005 魔物と初会遇(1/3)
魔物と初会遇
「ねえねえ。君きみ」
真紅の肩にかかるくらいのウェーブヘア、ダークレッドの瞳の女冒険者さんが、後ろ手に胸を強調する感じで、ちょい首を傾げた感じで、上目遣いに見上げてくる。
「お姉さん。君のこと知りたいなっ」
ちょい、ポウル君に視線で確認する。
「この人は、ドラングまで護衛についてくれる、お姉さん」
「修二です。俺も、ドラングまで、ご一緒させてもらいます。よろしくお願いします」
この人に逆らってはいけない。受け流すんだ。なんか、そんな心の声を感じる。
「ふふん。一緒なんだ。シュウジ君、シュウジ君ね」
にこにこしながら、お姉さん。
「おねぇ~さんは、“疾風迅雷”のリーダーをしてます。ドラングを拠点に活動している冒険者さんでっす」
う~ん。ちょっと、ブリブリ感に溢れている。
「俺は、え~~っと、そう“旅人”です」
ええ、決して、残念な奴でも、ましてや、怪しい者ではありませんとも。
ちらっと、ポウル君の表情を伺う。“ニッ”って言う感じの笑顔を返された。
「ふふん。で、……「姐さん~。村長さんが話の続きがしたいって~~」」 ドスッ。
振り向きざまに、地を這うような位置からえぐるような角度の左アッパーが、伝令にきた男の腹を突き上げる。
「うはっ」
「おい。ヘンリク。その呼び方は、“止めろ”と何度いったらわかる。お前みたいなフケ顔のヤツの姉だと思われたら、悪い評判が立つだろうが」
「だって、姐さんも、自分のことを姐さんって……」
「しかも、お前のは姉じゃなくて、姐になってるんだよ」
バスッ。打ちおろしの右。
「ふふふ、シュウジ君、じゃあ明日から、よ・ろ・し・く・ね」
こちらを振り向き、にこやかに手を振る、おねぇ~さん。
「あはははぁぁx~」
俺は、(ちょい顔は引きつりつつも)にこやかに手を振りかえすしかなかった……。
◇
『クッ、この匂いっ。忌々しい!』
尻尾の無い、老いた1匹の狐が身を低くして、鼻筋にしわを寄せる。喉からは、抑えた唸り声がわずかに漏れる。
その視線の先には、時折、首を傾げながら、剣を振るう修二の姿がある。
その狐、よく見ると、片目をつむっている。
『今すぐ、飛び掛かって、このまま、喉頸をかみ切ってやろうか』
そう荒ぶる気持ちを牙をぎりぎりと噛みしめることで抑え込む。
今、飛び込めば、易々と倒せそうである。
しかし、奴らは強大だった。だが、アレは、弱い。先兵かも知れぬ。
であれば、すでに私が気付いたことを知られることは、良くない結果を生むやも知れぬ。
観察するのだ。奴らの狙いを見極めなければならぬ。
見ているだけで不愉快になってくる。
奴らの想い通りにさせてなるものか。
待てよ、あやつが傷つけば、その巣窟がわかるやも知れぬ。
さらには代わりの者が派遣されれば、手掛かりも増えようというもの……。
ふふふ。
木陰にじりじりと身を潜める老狐がじっと見つめていることには誰も気付くことはなかった。
老狐がやおら立上り、身を翻す。その身には影がなかった。
「ん?気のせいか……」
修二が木立に視線を送った。
◆◆◆
翌朝。
ドラングに向けて出発するために道中に必要な食糧や、また、街に行く次いでの取引用の物資を馬車に積み込む。
そして、村人の一人が馬車を引くために小屋から連れ出してきたのは、馬じゃなくて鳥だった。
でかいアヒル。このアヒルを2羽で馬車を仕立てるようだ。ダグリッチと言う種らしい。この場合は、鳥車になるのか。ちなみに普通の馬はいないらしい(馬っぽい魔物はいるとのこと)。あっ、後、成鳥の白いアヒルじゃなくて、黄色い幼鳥の方を思い描いて欲しい。サイズ感としてはダチョウだけど、首の太さはけた違いだし、足もダチョウのような2本指ではなくて、鶏のような3本指だ。爪も鋭い。その指も脚もあの大きさを支えるためだろう、しっかりとした太さがある。頭頂部まで、260cmはありそうだ。
――Memo <ダグリッチ>――
成鳥で体高220~280cm、体重120~150kg。寿命は、20年ほど。基本的に何でも食べる。
乗用で最大50km/h。戦場では、騎士を乗せ、胸当てと鉄爪を装備し駆け回る。尚、前蹴りを繰り出すことが可能で、その威力は4500kgとも言われる。(ライトヘビー級の剛腕と言われる選手のパンチが800kgほど。)
野生のダグリッチの生息域は、ヨトゥンヘグを除くガルズ全域に及ぶ。ヨトゥンヘグに生息しない理由としては、灼熱の気候が合わなかったとする説と、その地の住民である巨人族には、乗用に適さないため捕食されて絶滅したとする説がある。
筆者 注)また、本文中に鳥車の記載がありましたが、このサットルでは表記を馬車で統一します。
鳥かぁ~。まさか、空を飛んで行ったりするのか。魔法がある世界だからなぁ。
空飛ぶ鳥につながれた馬車が空を舞う。
う~ん、完全にファンタジーの絵面だな。
揺れとかは大丈夫なのか。安全性は?馬車はそれに対応しているような代物には見えないんだけど……。
そんな疑問を口に出してみると、一瞬、素っ頓狂な表情で固まった後、その場は爆笑の嵐に見舞われた。
「物を知らないとは聞いていたけどな」
「いやいや、ど田舎出身とは言え、それは無いだろ~」
「おい、お前、すごい期待されているぞ。いっちょ、本気を出してみるか」
そう、でかいアヒルに話しかける村人の顔は真剣を装いつつ、口元は笑いをこらえる感じで一杯だ。
話しかけられたでかアヒルが、「ガァガァ」と鳴きながら、羽根をバタバタとさせる姿が、また周囲の笑いを誘う。
「こいつ、ヤル気になってるぜ。アハハ」
俺はと言うと、耳が熱くなっているのを感じる。
ダグリッチは、飛べない鳥らしい。馬車も普通に走って引くようだ。
いや、だってさ。そう思うでしょ。じゃあ、なんで、鳥なのさ。他にいないの?トナカイみたいなのとか、犬とか、牛とか、いわゆる輓獣と呼ばれる使役動物の中に鳥は含まれないでしょ。
俺が憮然としていると、涙を流しながら村人が肩を叩いてくる。
なんか、放火犯扱いからは脱した感じはするものの、ちょっと納得がいかない。
そんな賑やかな騒ぎの中、別の騒ぎが持ち込まれた。
「村長、火喰鳥が畑に出た!」
マジかっ、また、鳥?!
◇
今いるビフレスト村は、大きな森の中に在り、西に神殿、東に神木のような樹があって、それらに守られているような配置になっているのだそうだ。
ん?神木?なんか、それらしきものに土足で登ったような……木にしたら、いや、気にしたら、イケない気がする。
何から守られているのかだって?
魔物、モンスター、異形なるもの、なんか、そんな感じの意味合いの存在がこの地にはいるらしい。と言うか、ここだけではなく、この大陸全体にいるらしい。
そして、村の生活はこの逆茂木に囲まれた領域内だけで完結している訳ではなくて、神殿までの間の土地は耕作地になっているとのことだ。
森の中という摩素?の豊富な環境下では、平野では育てるのが難しい類の作物の生育が可能であるらしい。
まあ、そりゃそうだよな。生活域全体を囲むような防壁なんて、費用対効果がとんでもないことになりそうだ。防壁があるのは居住地域=寝る場所というのは、普通に頷ける話だと思う。
そして、そこにいるはずのないものがいるので大騒ぎになっていると。
熊や狼、虎が出たぞぉ~と言った感じのようだ。
早朝に農具を手に耕作地に向かった村人たちが喧しく、この朝の驚きを村長にはもちろんのこと、他の村人にも訴えている。
俺は、ポウル君を探す。
教えて、ポウル君!
先程のこともあり、その輪に入り込んで聞くのは、ちょっと恥ずかしい。
ポウル君は大人の輪の中に混じって、ヒクイドリ事案に参加しようとしていたが、無理だったようだ。
俺が聞きたがったら、勇むように教えてくれた。
ヒクイドリは魔物と呼ばれる種類の生き物らしい。さすがに冒険者を憧れの職業と言うだけあって、この手の話題に詳しい。
火を好むと言うか、文字通り、火を食べる鳥らしい。
それを聞いて、アニメの世界に描かれるようなフェニックスのような生き物を想像したが、様相を聞くとヒクイドリはまたしても飛べない鳥で、ポウル君よりも大きく、ダチョウタイプの鳥らしい。性格は狂暴で、鱗に覆われた脚には鉤型をしたケヅメがあり毒を持っているとのことだ。カモノハシかよ。まあ、あいつは卵は産むが鳥じゃない。
どうやら、村と神殿の火事に惹かれて、本来は来るはずのない耕作地に侵入したのではないかと推測されていた。
神殿の領域って、その程度の守りなの……。いいのか、それで。
村では、やはりヒクイドリを追い払うなりなんなりする方向で対処することに決めたようだ。
昨日の冒険者の人たちが呼び出されてやってきた。
もちろん、こんな事態なので、今日の王都行きの話は延期だ。
冒険者の人たちは、ポウル君が加わろうとしていた村人の話の輪の中には加わっていなかった。
非常事態だから、助けて当然、助けられて当然という感じではないようだ。あくまでも、仕事として請け負う形式ということだ。
ここで、俺はちょっと思った。もしかしたら、放火に端を発したこのヒクイドリ事案に参加すれば、この村の俺に対する心証が良くなることもあるのではないか。
危なくない程度、村人と一緒に勢子をやるくらいなら、これに参加するのは俺にとっても良い方向に進むのではないか。
後々のために、ここは一肌脱ぐ場面ではないのか。いやぁ~ん。
筆者注)森の中の畑→漢字の造りからしても、畠なのだろうけど
畠=水田に対する白田であり、乾いた田圃の意
畑=(山で)焼き畑の意