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067 黒の森(3/3)

 滞在最終日である。明日の朝にここを発つ予定になっている。

 夜半から降り始めた雨は朝方を過ぎて、ようやくに止んだところだ。

「う~ん、出来れば、もう少し頑張って欲しいですね」

 商隊長であるアントンの要望が伝えられる。期待していた数量が得られていないらしい。並よりもほんの少し上程度の結果だと言う。

「おいおい、砂利ども相手に期待値が高すぎやしねえか」

 オリヤンが吠える。B+級の冒険者が一人と最下級のE級が2組である。

「ですけど、裕樹どのたちですからね」

 だが、その裕樹が安全率を高めに見積もったために平凡な数量に止まっているのが原因だ。結果を出せているのは、人員配置他で流れ図(フローチャート)的な無駄のない計画を実施したからである。そして、荷物持ち(ポーター)ら見習いに至るまで、誰も大きな怪我などを負っていない。

 アントンとしては、採取場に振舞った分も回収したい。もちろん、それはそれで商いの上で意味のあることであり無駄ではないのだが、その分を見込んでも大幅な利益が見込めると思っていただけに、少し不満を感じてしまう。

「雨上がりの森は、どのような感じですか」

「跳ねがあがるので後々の装備の手入れは大変でしょうが、足場は締まって逆に良くなりますね」

 今日は根拠地(ベースキャンプ)の撤収作業のみとして、明日からの帰りの旅に備えて身体を休めるつもりだったが、トルスティの返答を聞いて、少しだけ森に入ることを決めた裕樹である。


      ◆◆◆


「よし、ここまでにしよう」

 昼過ぎ早々に、裕樹が狩りの打ち切りを宣言する。

「ふぅー、終わった」

「かなり充実した受注になったな」

「手応えしか感じないぜ」

「腹減ったぁー」

 それを聞いた“星願一天(アイウィッシュ)”の面々の台詞である。最後のは、昼食を狩りの後に根拠地で皆でしようかの提案を受けたからだ。

師匠(ユウキ)さん、ありがとうございました。あっ、後、オリヤンさんも」「あざぁーっす」

 ついでに感謝の意を伝えられたオリヤンの「おっ、おう」とキョドった姿に、まさるから「それでいいっすか」とツッコミがはいり、皆に笑いが漏れる。


 そして、解体も終え、皆で帰路に着くところにそれは起きた。

「うわぁーっ!」

 運搬で先行した見習い冒険者の一人が悲鳴を上げた。

 朗らかだった場の空気が一変する。

 オリヤンが走り、まさるが追走する。皆も後に続いた。

 ネコ車が倒れ、荷が散乱し、見習いが伏した姿が見える。

「大丈夫か」

「何があった」

 まさるが膝をつき、見習いの具合を確認しようとし、オリヤンがその周囲に目を配る。抱えた手についた血にまさるは固まり、見習いの周りに血だまりが拡がっていく。

「うがっ」

 まさるが声を上げて倒れた。飛んできた解体用の斧が革の腹帯を裂いて尚、腹に刺さったのだ。

「大勢でぞろぞろと……。もう見つかっちまったのかよ」

 片腕を失った生成り服の男である。

「……囚人か」「脱獄かよ」「重刑者……」

 “星願一天”の面々が口にする。

「魔人……オウガ族か」

 生成りの服は囚人のものであり、利き腕切断は刑罰の一つである。

 そして、その者は青銅の肌で、額の生え際から50mm程の角を二本生やしていた。オリヤンが発したオウガ族の特徴である。

 総勢10と3名の視線を浴びて、その脱獄囚は平然としていた。袋から取り出したものを口に運んでいる。いや、1人、減って12名である。今、見習い冒険者が死んだ。

 バリッ、ガリッ

 袋は倒れた見習いが身に着けていたもので、中には魔石が入っていた。

「石を食ってる」

 はぁあぁぁぁーーっxxxx

 口から唾液を垂れ流し、失った腕から手が生えた。顔や手の甲からは判らなかったが、腕の表皮の角質の菱形(ダイヤ)が大きい。30mm程のそれが、木苺(ベリー)のようにも鱗のようにも見える。

「ははははっ、はぁーあっ」

 濡れた腕をぺろりと舐めて、笑う。目が危ない人のそれだ。

「まさる、まさるっ、しっかりしろ」

「せ、先輩……」

「て、手前っーーっ、って……(ピー)大魔王かよ」

 怒りを露わにした修二だが、腕まで生やしたその異様に言葉を失う。

「もっと石をよこせ。金も装備も、肉も命も全部よこせ」

「魔人は、石を食うのか」

「食わんですよ。あいつが異常なだけです」

 特殊個体。魔人には、摩素への異常なまでの適応をみせる者が生まれることがある。

「あいつを取り押さえるぞ。殺しても構わん」

 裕樹の問いに答えたトルスティが同僚に声を掛けて、二人で向かう。

 が、あしらわれた上にあっさりと武器まで奪われた。

「はははっ、俺に敵う訳ねえだろうが、ひ弱な源人風情がっ。俺様をこんな目に遭わせたツケは払ってもらうぜぇ」

 死ね、死ねと連呼しながら、倒れた軍属に奪った剣を叩きつける。

「裕兄、まさるを頼んだ。みんなを連れて、避難してくれ」

「それは僕の役目……「違う!」

 裕樹に物を言わせずに、修二が肩を震わせる。俯く修二の表情は伺えないが、声が漏れた。

……………(奪わせたりしない)

「怯えか、是非もない」

 魔人が笑みを浮かべる。

 大剣を手首のみでくるりと縦回転させ、修二が魔人の元に向かう。魔人の視線が大剣に向く。

 その行為で修二は平静を取り戻す。

「一つ聞く。お前の親類や仲間に、肌が緑の者や角の先に丸い玉が付いた者はいるか。そいつよりもお前は強いか」

「そんな奴いるかー(笑)。俺が一番だ。鍛錬を重ねた俺様に敵う奴など居る訳ねえだろーが」

 修二は非常に大事なことを聞いた。額や指先から、街を消し去る光線を放つ奴には勝てないと思う。

 そして、思う。勝算は……ある!方法は分からないが、一度は捕まり刑に服したから、こいつは今ここに居る。

「そうか」

 修二が再び大剣を一回転させて後ろに廻し、尻の裏に納める。

 そして、腰の予備の剣を鞘から抜いた。

 それを見た魔人が目を細める。

「何のつもりだ、殺すぞ」

「殺す、殺すって、そればかりだな、お前」

 面と向かうと分かる。鍛えた身体からの圧力、修練を重ねて戦いに勝ってきた者がまとう雰囲気、そして、修二と同じ体格。

「ああ、殺して食らうさ」

 修二に向かって、魔人は鋭く踏み込み、剣を振るった。


 修二が大剣を腰に納めて、予備の剣を使うのを見て、裕樹が言う。

「大丈夫。修二くんは冷静だ」

 それを聞いた冒険者たちが驚きの表情を見せる。挑発ではない、あれは勝利を手繰り寄せるための一手だ。

 大剣の柄は短く、両の拳をつけて、遠心力を活用して対象を割る手法が基本動作となる。予備の剣の柄はこの世界の標準よりも長く、剣の重心も中より手前にあり、この世界では不具合の品を選んだ。修二たちにはそれが手に馴染むからだ。対人の武具として、である。

「まさるくん、大丈夫か、しっかりしろ」

「部長、ずびばせん。おい、また、失敗しちゃったみたいっす」

「ああ、そうだな。戻ったら、たっぷりと説教してやる、覚悟しておけ」 

 まさるは色を失った顔で、力なく笑う。

 斧は革の前掛けを裂き、まさるの腹を割っている。血が流れ続けている。

「まさるさん……」

「まさ、しっかり。裕兄、あても!」

 智夏が涙を浮かべて、まさるの手を握る。まさるに檄を飛ばし、修二の加勢に向かおうとする鈴音を裕樹は制する。

「修二くんはやられない。剣筋を確認してからだ」

 修二があっさりと敗れるようならば、逃げることも叶わないだろう。加勢は相手の動きを見極めてからだ。同時に、裕樹が鈴音に向けて手首を捻る動作も見せる。隙を見て、蹄を放れ!確実に倒す。そして、そのような指示があれば、鈴音はそれに集中するので、暴走することもなく落ち着いた行動をとると読んでいる。

 さらに、オリヤンにも「皆をまとめて、この周りを固めろ」と指示を出す。

 まずは、まさるを動かせるようにしないと次の行動に移れない。彼の状態確認に集中する環境が欲しい。

「智夏、防壁を」

「皆、離れて、“花冠/三方土壁防塁”」

 革の前掛けを外し、まさるの顔を見る。口に血や吐しゃ物は見られない。呼吸は浅く短い。

 服を冒険者ナイフで裂き、傷口を広げないようにそっと剥がす。

 裂けた傷口に血が溢れている。その流れに脈動は感じない。

「智夏、水を」

「“カーラント/水流”」

 水筒の水を掛けるように指示したつもりだが、智夏は疑問なく摩法を使う。

 洗われた傷は深いのが分かる。土などの異物が入りこんでいるのも視認できた。魔物の解体に使っていた斧なのだから、予想できたことだ。

 このまま、不純物を洗い流せるだろうか。医者でも術野を充分に開いて確実に目視できるようにして行う作業である。さすがにそんなことはできない。

 大怪我に強い傷薬を使う場合は、衰弱死を引き起こす可能性も高い。だが、早急な決断が必要だ。

「まさる、傷を開いて、薬を流しこむ。痛いぞ!」


      ◇


 おいはまた失敗した。

 身内の危急以外は自らを危険にさらすことはしない。

 皆で決めた規律(ルール)だ。

 叱責を受けた翌日に同じ事を繰り返してしまった。

 壁の隙間から見える。先輩が戦っている。

 おいの失敗です。皆で逃げてください。

 声が出ない。身体に力が入らない。傷口の熱さ、手足の冷たさだけを感じる。

 先輩の肩を剣が掠める。先輩が剣を下げたままでかわす。

 逃げてください。

 余裕を持ってかわせる時もあれば、ぎりぎりの時もある。

 相手は角の生えた者……鬼。倒すには特別な武器が必要っす。

 先輩が殺されてしまう。

 魔人が何か話しているが、修二の声は聞こえない。

 余裕がないんだ。

「まさる、傷を開いて、薬を流しこむ。痛いぞ!」

 熱い、熱い、熱い……。


      ◇


 頭に血が上っていた。

 剣をかわす毎に、冷静になっていく。

 大きく、小さく、避けて……誘う。

「もっと抵抗しろよ。手応えがないぞ」

 剣が防具を掠める。

 それに恐れは感じない。

 刃が皮膚を裂く痛みは知っている。

 じいちゃんに何度も斬られたからだ。

 刀を構えた姿勢で、じいちゃんの剣気にさらされつつ、真剣に薄皮一枚を斬られながら、目でその姿を追う鍛錬だ。その後に、じいちゃんが辛そうな顔で薬を塗り込んでくれる方がきつかったよ。じいちゃんにかかれば、血なんてにじむ程度だし、すぐに止まる。傷も残らない。風呂に入ると、痕が少し浮かぶのがある程度だ。

「ははは、源人風情の棒振り如きに剣の何たるかなんて言っても分からんだろーよ」

 確かに、身体の動きの延長に剣がある。武具を身体の一部としている確かな動きだ。

 勉強になるよ。こちらの人“種族”の関節の可動域や能力限界の見本いや標本にさせてもらおう。

「この一振りに俺様の一年が込められてる。その一突きに俺様の何百何千の鍛錬があるんだぜ」

 修二が動く位置に的確に剣を繰り出してくる。

 繰り返される攻撃に、防戦一方の修二……に見える。実は避け続けると言うのは体力がいる。しかも、相手を見極めるのであれば、全力で避けると言う事はしてはならない。相手に力を出させる。また、技の先があることを考慮する。半歩なりと余地を残す。だが、凶器を振るう相手にそれを行うには、技量だけではなく沈着を保つための心胆を必要とする。俗に“心技体”と言うが、あれは建前ではないのである。

「鈴、見たか」

「うん、見たよ」

 鈴音が注視しているのにも当然のように気付いている。鈴音が見たのならば、二人でコイツの動きを再現して見せることも可能だ。

 つまり……

「もう充分だ」

 間合いを取り、袈裟懸けの一刀。初めての攻撃。

 余裕の表情で魔人は剣を目前に掲げて受け……られない。右の前腕を縦に裂かれる。

 続けて、振り下ろした手を左腰に引きつけ、振り下ろしの踏み込みの勢いはそのままに、体幹を捩じりつつ、相手に触れる近さで右に抜ける。氷上競技の回転(スピン)のように、軸を小さくすることで回転速度が増し、切先に更なる力が生まれる。

「バカな、剣をすり抜けただと」

 魔人の目が裂かれた腕からこぼれる剣を見つめ、左手は割られた腹を押さえ、膝から崩れ落ちた。

「手前一人の剣なんざ、そんなもんだ。俺たちの剣は千歳(ちとせ)の剣。その一振りに先達の十年が、一つの技に先達の一生が込められてんだ。まあ、お前程度には言っても分からねえよ」

 “極意 秘の太刀 水薙(みずなぎ)(どり))”

 8と4の剣筋からなる型で、修二が言うところの“放浪達人(バカ)(実兄)”が得意とする技である。修二が使ったのは弐の太刀。振り下ろす際に握りの左を引き、右膝を前に滑るように押し出して、重心を前下方に移動する。すると、剣先がS字を描き、まるで受けの剣をすり抜けたかのような錯覚を相手に与える。

「まさるはっ!」

 土塁の陰から裕樹に拳を突き出され、修二は安堵の表情を浮かべる。

 まさるの報復とばかりに魔人の腹を割ってやった修二だが、さらに大剣を抜いて、転がる魔人の右膝を割り、左脛を折る。腕が生える不思議生物だ。これぐらいで死なないだろう。

「うがっ。手前っ、殺す。必ず、殺して食ってやるぞ!」

 魔人の言葉に修二の頭に瞬時に血が昇る。無事な左手を踏みつけ、胸に膝を落として押さえ込んだ上で、左手で喚く口を塞いだ。

「黙れ!」

 怒りでその後の言葉が続かない。が、修二の目が語る。込められた握力で魔人の頭蓋が歪んだ。

 修二の元に周囲の空気が寄る。わずかな間ではあったが、地面で風が渦を巻き、天に抜けた。

 重さ数キログラムの鉄の棒を振り回しても、すっぽ抜けることのない握力はいかほどのものだろうか。刃の向きを変えるために、握る指の数本を緩めても問題なく、また、修二の場合はその指二本で岩壁にぶら下がり自分の身体を支えつつ登る趣味まで持っている。



 オリヤンが“千歳(ちとせ)の剣”の台詞に心を躍らせている。

 千歳とは、千年または長い年月を意味する。そして、神が使っていたと伝わる“布都(ふつ)雷神”を正統の証とする経津(ふつ)神刀流は、その起源を神代日本と同じとする。つまり、約2700年前だ。それは表向きの宣伝文句みたいなものだと修二は思っている。但し、伝承物の中には正しく平安時代の物と認められているのもあるので千年の継承があるのは間違いなさそうだ。時折、民俗学の教授や博物館の学芸員とかが資料を見せてくれと訪ねてくるし……。

 オリヤンのとある疑惑がその台詞で確信に変わったとは修二が思い至るはずもない。



 修二がまさるの元に言葉もなく歩き去って行く。その背後でトルスティが同僚の無念を込めて魔人の顎を蹴り上げた。

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