041 盗賊の罠(後)
静かに慌ただしくなる周りの気配に二人は目を覚ました。
短い時間とは言え、昏々とした眠りは心身ともに充分な活力をもたらす。
未来も見えず、見知らぬ土地であろうと常に緊張状態であっては心身に異常をきたすのは間違いない。尤も、修二に至っては、光も射さぬ洞窟の底でも眠れると言うのだから、その点における心配は不要なのかも知れない。
軽い食事を済ませると、裕樹は薪の山に紛れていた破損した壁材を小刀で削り始める。
「武蔵じゃないんだからさ」
「そんなかっこいいものじゃないでしょ」
巌流島に向かう剣豪になぞらえて、揶揄する修二の言葉に裕樹が苦笑いを浮かべる。
「俺らが関わることかな」
「何事も怠りなくかな……それにこういう作業って無心になるからね」
それって、本当に剣豪みたいだよと修二は声なく笑う。
「俺らにも逮捕って出来るんだろうけど、向こうでは逃げて下さいが基本だよね」
日本でも私人逮捕、つまり、現行犯なら逮捕状がなくても一般人が犯人を拘束することは法的に可能だ。だが、警察の基本見解はそのような場面に出くわしても逃げて下さいである。
「世界的には僕らが特殊かもね」
例えば、逮捕に対する考えも、日本では“法的な処置”の過程の一つだが、米国や仏国らでは“取り敢えず身柄を拘束”の意味合いが強い。犯罪を犯しているという証拠の有無に関わらず、警察官が危険があると判断した場合は相手の身柄の拘束が優先される。それは、米国らが銃社会であり、犯人が銃器を所持している可能性が高いため、犯人の無力化が第一義となるからだろう。
こちらの世界の犯罪者も確実に武装している。そう見えなくとも、いきなり摩法が飛んでくる可能性もある。社会情勢としては銃社会に近い。
そういう状況では、「盗賊、見つけた、即ぶっころ」となるのは、頭で理解できないことではないだろう。
「じゃあさ、俺らがリスクを負う必要は無くね。それに……」
剣を振りかぶって向かってくる相手に対して、わざわざ劣る武器で対処しようとするのは危険しかない。もちろん、木太刀も充分に凶器たりうる武器ではある。
それに修二は裕樹が、とある事件で人を殺しても精神鑑定で逃れた犯罪者に対して、彼の手がナイフを握っていたことに変わりはないと憤っていた姿も見ている。尤も、それはじいちゃんの門下なら誰もが頷くことだろう。
「なるほど、身内を傷つけようとする相手に遠慮するつもりは今もないけど……だけど、僕らは帰るからね。他人のために人殺しのリスクを負うのもどうかと思うよ。ほら、相手が盗賊でも僕らの心に傷を残す可能性があるからね」
修二が少し裕樹を見つめた後に、大きく頭を振った。
その倫理観とそれに基づく論理的思考が、裕樹である。
ただ少し彼の言葉の捕捉をしておこう。例え、それが屑であっても命であることには変わりはない。その命を奪うことが、彼らが守りたいと考える命の価値をさえ無意識のうちに下げ、とっさの判断に迷いが生じることを危惧するということである。
◇
まだ薄明かりが差し込まないような時間に事態は動いた。
修二たちは盗賊団の隠れ家とされる場所に向かったが、その外見は良くある冒険者の宿舎である。尤も、そこは冒険者ギルドが派遣した管理人がいない偽の宿舎である。
居場所を定めない冒険者は宿屋に泊まることもあるが、冒険者は特殊な職業であり、扱う道具や得られた物の保管や装備などの保全を考えれば、やはり一つ所の拠点を定めた方が活動がしやすい。引退した元冒険者たちに管理及び警備され、地下に貸金庫が設けられていたり、各所との連絡業務を代行したりなどは地元の宿屋に求めるには難しい役務であろう。各地にそれに適した施設を造り運営することも、冒険者ギルドの職務の一つである。欠点と言えば、ほとんどの宿舎に食堂がないことか。軽食程度なら出してくれるようだが、食事は基本的に街中に出ることになる。
裕樹たちは、各地のアンセルム商会の支店を利用することになっている。連絡の都合上もその方が望ましい。この街ギムレイには出店できないが、商会の倉庫がある。買い付けや搬入搬送前後の荷物の保管場所として使われている。その周辺には他の商会の倉庫や貸倉庫なども立ち並んでいるが、アンセルム商会のそれは営業所や警備員の常駐部屋もあり、見た目は倉庫ではなく少し立派な兼寄宿舎と言った感じである。
本当はポウル君はそこで待っていて欲しかったのだが、憲兵隊の指示で修二たちに同行している。いや、ポウル君が人質の身元確認役で裕樹たちがその護衛と言うのが、憲兵隊の名目上の理由だった。間違えてはいけない、いけない。修二たちが突入組に参加させられずに、建物外での包囲に配置されているのも、その名目のおかげなのだから。
修二たちが現地に着く前に配置展開は既に終えていた。その前には盗賊が出ていく姿も確認され、彼らが罠に気付いていないと思われた。
信号弾が上がる。つい先日も見た覚えがあるそれは、夜の闇を切り裂いて緑の光を3つに分けて夜空に散った。あの時は“赤”だったかな。修二は漫然とそう思った。
憲兵が表と裏の入り口に分かれて突入していく。冒険者が取り逃がした盗賊の対処という人員配置となっている。
表も裏も騒乱がかなり激しい。光が激しく点滅しているところを見ると、摩法でも使用しているのだろうか。
さすがに街内での捕り物で、火は使わないと思うのだが、そんなことはなかった。憲兵が放った火球が命中し、盗賊の一人が火に飲み込まれていく。
「えっ!それはおかしい」
裕樹が言葉を吐き出す。
廻りの人家も起き出してきた。しかし、さすがに冒険者の街と言ったところか、慌てた素振りは全然みられない。皆、肝が据わっている。“何々、騒がしいぞ、ボケェ”と言う感じで腹を掻きながら外に出てくる人の姿が場違いでひとりでに笑えてくる。
正面の囲みが破られた。4人、5人と固まって盗賊が外に出てきた。
サイドダウンで肩より胸のあたりまで流した栗色の髪の女性がかなり強い。
あれが盗賊団の大頭目だろう。事前に知らされた容姿の人物である。何か手に長い棒状のものを持っている。
その後ろに小脇に少女を抱えた男が続く。
それを見たポウル君が、幼馴染の娘であると騒ぎ出す。制止する修二の腕の中でポウル君が少女の名を叫ぶが、その少女に反応は見られない。
盗賊たちは右に左に動きが早く、囲みきれない。
そう言えば、ここに残っているのは下っ端ではなく、幹部連中の可能性が高いという話しだった。
徐々に包囲の輪が大きくなっていく。盗賊たちに突破されそうだ。
「ちょっと、行ってくる」
少し上の空な感じの裕樹は、槍を修二に預けて手作りの棍棒を持って、見学地点から降りて行った。
現着すると、向かってきた二人のうち、一人の手首を粉砕、一人の肩に一撃を与え無力化。
しかし、盗賊団の大頭目は反対側に距離をあけていく。
盗賊も火球を放つ。逃げるのにためらいが無い。
裕樹が突き進む。その進む先にも火球は飛ぶ。裕樹の左手に当たり、彼は一時動きを止めたが、その火を振り払う。
「マジか、何やってんだよ!」
憲兵を庇いでもしたのか。修二の目には、裕樹がわざとそれを受けたように見えたのだ。
裕樹と、一人の盗賊と目が合った。
「テメェ~、このクソゴブがっ」
憎々し気に睨みつけてくる目には見覚えがある。その者の拳は潰れていた。
あの時の頭目か……。逃げ出したのか……。
左手に短剣を振りかざして、その盗賊は裕樹に向けて突っ込んできた。
裕樹はその短剣を棍棒で弾いた。
次の瞬間、その者は背中を肩からざっくりと剣で割られた。
「ユウキ、分かったか。盗賊はどこまでも盗賊でしかない」
憲兵隊の副隊長フェリクスだ。
その目を見て理解した。わざと逃がしたのか……。
「こいつはここまで逃げてくるのに2人も殺めたぞ。わかるか」
フェリクスは僕があの時、こいつを殺さなかったから、犠牲が出たとでも言いたいのか。
違うだろ。その反発の気持ちが目に表される。
怒りの表情を向けられたフェリクスは、解せない表情を見せた。
こいつのことだけじゃない。盗賊すべてに対してって、事か。
裕樹は無言で副隊長とすれ違って、乱戦の場に足を向ける。
盗賊団の大頭目を見つけた。
その身体の捌きに違和感を覚える。さらには強者に感じる雰囲気もまとっている。
大頭目は、冒険者の腹のあたりに棒で一撃を入れて、二つ折りになったところを、背中を踏み台にして跳んだ。
そこに、裕樹が左手で2本の苦無を飛ばす。空中に体を残した大頭目の腹部に刺さるかに見えた苦無だが、女の腹部が軟体生物かのように曲がり回避される。うち一本は大頭目が持っていた棒に当たり、大頭目から棒が手放された。
盗賊団の大頭目は囲みの外に着地すると、落とした棒を見て一瞬の躊躇を見せた。
顔の下半分を隠していた緑色の頸巻きが解ける。その表情のない顔は鼻が低く、口は頬まで裂けている。
大頭目は、裕樹と視線を交らわせる。黒目勝ちな目は辺りを照らす光を映していなかった。
裕樹の身体に走った異質な感覚が、背を向けて遠ざかっていく大頭目を追いかけることをためらわせる。
裕樹の心中は複雑だった。
◇
「裕兄、手、左手を出して!」
戻って早々に修二が傷薬を裕樹の手に振りかける。
「修二くん、見てたかい」
「見たよ、見た。これがなければ大頭目を仕留めてたとこだよ」
だが、裕樹が言いたいのはそこじゃない。かれも冷静さを欠いているのか、言葉が足りない。盗賊が受けた摩法の火はその体表を舐めるように包んでいったが、裕樹が受けた摩法の火はその場に止まったままだった。それが何を意味するのか。
結局、盗賊団の大頭目は逃亡。捕縛者8名、死亡者多数。
憲兵と冒険者にも盗賊と比べれば少ないが死傷者が出ている。傷薬で治療を受ける隊員の口からうめき声が漏れる。
ポウル君の幼馴染であるルヴァちゃんも無事保護された。盗賊団の大頭目に小間使いとして扱われていたようだ。
裕樹が修二に自分の推測を話そうとしたところに、棒を持った副隊長フェリクスが訪れ、うれし気に裕樹を褒める。
「よくやったユウキ。頭は逃したが、神器“グングニル”は無事に取り戻せた」
えっ、その棒が神槍なの……それを見た修二の感想である。
長さは120cm程度。黒い棒の中心には穴が開いていて、その表面には銀色の管がまとわりついている。槍というよりもクラリネットとかオーボエと言われたほうが納得できる見た目である。
「槍というには穂先が見当たらないのですが……」
そう何よりも、槍なのに柄だけで刀身が無い。裕樹も困惑気味である。
「伝承によれば、この先から、どこまでも貫く光の刃が出るのだそうだ」
フェリクスが何故か自慢げに語る。しげしげと眺めていた裕樹がシュウジに神槍を渡してよこす。神器とされる物は元の世界にも結構な数が現存している。日本には三種の神器の一つである“天叢雲剣”、タイの神器“吉祥なる勝利の剣”、“不滅の刃”と同じ材料で鍛えられたフランスの王権象徴の剣“ジョワユーズ”、サウジアラビアの王位継承の剣“ラハイヤン”……他にもあるが、一般人がそうそう触れるものではない。
渡された神槍は、意外と軽い。やはり、リードはないが見た目は長いオーボエである。穴のない方には20cmくらいの長さの棒が並列して2本付いていて、その本体中央に横滑りしそうな板と、わずかな窪みの中にボタンのようなものがある。
ボタンを見ると、押したくなるのは何故だろうか。
カシャンと音を立てて並列していた棒が持ち手のように左右に起き上がる。バイクのアクセルのように、起きた棒を握りこむとキュイーン、キュルルルと甲高く電子音のようなものが鳴り始め、黒い棒の側面の溝に埋まっていた針が四方に起き上がる。剣の鍔のようだが、それが跳ね上がった場所は黒い棒の先端寄りの八分処である。
「何をした!」
慌てた副隊長フェリクスに神槍を取り上げられた。
壊したんじゃないだろうな!と焦るフェリクスが元に戻そうといろいろな場所を触るが、その指が棒の一部を握り込んだ時にそれは起こった。
わずかに空に角度を上げた棒の先端に光の円盤が生まれた次の瞬間に、光束が放たれた。
その光束は街の塔を横に薙ぎり、闇の中に一筋を描いて消えた。
無音で斜めにズレた塔の上部は、次第に音を立てて崩れ落ちる。
フェリクスの目が限界まで開かれ、顎が落ちる。
修二は彼に近づき、放心状態の彼の手の中にある神器に手を伸ばし、本体中央の板をこっそりと元に戻した。
持ち手のような棒は閉じられ、音は鳴りやんだ。
その周囲は静寂に包まれていた。常ならば、なんてえこったいしているであろうポウル君でさえ固まっている。
「くそー、一足遅かったか。とうぞくめ、まんまとしてやられた」
「えっ……」
「マジかぁー。さいごにとんでもない仕掛けをのこしていきやがったぁー」
裕樹も修二も残念すぎるほどの大根役者である。呆けた表情で挟まれたフェリクスの「えっ」も哀しい。
場が静かに騒めき始め、一気に騒然となった。
「あれって……槍じゃないよね」
「あれはまずい。シャレになってない」
そんな中で、修二と裕樹がひそひそと会話を交わす。
素に戻ったフェリクスが、棒に戻っている神器を見て怒声を上げた。
「盗賊どもめっ、許さん!」
衝撃による記憶の欠如もしくは刷り込みがあるようだ。プリプリと怒るフェリクスに立ち去られてしまった。
「「……」」
修二たちは顔を見合わせ、フェリクスを残念な目で見送り、「ばかもーん!そいつが犯人だ、追えー!」とか言われないうちに、その場を退散することにする。
「まあ、いいか」
辺りを見廻した修二が頭をかく。
ポウル君も喜んでいたし、幼馴染のルヴァちゃんも、ポウル君に会って泣いていた。
それを見て、修二は、作戦は“大成功だ”と思っていた。




