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004 異世界なのかな

 草原で気付いたときには滑落事故で死んで、あの世に来ちまったんだと思った。

 しかし、一本の樹の場所でそよ風に吹かれていると全然そんな風には感じられなくなっていた。

 その後、いきなり放火犯扱いされたせいで、ここがどこかなんてことが頭からすっかり飛んでしまっていた。


 そして、今現在、ガルズのミンビョルグ国なんて、訳のわからない地名を告げられて、いろいろな異常事態に理解が追い付かず、フリーズ状態だった俺を他所に事態は進み……。朝飯の後、たぶん俺は放火には関係ないだろうということで、監禁から解放され村長宅に移動していた。


 あの世で放火犯扱い……いや無い無い。あの世じゃないなら、過去、未来?中世ヨーロッパなのか?

 中世ヨーロッパにミンビョルグ国なんて国あったかな?俺、世界史、苦手だったんだよな。あ゛~、もっと勉強しとくんだった。

 ん、ガルズ大陸?さすがに国名は政変もろもろで変わっても、大陸名はそうは変わらないはず……いやでも、たしか、パンゲアなんてのも、いやいや、そんなに昔は人間いないから。

 もう、修二の頭の中は疑問が浮かんでは消え、思考もグルグルと……。


 その時、村長の奥さんが、“指先に灯した火”でかまどに入れた……。えっ。

 村長は、「茶葉、茶葉」言いながら、部屋の隅の暗がりで“ライト”って言った後、直径3cmくらいの“淡い光のボール”を手のひらの上に浮かべながらガサゴソやっている。おっ。

 あれは、イリュージョン?台所で一人イリュージョンショーは……ないか。すると、“魔法”かな。あははっ、“マジック”とも言う。同じ意味だ。な~んて、一人で現実逃避したくなったりするが。魔法は、映像の世界の出来事で、過去の地球上にあったとは思ってない。未来はちょっとあるかも、だけど。


 となると、“異世界”という単語がリアルになってくる。言葉の謎変換も意味不明のまま、棚上げしてたしなぁ。迷い込んじまったのか。

 この後、どうする。へたな選択をしたら、ずっと監禁生活とか、いきなり首チョンパとか、長く厳しい奴隷人生なんてルートがありそうだ。

 いや、待てよ。もしかしたら、(ゆう)(にい)も来てんじゃね。落ちた場所が違うとか……。でも、誰か他に来ませんでした?なんて聞いたら、やっぱり仲間がいたのかとか、放火犯ルートが再燃しそうだ。どうする、どうするよ、俺。



「どれ、少しお茶でも飲んで落ち着きなされ」と村長夫人。

 村長には、両肘をテーブルに付き、組んだ指にアゴをのせた格好で静かに覗き込まれていた。

 その手の下でニヤリとされているかどうかまで、今の修二には気を回す余裕はなさそうだ。

「はい。すみません。頂きます(フレーバーティーかな、香りがたかい。ジャスミンかな。少し、落ち着く)」


「どうやら、拘束されてた時よりも深刻な顔だね。あの時は、まだ、こちらを伺う感じが合ったのに、今は全く余裕がないように見えるよ」

「………(そりゃ、そうだよ。目の前で、いきなり、魔法らしきものを使われたらね)」

「正直、私はシュウジが放火犯であろうとは見ていなかったよ。ポウルとかの話も有ったしね」

「………(それ、本当?まあ、黒ずくめって言う目撃証言もあったんでしょ)」

「しかし、君はあまりに異質すぎた。その服装、背負い袋の持ち物の数々。素材もそうだか、見たことのないものが多すぎる。私は、ずっと村育ちだが役目がら、王都とかにもそれなりに伺う機会があってね。そんなに見識は浅くはないと思っているよ」

「………(ううん?話の方向が……)」

「それでね。君は証拠不十分と言う感じかな……解放ということになる訳だが、この後、どうするね」

 今まで、下を向いていた俺は村長と目を合わせた。

「私は、今回の事件の報告で……まあ、盗まれたものが盗まれたものだから、早々に王都に報告と対処に伺わねばならなくてね。先程、東の大森林で探索帰りの冒険者を(つか)まえたのでね。彼らに護衛を頼んで、明日の朝、出発することにした」

「………」

「一緒に王都まで行くかね。君は君で何か問題を抱えているようだが、それはちょっと私らの手に余る感じしかしないからね。少なくとも、ここよりは王都のほうが道筋はあるんじゃないかね。それとも、ひとりで……」

「すみません。俺も王都まで連れて行って下さい。お願いします(裕兄、いるかも知れないし)」

 修二が食い気味に言葉を被せる。

「良し良し。それでは私はこの後、準備が……。と、その前に。おい、お前、ちょっと、少年に合う服はなかったかな。さっきも言ったが、それは、な」


      ◇


 俺は、地元服に着替えさせてもらった後、村内を散策することにした。

 ちょっと身体を動かして頭をスッキリしたかったからだ。

 村の中は、村道の脇や家々の周囲に村民たちの胸下くらいの高さの木柵が建てられていた。

 村人の服にはポッケが無く、手をポケットに引っ掛けて歩くことが出来ずに、頭の後ろで手を組みつつ、のんびりと足を運ぶ。

 ちなみにポケットの代わりは腰ひもにくくられた小袋が為す。

 地面に槍を置いたおじさんが木柵の結び綱の具合を点検していた。

 家の敷地の境界に塀が建ち、車道の脇にはガードレールがある。その現代の見慣れた光景と異なるのはもちろんだが、村落の風景でもない。根底の何かが違う気がした。


 ポウル君が、木の棒で素振りをしている。自然とそちらに足が向いた。

「兄ちゃんも、ドラングに一緒に行くんだろ。おいらの村からだと、魔族領に行くんじゃなけりゃ、北に向かう道しかないから。一緒か、別々か、だもんな」

 魔族領って……魔族?あ~やだ、考えたくない。

「ポウル君も一緒に来るのかい」

「ああ、ルヴァを助けなくちゃいけないからな。幼馴染なんだ」

 そう言えば、行方不明だって、言ってたっけ。

「村長さんも王都で対処してもらうって言ってたから、盗賊、捕まえられるよ、きっと」

 不安げなポール君を慰めるためにどうすればいいのか。取り敢えず、ポール君の頭を撫でる。ん?という顔をされるが気にしない。

 “王都ドラング”へは、馬車で10日くらいだそうだ。一応、事件の伝達の早馬は、今日の朝に出したようで、明後日には一報は届くだろうという話だった。


「兄ちゃんは、準備しなくていいの。

 東の大森林を探索できるような冒険者が護衛に就いたから出番はないだろうけど、自分の身は自分で守らないとダメだと思うぜ」

 聞けば、盗賊への用心だけじゃなく、魔物がいるとのこと。

 いるのか、魔物、異世界テンプレだな。

「兄ちゃんの得物ってなに?摩法士には見えないし……」

 やっぱ、村長夫妻のアレは魔法だったか。

 あるのか、魔法、異世界テンプレだな。


「剣なら、少し使えるかな」

 まあ、一応、俺の爺ちゃんが達人だし。裕樹(ゆうにい)とか隣の鈴音(すず)のように門下って訳じゃないけど、学生の時分までは毎日振ってたし素人じゃないかな。

「じゃあ、村から貸し出してもらったほうがいいんじゃない」

 許可をとって、ポウル君に連れられて行くと、村の倉庫の武器は槍がメインだった。普段、武術訓練をしていない村人が剣を持って魔物のふところに踏み込んで、“(えい)っ”と言うのはちょっと無理があると思うから、槍が正解なんだろう。

 でも、身を守ると言うならば、やっぱり刀かな。

 水平に並んだ棒に柄を引っ掛けてぶら下げられた刀剣の中から、適当に選んで軽く振る。

「軽っ!」

 手に取ったのは、刃長(じんちょう)が60cmちょいくらいで、身幅60mm、棟部肉厚8mmの反りのない両刃の剣である。これなら1.5kgはあるはずだが、それと感じない。

 鉄製じゃないのか。刀身をよく見れば、刃もついていない。と言う事は、この剣は尖った剣先で突く、あるいは、重さを活かして叩き切る(タイプ)の代物のはず。いいのか、この重量で。

 日頃の俺らが使っている包丁などの刃物は研磨された刃がついているので引いて切る。しかし、これにはその刃がない、つまり、その楔形の形状により押して割るという使い方をするのであろうと思われる。

 刃長80cm、身幅80mm、棟部肉厚10mmの両刃の剣に持ち替える。これで先程の剣の倍くらいの重さのはず。が、D19程度に感じる。

 爺ちゃんの道場では、一般向けの竹刀剣術も指導していたが、門下生と呼ばれる者たちが素振りで振るうのは、1mに切断された建築資材である異形棒鋼D16(1.56kg)、D19(2.25kg)、D22(3.04kg)、D25(3.98kg)である。持ち手の部分にテープを巻き、一方の縦のリブを白く塗っている。38(さぶはち)サイズの竹刀(全長117cm、0.5kg)では、出来ない修練である。

 それを手首がうにっとならないように防具で固めて、背筋を伸ばして振る。始めは背中が痛くなるし、すぐに握力を使い果たす。


「それだと、盾が使えないよね」

 感触を確かめつつ、そんなことを考えているとポウル君に驚きの目を向けられる。

 剣を手にして、ついさっきまで俺、放火犯扱いだったんだけど……いいの?コレって思う。他人事ながら、この対応は少し問題があるんじゃないかと思う。

「いや、盾はいらない。使ったことないんだ」と修二。


 軽く感じるとは言え、この重さの得物を振るのは久々なので、「ちょっと、練習が必要かな」と言いつつ、村の空き地に移動する。

 何故だろう。道場に居るでもないのに、わざわざ蹲踞(そんきょ)の姿勢をとり、その後、立って、誰がいる訳でもないのに一礼した。

 おもむろに、剣を上段にとって、軽く振り下ろした。ただ、剣の重さがどんな感じなのか確かめるためだけの素振りだった。

 だが、剣は勢い余って地面に振り落とされ、ザクリと地面を割った。廻りから見た感じだと、修二の身体も引っ張られるかのように前に倒れ込んでいくかというぐらいの勢いだ。

 重さの感覚がつかめない。

「なんだよ、兄ちゃん。その、へっぴり腰」

 ポウル君が、ダメじゃんかぁ~と言いながら笑う。

 その笑いに、修二は苦笑いで答えながら思う。

 剣の重さに振り回されたと言う感じとはちょっと違うのだ。

 逆だ。軽い。何もかも軽い。剣の重さも、そして、自分の身体自体も軽い。

 真剣は振るったことがある。日本刀はだいたい1.5kg程度くらいだ。初めて真剣を構えた場合、野球の木製バットの2倍とまではいかない重さだが、ずしりとくる重さだと感じると思う。

 さっきも言ったが、うちの流派の素振りは竹刀ではなく、その重さの棒を振るのが日常だったから、今、手にしている鉄の剣にもそれほどの違和感は感じない。

 いや、この鉄の剣は幅広で肉厚だから、もっと重く感じてもいいのではないだろうか。

 再び、素振りをする。

 自分の力に振り回されている?だけど、腕力はあっても、剣に力は乗っていない。そんな感じだ。

 修二は次第に没頭していく。

 真面目に型をとり、徐々に歩幅を拡げ、腰を落としていく。

 要は竹刀剣術の逆の練習をした。竹刀の試合では、立ち腰で構えて歩幅をせまくとる。これは、打ち込みの距離と速さを増すためである。今、練習しているのは歩幅を広くとり腰を低くした構えから打ち出す手法である。刀身に体重を乗せ“叩き斬る”戦国の剣術である。


 もしかしたら、死んでいるのかも知れない。

 もしかしたら、今まで居た世界とは違う場所にいるのかも知れない。

 放火犯の疑いをかけられ、これからどうしたら良いのか、どこに行けば、何をすれば、俺は誰に、誰と……何もかも……先の事どころか、今の事さえも下手をすればわからない。

 そんな状況のなかで、修二はただ剣を振るうことに一心になっていた。

 いや、一心になれていた。これが習慣というものの力なのかも知れない。

 何も見通せないという不安から自分の心を守るために、無意識に自分が知っているものにただ単にしがみついていただけなのかも知れないが……。


 見ていたポウル君の肩にも力が入る。

なんてえこったい(オートゥン・ハイ)

 思わず、神の山脈(オートゥンハイム)の名が口を()いてでた。

 さっきまで、すごく弱々しかったのに、素振りを続けるにつれて、“見違えるばかりの強者”に変わっていったのである。


 結局、小1時間くらい続けた頃か……。

「パチパチパチ。君、なかなかやるねぇ~」

 と赤髪の女性が拍手をしながら近づいてきた。

 彼女は、修二に怪しい素振りがあれば、直ちに取り押さえて欲しいと村長に依頼されて、彼の動きを注視していたのである。

「あたしは、“疾風迅雷(アウステル)”のアグネータ。冒険者さ」

「あっ。護衛のお姉さん」とポウル君。

「君。村人? 冒険者? どこのパーティ? ランクは? お姉さん、知りたいなぁ」

 と言いつつ、アグネータは自分の言葉を自分の頭の中で否定する。

 彼は冒険者では……無い!

 視線、体捌き、間合い、打突の位置、そのそれぞれが獣や魔物を相手にする私たち冒険者のものとは違っていた。

 似ているとすれば、兵士の技。

 人を相手にし、人を殺すための技であり、そのために積み重ねてきた練武。


 赤髪の女性は馴れ馴れしい態度で修二との間合いをつめてくる。

「冒険者? ランク?」

 修二は、言葉を挟む。

 言葉だけでなく、命の危険ではないが、なにかしらの身の危険を感じて、後ずさる。

「兄ちゃん、やっぱ、どんなとこに住んでたんだよ。冒険者って言ったら、憧れの職業だろ」

 年端もいかない子供に、明らかに残念なやつに向けられる表情を浮かべられながら、修二はその場を取り繕うために半笑いを浮かべながら汗をぬぐった。


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