050 秘密の御呪い
050 秘密の御呪い
「はい、はい、はい。あて、摩法、使いたい!」
ぴょんぴょんと跳ねながら、訴える鈴音。
「先輩、おいでも使える武器ってないッスか」
架空ライフルを構えるまさる。サバゲーで鍛えたそのアクションは決まってはいるが、この世界の者には変な踊りにしか見えない。
「やっぱり、費用対効果を考えれば、馬車を購入したほうがいいだろうけど」
裕樹は熟考中である。運搬車なら未だしも、馬車それも利便性を盛り込んだ一品となるとなかなか手の出ない金額となってしまう。
まず、整えるのは合流組の防備である。
村人の服から、鈴と智夏は南部地域の騎獣であるトロリザードの白い皮ジャンに、まさるは刀剣を弾く鱗甲を持つ魔物トリぺウテスの茶色の皮ジャンを身に着けた。女性陣の足元はスニーカーから、編み上げのショートブーツに。まさるはトレッキングシューズを維持。まだ、元の世界の靴を参考にしたアンセルム商会の冒険者靴は届いていない。
それと大事なのは冒険者鞄だ。非常時の備えである最小限の物品を携帯するだけではない。肩背はもちろんのこと、幅広の腹帯やそれに繋がる肩紐も充分に防具としての役割を果たしてくれる。
そして、店を出た後、店内にいた冒険者と思われる者を振り返り、鈴音が言う。
「シュウちゃん。冒険者って、なんで冒険者なんだろっ」
まるで禅問答である。
「この場合、テンプレじゃ……」
まさるが答えようとするが、お前には聞いてないとばかりに鈴音に冷たい視線を向けられる。鈴は久方振りに会った修二と話がしたいのだ。
話題はなんでもいい。いつもと違う跳ねるような大げさな動作も少し感情過多になっている節がある。いや、環境の変化や修二の身に何か起きているかも知れない不安をずっと抱えていたことへのストレスなどから、軽い躁状態になっていたのかも知れない。
ただ、合流前まで、少々ボッチ感のあったまさるも先輩と話したい。
「だって、やってることって、魔物の狩りでしょ、植物の採取、商隊の護送とか、全然、冒険じゃないよ」
そう言われて見れば、冒険者の仕事は狩猟者、探索者、傭兵、まあやってることは何でも屋なんだろうけど、冒険者を名乗る者たちの集団ではないと思われる。まあ、自らの命を懸けるということを冒険というのであれば、それは冒険者と呼ばれるのかも知れないが。
「そう言われて見れば、ちゃっちゃちゃら~ちゃちゃらぁ~な感じは全くないな」
「でしょ」
よくわからない会話だが、二人の間では通じるらしい。
冒険と言うのは、“主人公らが様々な危険や悪に立ち向かい、古代の神殿や行方不明の財宝などを見つけ出す”みたいな意味合いで捉えている人が多いのではないだろうか。
「冒険者ギルドは、始まりの街と呼ばれるこの街の成立時からあったらしいからね。その頃はこの街を基点として、僕らが思う冒険をしていたのかも知れないね」
冒険者ギルドの本部であるギムレイの業務資料は膨大であり、些末な事案は廃棄されていく。裕樹たちが見たのは一般冒険者が閲覧できる一部分のみであったが、歴史は感じられた。
「名称のみが残ったということッスか?」
冒険者の学院の生徒たちも何故、この職が冒険者と呼ばれるのかを教わらない。経験を積み、心身を鍛え上げ、A級となり、ギルドと特別な契約を結んだ後に、誰が何のために冒険者ギルドを設立したかを知ることになる。そして、冒険者ギルドの真なる存在意義を理解し、その継続のために尽力することになるのだ。
当然、今の時点の5人には知るよしもないことであった。
「まあ、僕には今の冒険者という職業が、組合を作る規模で存在していることが不思議なのだけどね」
裕樹がそれに類する疑問を呈する。
◇
朝一で訪れた皮革具店から出て見れば、朝まずめに行き交う人々の姿はすでに消えて疎らになり、道が広く感じられる。朝方に水路から煙る水の匂いも、今は時どき鼻をくすぐる香草茶の香りに取って代わっている。
裕樹が、にぎやかに前を進む同胞を眺める。
修二くんは亡き親友の息子で幼い頃から知っており、仕事場も同じで、一緒に山にも登るし、道場でも共に汗をかいてきた。もう成人もしているし、なによりも男である。多少の心配はあっても、自分と同じく扱う事に抵抗は感じなかった。鈴ちゃんも知っているが、まだ子供だ。何しろ、自分の娘と同年代なのである。危険な事をさせたくないし、危ない目に会わせたくない。彼女らの親御さんの元に無事に帰さなければならない。出来るだけ早く……。
そのための手掛かりとなる“黒い裂け目”。関連するのは禁忌として扱われている悪魔である。
自分たちで同じ事象を再現できるのか。その前にどのようにして、それらを調べて行けばよいものか。
禁忌に触れようとする者は、どのような形であれ間違いなく社会から異分子として認知される。アンセルム氏でさえ、それを持ち出した時の反応が想定できない。それに実際にどうような存在なのかはわからないが、悪魔と称される存在に対して、どうこうすると言うか、近づくことさえ問題ある行動としか思えない。
そう言えば、冒険者本部での業務記録に悪魔教団の摘発というものがあったが、“ガルズの災難”の悪魔に関連するものなのだろうか。教団に接触する?それとも、摘発の依頼に参加できれば、なにがしかの手掛かりを得ることが可能だろうか。
しかし、調査する場合でも、悪魔そのものが危険な存在であろうことは間違いなく、悪魔教団からは敵対組織からの手先のように思われるだろうし、国の治安を目的とする組織・機関からは教団の関係者としての疑いの目を向けられるかも知れない。
「裕兄?裕兄!」
◇
皮革具店から出ると、まさるの鼻息が荒い。
「幻想にまみえて、おいの才能が目覚める時!」
なんでも、今まで出会ったのはネズミだったり、似せ狼だったから、特典が得られなかっただけで、架空生物を倒せば才能が生まれるとか何とか……らしい。良くわからないが、すごく気合いが入っている。
この後、まさるの要望で街近くの魔物出没地域に出向くのだが、わざわざアレと対面したいだなんて、どうかしてるとしか思えない。一応、止めたのだが聞く耳を持たない。投石であしらうのは可能なので補助はできるが、最後まで責任を持てよと言ったら余計に燃えている。
鈴音は摩法を使いたいとか、餃子が食べたいとか、話題が脈絡なく跳んで忙しい。
自炊をするなら、宿屋ではなく冒険者宿舎に移れば恐らくは可能だ。人も増えたし、経費を抑えるためにも、有りかもしれない。裕兄に相談しよう。
「裕兄?裕兄!」
「ん?」
考え事をしながら最後尾を歩いていた裕樹が話題に参加する。
鈴音が雑談の最中にふと見ると、智夏が怪訝そうに上を見ながら歩いている。
「なっつん、なんかあったん?」
つられて皆で空を見上げた。
「この上に神さまが飛んでるかも知れないの」
見上げれば、朝に差していた陽光はなく、空は雲で覆われている。浮遊大陸や天翔ける城と言った伝説は分厚い雲に隠されていて外から覚ることは難しいのは物語の基本であり定番だ。
天空に住まう神、地上に降り立つ。如何にもな、創世神話の出だしだが……。
「あれは山の上とかの比喩じゃないかな」
元の世界でも雲よりも高い標高に住まう人々はいる。神話風なら、オリュンポス山か。ギリシアの最高峰だが、本邦の霊峰富士よりも標高は低い。
「タワマンだったりしてな」
既に雲に突き刺さる超高層塔状住宅も存在する。話しの流れ的にはバベルの塔を想像したい。
「髪の毛もじゃもじゃの雷さまじゃないッスか」
それは頭にタライを落とされる寸劇を思い浮かべればいいのだろうか。
「夢がないよ、そんなんだと、おっさん言われるよ!やっぱり、天翔ける城だよ」「だよねー」
一名を除いて現実的な想像をしただけなのに、おっさん判定を受ける理不尽。
ちなみに天空から地上を支配した帝国が遠い昔に滅びたと言う歴史は伝わっていない。
「浮遊石なんて無いよね」
「魔結石なら……あるよ」
魔物の化石化した組織の奥にある魔結石、それとは別に大巌洞から算出される魔結晶というものも存在する。
修二が酒世話人の口調で毛玉のがま口から鶏卵大の魔結石を取り出した。
「「か、かわいい!」」
女子二人の目がいったのは話題の石ではなくて、それが入っていたウルヴァリンのまんまる尻尾のボンボンである。ふさふさ毛皮の中に口金が埋もれ、腰に掛けるための鎖が付いている。中の魔結石は“狼を狩る者”のものである。
毛玉を動かすと女子二人の視線もそれに付いてくる。まるで、猫じゃらしに惹きつけられた猫である。身体を少し揺らしながらも首を器用に動かして獲物を追う。なかなかに面白い光景だが、長い時間続けるのは危険を伴う。
「しゃーないな、ほら!」
修二の伸ばされた手に、女子二人の手が伸びるが、同時に引っ込められる。
「鈴ちゃんに譲るよ」「いいの!えへへぇーっ、シュウちゃんにもらったー」
鈴音が頬で毛玉の感触を確かめ、魔結石を手にした智夏が空にかざす。それはケツメドを覆う尻尾の部分とはもう言えない修二である。尤もウルヴァリンの尾部に臭腺はなかったし、職人の手に掛かって獣臭さはすっかり抜けている。
「「なんか温かい」」
二人の台詞が重なる。
「鈴ちゃん、ちょっとやってみない?」「秘密のおまじないだね!」
楽し気な智夏に、鈴音が悪乗りする。
鈴音に言われて、もう、おっさんと言われたくない3人も参加する。
「あの場面を思い浮かべてー、信じればできるよぉー」
天翔ける城で思い起こされる映像、それを崩れ滅ぼすお呪いも一揃えで良く知られたものだろう。
何故、滅ぼそうとするのかとのつっこみは無粋である。ただの乗りであり、おふざけなのだから。
摩法のある世界で、天空に城があるかも知れず、都合よく魔結石があった。そんな軽い動機だった……。
石を掴んだ智夏の手が天に伸ばされ、それに残りの4人の手も掲げられ、皆で上空を見上げる。
智夏の黒目の周りが金色の輝きを帯びる。それが摩力の活性化による金環蝕と呼ばれるものであることを彼らは知らない。
「バウンス!/翼あるものを滅ぼせ(四重唱)」
その場の一人を除いた多重複合唱として摩法が発動した。
智夏を中心に周りの空気が集束し、上昇気流の中に白く渦巻く玉が生まれ、それは次第に速度を増して空を登っていく。ある一時から、それは東に角度をつけ雲の中に消えて、閃光が走った。
「なんか飛んで行ったね……」
「疲れた……石が壊れちゃった……」
額に手を当てて遠くを眺める鈴音と、しゃがみ込んで手の中で砂と化した魔結石を見つめる智夏。
「えっと、またやらかした?」
「またしても、シャレになってない」
「今回は何も壊れてないし……廻りも……」
上昇気流と言っても激しいものではなく、周囲の人たちの反応は、「つむじ風かっ」「風の都かよ」程度のものだった。上空を見て白い玉が目撃されてなければ気付かれていないと思いたい。
こそこそと話す先輩と部長の姿に一抹の不安を覚えるまさるがいる。
少し経って、遠くから微かに鐘の音が響いてきた。
◆
ガルズには、日本のような教育機関や制度は存在していない。知識のある人に師事する、技術のある職人に弟子入りする、知恵のある人の元で真理の探究をする。誰からも強制はされないが、自ら動かなければ何も成せない世界なのである。子供のうちから、手を伸ばされ、選択肢を選べる可能性のある環境を与えてくれたりはしない世界であった。
しかし、個々に任せていては、いずれどのような知識でも、技術でも、摩耗し、消え失せてしまう。それに気付いた国は、知識者・技術者を保護する機関を試験的に整備し始めた。もちろん、それらは、国力の維持・増強にもつながる。ヴォルスグ国では、王の城館の西側に、そういった施設が集められていた。
そして、その建物の一角で。
「なんだ、今の巨大な摩力の波動はっ!」
身長130cmくらいの白金の前髪パッツン少女が思わず立ち上がって窓から身を乗り出し外を見廻していた。
◆
「隊長~、もうじきガウトラの領空に入ります」
前方の雲の下へ視認に出ていた偵察騎が戻ってきた。
「良し、お前は視認地点まで我々を誘導しろ。そして、我が小隊諸君、任務の時間だ。予定通りに作戦地点に増炎壺を投下した後に第1から第3組は情報収集、第4組は後方に待機、問題が生じた場合はそれまでの情報を持って全力で帰還せよ。では、降下を開始する」
鹿毛、栗毛、葦毛他、いろいろな毛並みの細長い獣にまたがって空に浮かんでいる12騎24人。頭部から尻尾の先まで4.5~5mほど、帯径(胸囲)は150cm程度、足は極端に短くなり4脚による襲歩は叶わない。しかし、空を飛ぶ術を身に付けた獣は影姿こそ変わってしまったが、その黒々とした瞳と愛らしい表情は変わらない。餓死から逃れ、わずかに生き残った馬が摩素に適合した姿である。今は騎龍と呼ばれている種だ。
騎乗者の手綱捌きを受けて、騎龍が空を飛ぶ。いや、短い脚を駆く仕草に蹄の下の宙に波紋が広がるのを見れば、未だに空を駆けていると表現すべきか。
隊長騎の騎龍が耳をピンとそばだてて一方向をじっと見つめ、後に続く騎龍たちが両耳を交互に動かしている。
隊長騎と偵察騎を除く十騎がそれぞれに抱えた計80発の増炎壺はガウトラ街内に落とされようとしていた。
それは炎上する街への対処の仕方を見て、隠された施設の位置や防備の流れを観察し、来たるべき日のために役立てるためである。
そんな彼らが降下のために隊長が手を振り下げたと同時に、下からもの凄い勢いで白い渦に巻き込まれた。
「うわぁー、なんだこれはっー」
凄まじい衝撃と青白い閃光が発生する。
「目がぁ~!目がぁ~!」
渦に切り裂かれ、衝撃で壺が割れ炎に包まれた謎の小隊が一団となって墜落する。ガウトラの街壁を目指して……。
筆者注)サラブレッド……体長2.5~3.0m、帯径170cm(当歳)、作中の元馬はポニー相当
耳を立てて何かをじっと見つめる→注意をはらっているときにする。見慣れないものがある時や、変わった音がする時など
耳を交互に動かしている→不安を感じている時
智夏の摩法……一般的な摩法の射程である30mを明らかに超えているのは、その根源が摩素を使用しているのではないからです。