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061 鳥の巣城砦

 背の低い果樹が整然と植えられている。一本一本の果樹の下には傾けられた布が広げられ、その終いには桶が置かれていた。ゴトゴトと十数台の馬車が連なって、その中の路を通り過ぎて行く。

 だが、その光景は珍しいものではなく、繁忙期にはこれに数倍する台数が行き交う路である。

「ああ、城砦が見えてきましたね。あれが事実上の古都ガウトラの西端になります」

 御者席に身を乗り出していた商人Aこと、アントンが声を上げる。

「お疲れッス。はるかもお疲れ」「ガァガァ」

 アンセルム商会の2羽立て馬車の2本の手綱を器用に捌いているのは、何故かまさるである。

 ガウトラまでの旅を共にした愛鳥(はるか)と旧交を温めているまさるである。そのダグリッチが所属していた貸鳥屋(レンタ・ダグリッチ)は魔物の襲撃で経営難に陥って鳥たちを手放したらしい。それはさておき、まさるの手綱捌きは加速も停車も滑らかで、アントンに転職を勧められていた。

「騎乗の能力(スキル)来たぁー。愛鳥(はるか)との再会が(キー)ッスかー。だが、ステータスが開かないっ」

 自家(マイ)馬車の発注は想定を越えて、資材集めのために“樹の魔物(トレード・ファルスク)”を狩ることになり、さらには国の許可を経て、黒の森(スヴァルトスコグ)のとある施設まで運搬車10台分の物資を輸送することに発展した。帰りは帰りでその施設の産出物と狩ったトレードで満載にするとのことだが、どれだけの数を狩らせるつもりなのか、はたまた、樹であるなら、こんな運搬車で運べるものなのか疑問は尽きない。

 アントンの横から、前方を覗き見れば、同行する運搬車越しに岩山のような砂色の武骨な砦が見える。実際にここにあった岩石群を土台にして砦を築いており、その見た目からか“グリペンの巣(フォーゲルボ)”と呼ばれていた。ダグリッチの天敵である有翼獅子(グリペン)が実際に岩場に巣作りしていたら大騒ぎになっているところだが、現在に至るまで砦に魔物の侵入を許したことはないらしい。


 夜明けと共に出発し、街壁に設けられた西大門から先の農作・牧畜地域を、ほぼ一日揺られどおしである。

 だが、意外にも、これが楽しい。

 元の世界も異世界も、作物の種類は違えども、その生育具合に大した違いなどはないだろう。放牧された畜産も見たことのない種であることは間違いないが、そもそも牛や豚だってじっくりと観察した経験などある者などほんの僅かではないか。作業している人がたくさんいる訳でもなし、珍しい行動を見せている訳でも無し。が、それでも楽しい。

 旅行先で車窓から田園風景を眺めた経験はあるだろうか。それと変わらない。のんびりとした穏やかな時間が、快を呼び込み、心身に解放感をもたらす。

 それもここで気持ちの切り替えが必要かも知れない。本日の泊りは、この城砦なのだ。国の西端の守り、軍事拠点の一つである。商隊の長い列の最後として門扉をくぐり、砦内に足を踏み入れる。

「おじさま、甘い匂いがするの」

 そう言えば、児童誘拐未遂事案と言うか、サトゥさん聞違い事案を経て、仲間内での呼称は名前呼びで統一することになった。但し、裕樹だけはまさるから“部長”、智夏から“おじさま”呼びされている。まさるの会社上司(ぶちょう)であり、“侍派有倶(じぱんぐ)”の(クラブ)の部長の意からと、智夏との間に伯父・姪設定を盛り込んだためである。部長(ユウキ)を中心に剣の門下の修二と鈴音、仕事の部下で修二とまさる、そして、姪の智夏と鈴音は親友として、山深い田舎から見聞を広めるために出てきたと言うことにした。姪設定と出身地以外は事実である。

 確かに甘い匂いが香る。そして、拍子抜けである。砦内には、束になった作物が積まれていたり、袋詰めにされた作物が運ばれてきていた。その一画では、何やら収穫物に対して作業中のようである。甘い匂いはそこから来ていた。

「驚きましたか。ここは砦内というよりは、農作物の一時集積場と言われたほうがしっくりきますからな」

 城砦の第一義は、非常時における避難及び籠城である。食糧を貯える必要もあるだろう。それに街から離れた場所で物資を置いておくのに兵が常駐している近くの方が余計な気を回さずに済むと言うものだ。ここは自然発生的かつ必然の成り行きで出来たそういう場所である。

 もちろん、兵と民の動線は分離されており、平時において街民が本来の砦内に入り込むことはない。兵も中世における農兵や地侍ではなく、兵農分離された専業兵士である。

 泊まるのも街民と一緒に仮宿泊所のような場所とのことだ。それを聞いて、兵舎のような場所で一泊すると思っていた修二たちは少し肩の力が抜けたようだ。

「まだ、日暮れには間があるし、収獲のお手伝いでもしようか」

 裕樹の提案に智夏と鈴音は乗り気だ。修二の顔は“マジで”と訴えている。

「ほら、旅先で梨狩りとかぶどう狩りとかしたことない?」

「いや、それとは違うと思う……」

「う~ん、狩りっすか……スキル取れますかね」

 彼らは先の勘違い事案の際の児童養護施設で学んだはずだ。地元住民とのちょっとした触れ合いが問題解決の手掛かりになり得ることもあると。

「何かお手伝いできますか」

 鈴音の声に収獲した果実を潰す作業をしていたおばちゃんが振り向く。

「みんな、助っ人が来たよ。手伝いはいつでも募集中だよ。日の在るうちに済ませたいんだ」

 否も応もなく、あっさりと作業の輪の中に加えられていく。鈴音に智夏、修二、それに冒険者宿舎で同宿だったE級“星願一天(アイウィッシュ)”のうちの3人である。冒険者は学院で地元住民との交流の重要性を説かれている。下級冒険者はちょっとした手伝い程度ならば疑問を覚えることなく参加する。

 一方、まさるはダグリッチの世話やアンセルム商会の一人と馬車や荷駄の確認を、うちの部長(ユウキ)と“星願一天(アイウィッシュ)”の(リーダー)それに引率役の“金石之交(ディスパーション)”の柄持ち(オリヤン)先輩は商人A(アントン)と一緒に城砦長に挨拶に出向いている。

 作業中の果実はショースバールと言う名で表皮は赤く艶があり、その実は柔らかい。中にはまだ果柄(かへい)をその実に残しているのもあり、桜桃(サクランボ)によく似ている。道中に見たあの低木の実なのだが、ちょうど今が収穫期らしい。実を軽く潰して攪拌し、中の種が分離したところで果皮も果肉もろとも樽に詰めて発酵させる。つまり、果実酒作りの最中なのである。

「飲んでみるかい?」

 おばちゃんの一言に智夏と鈴音が良い笑顔で頷く。ちょうど、挨拶を終えて戻ってきた柄持ち先輩がうへぇと顔をしかめた。

「疲れた身体にこの酸味が効くんだけどねー。野郎どもはバカ舌ばかりで困っちまうよっ」

 おばちゃんも他の人と同じように酸味は苦手なのだが、我々で言うところの青汁感覚なのだ。

 甘さの後にわずかに残る酸味が、口内の甘さを一掃し、味全体を引き締めている。

「甘んまい」「ふふーん♪」

「確かに酸味はあるけど、かなり甘いよ」

「ワインのぶどうも糖度が20度を超えるらしいからね」

 アルコールの度数は糖度に比例する。すごく甘いメロンでも15~18度くらいなので、その甘さがわかるだろう。

「いいんだ。大人の男は半年、待つんだ」

 柄持ち先輩が拒絶する中、修二たちの様子を観察していた“星願一天(アイウィッシュ)”たちが裏切る。

「まだ俺ら10代だしな」「俺たち、今日だけ、子供っ」


      ◇


 いつもの流れなのだろう。屋外の一画に設けられた簡素な屋根の下に築かれた炉で肉やら野菜やらが焼かれている。作業を終えた者から思い思いに食事をとっている。

「まさる、遅いな」

荷物持ち(ポーター)の人たちの手伝いをしてから、一緒に来るそうだよ」

「あいつらしいな」

 運搬車の御者は臨時雇いの冒険者見習いとも言える荷物持ち(ポーター)たちである。運搬車も組合(ギルド)所有のもので、一台一台の具合も異なる。それを城砦までの道程で把握し、荷駄の入替えなどによって商隊全体の速度を一定になるように調整するのである。

 輓獣(ばんじゅう)のダグリッチは()()う手間が掛からないようだ。

 元の世界の鳥類もそのほとんどが肉食だ。小動物や、魚や貝、虫などを捕らえて食べる。むしろ、植物しか摂らない種の方が珍しいと言える。つまり、他の狩りによる捕食者と同様に、馬などの草食動物のように常時一定量の食餌が必要ということがない。ダグリッチは食餌を与えすぎると動きが悪くなる傾向にある。やる気を出して欲しい時に食餌を与えるのが一般的だ。


「営業どうだった?」

「まさに新人のようにアントン氏の後ろにくっついて行っただけだよ」

「いつもお疲れさまでございます」

 城砦長への挨拶を揶揄するように言い、それを大げさに(ねぎら)う。修二と裕樹の仲の良い関係性が見えてくるようだ。実際に許認可や輸送品目の書類や黒の森(スヴァルトスコグ)や道中の情報の確認など事務作業のようなものである。

 そこにまさるたちと砦の兵士の一隊が現れた。アンセルム商会から砦に送られた進物の一部と共に数人の兵士が加わる。これらの交流も砦の運営を効率よくするための手段なのだろう。

「まさる、お疲れ~」

「先輩、おつ~。あっ、それ持って行っちゃって。アントンさんが皆でどうぞ、だってさ」

 と言っても、それは自分らの商隊が食べる程度の分量だ。

「シュウちゃん、おばちゃんが皆さんもどうぞって呼んでるよ」

 鈴音と智夏が骨付きカルビを手に呼びに来た。

 炉端に向かえば、柄持ち(オリヤン)先輩が肉の物色中である。

「赤身はねーの、赤身は」

「バカだね。売り物を出す訳ないじゃないか」

「はぁー、魔物がいれば、俺が華を添えてやるのに」

「こんなとこにいたら、大騒ぎだよ」

「ちげえねえー、はっはっは」

 おじちゃん、おばちゃんとともに盛り上がっている。

 有摩(うま)味の多い赤身肉は出荷され、脂肪分の多い腹回り辺りの部位が供されている。俺らにとって、カルビは甘く、苦味が少ない。

「江戸時代の鮪っスか」

「なるほど。でも僕もトロより、中トロや赤身がいいかな」

「裕兄、おじさんーー」

「おじさま、何つけるの」

 塩胡椒、ニンニク醤、そして、恐怖の偽マヨネーズ(サリスソース)

「塩胡椒のブレンド、一択で!」

 ちなみに胡椒は黒、白、褐、赤、橙、黄……さらにはそれぞれ生胡椒なんてものまである。種類が豊富でそれぞれが安価だ。それを知ったまさるが金と同等の価値じゃない!と驚いていたが、裕樹にあれは欧州への長い航路を危険込みの対価だからと説明されていた。まあ、近場で生産が出来て、需要も供給もあるのなら、値段も落ち着いたものになるのが道理だ。(黄だけはマスタード=カラシナ・アブラナ)

「シュウちゃん、シュウちゃん、アレはっ」

「バッカ、ここで出せる訳ないだろ。ニンニク醤で我慢しろ」

「えー、乙女にニンニクを薦めるなんて、サイテー」「ぶーぶー」

 献立に餃子を注文する乙女が何を言うか!

 鈴音が強請るのは、“食べる醤”。冒険者ギルドの特産品である肉醤は臭い。それを解消するために、肉醤を蜂蜜酒(ミード)で溶いて、生姜や香辛料を加えて、俺らの食に合わせた調味料を開発したのだ。但し、材料単価が高かった。生姜などは市場では見つからない。修二が冤罪をかけられたビフレスト村にあったので、それで尋ねたら、紹介された先は薬種商だった。生姜やある種の香辛料は薬扱いで、ビフレスト村はそれらの名産地だったのである。森の中での生産で薬効が非常に高いらしい。

 そして、思う。食べ物の選択肢があるのって、幸せだ。

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