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038 呼び出し(2/3)

 先頭の男フェリクスが「あれで終わりはねえだろ。南行きじゃ、放っておけることじゃねえんだよ」と裕樹に絡む。

「申し訳ないですが、私どもの報告は上げましたので、より情報をお持ちのこちらの方々に伺って頂けますか。私どもは、徹夜で駆けてきて、報告を上げて、まだ休息もとっていないので、戻って休ませて頂きたいと思います」

 裕兄が丁重にフェリクスを業務管理部に押し付ける。

「問題ないらしいですよ。百鬼夜行(ワイルドハント)は起こっていないらしいですから」

 そこに商人Aの発言。会議中は静かだったのだが、眼が吊り上がっている。彼も王都(ドラング)の人だからねー、心配ですよねー。

「ん?だが、彼らは情報を必要としていないし、持ってないのだろう。事案の目撃者から聴取するのは我々の仕事の基本だからな」

 この人(フェリクス)、扉の前で部屋の様子を(うかが)っていたからね。部屋に入る都合(タイミング)を計っていた感じが気配で伝わってきてたし。

 裕兄が顔を背けている。なんとなく、裕兄がこの人を嫌いな理由が分かってきたかも。

「待てよ、だいたい、こんな奴らがウルヴァリンを倒せる訳ねえだろがっ」

「まあ、ペッコには無理だよね。ペッコには」

「“一騎当千(ワンマンアーミー)”だ!」

 横入り野郎のズレた主張に、子供(ポウル)は大人が嫌がることを的確に繰り返す。

 注意するべきなのだろうが……って言うか、先程から大人の機知(アイロニー)に富んだ発言が多い場で、子供の教育を謳うのもどうなんだろうと思う修二である。

 無秩序(カオス)だ。皆が皆、勝手なことを喋りあっている。もう勝手に帰って(フェードアウトし)もいいだろうか。

「その性根を叩きなおしてやるぜ」

 半目の修二の肩が掴まれかける。が、条件反射的に避けた。

 空を切る手に、舌打ちをした冒険者(ペッコ)は修二の行く手を遮った。

「だいたい、ウルヴァリンも先生が討伐したのを横取りしたんじゃねえのかっ、ああん」

 あー、フェードアウト失敗。それにしても、コレは何を言っているんだ。

「何か言って見ろよ。ってか、何も言えねえよなぁー」

 えーと、相手する必要って、あるの?

「はー、あのねぇ、あんたがそうするからって、人も同じ事をすると思わないほうがいいと思うよ」

 少し間を置いてから、ペッコは顔を赤くした。あー、言葉を理解できるくらいの知恵はあったのね。

「あんだと、おらっ」

 捕まらない。

「お前、そういうの好きだな」

「な、訳ないでしょ」

 因縁をつけられ中の修二の耳に、裕兄とフェリクスの会話が耳に入る。

「う~ん、収まりがつかないですねー。」

 痩身の男が他人事のようにのたまう。

「勝負しやがれ、おらっ」

「それもいいですね」痩身の男がポンっと手を打つ。

「新人さんの実力がわからないことも判断を危うくしている要因の一つのようですし。飛び込みさんのことは知っておきたいですねー」

 そんな約束(アポイント)をしていない飛び込み営業をあしらうかのような態度を示されても困るのですが。

「冒険者の技術に関しては公開の義務はないと聞いていますが」

「それは冒険者同士の話しでしょう。我々、指導部は逆に知っておく必要がありますよねー。さらに、今の時間は練武場が整備中で他の冒険者はいないので、君の心配も不要ですしねー」

 裕樹の抗議が受け流された。

「いいじゃないか、ユウキ。相手ぐらいしてやれ」

 フェリクスの態度が軽い。って、それは置いておいて、この痩身の男は俺らのことを少し調べた?学院を出ていないことを知ってる?学院で冒険者の技術を学ばずに、冒険者の世界に入ることを“飛び込み”と言い慣らすことは聞いている。



 ……諦めた。

 たぶん、痩身の男は本当に俺らのことを知ろうとしている。変に粘って、余計な疑いを抱かれるのも厄介なことだ。

 建物の奥のほうにあるという練武場に連行される。

 途中、上位冒険者が合流した。この後の時間に予定されていたB級(ランク)への昇級のための技術判定試験の審判員を務める予定の一人だと言う。

 彼に話を聞くと、ペッコもC+(プラス)級だが、この後の判定試験には参加できないらしい。ペッコは仲間(パーティ)と組まず、荷物持ち(ポーター)を引き連れて仕事をする姿勢(スタイル)のようで、そこから“一騎当千(ワンマンアーミー)”と名乗っているようだ。ポウル君、ペッコじゃなくて、ボッチじゃんと言うのは止めなさい。ちなみにB級とC級では現役中はもちろん引退後も立場の差が激しい。公務員のキャリアとノンキャリ。大企業の正社員と契約社員。

 ただ、B級になると責任も負わされる。冒険者ギルドと特殊な契約を結ぶらしい。内容はわからないが特約B項と呼ばれていると聞いた。

「立場的に秘匿すべき内容も増えるからな。昇格には人品も求められる。本人は指導でもしているつもりなのだろうが勘違いも甚だしいな。恐らくは君を叩きのめして我々にアピールして、この後の試験の参加でも要求するつもりなのだろう。尤も、彼は学院を出ていないから、参加資格そのものがないのだがな」

 それならば、完全なる無意味というものではないでしょうか。

「それがわかってるなら、()めて下さいよ」

 修二と並んで歩く上位冒険者に訴える。

「まあ、レオナルド部長にも考えがあるのだろうし、私が大怪我をしないように見ているので心配はせずに、君も頑張りたまえ」

 痩身の男が危機管理部の部長さんであることもわかったが、さてと俺らのリスク管理はどうしたものか。

 学校の校庭ほどの練武場に案内される。廻りを建物に囲まれた中庭仕様である。

修二らが入ってくるのを見て、出て行こうとしていた3名ほどの清掃係がレオナルド部長にすぐに終わるからと呼び止められている。

「修二くん、やっぱり僕が出るよ」

「いいよ、裕兄。ペッコは俺が大剣を差しているのも気に入らないようだし……ほらっ」

「武器の扱い方も知らねえクソゴブが大剣、差してんじゃねえぞ、コラッ」

 ペッコはすでに訓練用の大剣を選んでいる。

「君も早く選びなさい」

 審判を務める上位冒険者に急かされる。

 修二は裕樹たちの元から離れて、模擬戦用の武器が置いてある一画に向かった。


      ◇


 “一騎当千(ワンマンアーミー)”が剣を振る。

 ブォン。ブォン。

 大剣が空を裂く。風が悲鳴を上げる。

 この声だけは俺の苛立つ心を()いでくれる。

 他の声は……うるせえ。うるせえ。うるせえんだよ!

 どいつもこいつも、俺の力を認めようとしねえ。

 俺は誰よりもデケエ。偉そうに言う奴らも、どいつもこいつも一撃でぶっ飛んでいくじゃねえか。俺は(つえ)え。誰よりも強え。

 魔物を狩るなんざ、簡単なことじゃねえか。

 群れなきゃ出来ねえ奴らと一緒にするんじゃねえよ。

 剣の振り方?剣なんざ、速く、力強く、数を振り回せばいいだけのことだろーが。

 学院を出なけりゃ参加できねえだと。

 最初から出来る俺を、こんな簡単なことすら出来ねえ奴らと、同じに扱うなんてバカじゃねえのか。

 要はアレだろ。俺を認めるのが怖いんだろ。

 自分らの言う事を聞く良い子ちゃんだけが欲しいんだろ。

 下らねえ。

 俺を見ろ。俺を認めろ。俺が一番、(つえ)えんだよ。


      ◇


「マジかよ……」

 剣や(やり)、鎚など、武器のことごとくが濡れていた。

 これが整備、でいいの、これで……そう呟きつつ、ペッコを見れば、そんなことを気にする様子もなく大剣を身体の左右で大きく振っている。騎士が扱う剣の振りだ。大きく回転させ、剣の自重を活かして、相手に重い一撃を加える戦法だ。刀身に付いた水分が一回転ごとに地面に払われる。

 振りが酷い。手入れがされていそうにない大剣の刀身が歪んでいるのは仕方ないとして、振りと剣の角度にかなりのずれがある。手首の鍛え方も甘いし、何も考えずに振っていることが解る。汚い音が鳴るのは、それだけ空気を刀身で受けてしまっていると言う事であり、手首が甘いので刀身そのものにその風圧によってブレが生まれて、音に震え(ビブラート)まで付いている。剣速が遅くなるのは言うまでもない。

 例えば、(じい)ちゃんが真剣を振るう時は音がしない。衣擦れの音だけだ。だから、一振り目は剣先を見ていればなんとかかわせるが、視野から外れた返しの一太刀は、身体ごと剣の届く範囲の外に引かないと避けようがない。そう、相手の全体像ではなく、最初から剣先に注視する必要がある時点で、もう勝ち負けが決している。

 ペッコは左半身での振りの際には剣の軌道がさらに乱れる。恐らくは左の肩当てが動きを阻害しているのだろう。背中からの剣を抜きやすくするためだろうか、右には肩当てをしていない。感触を確かめ終わったのか、左の肩当ての窪みに大剣を担いで、首を左右に倒している。左側には肩当てのネックガードがあるので倒しづらそうだ。

 その様子を見て、裕兄に視線を向けると、手の平を下に押さえつけるように上下させる。

 ですよねー。実力を抑えての指示だ。あれなら、丸うさぎ先輩でも良い勝負するんじゃないかな。

 ポウル君の口からは、ぶっ潰せの指示が盛んに飛ばされてくるけど。

 だけど、触りたくねえ~。なんか、掛けられた水もそのテカリ具合がさらりとした感じじゃなくて、粘性を帯びた感じと言うか、握ったら(ぬめ)っとしそうな感じと言えば伝わるだろうか。

 視線を左右に振る。何でも良いから濡れてないのはないだろうか。

 在るものに視線が止まる。この練武場=中庭で野外料理(バーベキュー)をすることがあるのだろうか。かまどが数基ならんでいる。もちろん、そこには火箸(ひばし)のようなものもある訳で……長さは2尺、手持ちの端が△に折れ曲げてある。数本ある内、先端がかぎ型に曲がってもいず、尖ってもいず、鋭いとは言い難い丸さ加減のものを選ぶ。いいや、これで。

 それを軽く振り振り、ペッコが待つ場所に向かう。

「おい、手前(てめえ)……「君、本気かね?」

「どれでも良いって言いましたよね。問題あります?」

 燃え差しならまだしも、これも鉄の棒だぜ。日用品だけど(笑)

 ペッコが下を向く。耳が赤い。

 始めなさいの合図に重ねて呟いた……バカにしやがって、殺してやる。



「修二くん……」

 修二から預かった大剣を地面に立て、柄頭に載せていた両手の内、裕樹の左手が上がり、額を抑える。

なんてえこったい(オートゥン・ハイ)。兄ちゃん、余裕だぜ」

「おいおい、シュウジ、挑発しすぎだろ」

 身内にもどよめきが起こる。



 ペッコが大剣を頭上に掲げる。

 上段、いや、大上段に構えた。相手を真っ二つする気合である。

 ペッコが間合いを詰める。

 修二がその分だけ引いた。

 ペッコが跳んで、大剣を打ち下ろした。

 地面を抉る。

「なんだかなー、それがあんたの言う大剣の扱い方なのか」

 薪割りじゃないんだぜ。

 そもそも、修二の流派に刀を刀で受ける。刀を合わせると言う(ほう)はない。

 刃の付いた刀は合わせれば欠ける。それを重ねて2合も3合も、さらに、二人、三人と続けて渡り合って行けるのか。

 見切る。そして、切先三寸で相手の急所を撫でる。

 それが彼の(じい)ちゃんまで連綿(れんめん)と受け継がれてきた経津(ふつ)神刀流の基本であり神髄である。


 ペッコの二の腕に力が入り、再び大剣が頭上に掲げられる。今回は真上ではなく、微妙に右に(かし)いでいる。

 なるほど、今度は打ち下ろしの後に、切り上げるつもりもあると……言う事かな。

 残念だけど、その技術に見るべきものはないし、そもそも、彼には人に教える資格もない。


 先程と同じように、ペッコが踏み込む。修二が引く……に見せるが、それは誘いだ。

 転瞬、打ち下ろしと同時に修二は前に出る。

 ペッコの右手首を、修二は手首の(スナップ)を効かせて叩き、そのまま、彼の右側を抜ける。抜ける際に彼の首を火箸の先端で撫でる。触れた瞬間に、中指を緩めて、薬指で得物を支持する。

 ペッコの手から離れた大剣が地面を跳ねながら、滑っていく。

 地面を叩いておいて、手首や握力に問題無し(ノーダメージ)とはならないだろう。

「そこまで」

 修二の側に勝者の手が上がる。

「ふざけるな。こんな引っ掛かれた程度の傷で俺が倒れるものかっ。俺は負けてねぇ!」

 ペッコの首には、火箸の痕がみみず腫れのようになっている。

「勘違いも大概にしろ。剣を落とされ、首を刈られて、負けてないとは何たる不様か。恥を知れっ!」

 上位冒険者が怒声を上げる。

「あんたさぁ、俺に教えるとか、ほざいてたけど、手に武器を持ちながら脅しの言葉を吐く奴に物事を説く資格なんてねえよ」

 って言うか、そんな奴は人としても最低だろ。俺からも一言とか言いながら、修二が引導を渡す。

「そう言えば、名を聞いてなかったな」

 修二の言葉に同意の頷きを示す上位冒険者に、修二が名乗る。

「“侍派有倶(じぱんぐ)”のシュウジか。なかなかの体捌きだったな。ジパン流か、なかなかに興味深い」

 そこで、修二は自らが命名したパーティ名がこの世界にどのように伝わっていたのかを知る。小っ恥ずかしい気持ちで背中がむずむずする。

「ぐわぁーーーっ」

 “侍の真似事をする倶楽部”ぐらいの軽い気持ちで付けたのにぃーぃーぃーぃー。

 羞恥に震える修二の近くで、ペッコも身体を震わせ、悔しさなのか怒りなのか自分でもよく分からない感情に雄叫びをあげる。

 そして、そのまま、仰向けに倒れた。

「マジか」「面倒な……」

 が、ペッコが泡を吹いている。顔色も青紫色で、手足の痙攣(けいれん)も見られる。

「ヤバいんじゃねっ、裕兄っ!」「何が起こった?」

 修二が裕樹に助けを求める。立会人たちも異常に気付いた。

 裕兄が頸動脈かと尋ねるが、修二は叩いてないしと返す。

 危機管理部のレオナルド部長がペッコの状態を確認する。顔色を確認し、瞼を開き、口付近に手を当て、「毒か」と呟き、首筋を検分する。

 当然、それを見ていた周りの視線は修二に集まる。

 修二は、首を振り、手を振り、持っていた火箸を上位冒険者に渡す。

 レオナルド部長がペッコの手を返すと、手の平が変色し斑点も浮かんでいた。

 冒険者は身体のあちこちに防具をまとっているが、その大半の者の手の平は素肌だ。鎚や斧を扱う者の中には手袋(グローブ)をはめる者もいるが少数派である。そして、素手でいろいろな作業を行うためか、手の平には細かい生傷が絶えない。修二たちも、手の甲は防具で覆っているが、手の平は同様に素肌である。剣先がどのように相手に触れたのか、目視ではなく、手の感触で掴む彼らには素肌のほうが都合がいい。


 背後で争う音が響く。

「こいつら、急に暴れ出しやがって!」

 王都ドラングの憲兵隊のフェリクス副隊長とアロンドが、練武場の清掃をしていた3人と戦っている。

「そいつらを逃がすな」

 レオナルド部長が立ち上がり檄を飛ばす。上位冒険者が助勢のために駆けだした。

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