SS 062_R 柄持ち先輩の思惑
待避所の朝にやることは、何処でも誰でもそんなに変わらない。装備を整え、馬車や備品の確認をし、朝飯を噛みながら出発する。行動を手順化し、作業時間の短縮をする。そうすれば、冒険の全体行程も短くなり、掛ける費用も掛かる危険も減る。学院で教わることだから、大半の冒険者が身に着けていることだ。もちろん、目的地が近づいて来れば、予め立てた計画の摺り合わせなどはするが、まあ、その程度のものだ。
そう、それが常識なんだが……。
「オリヤン先輩、おはようございます」
見習いたちが声を掛けてくる。
「朝飯は何かなー」「おいら、冒険で食事が楽しみになるなんて初めてだよぉ」「大商会って、やっぱ凄いんだな」
はははっ、わかる、わかるぞ、その気持ち!だが、冒険で何よりも大切なのは情報だ。それくらいのことを入手できないようでは……。
「あっ、その口元の緩み具合は、もしかしてっ、アレですか」
「いや、その、なんだ(ごまかす)」
「楽しみですねー」
「えっと、そうかぁ(とぼける)」
「そうですよねー」
「どうですかね(うわぁー、情報を盗られたぁー)」
「よっしぁ、朝練にますます気合が乗ってきたー」
そして、今日の暮れには目的地に着く予定だが、目の前の状況もまた見た事のない光景だ。
「ハッ!ンッ!ハッ!」
「えい!やぁ!とぅわー」
見習いたちまでもが剣を振るっている。初日はまさると俺だけだったが、とうとう商会以外の全員が揃っているな。マズイ、出遅れた!
「はっ!(ぶるぶるぶるん)ほぉ!(ぶるぶるぶるん)」
「マサ、やってるなっ」
「オリ先輩、おはッス」
まさるが槍を突き出している。その度に槍先が円弧を描く。陰流の早槍と言う技らしい。一握りほどの鉄の管の内側に“大天山鼠”の磨き皮を付けたものに、しなりの強い槍を通す。そして、前手で管を握り、後手で捻りを加えながら繰り出す。すると、まさるが見せるように穂先が円弧を描くのだ。
師匠が用意したトレード対策の一つだ。頭上から迫る枝をこれで打ち払う算段だ。はみ出した磨き皮が前手を防護するところまで考えられている。
「おいの能力がまた芽生えたッスー。槍スキルゲット!でも、ステータスは開かないっ」
まさるの槍も口もよく回る。そして、手首の捻りが素晴らしい。聞けば、バスケのド・リーブルと言う技で習得したらしい。ド・リーブルの度に捻りを加えて打ち出すのだそうだ。無意識で出来るようにならなくては試合に出ることさえも許されなかったらしい。厳しい修練を積んだようだ。
だが、俺も槍で負ける訳にはいかない。これで食ってきた自負がある。だから、俺はその先に行く。
前手の肩と肘は固定し、身体全体で移動するようにしながら、槍を繰り出す。
「ンッ!(ぶるぶるん)ハッ!(ぶるぶる)」
ダメだ。まだ、穂先が円弧を描いている。
今日こそは!これが終われば念願のアレが待っているぞ。気合いだ!
もっと、素早く。もっと、鋭く。関節の動きを意識して。
「ンッ!(ぶる)ハッ!(シュン、パン)」
ぶれるはずの槍先が、そうならずに真っすぐに貫通力を増して突き出された。
い、今の手ごたえは!槍が宙を切り裂いたような、大気が弾けたような、この感触は?師匠!
師匠が頷かれている。これか、これが神髄か。はっはっは、悪いな“金石之交”の仲間よ、俺一人成長しちまってるぜ。
「マァーサ、見たか、今の……ん、何故、俺の背後に回る」
「だから、前にオーならまだしも、間に小さい“ア”はマズイって。ひと~つ、ふた~つ、言いながら鬼が来るかも言ったじゃないッスかー」
鈴音や智夏を真似て、まさるをマサと呼ぶ槍持ち先輩にまさるが苦情を申し立てる。
オオマサなら、ちょっと良い響きかもなんて思っているまさるだが、後々、それに近い形で呼びならわされることを彼は知らない。
「いい感じじゃない。出来たところで、ひと~つ組手をしてみよう」
「えっ何……いや、まだ、出来たばっかだし……まだ、早いと言うか、もっと練習しないと……」
「惜しい。そこは何者だっ!っすね」
背後に鼓笛の音曲も流れてないし、薄衣をかついで般若の面も被っていないが、鈴音が良い笑顔で、斧槍の柄を左脇下に挟み、穂先を下段に保持し、斧の刃を上に向けて寄って来る。
そう、刃を上に向けて、だ!普通さ、斧は振り上げて、叩きつけるじゃん。だから、誰しも刃を下に向けて構えるんだよ。
薙刀の構えの前の待ちの姿勢なのだが、彼が知るはずもない。
ブォン、ボォン!
斧槍が鈴音の周りを二回転して彼女の背中に隠れた。右足を後ろに引いて、左手の伸ばした指をこちらに向けてくる。それは何かな、何も持ってないよと見せてるつもりかな。いや、斧の刃は向こうを向いているけど、頭越しに見えてるから!
経津神刀流では、これを体隠の構えと習わす。
「いいから、いいから、あても始めたばっかで、まだ、いまいち、しっくり来てないから、手応えが欲しいしさ」
大丈夫だって、もう、しっくり?してるから。
「でも、マ、マサの方が適し……えっ、マァーサ、どこ行ったっーーー」
ブォン、ボォン、ブゥオ!ボォン、ブゥオ!
無理無理無理!
常に刃が外に、つまり、相手に向いて、鈴の廻りを回転する。刃が通った後の宙に白い筋が見える気がするが幻だろうか。アレに近づくのはバカがすることだ。俺が魔物なら一目散に逃げる。
「なんか違う……」
だからさ、俺が下がる方向、逃げる方向に廻り込むのをちょっと止めてって。跳ぼうとするとそこに斧槍が伸ばされるんだな。あー、死んだな、俺。
「みなさーん、朝ご飯ですよーー」
智夏の声が響いた。
「ごっ飯♪ごっ飯♪」
鈴音が去った。やべっ、脚の力が抜ける……。
「皆さん、並んでくださーい。朝の献立は腸詰肉ですよー」
マズイ、出遅れた!
腸詰肉は選択制だ。茶褐、ちい粒、おお粒、そして、魅惑の黒。
恒例のひと騒動=拳劇が始まった。指二本を突き出す“槍”、五本指を揃える“盾”、矢を引く固めた拳の“弓”、同時に出し合い、それぞれの相性で優劣を決するのだ(槍<盾<弓<槍)。鈴音と智夏から、それ違うとダメだしを受けたが、石や紙では戦えなくない?
よっしゃぁー、勝ったぜ。俺、強し。槍、最強!
ゴロゴロ野菜たっぷりの温かい麦粥を装い、その上に2本の腸詰肉が載せられていく。
「ちい粒と黒で!」
やっぱり、黒だよなー。玉ねぎと大蒜がいつもを感じさせる安定の“茶褐”、堅果や舌肉などの食感が楽しい“おお粒”も良いが、黄胡椒のピリリとした刺激が癖になる“ちい粒”も素晴らしい。これらが、あの処分肉で出来てるなんて、食ってても信じられねえ。
だがなー、やっぱり、物が違う。本物の赤身肉と黒胡椒になんと血で作られた魅惑の“黒”だ。
パリッ、プリッ。あー、口の中で弾けやがる。そして、この濃厚な有摩味が幸せ過ぎる。そう言えば、濃縮した蜘蛛茸も入っているって言ってたな。
師匠たちは食べ慣れているのか、黒を皆に譲ってくれるもんなぁ~、立派だよな。今は無理だけど、いつか見習おう!
これを作るのを見た時は、問題がありすぎて、指導がうんぬんどころの騒ぎじゃなかったんだぜ。
だってよ、生きたままのデニムトンを吊るして、首に刃を入れてよ、当然、血がダバーっと流れ出るし、どんなヤバイ儀式を見せられているんだと身震いをするほど嫌な感じを受ける訳さ。その後も、腹ん中のうねうねを無表情で洗い始めるし、指導するよりも何をどう受け止めたらいいのか戸惑いが先に立ったね。
だけどなぁ、終わってみれば、普通は処分する腹回りの肉とかも全部、食用にするって言うし、骨も汁に使うって言うし……。
「なるべく全部使い切ってやらないと、それが命を頂くってことでしょう」
それを聞いた時、なるほどなと思ったんだよな。
そして、ピンと来ちまったんだよ。師匠たちのパーティ名の“侍派有倶”。つまり、ジパン流だ。
ハッタリや見栄で武の流派○○倶を名乗るヤツはいるが、師匠たちは本物なんじゃねえかって。名を成した一流の者が、さらに、その上の高みを目指すために身を隠して研鑽に励むというのは、聞かない話じゃない。そのためにその技術や知識が世に出ないこともしきりだ。功績を独り占めにするための愚かな行為だと批判する者がいるのも知ってる。が、どちらの言い分も分からなくもない。結局、そうだと知れるのはその弟子が街に出てきてからになるしな。
そして、その名人や賢者が作るのが、隠れ里だ。彼らの場合は、ジパンの里になるのか。陰の里かも知れねえが。
山奥で過ごしてたとか言うのも、本当なんじゃねえかな。
当然、そんな場所で暮らしてたら、食糧が豊富という訳には行かないだろう。家畜だって、どんな部位も残さずに食べる工夫をするんじゃねえかな。
やべえ、そんな場所で武を教わることが出来たら、玉石を越えて上級冒険者どころか、ギムレイの“栄光の架け橋”に名を刻まれる冒険者になることだって、夢じゃねえかも知れねえ。
なんとか、うまく話しを持っていけねえかな。だがなー、隠れ里のことは秘中の秘だって聞くしなー。なんてったって、“隠し”だもんなー。
俺の話術じゃ無理かなー。ここは持ち帰って仲間と相談、だな!
良し、そうと決まれば、この冒険中に出来る俺を見せることが重要だな。
ブォン、ボォン!
いや、その前に生き残ることが大事だな!先ずは、俺が鈴音から身を隠さないと……。