049 それぞれの進む道
翌早朝、修二たちはガウトラの大門までロッタたち学院生を見送りに来ていた。
今回の冒険でギムレイに向かう商隊の護衛補助の位置付けである彼女たちは、先輩冒険者に挨拶をしている。基本的に現役冒険者は卒業間近の学院生への協力を惜しまない。それは自分たちが通ってきた道でもあるからだ。
挨拶を済ませた学院生は修二たちの元に来ると、鈴音たちを連れだした。
少し離れた位置で歓談する女子の集まりに「いつの間に仲良くなったんだか」と嬉しそうな修二に、まさるがぎょっとした顔をして呟く。
「は~、鈴さんも苦労するよ」
手を振る学院生に手を挙げて応える修二の元に鈴音たちが戻ってきた。
不機嫌そうな鈴音の横で智夏が胸の前に両の腕を縮めて小さく気合を入れている。
「私は鈴ちゃんの味方だからね。あんな子供に負けてらんないよぉー」
確かに学院生たちはこの世界の例外ではなく彼女らに比べて身体は小さいが、年齢的にはそこまでの差はない。
それを不思議そうな顔で出迎えた修二の脛に鈴音は蹴りをかました。
「修行が足りないねー」
裕樹はうずくまった修二の肩に手を置き、そして、朝飯にしようかと皆に声を掛けた。
◆
始まりの街とも、古都とも呼ばれるガウトラではあるが、もう一つ、水の都とも譬えられる。
内外二重の街壁を有する街並みを放射状に二重拱橋の水道橋が走っている。似た感じの建設物で例えるなら、世界遺産にもなっているポン・デュ・ガールだろうか。水道橋から細く滴り落ちる水の列が面となり泉の水面をにぎやかす周囲には、人々が憩いを求めて集まっている。
その廻りには当然のように出店が出ており、修二たちも常ならばそちらにお世話になるところだが、今はそれを臨みながら料理店の道路に面したオープンスペースで陽光を浴びながらの朝食である。
「それはそうと鈴ちゃんたちは、タナイスに居たんだよね。森の賢者の話とか聞かなかったかい」
「タナイスには伝説の賢者がいるって話があるんだ」
智夏と鈴音は、二人で顔を見合わせる。
「あのときは~。タナイスでは、旅費稼ぎばかりで、街の散策とかできなかったの」
「森の賢者って、フェッフェッフェッって奴かな」
「まあ、フェッフェッフェッだろうな」
真面目に答える智夏に、脱線する鈴音と修二。似た二人。もしかしたら問題児×2
「君たち、二人は……」
裕樹が、頭を抱えた。
戯れていた鈴音だが、朝食のプレートをじっと見ている智夏を見て、心配して声を掛ける。
確かに昨日の話は悪魔やらなんやらが出てきて、先行きが不安になっても仕方がない。
「どうしたの、智夏」
「普段の食事にも、宿屋にも、お金がかかっているの……」
ちょっと寂し気に、食べ物の話だった。こちらの世界に来てから、食欲が増している智夏である。それに確かにお金も大事である。
「裕兄、あてたち、ここまで、シュウちゃんたちを追いかけるので、タナイスで貯めたお金、使い果たしちゃったんだけど……」
もともと貯めていたと言えるような金額ではなかったが。
「大丈夫、心配しないで」
「部長、お金ってどうしてるんスか」
「ガルズに来たばっかりの時は、アンセルム氏に援助してもらってたけど……」
「俺は、来て、早々にとっ捕まったから、お金うんぬんどころの話じゃなかったからなぁ~」
笑う修二。今となっては、いい思い出か。
「え、捕まってたって!」
「「あっ、そう言えば……」」
鈴音の驚きの声の後に、声を合わせた鈴音と智夏が顔を見合わせる。
「ネコ!」
「連続美猫誘拐事件!」
その声に廻りのお客さんの注目を浴びるが、すぐに興味は失われたようだ。
二人はギムレイで修二たちの行方の手掛かりを探している時に会った情報屋から彼らが「ネコを売りさばいている」と聞いたと言う。そして、助けてもらった猫たちとの間に亀裂が入りそうだったとも。
「ネコ?」と修二たちは間の抜けた顔をした後、「あ~、はいはい」と理解を示す。
「ネコ車ね。裕兄が主に冒険者向けに物資運搬用の手押しの孤輪車の着想を商会に売って、その売り込みを冒険者ギルドとかでしてたから……かな」
その横で、まさるがネコ車とは建築現場でなんとかかんとかと捕捉説明をしている。
「それで、アンセルム商会から著作権みたいなのをもらったりして、金策もしてる訳」
情報屋が手足を叩いて喜んでいる姿が脳裏に浮かぶ。
そういうことだったのねと納得した鈴音と智夏だったが、内実を知ると怒りがこみ上げてきたようだ。
「あいつっ、今度会ったら懲らしめてやるっ」
「すりつぶしてやるの」
智夏の不穏な発言に身をすくませる男子3人であった。
◆
宿に戻って、話しは続く。
「今は、冒険者稼業で生計を立てているかな。アンセルム氏を頼れば、そのくらい出してくれるだろうけど、他にもいろいろお願いしているから、そうなんでもかんでもは、ちょっと避けたいかな」
「いざって言うときに、切り出しづらくなるしな」
裕樹の言葉に修二が相槌を打つ。
人の好意に甘えることも時と場合によっては必要なことである。しかし、その好意を当然のものとして受け取るようになったら、人としてそれはどうなのだろうかと思う。支援者から見ても、初めは命の恩人だから見返りは不要と思っていても、それを当然の如く受け取られ続けたら、その気持ちに変化が生じても不思議ではないだろう。それを不義理と責め立てる気には、とてもならない。
それと援助を受ける者は支援者への義理を返す義務がある。勝手にしてくれたは通じない。そもそも聞きたくなかったら、援助や保護を受けてはならないのだ。そして、彼らにはその立ち位置から、彼への恩義に応えられない場面あることが容易に想像できるだろう。だから、裕樹は相補的な関係でいようとしている。
「私、思うんだけど、今後の行動にも、いろいろお金はかかってくるだろうから、その辺りも考えないといけないかなって」
智夏はのんびり屋で臆病で鈴音の影に隠れていることが多いが、意外と現実派である。大雑把で気忙しい鈴音とは相反するところで互いにはまり合うところがあるのだろう。
「あー、それなんだがな。鈴、やっぱり、お前たちはアンセルムさんの元にいてもらおうと思う」
「修二くんと相談したんだけどね。アンセルム氏と一緒に調べ物の手伝いをしながら、僕らの探索の後押しをお願いしたいんだ」
元の世界のように電車や自動車で目的地にまで手軽に行ける世界ではないのだ。危険に対処しながら、野を駆け山に伏しつつ巡り歩かなければならない。
鈴音は獣などの危険には対処できるかも知れない。まさるは野山を歩くことなら趣味としての経験はある。だが、連日の野宿を強いられるような生活は男女に関わらず厳しいものだろう。
「それじゃあ、向こうで待ってるのと同じじゃない!」
「あんな子供には負けないの!」
鈴音だけじゃなく、智夏までもが鼻息が荒い。
「違うよ。君たちが文献などを調べて、僕たちがそれに合わせて現地調査を行う。分業にしようと言っているんだ」
そんな二人に動じることなく、裕樹は穏やかに話しを進める。
だが、言われている相手はその本意を探ってしまう。
安全な場所にいて欲しい。足手まといだと言われているようにも感じてしまう。
「部長に先輩……それはちょっと無理ッスよ。だって、普通のJKはいくらなんでも、崖から飛び降りたりしないですもん。相当の覚悟でこちらに来たんだってことをわかって欲しいッス」
「まさる、そんなことを言ってもな……」
渋る修二を遮って、まさるが続ける。
「それに異世界ッスよ。誰にも出来ない経験に挑戦しないのはもったいないじゃないッスか。土産話をみんなでたっぷり持って帰りましょうよ。向こうで話しが合わないなんて、寂しすぎますよ。いいじゃないッスか、多少、帰るのが遅くなっても、それに根詰めるよりも楽しんでやったほうが、うまく行きますって」
「まさるの言う事も分からなくもないけどな」
「なるほど、肥後くんの言う通りかも知れないな。だけど、危険があるのも事実だからね。楽しんでばかりは無理かな、厳しめになるけど、それで本当にいいのかい?」
「へっ?」「もちろん!」「大丈夫なの!」
いいこと言った俺!な感じだったまさるが呆けた声を上げたが、それは二人の女子の勢いにかき消された。
「となると、やっぱり安全面の充実は必要かな」
みんなで冒険者稼業をしながら、異世界探検、いや、ある意味、本当の冒険の始まりである。
まずは装備の拡充だ。