040 盗賊の罠(前)
冒険者の街“ギムレイ”
各国の治外法権におかれ、その立場は完全中立。冒険者ギルドによる自治の基、治安が維持されている。
『冒険者の自由に関する宣言
一、冒険者は世界を探検する自由を有する
一、冒険者は動植物及び鉱物等の収集の自由を有する
一、冒険者は依頼主の秘密を守る
一、冒険者はすべての不当な束縛に反対する
冒険者の意志及び行動の自由が侵されるとき、我々は集い、実力でその鎖を打ち払う』
その活動の根幹を成しているのが、以上の宣言である。
冒険者ギルドの発足時から掲げる意思は、ギルドの各施設の目に着く場所に浮彫文字として飾られていることが多いので目にしたことが有る者は多いだろう。
しかし、その宣言の意図するところを無知か故意にか取り違える者もいる。
世界のどこにでも行けると言っても他人の家にずかずかと上がり込んで良い訳はなく、収集が自由だからと他人の栽培・飼育しているものを奪ってよいという事にはならない。
その掲げる自由に対して考え違いを起こした者たちは、同じ冒険者の手に依って処理される。
◇
「で、作戦の進行状況はどんな感じなんですか」
「盗賊どもの襲撃予想地点で動きがあったら信号弾が上がる。そうしたら、我々も隠れ家に踏み込む。恐らく、明日の未明になるだろう。何、問題ない。朝飯のときには解決してるさ」
アロンドさん、なんか余裕あるな。専門家って感じがする。って言うか、間違いなく、本職なんだけど。修二らがここにいる事が場違いな訳で。
あの後、冒険者ギルドの部長たちと王都ドラングの憲兵隊との間で対策が討議された。
結果、“千一夜の風”が企てたと予想される技術判定試験者の毒殺でギルド内部が混乱している風を装い、彼らに成功したと思させ更なる襲撃を予定通りに実行させて、その場に逆に罠を仕掛ける。盗賊たちが自分らの策が成功したと思い込み、うまうまとやってきたところを取り囲んでしまう段取りがなされることになった。
「お前らの企みはお見通しだ。はぁーはっは」という奴である。
「その費用はドラングの憲兵隊が負担してくれるのですか」とか「危機管理部は幾らでも金貨が積まれているとお思いか」とか、討議中に業務管理部のイェレミアス部長の張り上げる声が耳に残る。偽装工作上、討議は封鎖された練武場で行われたのだが、ギルド職員が忙しなく出入りするなか、修二たちは討議に参加することはなく練武場の片隅で軽い軟禁状態だった。
「内情を知っているお前らを自由にしておける訳がないだろう」
にやけるフェリクスに裕兄がまたもや顔をしかめたり、「それは豪商主であるアンセルム商会が信用できないと受け取っても宜しいか」と怒る商人Aにしどろもどろになりつつも我を通したフェリクスに少し感心したりする。
ポウル君を筆頭に「腹が減った」と訴える俺たちに渡されたのは、冒険者の必須アイテムである焼き締められたパンである。元冒険者のビリエルが「これで魔物が殺れる」と言ったあのパンである。それに商人Aが再びの激怒。ギルド職員を捕まえ、食材を運ばせた。修二に練武場のかまどを使わせ料理の匂いをまき散らさせると言う嫌がらせ行為に走る。
いろいろと各人の個性が伺えた討議であったが、その結果として、盗賊の策を逆手にとった地点には、冒険者ギルドの連中=昇級試験に参加する予定だったC+級の連中を中心とした冒険者が待ち構えることとなり、修二たちはフェリクスたちと別地点に待機することとなった。
手薄となるだろう“千一夜の風”の隠れ家への襲撃のためである。
◇
盗賊団「千一夜の風」は、強力な統率力を持つ女盗賊を頭にその配下は千名いると自称する組織である。頭と合わせて1001名いると称していると言う訳だ。憲兵隊としては、多くてもその2、3割程度の団員数と想定しているようだが、それでもかなりの人数である。
但し、現実的な話をすれば大半の盗賊という者たちは弱い。兵士から、冒険者から、商人から、農民から、脱落した者たちの掃き溜めなのだから、その質は推して知るべきものである。
「僕、大きくなったら、盗賊になるんだ!」
と言って、そのための技術を修練して盗賊になった者はいないということだ。
一般の憲兵が一人で盗賊の2、3人を蹴散らすなど訳はないのである。気を付けるとすれば、襲撃の統率をするような経験を積んだ者たちのみであろうか。
それならば何故、商隊への襲撃が成功するのか。
その理由は数にある。
商いの関係者と護衛を合わせて10人以下の商隊を、その3倍くらいの人数で襲うのだ。経済や軍事の数理モデルを調べたランチェスターの法則というものがある。いわゆる、「戦いは数だよ、兄貴!」というやつである。
なので、盗賊たちは基本的に大商隊は襲わない。
◇
憲兵隊は、その襲撃の統率をする者たちが集まる幹部会が行われると言う情報を掴んでいたようだ。
後はその期日を計って、一網打尽の目算を立てていた。王都ドラングから出張ってきた憲兵が先発の8名に追加の12名を加えて20名とレオナルド部長との間の約束で冒険者を借り受けて、隠れ家の包囲網を形成する予定だった。
だが、2か所同時の作戦を行うことになって、手が足りなくなってしまった。
猫の手も借りたい憲兵隊は、ポウル君護衛の契約を逆手にとって、裕樹たちに隠れ家の周りを囲む端役を求めて来た。元々、指揮を執るフェリクス副隊長はそのつもりのようだったが。
裕樹たちは、作戦が動き出すまでにまだ時間があるから、“水瓶の宿”で休んでいると良いと言われ、憲兵隊の現場指揮所になっている宿に向かっていた。ポウル君は冒険者鞄を胸部に回した修二の背中で夢の中である。昼間にあれだけ興奮し大騒ぎすれば、本人が頑張ると勢い込んでもまだ幼い身体がそれを許さない。
「よく眠ってるよ」
「僕もちょっと疲れたね」
裕樹と修二が互いに疲れた笑みを浮かべる。学院生の救出から街道を夜を徹しての強行軍、ギムレイについた後も想定外の展開に振り回されて休んでいる暇がなかった。裕樹が自らの首筋を揉む。徹夜も久々の経験だった。山登りや剣術などで身体を動かしているとは言え、すでに47歳である。身体の芯に残る疲れを感じる。
「マジですか展開が多すぎるよ」
「命の危険がすぐ横にあったりするしね。だからかな、物事に対する感覚とかが違うよね。そのあたりの距離感は慎重に図っていこうか」
二人の歩みもゆっくりである。身体を休めるために早く宿に着きたいが、街の灯りは足元を微かに照らす程度なので仕様がない。
「予定と違うけど、ギルドの部長さんと面識ができたのはプラス評価でいいのかな」
「業務管理部と危機管理部だったよね。そんな花形部署との付き合いは危険しか感じないよ。ネコ車を通じて、備品管理から総務にちらりと縁が出来れば良かったんだから」
冒険者の身分を得たが、冒険者活動は生活の糧のための最小限にするつもりの二人である。有望な新人だなどと下手に目を掛けられるような展開はいらないのである。
元の世界でも総務部は会社組織全体を動かすための様々な業務を担当しているが、この世界でもそれは変わらない。人事・労務管理、給与・経費計算、備品管理、特許・知的財産管理などなど部署として独立させていなければ、会社内の何でも屋となることもある。
ネコ車の営業の際に、他にも冒険者の利便性の向上のためとか何とか言って、その新規開発の参考資料として業務履歴のようなものを見せてもらえないかと裕樹は話しを進めるつもりだった。そこに帰還の直接の手段の記載が都合よくあれば良いとは思うが、無くとも、自分たちと同様な事例がないか、例えば不思議な言葉を話すとか妙な姿の人物が現れたとか、何かしらの手掛かりが見つかれば重畳である。
それに、収集人でなく、討伐屋でもなく、冒険者である。仮にも冒険なんて謳っているからには、何かしら凄い物やら場所やらの記録が保存されているだろうと期待するなと言う方が無理ではないだろうか。
「だけど、そんな話術、俺らにあっかな」
裕樹も修二も技術畑の人である。パソコンを前にして黙々と数字をいじくり回すことや論理的に物事を順序立てて進めていくことは得意分野だが、人を相手に交渉事なんて自分らの埒外の行為だったりする。
「こんな時、まさるがいると助かるんだけどなぁ~」
いつの間にか相手の懐に入り込んで打ち解けてしまう。流されやすいが、人懐こい男。
「肥後くんかー、僕たちのことをとても心配しているだろうし、自分のことをなんだかんだ言って責めてもいそうだね。だけど、こっちに巻き込まれずに、向こうで無事に生活していてくれればと思うよ」
酔客がうろつくこともなく、人影も確認できない夜である。二人は辺りの気配に注意を払いながら、穏やかな声色で話しを続ける。ゆっくりとした歩調に乱れもない。聞かれて困る語彙は避けているようだが、憲兵隊=国の役人がいる場所で、わざわざ話すような内容でないことも確かであろう。
夜の闇がもたらす静寂なる時は、山にあっては自然と自分とを感じる至福の折であるが、人の世にあってはそれは泡沫の夢の間に過ぎない。