058 星剣
「けぷっ」
お腹を膨らませた幼児ふたりを抱えて、奥さんが自宅に下がっていく。帰宿組は食事に盛り上がっているが、修二たちは香茶、先輩方や寮長は蜂蜜酒を手にまったりとしている。
そして、本日の報告会だ。
「それで、馬車なんだけど……。機構は工夫してもらえる目途はついたんだけど、内装がねー、ちょっと、過多で……」
「できないことはないッス。けど、牽引するダグリッチの羽数は増えるし、速度も期待通りにならないかも……」
歯切れの悪い裕樹に続いたまさるの説明も冴えない。
要は定期費用が想定を越え、運用速度も一般並という話しなのだけど、それを解決する案を商人Aが提示する。
「外装を木から、帆布に変更すれば全て解決すると思うのですよ。トレード程度なら相手ではないでしょうー。余った分はうちで買い取りますしー。」
帆布はトレード・ファルスクと呼ばれる魔物を素材とした布なのだが、これを通気性のある内幕と防水と耐久性のある外幕の二重構造にする案である。問題は帆布が品薄状態にあるらしく、そのためには魔物を狩る必要があることなのだが……。
「ちょっと待て、まだE級にトレードを狩るのを薦めるのは止めてくれ。いくら大商会とは言え、行き過ぎだ」
「トレードは慣れが必要な獲物ですね」「大抵は群れでいる魔物だしなー。E級には、まだ辛いか」
リキャルド寮長が難色を示す。先輩方の意見も否定的だ。帰宿組もちゃっかりと耳をそばだてている。
「帰り際にギルドに寄って、資料を閲覧したんだけどね。生態ははっきりしないし、生息場所もそれなりに森に入り込みそうなんだよね」
「樹ッスよ、樹!」
まさるの説明は挿絵が樹だったということらしい。裕樹は森の中での野営など、まだ時期尚早と考えている様子だ。と言うか、しないで済むに越したことはない。
「大商会の番頭の目を甘く見てもらっては困りますな。ウルヴァリンを討伐したり、C+級を棒切れであしらってみせる者を型に従って判断することなど有り得ないのですよ」
商人Aがキラーンとしているが、そんなのいらねえから。
「はぁ?!E級だろ。お前ら、何やってんの」
「そうですとも。その他にも、悪炎荒猪を生け捕りにしたり……」
何がそうですともなのか分からないが、その後も、大だんな様が信頼する方とか、商会の冒険者とか、商人Aの鼻息が荒い。それを聞いた帰宿組が口から蕎麦を垂らして固まっている。
「ちょっーと、黙ろうか」
修二が背後から裸絞めをかける。アントンは、ぱたぱたしていたが、すぐに静かになった。
視線の集まった裕樹は頬を指で掻きながら、概ねその事実を認めた。
「やはり、気が進まないのですよ。僕らの想像の埒外の魔物ですから。帆布の品薄状態が解消されるまで完成を待つのも一つの手かなと思うんだ」
「部長―、ほら、あのトレードですよ。ゲームとかにも出てくるじゃないですか」
一応、部外者のいる場である。微妙な言葉は誤魔化して使う。
ゲームのトレントは、幹に目や口を模した洞があって、枝で突いて来たり払ったり、木の葉を飛ばしてきたり踊ったりする奴である。稀に生き返る葉っぱを落としたりするなど、強敵扱いはされていないような気がする。
まさるはやってみたい派のようだ。ゴブリンの時と言い、わくわくしている感さえある。
「お前らの得物は?」
裕樹は槍、修二は大剣、鈴音は剣、まさるは連接棍棒、智夏は戦棍である。
それを聞いた柄持ち先輩が、トレード討伐の定番は斧だと言う。樹に対しての斧、捻りも何もなかった。
「あいつらの注意点は頭上からの攻撃だ。「真上から突き刺してくるからな」それを、俺みたいな槍使いが弾いてる隙に、「俺みたいのが突っ込んで斧を叩きつけてやるのさ」」
柄持ち先輩の合いの手を腕怪我先輩が務め、無事な腕で恰好を決める。
「先輩ぁーい。斧って、使えます?」
「斧は武器じゃねえし」
まさるの先輩の掛け声に柄持ち先輩たちが反応するが、修二が答えた。修二たちの流派である経津神刀流の家伝にはないし、武芸十八般にも斧は含まれない。
樹を切り倒した経験などないし、せいぜい薪を鉈で裂いたことがあるくらいだ。
「抜けた事を言ってんなー。目的の獲物に合わせて、こちらの武器や防具の仕様を変えるなんて、当然のことだろーが。一つの装備で全てが賄えるほど、冒険者の世界は甘くねえぞ」
「そうですね。獲物の特徴や地理や気候を調べて、適切に準備を整えることは冒険の第一歩ですよ。トレードの場合は斧槍を使えると有利ですよね」
「あ、あれは取り扱いが難しいんだぞ。見た目が似てるだけで、槍とは違うんだからな」
修二の発言に柄持ち先輩がびしっと決めたところで、小柄先輩がまとめる。後半は柄持ち先輩に向けた言葉だ。先輩風を吹かせた柄持ち先輩がやり込められて、ぐだぐだになっている。そんな中、ちょっと待ってろと寮長が席を立つ。
「あて、それなら使えるかも。薙刀の応用で行けるんじゃない?」
まさるに斧槍の説明を受けていた鈴音が宣う。ダメ出しが連発した後に、未見の物に対するこの発言は受け入れられるのか。
薙刀は日本特有の武器である。時代劇などでの大奥の女中が装備する印象からか女性の武器と思われがちだが、平安時代にはすでに使われており、戦に集団戦の概念が広まり、槍に代わられるまで、戦場での主武器であった。斬撃のために振り回す形となる薙刀は白兵戦では有用でも、密集した隊列を組んでの集団戦には向かなかったのだろう。
しかし、それも寮長が持ってきたある物が話題の全てをさらっていった。
「まあ、こういうものがあれば、話は別なんだがな」
取り出した2本の武器は、長さは剣相当だが特殊な形状をしている。
「まさかの万能器ですか」
「おう、星剣と星棍だ。まあ、これを持つのは花形の証って奴な」
冒険者としては憧れの武具の一つだ。北のニザヴェリグ国でドワーフの称号を持つ匠の工房で製作される逸品となる。
初めて見たとか、やっぱり上位冒険者だった人の持ち物は違いますねとか、場を賑わす中、まさるがあげた一言が俺らの感想を集約していた。
「サンスケじゃないッスか!目盛まで付いてるッスよ、先輩ぁーい」
正確には三角スケールと呼ばれる縮尺定規である。建築に携わる者ならば、必ず持っている製図用品だ。CADによる作図が一般的になったとは言え、図面の読み取りには欠かせない器具である。
その断面は三角柱、厳密には三点星であり、とある企業がそのデザインを記章として用い「陸・海・空」での活躍を願ったように、まさに形からして万能感を醸し出す。また、三角スケールの各面の中央部には溝が切られているが、星剣にも同じように溝がある。
そして、誰もがうずうずと言い出せずにいた言葉をあっさりと言い募る者がいた。
「手に取らせてもらってもよろしいですか」
裕樹だ。やっぱり!
裕樹は刀剣御宅である。刀匠の仕事場に通ったり、近頃ゲームの影響で話題になった刀女子に混ざって刀剣展に入り浸ったりする。鈴音が友人らと行った先から、“おじさんさぁーくる”と称されたメール(婦女子に一定距離を置かれるおじさんの図)が配信されてきた時にはその非日常的さに笑うしかなかった。
今も目を輝かせて、無意識に剣の解説を迸らせている。
「なるほど、この目盛に見える筋は鋸の歯のような役目を……この溝は刺突のための樋か。おっ、持ち手と刀身部にズレがあるな。これは凄い。振るう際に自然に頂部が相手に向くように捩れているのか。しかし、この形状は……製法が全く想像できない……」
ふわりと立ち上がると部屋の隅に移動し、右手の剣を具合を探るようにゆっくりとした動作で振り下ろし、左手の棍を間合いを確かめるように大きく振り払う。
足を揃えた自然体で剣と棍を水平に握る拳を両腰に添えるように立つ。
風切の構えである。経津神刀流の両刀における姿勢の一つだ。滑翔、帆翔、博翔と変化し、鳥が飛翔する姿に例えられる。
右足を大きく引いて、両手は羽搏き始めるかのように下から上に円弧を描き、剣と棍を眼前で十字に重ね打ち鳴らした。相手が打ち込んできた剣を力強く受け止める形である。すかさず、右足を前に戻し、架空の剣を棍で払い、右の剣を正面に打つ。同時に左足を後ろに、体を入れ替えるように他の相手に向き直っている。
「舞いのようなの」
智夏が言葉を漏らす。
そう、風切の構えは、一対多に際し、打つと同時に自らの位置を変えることで、常に相手の包囲の円を崩しながら戦う守りの型なのである。
流れるように進む演武に見慣れぬ者たちは、身を固くして息を凝らして見入ってしまう。
最後に鳥がまるで羽根を休めるように、蹲踞の姿勢で剣と棍を地面に置くかのような形で型を終えた。
「ふぅ~」
皆が溜めていた息を吐きだした。
裕樹にちらりと向けられた視線に、寮長が慌てたように「俺より…………、やらねえからな!」と思わず反応していた。
それを見ていた柄持ち先輩は大声で宣言する。
「よし、決めたっ!俺が引率でついて行ってやる」
「僕らは実質休養中ですが、宿舎の補助兼指導係の業務中であることも忘れてもらっては困りますよ」
だがそれは小柄先輩の小言を食らうことになった。
「だーかーら、その指導係を務めようじゃないの」
「宿舎の指導は生活や心得についてであって、学院の新人教導役とは違うんですよ」
揉め出しそうな空気の中、お礼の言葉とともにサンスケを寮長に返した裕樹は、次いで先輩方にも言葉を重ねる。
「申し出は有難く気持ちだけ頂きますので……」
「いやいや、待て待て、それだけの武力があるなら問題ないだろ。お前たちが飛び込みだと言うのは聞いてるし、心配している事々もまあ分からなくもない。だけどな、頭でいくら考えても、動かなきゃ経験はいつまでも積めねえーんだ」
「いや、ですから……」
穏やかに断ろうとする裕樹を片手で制して、にやりと言う。
「例えばよ、もしも、ぬくぬくとした宿に泊まりながら近くで狩りが出来るなら、どーよ」
裕樹の動きが止まった。
「もしかして、ダンジョンっすか」
まさるが沸き立つ。
「だ、ダンジョン?ん、迷路?ああ、そういう大巌洞もあるにはあるが、今回は……ここガウトラから農作地域を抜けて西に進むとある黒の森だ。まあ、普通はそこで討伐どころか立ち入りさえも出来ないが……大商会さまの申請があれば話は別だ……よな」
「もちろんでございます。私も同行致しましょう」
向けられた視線にアントンは力強く答えた。
「まあ、場所に問題はあるが、近づかなければ問題はないか……」
「そーそー」
寮長の呟きに、柄持ち先輩が相槌を打つ。
困った裕樹は視線で皆の意見を求めた。
「部長、冒険ッスよ、経験値ッスよ」(まさる、お前が行きたいだけだよな)
「ご飯と宿は大事だよね」(鈴、旅行じゃねえからな)
「ただ宿舎の雑務から逃げたいだけに見えるの」(智夏ちゃん、厳しー)
「まあ、根っ子は親切心からじゃねえかな」(俺、まとめた)
同じようにひそひそしていた帰宿組が手を挙げる。
「先輩!俺らも引率されたいんですけど、一緒に行っちゃダメですか」
「おう、お前らも来い来い。まとめて面倒見てやるぜー」