047 再会/ガウトラ
翌朝。
宿を出立して、プーラたちはギムレイの大門まで見送りに来てくれた。
「“鈴音たち”のことは信じてるにゃぁ」
どうやら、誤解は解けたらしい。
「にゃけど、ガウトラまでついて行ったら、お店を首になるにゃ」
ガウトラに着いたら、“シュウジたち”には売られるかも知れないとは思っていないと思う……たぶん。
「大丈夫。ここまででも、プーラには、すごく感謝してるわ。もちろん、みんなにも、よ」
鈴音とプーラの横では、智夏とティッシュがお別れの挨拶をしている。まさるはただただ頷き、ロゼットは辺りに視線を配っている。
「ガウトラまでにゃら、冒険者は商人の護衛依頼を受けながらが定番にゃが、スズネたちには、まだ、無理にゃ。
乗合馬車か高速馬車を借り切ってのどっちかにゃ。高速馬車なら、6日で着くにゃが酔うにゃ、ひどい揺れだにゃ」
「聞いたのは、1週間前のことだし、見失ったら、手掛りがまた得られるか、わからないし、もちろん高速馬車よ。決まってるわ」
そこに、騎乗の騎士が通り過ぎていく。
「直接、ダグリッチに乗った方が速いんじゃ……」
まさるがつぶやいた。
「マサルには無理にゃ。身の程を知るにゃ。ニャニャッ!」
「乗れたッス、余裕ッス」
「私も乗れた~」
その後、いくら乗ろうとしても、不器用な鈴音にはうまく乗ることができなかった。
「鈴ちゃん。後ろに乗れるよ」
ダグリッチの二人乗り、乗用で最大50km/hは出るが、違反キップは切られない。
この後、ダグリッチをレンタルし、尻当てのクッションとダグリッチの匂い消し用の香水を購入して、智夏&鈴音とまさるの2騎でガウトラに向けて出発した。ダグリッチは、鳥なので、当たり前だが鳥臭い。へそのごまのような匂いがする。人によっては癖になる匂いのようだが……。
時速30km=原チャリの法定最高速度と同じである。結構速い。
2騎は、軽快に飛ばしていく。
暖かい日差しである。ツーリング日和と言ってもいい。
「背中が暖かい。何か眠くなってきたの」
初心者なので膝から下も羽根の下で、温い。
「ダメだよ。智夏、起きて」
元の世界の乗馬などと同様に、こちらの世界でもダグリッチの騎乗時に居眠りすることは旅慣れた者にとっては、ある意味、必要な特技なのだが、それはあくまでも旅慣れた者にとっての話しである。
「寝ないでってば。転ぶよ。う~最後の手段」
「きゃっ、止めて。きゃはは、うきゃ」
鈴音が智夏をくすぐり始めた。
ダグリッチの上は、もう、ごちゃごちゃである。
二人が乗るダグリッチが迷惑そうに速度を緩める。
そんな二人を見て、後続のまさるが呆れた声を上げる。
「何やってんスか。危ないっスよ」
間を詰めた、まさるの前に草むらから急に80cmくらいの“胡狼”が飛び出してきた。
“バスッ”と衝突、“ピュゥ~”と弾き飛ばされた。
犬身事故?元の世界の道路交通法では飼い主がいれば物損事故である。
「おいが悪いんじゃないッス。魔物が飛び出してくるから」
そして、3匹のジャコールに囲まれる、まさる&ダグリッチ。
ピ~ンチと思いきや、ダグリッチのケンカキック3連発で、あっさりと勝負がついた。
そこに鈴音たちが戻ってきた。
「何やってんの、あんた。マゴマゴしてると置いてくよ」
智夏の後ろで、乗っているだけの鈴音がのたまう。
「いや、魔物が飛び出してくるから」
「ほら、さっさと、行くよ」
「おいが悪いんじゃないッスぅ~」「ガァガァ」
一人と一羽の声がこだまする。
休憩中の3人と2羽。
「修ちゃん。ガウトラにいてくれるかな」
いきなり、しんみりモードである。
「私、思うんだけど。尾張さんたち冒険者活動しているみたいだし、きっと商人さんの護衛をしながらだから、日にちを詰められるよ。大丈夫だよ」
冒険者ギルドや酒場での会話から、修二たちが冒険者として活動していると鈴音たちは思った。確信に変えるべく、鈴音たちは、ギムレイの冒険者ギルドで、“侍派有倶”が何か依頼を受けていないか確認したが、さすがに教えてもらえなかった。
「そうかな。大丈夫かな」
そんな中……
「大丈夫か。痛いとことか、辛いとこはないか」「ガァガァ」
まさる、ダグリッチの手入れに余念がない。
「おお、そうか。ここが痒いか。お~、よしよしよし」「ガァガァ」
まさる。ガルズにきて、初めて、心を許せる友ができたようだ。
◆
古都ガウトラ
英明と名高いシグルス・ヴォルスグが治めるヴォルスグ国の首都である。
ガルズ最古の都市であり、源人・獣人・魔人にとって、始まりの街となる。
二重の街壁を有し、外街壁の外側は空堀、街壁と街壁の間は、豊富な地下水を使った水道橋がある。
城郭の内部の丘陵に王の城館が建てられ、その周辺に家臣団、そしてその廻りに一般住民の居住域があり同心円状になっている。
また城郭の内部に耕地があり、家畜も飼われており、長閑な雰囲気を漂わせていた。
「おっきいね」
智夏がやたらと元気な声を上げて、鈴音を見る。森の都“タナイス”よりも、だいぶ大きい。また、タナイスの外見がこのガウトラを模したものであることが想像できる。
入城者の列は3列に分かれていた。他国者用の列に並ぶ。
「結構、待ちそうッス」
待つこと数刻。
「はい、次の方。どちらの土地の方ですか。ガウトラへの入城の目的は。最近の体調等に問題はありませんか。荷物等はあちらで確認します」
検査官に視線を向けられる。
「冒険者です。ギムレイから来ました。人探しなの」
智夏は意識しないでの返答のようだが、検査官は彼女たちの出身地を聞いたのだ。どちらから来たのかと聞いたのではない。
あまりにも自然な受け答えだったので、検査官も気づかなかったようだ。
「カードを拝見します。はい、どうぞ。あちらで、荷物のチェックを受けて下さい。はい、次の方~~」
検問は問題なく通過できたが、その後が問題だった。
「あぁ、はるか~。行かないでくれ」「ガァガァ」
レンタ・ダグリッチの返却である。まさるは、何故か、借り物の鳥に名前をつけていた。
「まさるさんも、しっかりするの」
まさるは、四つん這いになり、右手を強く伸ばしている。
「待ってくれぇぇっ~~~ッス」
◇
まさるの一騒動があった後、
「さてっと、冒険者ギルドの場所を確認した後、宿屋の確保なの。鈴ちゃん、肩の力を抜いて。きっと、大丈夫だから」
冒険者ギルドに紹介された宿を朝も早くに出立して活動を始める。
冒険者ギルドで聞き込みをし、ガウトラで修二らが本を探していたとの話から書店も廻ってみる。
だが、こちらから相手に提供できる情報は修二らの容姿ぐらいだ。聞き込み相手から、彼らがどんな行動をしているのかとか、出身地で集いそうな場所とか、逆に手掛かりを尋ねられてもうまく答えることが出来ない。
聞き込み相手も要領を得ない話しに首を横に振らざるを得ない。隣近所が全て顔見知りというような土地柄ではないのだ。古都ガウトラはこの世界最大の都市であり、行き交う人々の数も多い。
歩き回る。話しかける。結局、判で押したように、同じ対応が繰り返された。
「もう、なんで、みんな、真面目に取り合ってくれないのよ!」
鈴音が叫んだ。そして、背負った刀を取り出す。
まさるが、ぎょっとした表情でそれを見て動きを固めた。袋に入ったままの“布都雷神”を構えた鈴音が、それを四方八方に向けて振り回すように見えた。
「ちょっと、鈴ちゃん、こんなとこでダメなの~」
限界だったのだ。
プーラたち“燦自由使”が一緒だった冒険者の街ギムレイまでは良かった。往く路を決めるのも、道中の安全も彼女らが担保してくれたと言うだけではない。
「皆が待ってるにゃ~、急ぐにゃ~」
無駄に馬車を突っ走らせたかと思えば、暖かい陽だまりの岩棚を見つけて昼寝をし始める。
「にゃにゃ、なにか危険が迫っているにゃ!」
騒ぎ出して、背の高い樹に登って周辺を見渡した後、降りられないと泣き、さらには足を滑らせて落下したかと思えば、枝をぴょんぴょんと伝って無事に地面に着地し、何事もなかった振りをする。当然、妹のティッシュに怒られ、そんなこと言ってないにゃーと喧嘩になったりと、とにかく忙しかった。
気ままなプーラに振り回されて、現状に不安を感じる暇がなかったのだ。
しかし、ギムレイから古都ガウトラまでは一本道ではあったが、道中はこの世界のことは何も知らない3人だけである。剣を持った二足歩行の獣がいる世界だ。親友の智夏も付属のまさるも襲われたら一溜まりもない。
街道の待避所で休む時も気が抜けない。食事は冒険者の味気ない行動飯で、飲み物はティッシュから貰った付属の印を使って石灯籠から出すただの水だ。
周りにいるのは、どんな人たちだろうか。時折、向けられる視線はどう言ったものなのだろうか。ちなみに、緊張に放つ剣気に、なんかヤバい奴がいると伺う視線である。まさるが待避所で一緒になった人たちから食べ物を分けてもらおうと話しかけている時も不安がよぎる。
修二の身に対する心配と、親友を失うかも知れない不安と、剣を志す者として自分に課す義務と、幾重も鈴音に圧し掛かる。
まさるは集団においては中心にいることが多いが、それは調整役としての立ち位置であり、集団を引っ張る役柄とは違った。彼が慣れない統率役を務めようとしても、頑張ろうとする鈴音と上手く反りが合わない。食事を少しでも良くしたり、夜は自分が起きて彼女たちを少しでも休ませようとしたり、日々、表情が硬くなっていく女の子の気持ちを何とか楽にしたいと思うが、微妙な年頃の女の子の扱いは何が地雷になるか分からない。人数がもう少しいれば、また違ったのかも知れない。
無理に溌剌として見せたり、無言の真剣さに気付いていなかったり、不安な表情を隠せなかったり、鈴音は不安定さを増していく。
そして、逢えると願った場所で、再び繰り返される現実は彼女には受け入れがたかった。
「平らけく安らけく聞し看せと、経津主神を称辞竟へ奉らく。鞘収めの乙女が、申し給はくと申す。待ち人の向きを指し示し給え」
“弓は袋に太刀は鞘に”とは戦が起こっていない状況のことを表した例えだが、鞘収めはこの言葉に由来する。戦御留とも言い慣わされ、神代には神に仕えて、その先陣に立ち、武力を持って戦場を平定したと経津神刀流の口伝にある。
言葉が止まる。
何とはなしに耳に聞こえた声音が鈴音の心を揺さぶり、神事に傾けていた意識が削がれる。
鈴音の視線は周囲から向けられる奇異の目を通り越して、数人を引き連れて屋台でやり取りをしている男の背中に惹きつけられる。
購入した何かの葉巻き肉を口に運ぼうとしていた、黒髪の男と目があった。
“布都雷神”が指し示す先に、修二がいた。