037 呼び出し(1/3)
急き立てられ、身支度を済ませて、ギムレイの大門をくぐり抜けてすぐに目に飛び込んできた“金剛不壊”広場の奥に威容を誇っていた砦=冒険者ギルドの統括本部に向かう。
再び見ても、要塞感は否めない。唯一、外壁に数本垂らされた赤地に縦に白の線が入った紅白の懸垂幕が日本人的にはオメデタイ気分を感じさせる。
文字通りの重厚な玄関……なんだろう、この扉の厚さは。それに閂、扉上部に滑車が繋がっている……を過ぎると、巨大な丸天井のロビーに通される。周囲の壁も天井に合わせて円弧を描いており、その壁に沿った床は数段の段部をなっている。目的の部屋に行くためには、その段を登ってその先の通路に進む必要があるようだ。結果、周囲から一段下がるロビーの床面には、恐らくはこの世界の地図と思われる絵柄が刻まれており、天井には光る球体が浮いている。これは摩法によるもので、その位置で時刻がわかるようになっているらしい。
「すげえ、すげえ」
壁際の彫像を見上げてポカンとしていたと思えば、床の絵柄を見ようとするのか飛び跳ね、そして、すれ違う上級冒険者の装いに感嘆の声をあげる。全く一つ所に留まるということを知らない様子なのは、ポウル君である。
まだ冒険者の身分を有しているとは言え、ビリエルの今の立場はアンセルム商会の従業員(仮)である。学院への説明を終えた彼は、その旨を伝えに商会の寄宿舎に戻っている。その時にギルド本部からの呼び出しがあったことを知らされた訳だが、修二たちの元には、商人Aとポウル君も同行していた。元冒険者Bは寄宿舎で留守番だ。絶賛いじけ中である。
ロビーに入って斜め左手の奥には、案内と書かれた受付台がある。数人の受付嬢が控えるその背後には彼女たちの背丈の倍ほどの高さの帳壁が立っている。砂色のそれには、王都ドラングの冒険者ギルドでも見かけた水平線から昇る陽光と、それに重なり合うように造形された“片手を腰に、もう片手は天を指し示す人影”の意匠が施された図が彫り込まれていた。
しかし、それらには関係なく、正面の一番大きな通路に対して、人が流れている。
ビリエルが一足先に、案内所に向かう。
「あー、俺らは“侍派有倶”と言うが、ヤルンヴィドの森の件で呼ばれて来た」
何故か、ビリエルが俺らのパーティ名を名乗る。訝し気に見ていると、「商隊護衛を受けてるのは、お前らだからな」と言われた。不思議でもなんでもなかった。御尤もなことである。
「そーそー、来てやったんだぜ」
後追いするポウル君はつま先立ちで受付台に手を掛けて、何故か得意げな表情を浮かべる。
背伸びしたい子供の気持ちは微笑ましいが、やはり、その言葉遣いは頂けない。
注意すべくポウル君に伸ばした修二の手が横入りしてきた男にはじかれた。
「あ、痛っ」
特に痛みを覚えないが反射的に声は出る。
「あ゛っ。遮ってんじゃねえよ」
「なんだよ、おいらたちが話しているのが分からないのかよ。アッチの空いてるほうに行けばいいだろ」
子供の言葉は直接的だ。
横入り野郎は、ポウル君の頭上で頭を左右させる。声は聞こえるが見えないなぁと言うあからさまな態度である。
その男、上背は修二ほどであり、この世界の標準からすればかなり大きい。しかも、修二の細マッチョに対し、男は身体幅もある。背中にこれ見よがしに大剣を差している。
「でかい図体に頭はついてないのかよ。冒険者は身体だけじゃなく、頭も鍛えなくちゃならないんだぜ」
そして、その正論は時に攻撃的でもある。
「クソゴブがっ。向こうで荷運びでもしてろ」
男が舌打ちし、ポウル君を睨め付ける。
その程度の小競り合いは日常茶飯事と言うことなのか、受付嬢は気にする素振りもなく「確認しましたので、ご案内いたします」と冷静な口調でビリエルに告げる。横入り野郎にちらりと向けられた視線はもっと冷ややかだった。
「では、ジパングさま、こちらへどうぞ」
「ちっ、小僧どもが武術家気取りかよ」
横入り野郎は、受付嬢の案内にもケチをつける。修二たちはまだ知らないが、“侍派有倶”という言葉は、この世界では“ジパン流”という感じで武術の流派のような意味で理解されている。
受付嬢の後にぞろぞろとついて行く修二たちだが、ポウル君が一足遅れで尻を突き出しパンパンと二つ叩いて、小走りで集団に追いつく。
こんなところは、どの世界でも変わらないようだ。
修二がポウル君にもっと言葉を選ぶように注意をし、それに不満気なポウル君に商人Aが余計な悶着を招かないのも優秀な冒険者というものですよと諭す。
そんな感じで通路を歩く皆の後ろから少し離れて、あの横入り野郎が何故か付いてきた。
「なんてえこったい、アイツついてくるぜ」
思わず地元の言葉を吐き出したポウル君が騒ぎ出す。
「気味が悪いですな」
商人Aが眉をひそめる。
「はぁ、街中でも武装が必要なのか」
防具は身に着けているものの長物の槍は宿舎に置いてきた裕樹はため息をつき、彼と修二が集団の最後尾に廻る。修二は慣れのために尻に横差ししている大剣を少し押し込んで柄に引っかかっている安全装置を外し、身体の側に倒してすぐに抜き打てる体勢を取る。丸うさぎ先輩はもちろん受付嬢の真横である。
「では、担当者が参りますまで、少々こちらでお待ちください」
案内された部屋の奥にぞろぞろと進む。室内には真ん中に長机があり、壁面に黒板が在り、十数人も入れば一杯の会議室そのものである。暗緑色の黒板の下部には、見慣れた白墨まである。ちなみに、この白墨は魔物由来である。外骨格を、昆虫のような角皮ではなく、貝類の殻のような石灰質を主成分とした魔物がその原材料となっている。
座って待つかどうか悩みつつ椅子に手をかけたところで、受付嬢と入れ替わりにさっきの横入り野郎が入ってくる。そして、扉脇の椅子にどさりと乱暴に腰を落ち着けた。
「マジか……」
受付嬢が去り際に扉すぐの廊下で誰かと会話を交わしていた気配があったので、恐らく部屋違いという訳ではないのだろうが気まずい。
「部屋違いでは無いのですかね」
商人Aが漏らした言葉に、話しかけようにも視線をこちらに合わせようともしないし、仲間内でこそこそ話し合うのもなんか癪だ。
微妙な緊張感が室内を漂う。
元々、誰が来るとも知れない、ただ確実に初対面であろう人が来る会議室のような部屋に案内された段階で、裕樹と修二の二人にとっては微妙に座りづらい。すぐに名刺を出せるように持った手を前に合わせて立って待つような状況である。
二人以外は座っている。ビリエルも座っている。浅く腰掛けている態勢を小物だからと見るか、事態にすぐ対処するための経験と見るかは判断が分かれる。
だが、そんな時間は長く続くことはなく、叩扉と共に装いからギルド職員と見られる男女が部屋を訪れる。
「お待たせしました」
足早に室内に入り、椅子に座ると、業務管理部のイレネと、部長のイェレミアスと名乗られる。立っていた裕樹と修二はさっさと座るように促される。非常に忙しない。こちらも名乗りを済ませて、用件に入る。
「うちの同僚がすでに報告を上げたと思うが、調査をしてきた訳じゃない。追加で話せることなんてないぞ」
なんだかんだで、裕樹たちが未経験者であることを慮って、ビリエルが会話を主導する。
「ええ、報告は受けました。ヤルンヴィドの森から追われて来た卒科試験中の学院生を保護し、その要請を受けて残りのメンバーの救助活動をしたと……で、その途中に指導教官の遺品の回収、及び多数の魔物が移動した痕跡を発見。また、メンバー救助時にウルヴァリンを討伐……と。それに間違いありませんか?」
女性職員が簡潔に述べる。かなり大変な経験をしたつもりだったが、文章にまとめられると短かった。
「そうだな。魔物の移動経路の特定や、教官の装備も回収したかったが、遺品も双剣とカードだけだ。何しろ、救難信号も上がっていたし、学院生の救助を最優先したんでね」
装備の回収は、学院生を追いかけて来た魔物のように、その武器を拾い扱われることを防止することが第一義である。
「おかしいんですよね。学院生の救助のことはさておき、2日前まで報告周辺のヤルンヴィドの森に潜られていたペッコさんは昏冥の渡りの兆候は見られなかったと言うのですが……ですよね、ペッコさん」
「ペッコ……あれで、ぷっ、ペッコだって」
「“一騎当千”だ!ああ、何度も言わせんな。だいたい、冒険者稼業を逃げ出した奴に、Eランクの下っ端だろ。ムリムリ、分かりっこねえぜ」
「ダメですよ、ポウル君。多分に彼のご両親が他人に感謝できる優しい子供に育って欲しくてつけた名前なのだと思いますよ。それを揶揄するのはいけないことだと思いませんか」
ほら、また、商人Aに諭されてる。って言うか、ペッコが何を言ったのか耳に入らなかったじゃん。
「まあ、体格がでかいだけの経験不足の若造には分かりっこねえかもな」
おお、ビリエルが言い返した。ペッコからは一番遠い対角線上の机の端から、だけど。
って言うか、どういう事?修二と裕樹が顔を見合わせる。
百鬼夜行と昏冥の渡りの違いは、恐らくは翻訳の誤差のようなものなのだろうけど、冒険者ギルドは移動をなかったことにしたい?
「少々、宜しいでしょうか?」
部屋の両側からのあ゛っ、ああんとガンの飛ばし合いのこうるさいなか、裕兄が軽く手を挙げて注目を集める。
「あの場には、他にも商隊護衛の任に付いていた冒険者のパーティが3組ほどいたのですが、彼らからの報告はなかった、もしくは彼らへの聞き取りはしていないと言うことで宜しいでしょうか」
「ええ、そのような報告は出ていませんね」
女史の発言の横で、小太りの部長さんは腕を組んで目を瞑っている。
「なるほど……では、情報を集めた後の判断はそちらですれば良いと思いますので、お忙しいようですし、ここで会議は切り上げでよろしいのではないでしょうか」
裕樹はそう言って立ち上がる。えっ、ずばっと斬り捨てたよ、この人は……。いいのと言う修二の視線に裕樹は答える。
「だって、僕らは報告を上げたのだし、それをどう判断するのかは、彼らの勝手でしょ。それでどうなるのかは、僕らが心配することじゃないしね」
あー俺に聞かせる返事じゃないよね。なんか、部長さんの頬に引きつりが見られるのですが。
そして、修二たちが立ち上がったところで、扉が唐突に開いた。
「おっ、いたいた。ちっ、もう、報告は終わったのか。俺にも聞かせろ、ユウキ」
王都ドラングの憲兵隊のフェリクス副隊長だった。
フェリクスに続いて、ポウル君の知り合いである憲兵隊のアロンドともう一人が顔を覗かせる。
「おやおや、お忙しい業務管理部の方が、暇人で金喰い虫の危機管理部の仕事まで率先してやって頂けるとは、仕事熱心なことですなぁ~」
どうもぉ~と言いながら、痩身の男も部屋に入ってくる。部屋の人口密度が高い。
「ちょっと誰です?まだ、会議中ですよ」
イレネ女史が眦を吊り上げる。
イェレミアス部長は、先頭の顔を見て、しまったという表情を浮かべた後に、彼を室外に排除しようとする女史を制止し、その後に続いた顔を見て、さらに苦虫を嚙み潰した感が加わった。