066 黒の森(2/3)
パロディ回です
「ふわっ」
修二が大剣を横に払いながら大きく跳び退る。
「ほわっ」
まさるが陣の前で牽制気味に連接棍棒を地に叩きつける。
「はああああーーっ」
鈴音が自らも斧槍も大きく回転させ、陣への接近を阻止する。
「あわわわわっ」
智夏が陣の中から、あっち指差し、こっち指差しで混乱している。
「はっ、ほぉ、はあっ!」
裕樹が地の構えから、左、右を一足に前に跳んで、合わせて槍を突き、すぐに飛び退り、合わせて槍を下段に払う。技の名は“夜陰(の槍)”。裕樹が技を繰り出すまでの事態になっている。
そして、連なる黒の影3体が再び迫る。
その少し前……
連日の七節虫狩りは皆に大きな怪我もなく順調に推移していた。
その日も解体を終えた七節虫を薪のように束ねて括りつけられた最後のネコ車を根拠地に向けてゴロゴロと送り出したところだ。
複数の七節虫がミシミシと折り重なって、カシャカシャと脚枝を蠢かす姿は虫の類に嫌忌感も持たない者でも好ましく思えるものではない。実際に“星願一天”の面々もその絵面に「うへぇ」と死んだ声を上げたのを聞いて、そのあたりの感覚は同じだと知る。そして、身の危険は勿論、そんな状況からも遠ざかった今は緊張から解き放たれる心地良さを感じる安らぎの時間であり、心を緩めた魔の時間帯でもある。
彼らも根拠地に向かい、そして、商店長屋に帰るのだが、少し道を逸らし掘り出し物を求めて、恒例となったちょっとした探索行である。案内役のトルスティまでもが、乗り気になっていた。彼は本来ならば引率役であるオリヤンに付き添うべき立場であるが、この狩りの実質的な頭は裕樹に見えるのだからしょうがない。
また、裕樹が秘かに楽しみにしている宿爆鳥からは聖剣は見つかっていない。念のために記せば、過去に見つかった記録もない。七節虫に寄生する宿爆鳥は、宿主に攻撃を仕掛けると水球の爆撃を返し、最後に自らも特攻してくる面倒な魔物だった。
「淡桃色ぉー、淡桃色の蝶精花はないですかねー」
ちらっと、トルスティが智夏に視線を送る。先の精涎香は無事に取引が成立している。葛は見つかったが、花序は濃紫と白色であった。淡桃色しか宙を飛ばないらしい。
「先輩ぁーい、アレ」
まさるが3mほどの崖状段差の上部に何かの穴を発見した。入口が小石で隠されている感じだ。見れば、その近くにも似たような穴がある。背伸びで覗くには微妙な高さのそれに思案していると、ダグリッチに騎乗するトルスティが近寄って来てくれた。
「跳岩鵝の巣穴ですな」
但し、巣立った後で他の生き物が占拠している可能性もある。例えば、蛇とか……。
智夏が巣穴から少し距離をとった場所に土を盛り上げ、その上に立った。そして、腕を振るう。いつになく積極的だ。
「“ホタルアロエ/光る刺”」
智夏の何かを投擲した様子の指先を摩法陣が照らす。植物のアロエを模した手指ほどの長さの半透明の矢尻状の摩法が飛び出し、穴の奥に刺さる。少しの間、縁の刺を淡く明滅させて、その場を濡らして消えた。その間、智夏はお尻を少し突き出しながら、目の上に手の平を当てている。そして、小さく拳を引いた。
「有ったの!」
摩法書を読み込んでいた成果が現れ始めている。ちなみに、これは智夏工夫の独創摩法である。
「修ちゃん、早く早くっ」
勿論、穴の中に手を突っ込むのは、修二とまさるの役である。鶏卵よりも一回り大きい黄土色の卵が一つの巣穴から6個ずつ計12個も得られた。待望の卵である。彼らの目には金色に光って見えたかも知れない。
手拭布にくるまれて丁寧に仕舞われたそれに、皆、足取りも軽く、歩く速さも少し増している。
「オムレツ、かに玉、甘い厚焼きもいいッスねー」
「プリンにクレープ、あっ、ハニートーストも捨てがたいよ」
「ふわふわパンケーキ、ふんわりマフィン、しっとりタルト、とろけるスフレ……なの」
「いやぁ、楽しみだなぁ~。卵かけ(麦)飯、さすがに生は駄目か」
皆が思い思いに妄想している。
「皆さん、正気ですか」
食べると聞いたトルスティが引き気味である。
「やっぱ、俺かよ。計量が必須なものは無理だかんな。ベーキングパウダーとかもねえだろ。皆で分けたら量も大してねえし……」
視線と要望が集められ、修二は自分の欲望に集中できない。ただ、北のニザヴェリグからの輸入品である砂糖が保管庫にあった。水に溶かすと小さい顆粒(食物繊維)が残る品質だが、慣れもあるのか調理には使いやすい。甘みも糖蜜よりはだいぶ強い。
「養鶏、ん?養鵝っすか。誰か、してくれないですかねー」
「なるほど、肉も旨かったよね。でも、難しいだろうな」
「分ける必要ないよ」「無理に薦めるのは良くないの」
「お前らなー、まあ、その通りだけど。マジで、卵が無理だなんて、どうかしてるよな」
待望の食材プラス狩りの緊張からの解放も相まって、言いたい放題の日本人である。そう言えば、智夏初披露の摩法が完全に流されている。
大禍時=薄暗くなってくる夕方時を指す。文字通り、大きな禍が起こる時刻の意である。
冒険者は狩りを日中に予定する。離れた場所で野営し、朝から準備をし、対象の場に赴き、戦い、勝利し、後始末の後に帰路につくのが日暮れ前となる。緊張から解き放たれ、心が緩むその時に、往々にして事故は起きる。彼らは、それを“逢魔が時”と呼んだ。魔に遭う時間、死が誘う時間帯として、その時を嫌忌する。
修二たちにも、それは例外ではない。
背後から急速に迫る気配に気づいたのは、修二と鈴音だった。しかし、遅かった。振り返った彼らが見たのは、短い悲鳴とともに落馬していくトルスティの姿だった。修二たちから少し距離を取って、困惑と苦笑いを織り交ぜた表情を浮かべて、ダグリッチを歩ませていた彼が犠牲になった。
「敵か!」
裕樹が周囲に視線を走らせるが、その姿を捕らえられない。指示を出せない。皆がその場で停滞する。
最初に動いたのは、智夏である。
「“花冠/三方土壁防塁”」
その場でしゃがんで、地面に手をついた。“クレイウォール/粘土の防壁”(土Ⅱ補)の腕輪の摩法よりも規模は小さく縦横1m程だが、智夏を囲むように三方に土の壁が立ちあがる。壁と壁の隙間には削られた土の範囲が円弧に拡がる。宙から見るそれは、まるで土の花弁だ。その中に立つ智夏は差し詰め、花の女神とも言うべきか。
摩法の発動に合わせて、弾かれたようにまさるが動く。トルスティの元に走り、背嚢を掴んで彼を引きずる。仲間全員を対象にした練習は肩に担ぎあげる消防士搬送だが、焦ったのか、距離が短いので問題ないと思ったのか、彼をそのまま土塁の中に運び入れる。
敵の姿は見えずとも、共に緊急時の打合せ通り、練習の成果を発揮して見せた。
それに落ち着きを取り戻した修二らが、迎撃態勢を整える。敵の如何に関わらず自分主体でできる防衛と、敵に合わせて対応する攻撃の差が出た仕儀とも言えるが、ここは智夏とまさるを褒めるべきだろう。
冷静になれば、敵の姿も見えてくる。土の上を滑るように走る3体の影である。黒い樹に黒い土、そして、暗くなってきた背景に、50cm程のその黒い羽毛は保護色となって見えづらい。
飛べない鳥、跳岩鵝である。卵泥棒を成敗するために追って来たのだ。
緩急自在に滑り、時に翼をすり合わせて、風の刃を放つ。少し前傾姿勢で迫り、急激に方向を変えると同時にその翼で相手を切り裂こうとする。
その速度に翻弄される。具体的には、修二がおはる(道場在住、柴犬3才、雌)を呼んだ時に駆け寄って来る速度※1と同等である。
黒の影が再び迫る。向変の度に雪上をスキー板で滑る時のように土が舞い上がる。その脚は抱卵嚢に隠れて見えない。実は走っているのではなく、発達した気嚢からの排気口があり、空気浮揚艇のように浮きながら移動しているのだ。
修二が迫る跳岩鵝に剣を合わせるが、それをかわして土塁に迫ろうとする。接近時にも放たれる風の刃が厄介だ。防具を貫く威力は無いようだが、肉を裂くことは出来るだろう。逸れた風の刃が土塁の土を弾く様からも分かる。
下から潜り込むような経験のない角度からの攻撃と、その急激な向変に間合いを掴めずにいる。
開いたクチバシから怒気が漏れる。その下の喉元の化石化した斑紋と頭部の冠羽の黄色が憤怒に輝いて見える。
シュシュシュと手裏剣を飛ばし、忍刀で切り裂く相手に、鈴音は進路を限定するように斧槍を突き立て、智夏から予備の剣を受け取る。距離を取った跳岩鵝に、お返しとばかりに縦横30mmの鉄片“蹄”を放る。
右に4つ左に3つの七つの蹄が死を誘う。“天破活殺”!
手首を利かせたそれは円弧を描いて、跳岩鵝に食い込んだ。
それを見た修二が好機と見たのか、前に飛び出した。
跳岩鵝が隊列を組んで、修二に対抗する。
先頭の一体は身体を完全に倒し砲弾のように頭から修二の足元に突っ込む。2番目は一体目が消えた影から現れて交差した翼から風の刃を十字に飛ばす。
修二は低い姿勢で駆け込み、大剣を地摺りの斜の構えから、斬り上げる。そのまま身体を翻し、上段からの振り下ろし、だが、身体の勢いはそのままにその場から離れる形で飛び退る。
“極意 裏の太刀 翡翠”
一体目を斬り、風の刃を宙にかわし、二体目を断ち割る。
が、その二体目の背を踏んで、最後の将が姿を現す。
「くぇ!くぉっ!くわぁーっ!くわぉんっ」(退かぬ!媚びぬ!省みぬ!天翔十字鵝)
翼を左右に広げ、胸を張り、天に十字を描いて舞う。
「マジか。踏み台にしただとっ!」
跳んだ跳岩鵝の冠羽は黄色ではなく、赤かった。
バサッ!
だが、仲間と連携するのは跳岩鵝だけではない。
修二の後ろに控えていた裕樹が槍を反して石突で以って、最後の将を突き放す。
“経津有情猛翔破”
「済まない。せめて、痛みを覚えず、逝ってくれ」
「ぐわーっ……」(愛ゆえに……)
飛べない鳥が空を行く。自らの意志で進路を変えられないとは言え、確かに彼方に飛び去って行く。最後にきらりと光ったのは涙か、生への輝きか。
「おー痛ぇー」
よく見れば、土塁内にいた智夏以外はどこかしらに切り傷をこしらえていた。
「お恥ずかしい限りです。言い訳ですが、跳岩鵝にここまでの攻撃性があるとは聞いたことがなかったです」
トルスティは脛の切り傷はあったが、落馬の打ち身のほうが手酷い感じだ。跳岩鵝はそこまで自らの卵に執着を見せる種ではないらしい。食われたら食われたで、すぐに次の卵を産むような生態である。それをまだ知らない若鵝だったのではないかと、同僚に指摘されたようだ。
「皆、無事で何よりだよ。家に帰るまでが遠足……なるほど、その通りだ……」
筆者注)※1、50mを4、5秒で寄って来る。なので、30km/hくらい
イワトビペンギンは非常に攻撃的。近くを通ったりすると攻撃してくる。
「はははっ、仔鵝を使って、ここに鵝帝十字陵を作るのだ。空を飛べぬ我らでも天を制することができることを証明するのだ」