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065 黒の森(1/3)

 翌早朝から、裕樹たちは監視塔を訪れていた。観光ではなく、監視でもなく、観察のためである。

 谷を横切る壁から、奥の方まで白く霞む靄で埋まっている。昨日の話しを思い出して、壁を見るとそれは堰堤(ダム)にしか見えない。人を塩にしてしまうよくわからないものを防ぐダム。尤も、土木方面は修二たちには専門外なので、そう言う意味での興味は引かなかったようだ。

 そして、裕樹が持ち込みの単眼鏡(単眼サイズ145×52×40、350g、16×倍率)を片手に()るは反対側の黒の森(スヴァルトスコグ)である。その隣では修二とまさるが裸眼で動くものに目を凝らしている。鈴音と智夏が身体を向けるのは薄雲が漂うような樹海方面である。

 この世界にも筒部の伸縮させて焦点を合わせる型のものが遠眼鏡と呼ばれて存在している。眼鏡があり、大陸の西部では海洋貿易も行われているのだ。この種の機器が存在するのも不思議ではない。

「動いているものがいないな」

「樹っスからねー」

 この旅の目的は馬車の外装材として、魔物トレードを狩ることである。背後できゃっきゃっと歓声が上がっているが、観光ではない、たぶん。

「今、雲が光ってなかった?」

 (もや)はただ棚引くだけでなく、谷の奥の方から流れ込んでくるような躍動感があった。そこに朝日が差し込んで、時折、黄色の線が走るのだ。

「奥って、どうなってるのかな」

「最奥まで、この長城は伸ばしていないので観察はできません」

 塩化の原因を探るために調査隊が何度か派遣されたそうだが、いずれも塩化の度合いが激しくて、深部に進むのを断念せざるを得なかったようだ。

 気になる会話が後ろで為されているが、これは既に請け負った仕事である。アンセルム商会はトレードの討伐と納品を前提に国と契約を結んで、ここに来ている。仮に“侍派有倶(じぱんぐ)”が討伐に参加しない決断をしても、オリヤンたちが予定通りに赴くだろう。その場合、裕樹たちは荷物番などの裏方(サポート)に徹することになる。実務内容が変わるだけだ。討伐しないから、有給休暇(バカンス)になりましたとは行かないのである。

「見ましょうか、師匠。トレードには宿爆鳥(ミストルティン)が巣を作っていることがあります」

 オリヤンが単眼鏡を覗きたそうにしている。上位冒険者でも摩法具(マジックギア)を所持する機会は少ない。知的探究心は優秀な冒険者に必要な素養でもある。アントンは搬入や製品説明に忙しいので、ここにはいない。

 黒の森は、松のような常緑針葉高木で形成されている。樹高は20m程であろうか、余り高くない。樹形は円錐状で、樹肌は黒味を帯びていて、葉は緑が濃い。土も黒く、森全体が暗色となるが故に、黒の森と呼ばれたのだろう。

「……葉が丸く集まった30cm程の塊はないですか」

 ミストルティン!刀剣好きの裕樹が知らない訳が無い。北欧神話に出てくる冷気を帯びた聖剣の名である。その名の由来は、ヤドリギ=宿り木。地面に根を張らず、他の樹に寄生する植物である。丸い葉の塊の様相も一致する。

「(中から剣が出て来たりしないかな)」

 こんな世界だ。劇画的(えいがチック)な期待をしてもいいだろう。裕樹の単眼鏡を握る手に力がこもる。

 横で見ていた修二にも、その様子は伝わる。何か、変なスイッチが入ったなと。この時、狩りも実施の方に針が傾いたのは間違いない。

 しかし、背後の鈴音たちには伝わらない。雲の隙間に樹塩がきらりとした輝きを放つのも美しい。とかく見ていて、飽きが来ないのだ。朝靄の中にうごめく人影が散見されるが、囚人服が生成り(オフホワイト)のためか、ほとんど目立たない。靄が晴れた後は勿論、崖を登っている場合などは黒地に白で判りやすいのだが……。

「お昼と夜も見に来て良いですか」

 七色(たくさん)の光景を見せる谷である。一通りを目に収めたいと思うのは人情であろう。昨日は旅の疲れもあって歓迎会の後は、すぐに就寝してしまっていた。トルスティから、諾の返事を得て鈴音たちが喜んでいる。

 トルスティの顔も戸惑い気味である。カールレ所長からは、出来るだけ便宜を図るように申し渡されている。白と黒、美と醜、生と死、軍人と囚人、他にも対となる構図の多い場所である。今時の若い娘はそんなことは気にしないのかなーと、自分の娘はどう育っているのかなーと、単身赴任のお父さんは思うのであった。

「部長、あそこ、動いてないっすかっ」

 まさるの指摘に裕樹が単眼鏡を向ける。常の山登りでも野鳥などを見つけるのは、まさるが最初だった。

 居た!樹の上部の枝を持ち上げて……ではなく、樹の上部に取り付いて、節足を振り上げる生物が!

 冒険者ギルドには資料に正確性と写実的な表現を徹底するように申し入れをしたい。

「なるほど、あれは樹じゃない」

 単眼鏡を回された修二やまさるの口からも、昆虫とか、足が9本とかの単語が漏れるが、ようやくに摩法具(マジックギア)を手にしたオリヤンからあれがトレード・ファルスクだと確認が取れた。

「似た感じで言えば、ナナフシかな。巨大多足七節?いや、擬足の場合もあるから何とも言えないか」

 そもそも元の世界でも七節虫(ナナフシ)の名の由来は、節が七つではなく、単に“たくさん”の意味である。足を自ら切り落とす自切を行う種もいたり、とかく形状が特殊で個々の種の特定が難しかったりする。また、飛翔能力を失った種が多いのも特徴の一つに挙げられよう。

「じゃあ、中止だね」「……なの」

 女性陣が話しに加わる。その顔に巨大昆虫なんて、絶対にイヤだ!と書いてある。

「だいたい剣で斬れんのか、アレ」

「節の部分を割るのですよ」

「それを言うなら、関節を折るじゃないの」

 トルスティの樹を対象とした親切な解説に、修二が即行で修正を加える。

 話す間にも、ゆらゆらと身体を揺らしていた七節虫(トレード・ファルスク)(エダ)を素早く地面方向に突き刺した。


      ◆◆◆


 翌日、修二たちは黒の森(スヴァルトスコグ)を歩いていた。昨日は結局、半日を観察に費やした。途中で戻って、(鈴音らの主張で)昼飯(べんとう)を修二に作らせて、監視塔に持ち込んだ。ちょっとした行楽(レジャー)気分である。残り半日は、打合せと準備に充てた。

「食堂で飯を食ってから戻ってくればいいのに……」

 修二の愚痴は尤もだ。だが、手間を掛けるのは修二だけ、鈴音たちは谷を楽しめ、裕樹は食事の間も森の観察に勤しめる。

 狩りには数日を予定しているので、黒の森の外周部に搬出用の根拠地(ベースキャンプ)を作り、森の中に探索用の道を確保する。七節虫の縄張り(テリトリー)には、長城と黒の森との間に設けられた緩衝帯(樹々が伐採された地域)からの導入(アプローチ)の方が距離も短く容易いが、少ないとは言え白の(ヴィートダール)の塩化の危険を背にした場所に拠点を設けることは裕樹が許すはずもない。

 同行の面々(メンバー)は、“金石之交(ディスパーション)”のオリヤンを筆頭に“侍派有倶(じぱんぐ)”全員と“星願一天(アイウィッシュ)”2人の冒険者に案内役のトルスティ他1名を加えた計10人である。軍属のトルスティらは装備を固めたダグリッチに騎乗している。裕樹ら他は徒歩だ。商隊のダグリッチは運搬用に調教された種で非常時以外に狩りに運用はしないものらしい。トルスティらが乗るそれは共に戦うために訓練が為されて来たためか、心做(こころな)しか身体つきも頑強で顔つきも精悍に感じられる。正直、鳥の個体差などは判別つかない。冒険者見習いとも言える荷物持ち(ポーター)も数名いたのだが、ネコ車の改良のために商店長屋に帰した。

 森の樹々の間隔は長槍の取り回しが効かないほどではないが、整備された森ではないので密度にはばらつきがある。

 が、歩きづらい。木の根が地表に張り出していたり、岩石が転がっていたり、高低差がある訳ではない。下生えが少ない箇所を案内されていくのだが、黒の森は人があまり入らないためか、それとも代謝が盛んなのか、堆積物が多くて、地面が緩く、足が沈み込む。

 狩った七節虫の搬出はネコ車を使う予定だったが、この土に足を取られるのは人だけではなかった。故に一輪車を内輪から、車軸押さえを挟み込む形で並列の外輪に工夫するために冒険者見習いたちを戻している。手軽さは減るが、それで接地面積が増えて、この場所での運用はしやすくなるだろう。使用台数が半減するのはしょうがない。必要なのは少し長めの車軸で、車輪を外して交換するだけなので、明日には用意できるはずだ。

「黒ボク土みたいっす」

「地盤改良には向かないな」

「噴火か、爆発か、大昔にあったのかも知れないねぇ」

 遠くの山の火山灰が流れて来たか。谷ができる以前は山が有ったのかも知れない。黒ボク土は、噴火による火山灰の堆積地に形成される地表に見られる土壌だ。

 適度に下生えに鉈を振るい、道?を整備しつつ辺りに注意を払いながら前に進む。

「あっ、クズ!」

 低木に絡んでいる蔦を鉈で払おうとしていた“星願一天(アイウィッシュ)”の一人が、突然に向けられた呼び声に傷心と涙目を隠しきれない。白の谷までの道中も優しく、食事を用意してくれて、ちょっとだけ年上に見えるお姉さんに、少しの憧れと好意を持っていたので余計に切ない。

 が、智夏の視線は彼を飛び越え下生えに向き、草を分ける。

智夏(なっつん)、危ないよ」

「ほら、鈴ちゃん。(くず)があるよ。蝶形花が咲いてるの~」

「修ちゃん、葛だって。葛切り、葛餅、作って!」

 槍を担いだ面々の中で、戦棍(メイス)を抱いた少女が暢気な声をあげる。

 その横で一人の冒険者が背を丸めて、しゃがんでいた。クズ呼ばわりは勘違い、でも、目にも入っていなかった……。

「何っ、蝶精(フェアリル)(ブロンマ)だって」

准士官(トルスティ)、しかも、淡桃色ですっ」

「こんなところで、目にすることが出来るとは……」

「おじさまの二日酔いに効くの~」

 葛の花は生薬となり、二日酔いに効くとされる。有効成分はイソフラボンである。酒は量ではなく質を好む裕樹に、その薬は必要ないが、伯父(設定)想いの良い姪である。

「待て、まて、マテ、まてぇーっい」

 花を摘もうとした智夏をトルスティが勢い込んで制止する。蝶精を摘むだなんてとんでもない。対価を出すから譲ってくれと言う。

「……あっ!」

 女性らと軍属らの間の方向性(ベクトル)と熱量の違いに、戸惑うばかりの周囲の前で花が飛んだ。花弁を振るわせて……。


 冒険者たちは2か所で地面を掘っていた。

 蝶精花は数十mを舞い、何もない地に伏せ、その身を儚くして、地に没した。オリヤンたちはそこに埋まっているであろう精涎香(せいぜんこう)と呼ばれるものを探し始めた。

 葛なんて、日本では雑草扱いの植物だが、こちらでは違うらしい。勿論、花を飛ばすものと元の世界の葛を同じに見る向きは裕樹たちにはなかった。

 とは言え、トルスティたちが目的のそれを手巾で丁寧に採取する段階になると、どのようなものなのかと気になるのは致し方無いだろう。

「地中花は初めて見るの!」

「ん?これは花と言っていいのかい?」

 桃色のそれは、黒茶色の土の中にポツンと埋まっていた。葉も茎も根もなく、埋めたばかりの球根のようだ。

「ん~……」

 裕樹の言葉に、智夏は首を傾げて固まってしまった。

「なるほど、(つぼみ)と言われれば、そう見えなくもないね」

「これは魔結石ですよ」

 トルスティによると、精涎香は死んだ魔物の魔結石を核に蝶精が幾重にも層を重ねたもので、非常に高価であるらしい。裕樹はトルスティに交渉はアントンにするように伝えた。この探索中の成果物はアンセルム商会と冒険者に所有権があるからだ。


 一方、修二とまさるは“くず粉”を求めて葛の塊根=葛根(かっこん)を掘らされた。葛根は、こちらでも薬草であり、冒険者ギルドに常設掲示され、採取対象になっている。尤も、今回採取されたものは換金されずに茶菓(デザート)となることが決定済みのようだ。

 両者とも無事に目的の物を掘り当て、一仕事を終えた感があったが、ここにいる目的はこれではない。



 その体表は幹や枝の樹皮のように見える。七節虫は樹々が密集した場所で数体がまとまって獲物を待ち構えていた。

「あの外骨格でよく動けたものだよ」

 まだ、外骨格と決まった訳ではないが、その見た目からそのように感じるのは無理もないことだろう。

 節足動物が大型化すれば、その形状を維持するために外骨格は厚く重くなる。そして、厚くなる分だけその内側の容積は狭くなり、重くなった身体を動かすために筋肉も増さなければならないのに内部に収まらなくなる矛盾が生じる。

 体長は小さい個体でも2mを越え、脚の長さはそれの数倍はありそうだ。それを普段はどのように狩るのかと言うと、遠距離から摩法をぶつけて、まずは地表に落とす事から始めるらしい。七節虫の脅威は、真上からの強烈な速度による(あし)の刺突である。七節虫に口はない。刺した脚の先から獲物の体液を吸うのである。本体が樹から下りてくることはほぼないと言っていい。真上からの攻撃など対応しづらい事この上ない。居ることに気付かない場合、避けるのは至難だろう。

 だが、この黒の森は塩化の危険を鑑み、摩法の使用を禁じている。

「皆で石を投げつければいんじゃね」「先輩……」

 昨日の打合せでは、まさるが修二の意見にがっくししていた。小学生が樹に留まる昆虫に寄ってたかって石を投げつける絵面が思い浮かばれた。


 裕樹が左手を前に伸ばして、右手は肩に槍を構える。そして、胸を張って後ろに引いた槍を投擲した。

 ズサッ!

 10m先の身体の幅が20cmほどしかない七節虫を貫いた槍はその半場で止まる。修二が槍に結ばれた綱を引けば、七節虫が均衡を崩して地表に落下した。地表の七節虫は動きに精彩を欠くが、さらに刺さった槍がその動きを阻害している。

「こりゃ、漁だな」

 猟ではなく、漁である。槍ではなく、銛に見える。投擲に集中する裕樹の横で、彼の身を護る修二が呟く。場所を移動して、さらに2投する。


「師匠、お見事です」

「まあ、この位はね」

 オリヤンの賞賛を裕樹が軽く受ける。狙い通りの3発3中。だが、「これを外したらダメでしょ」が裕樹の嘘偽りのない本心である。森の中、距離10m、狙うは動かない樹の的。鍛錬の時とほぼ同じ環境下で的を外すなんて有り得ない。鍛錬は、10m先の樹に上中下と掛けた10cmの的に、先端を丸布で覆い、鉄環で重量と重心を調整した木の棒を投擲するものだ。元の世界に槍の鍛錬ができる場所など、そうはない。幾千と繰り返した鍛錬だ。

 裕樹自身も、確実性を増すために修二を護衛に付けてまで作った同じ状況での投擲を外すとは思わない。

 しかも、樹上の七節虫は隣の同種が槍で射抜かれて地に落ちても、その場を動く気配すらない。それはただ単に、彼らの狩りの条件に適している場所に群れていると言うだけのことだからだろう。

「……問題はこれからだよ」

 目の前でもがく七節虫は威嚇に脚を振り上げながら、樹の上に戻ろうとしている。多節の長い脚を折って、脚先ではなく、身体に近い関節=膝?を地面に立てて歩んでいる。槍が突き立ったままであることを抜きにしても、歩行が得意には見えない。

 修二が投げつけた石に身体をよろけさすも、痛手(ダメージ)を負っているように見えない。

「これだから、虫は……」「……(キモイ)」

 手足が取れても、針を刺されても、虫は大差なく動く。腕を擦る鈴音に、抜け落ちた表情の智夏である。

「見ていろ、砂利ども、こいつらの相手の仕方はこう、だっ!」

 オリヤンが歩を進め、襲い掛かる脚枝に槍を合わせる。槍先に円弧を描かせ、脚枝を弾き、さらに踏み込んで一閃、脚枝を斬り飛ばした。地に落ちた脚枝は関節部で切断されている。こうして、無力化していくようだ。

「どうですか、師匠っー」

 見本を示したいのか、褒められたいのか、どちらなのだろうか。

「迷いのない良い槍だね。いい手本になったよ」

「ほんとは犬人族じゃないのか」「……だワン」

 裕樹の言葉に続くのは、喜びを隠しきれないオリヤンに対する修二の呟きとまさるの相槌である。

 そして、宙を舞う脚枝。振って、突いて、払って……3振りで3脚を切り払う。斧槍(ハルバード)を背に鈴音が振り返って笑う。その扱いは薙刀のそれであるが、結果は申し分ない。

「負けられねー」

 再び、七節虫に向かうオリヤンに合わせて、皆が動いた。

 裕樹、鈴音、オリヤンを中心に3者3手に分かれて、魔物に相対する。攻撃役(アタッカー)の彼ら以外は、彼らに迫る脚枝を打ち払うことに専念する。智夏は周囲を警戒する役目である。

 脚枝と武具が交差し、カンと音を森に響かせる。その硬質な音は生物の体表を叩いたそれとは思えない。人と魔物の攻防が続く。



 皆に大きな怪我はない。狩りは想定通りに問題なく進行した。特に陰流の早槍(くだやり)の術は脚枝の刺突対策にうまくはまった。

「3体でしたからね」

 もっと多くの七節虫が群れているのが通常らしい。数がいれば、宿爆鳥(ミストルティン)も集まるし、奥に進めば、群れも大きくなるようだ。それは、外周のほうが既に狩場となった可能性は高いのが道理で、疑問に思うところはない。

 カコーン、カコーン。

 斧を打ち付ける音である。倒木の上に七節虫の脚枝を置いて、その上に跨り固定する。相方が関節部分を斧で切り落とす。断面を下にすると粘性のある水が流れ出して来た。

「なんだこれ……軽っ」

 切り口を見た修二が、それを皆に見えるように持ち上げた。そして、水が抜けた後の軽さに驚く。

「へちま?っすか」

 こんなところで、七節虫(トレード・ファルスク)が植物感を訴えて来た。断面に空洞があり、その廻りの繊維質が網状に組織されている。まさるが言う通りに、まるで糸瓜(へちま)を乾燥させたもののようであった。

「よく知ってるね。へちまなんて、僕の世代でも使った事ないくらいなのに」

 裕樹が思い浮かべたのは糸瓜たわしだ。そして、彼の驚きに、南九州では遮光カーテン代わりに育てたり、味噌炒めにして食べたりするんすよとまさるが答えた。ちなみに七節虫はこちらの人も食べない。

「裕兄~、へちま水とか知らないのぉー」

 裕樹でも知らないことはある。化粧水として使われていることを聞いて、流れ出た水分を指でこすり合わせる。

「油分が含まれているのかな」

「ええ、煮詰めれば、壁灯の油などに有用ですが……」

 トルスティが、煙や悪臭の少ない油になると言う。だが、煮詰める見極めが難しいのとそのために使う燃料費を考えると割には合わないらしい。

「ブリ油とか使ってるんだよなー、最悪だ……」

 照明の油には安価なブリ油(ゴブリンの首の後ろの橙色のぼこぼこしたコブの部位から採れる油脂)が使われることも多い。

「その話しなら、おが炭あたりでなら活用できそうだけどね。それよりも、どうやって動いてたんだ?摩力……油圧か……」

 網状繊維質が筋肉の代わりになるようには、とても見えない。

 おが屑にこの液体を吸わせて固めれば、有用な固形燃料になるのではないかと思ったようだが、ここにアントンはいない。それは聞き逃された。

 そして、裕樹もすぐに魔物の不思議に心を移らせていた。

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