くした。爺ちゃんも婆ちゃんも俺を大事にしてくれたと思うし、一応、兄貴もいた。寂しくないと言えば嘘になっただろうが、孤独ではなかった。
しかし、子供心になんかいろいろなことが一杯一杯になったのが小3の頃だった。自分に無いものを周りを見て心が締め付けられる気持ちことなのか、気を使われることに気が付く息苦しさのことなのか、時代錯誤の剣術修行のことなのか、それがどれか一つのこれと分かるようなものではなかった。
自分の気持ちが、周りの大人の感情や世の中の考え方が、自分の何かと一致しない。不安定な何かをどうにかしたいのに、何が何なのか、どうすればいいのか分からない。
そんな感じを抱いていた時、朝のランニング中に、音が消えた。
黙々と走っていると、音が消え、視野が狭まり、目の前の一本の道だけが、俺の世界になっていくことに気付いた。
音もなく向かってくる景色と風を切る肌の感覚、地面が伝える反発が前へ前へと運んでいく、頭が空になっていく、自分だけの世界。
俺は心の静穏を取り戻した。
ついでに言うと、ちょうど成長期だったのだろう。背も急激に伸びたし、足も一気に速くなった。太ももや背中の稲妻模様の肉割れ線が十年以上経っても残っている。
そうして、俺はいつの間にか集中するとそんな世界が得られるようになっていた。
スタスタと歩き走りをし、そのまま、オタマジャクシの目の後ろに一刀いれて後ろに抜けた。
最後の1匹は、アグネータがサクッと両断。
「怪我をした人はいない?良し。こんなものかしらね」
アグネータがリーダーらしく皆の安全確認をする中、ヘンリクが藍玉尾が生き残ってないか、短剣を付き刺しながら確認していく。
「うーん、やっぱり、先日の素振りの時も感じたんだけど、シュウジの剣の使い方は見たことない感じね」
アグネータは会話をサラッと流したが、心の内では動揺の汗を流していた。なんなの、この子の速さは……。彼女には、シュウジが剣の柄に手をかけ前傾姿勢になった後、瞬息の間にルンドボーラを切り落としたかのように見えたのである。
そんなアグネータの胸中も知らずにシュウジは、『あっ、あの最中、ちゃんと廻りを確認していた訳ね。熟練の冒険者パーティのリーダーは、さすがだね』なんて、思っていたりする。
「昨日もですけど、久しぶりに剣を振るったんで、ちょっと不安だったんですけど、なんとか動ける感じなのかな。ちょっと、足元がついて来ないって言うか……」
なんて言いながら地面を踏みしめる感じで足のストレッチをしている。やっぱり、身体の浮遊感はまだ抜けていないらしい。
しっかし、良くみると“でかっ”。なんだ、このおたまじゃくしのサイズ。しかも、手から生えてるし。
ちなみに、「♪おたまじゃくしはカエルの子~」で有名な歌の歌詞で、「♪やがて手が出る足が出る~」は順番、逆だから。足が先に出て、手が後だから。ちびっ子の諸君、ここテストに出るところだから押えておくよ~に。
「兄ちゃん、やっぱ、すげぇ」とポウル君。魔物が毒持ちということで、ちゃんとおとなしくしていたようだ。
「シュウジ、君も護衛対象なんだから、無理して前にでなくてもいいのよ」
本人の自覚は足りていないが、修二が冒険への第一歩を踏み出した。
後ろを振り向けば、天に向けて一筋の光の柱が立っていた。
「縦虹? いや、天使の梯子か……」
虹のような光の束ではなく、光の粒が昇っていくように見えるその光景は、太陽柱にも似た様相で如何にも幻想的だった。
修二は、パン、パンと二回、手を鳴らし、そのまま拝んだ。
「良い事あるかも」
――Memo <連接棍棒>――
柄となる長い棍棒の先に鎖などで打撃部となる棍棒を接続した打撃武器。打撃部分を皮や鉄片などで補強したり、長さを調節したりと使用者の好みが分かれる。ダグリッチ騎乗時でも、間合いの取れる槍か応用性の高いフレイルか、人気が二分されている。
また、フレイルの打撃部の棒を鉄球にしたものは、“モーニングスター”と呼ばれ、軽量化と打撃力強化を両立させた打撃武器となっている。
( 談 ) 「俺は、断然フレイル派だぜ。確かに騎乗の場合、間合いのとれるランスは有利かもしれねぇ。だがよ、相手に当てた場所次第で、その反動でこっちも落ちちまう。そりゃ、戦場じゃ命取りだぜ。その点、こっちは突いたり振り回したり、いろいろできるしよ」 とは、普段寡黙なスティーグの話である。
→012 王都への街道をゆく
筆者注)太陽柱>山や雲の背後から伸びるそれの場合は、天に昇るように見えることもありますが、通常は光の帯は地上に降り注ぐように見えます。