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032 学院生の遭難(1/3)

 冒険者の街ギムレイまで、あと2日という待避所で休憩に入った修二たち一行。

 ダグリッチの世話をするビリエルたちを後ろに、こそこそと作業をする修二の手元から(ひしお)の香ばしい匂いが立つ。

 粘りのない押麦につなぎの芋を混ぜ、一口大に丸めたものを平鍋でころころと焦げ目をつけたものに、醤と糖蜜で作ったタレを絡めていく。

 とうとう脱線し始めた修二。この世界の旅の常識では、休憩時に火を起こす手間などはかけないが、そこは簡単に手伝う共犯者が見つかった。

 いつもならば、修二に教わったとおりに半歩踏み出しながらの振り下ろしを飽きもせずに繰り返している彼である。

「兄ちゃん、まだっ、まだ」

 待避所の石壁の隅で修二とポウル君が額を突き合わせての企みであるが……。

 すでにおからに片栗粉とつなぎの芋を混ぜたものに、醤をつけて焼いた“ふわふわの新食感”に魅了された彼は今度は何が出来るのかワクワクが止まらない。

「いや、バレるでしょ。何やってんの」

 裕樹の声に振り返れば、うちの商隊だけでなく、他の商隊の目もこちらに向いていた。

「え~と、おやつ?」

「こっちの人、朝夕の2食だからね」

 裕樹が苦笑いを浮かべながらも、その場からは離れない。

「一人2個ね」

 修二が串を渡しながら、平鍋から直接に(つつ)けとばかりに差し出す。

「みたらしだね」「はふはふ」「うんまっ」「あつっ」「美味しいですね」

 なんちゃって、みたらし団子である。

 他の商隊からの視線が痛い。

「シュウジさん、もう少し作れます?私が配ってきますよ」

 何故、粘りのない麦がバラバラにならずに丸まっているのかと割り当ての二個目を下から横から眺めた後に口に放り込んだ店員Aが肩をすくめる。

 修二が勝手に隊の食材を他の商隊らのために消費することは許されない行為だが、責任者の判断ならば別である。

 廃れてしまった感もあるが、旅は道連れ世は情けという言葉も前の世界にはあった。少ない食材でも分け合った方が円滑に過ごせる。場合によっては、なにかしらの情報などが共有できるかも知れない。お互い余剰分の食糧など積んでいないであろうが、自分が飢えている最中、その横で旨そうな匂いを漂わせて飯を食われたらしんどいだろう。つまらない恨みなど買うものではない。

「アンセルム商会です~。試作料理ですが、よろしかったら味見して頂けませんか」

 もう売る必要のない大店の名前であるが、だからこそ世評というものの大事さ、恐ろしさを知り尽くしているとも言える。いや、この抜け目のなさが商人たる者の秘訣なのかも知れない。

 醤の匂いをまき散らし、待避所に一体感が生まれた頃に、森からも何者かが駆け寄って来た。魔物も連れながら……。


 警戒に当たっていた他の冒険者の警告を受けて、ビリエルも石壁に上がる。

「人2、魔物……ガルムが4」

 グルドガルムは金毛の狗頭の魔物である。古代ローマの魚醤(ガルム)とは関係はない。醤の匂いに誘われた訳でもなさそうだ。

 別の冒険者の声も上がる。

「急げ、こっちだ」

 街道をこちらに向かう商隊に警告がなされる。

「射手、上れるか?」

「ダメだ、捕まるぞ」

 射手が牽制の弓を放つが、逃げる者と金毛狗頭(グルドガルム)の距離が近くて効果がない。

「統制を頼む。B級(ランク)はいないか」

 冒険者規約上、他にどんな依頼を受けている最中であろうとも、局地的な緊急事態の発生した際には、その場にいる冒険者に対して、Bランク以上の最高位の冒険者に指揮権が生じる。つまり、その場においては依頼主(クライアント)の要望よりも、その指揮が優先される。

 しかし、その場にいる冒険者の最高位は、C級。次点で冒険者を引退した C- (シーマイナス)級のビリエルだった。

 つまり、依頼主の意向に沿わない職務外の勝手な行動をとった場合、契約違反に問われる可能性が高いということだ。例えるならば、テロリストが現れたと言うのに、警護対象の元を離れて、別の者のほうに走り去るボディーガードを依頼主がどう思うのかと言うことである。

「あれは学院生じゃないのか」

 逃げている者の頭から垂れる鉢巻きを見て、誰かが声を上げた。

 待避所の門から、避難してきた商隊がなだれ込む。急いで、門が閉じられた。

ビリエルが想いのこもった眼差しを店員Aに向ける。店員Aが依頼主という訳ではなく、ビリエルの現在の立場は店員Aと同じくアンセルム商会の職員である。そして、二人ともにその依頼主(アンセルム)がこの場にいたら、きっとこういうだろうと思えた。

「ユウキ殿、頼めませんかな」

 ギルドの資料では、金毛狗頭(グルドガルム)悪炎荒猪(エルド スムッツィグガルト)のような危険種として特別な扱いを受ける魔物ではなかった。しかし、実際のガルムはどこで手に入れたものか、槍や剣を手にしていた。元の世界の獣で道具(ひとのぶき)を扱うものなど知らない。あいつらが、どんな危険を有しているのか、想像するのか難しい。

 しかし、逃げているのは学院生と声が上がったように、まだ幼い顔立ちをしていた。

 一人が転び、もう一人が救うために、その場に残って戦い始める。

「修二くんはこの場で待機!」

 裕樹がそれを見てたまらず石壁から飛び降りた。ビリエルも続く。それを見て、もう一人の冒険者も後を追った。


「おおぉぉぅ~~!」

 裕樹がガルムの気を引くためか雄叫びを上げる。

 裂帛の気合に学院生に襲い掛かろうとしていたガルムの動きが一瞬止まる。

 学院生とガルムの間に槍を突き出す。次いで、槍を大振りに払う。

 ガルムはその槍を跳び退ることにより難なく躱した。獣ならではの跳躍に思えた。

「立て、走れ!」

 ビリエルも腰に帯びた剣を抜き、大きく牽制の一振り、次いで、ガルムと倒れた学院生の間にその身を置いた。

 もう一人の冒険者は包囲の外から、ガルムに槍先を向ける。が、修二の目から見ると、腰が引けていて、なんとも様になっていない構えである。

 一方のガルムたちは、ビリエルたちよりも目線は低いが、それは腰や膝が曲がっていることによるものであり、体格はさほど見劣りしない。腰は細いが、胸や背中の部分は厚く力強さが見て取れた。

 ビリエルが倒れた学院生を背中に庇いながら、剣を左右に振る。それを見て、もう一人の学院生が肩を貸し彼を立ち上がらせた。

 背筋の毛が黒みがかりオレンジ色となった一頭が、カッ、カッと喉を鳴らすような声を上げながら、裕樹の槍の間合いの外を旋回する。裕樹が追えば引き、引くと他の者に攻撃の対象を変えようとする。移動速度は明らかにガルムたちに分がある。裕樹が隙を見せても、彼に襲い掛かって来ようとはしない。

 学院生が待避所に向けて、再び走り始めた。

 輪が崩れる。

 元の世界の肉食の獣が獲物の群れを襲う時、どのような獲物から狙うかご存知だろうか。

 傷ついているもの、弱いものから襲うのだ。

 裕樹に対する一頭はそのままに、一頭はビリエルへの注視を外してもう一人の冒険者に襲い掛かり、残った二頭が学院生を追ったのである。

「伏せろ!」

 修二が学院生に怒鳴る。そして、摩法を放ち、自らも飛び出した。

 身体を前に倒し、石壁の側面を蹴って、その勢いのまま低い姿勢で駆け抜け、大剣を地摺りの斜の構えから、斬り上げる。

 火球は学院生の頭を越え、ガルムとの間に落ち、制止力となった。

 向かってきているガルムに避ける余裕を与えない一撃は、脇下から入り背中に抜ける。ガルムを両断する勢いである。

 そのまま身体を翻し、上段からの振り下ろし、だが、身体の勢いはそのままにその場から離れる形で飛び退ることになる。要は、もう一頭が無防備な背に追撃をかけてきた時の保険の一振りであるが、それに反応してくることはなかった。

“極意 裏の太刀 翡翠(かわせみ)

 翡は雄、翠は雌。二羽のカワセミが下からと上から舞う姿を模した剣である。

 修二の振り下ろしに身体を静止させた一頭は、石壁からの弓に射抜かれる。

 さらに転身して戻ってきた修二に足を斬り飛ばされた。

 これは石壁からの「足!」の一声に反応して、上段から抜き胴に剣を変化させた結果である。


 裕樹に視線を返せば、一頭は喉を貫かれ、もう一頭は胸から腹を縦に裂かれていた。共に裕樹の技に依るものである。

 行動を束縛するものが無くなれば、いくばくか相手の動きが速くとも、結果として彼の相手になるものではなかった。


 学院生は保護された。

「危ねー、危うく毛皮が台無しになるとこだった」

 これは「足!」の発言者、ビリエルの同僚、元冒険者Bの台詞である。


 裕樹、曰く。「修二くん、翡翠は小太刀の技だからね」


      ◇


 しかし、話はそこで終わらなかった。

「仲間を助けてください!」

「やっぱりか」

 それを聞いて、ビリエルが頭を掻く。

 頭に垂らした鉢巻きは冒険者育成の学院生の実習時の印なのだとか。

 学院生から話を聞けば、彼女らは卒科試験の最中で、課題である危険種の討伐を目的にヤルンヴィドの森に入っていたが、探索中に大量に移動する魔物の群れに遭遇したらしい。

「あたしたち、皆で逃げたんだけど、途中で分かれてしまって……」

「リンネアもパイヴァも怪我していたし、どうなったかわからなくて」

 保護した彼女たちは、ロッタとマイリス。女子4人でパーティを組んで、冒険者を目指していた。

 逃げる途中で偶然にも荷運び等に使っていた傷ついたダグリッチと再会して逃げたようだが、それも途中までだったらしい。

「教官も一緒だったら、なんとかなってるかも知れねーが、ちょっと厳しいかもな」

 元冒険者Bが首を振る。

 話しを一緒に聞いていた商隊たちが騒ぎ出す。

「森がそんな状態になっているのだったら、一刻も早くこの場から離れないと!」

「待って、リンとイヴを助けて。Bランク冒険者の方は!あ、痛っ」

 倒れていた学院生は足を酷くやられていた。

 この待避所にいる冒険者パーティは、全て商隊護衛の任務中でC、C、D、E級(ランク)の4組である。E級(ランク)はもちろん修二たち“侍派有倶(じぱんぐ)”である。

「Bランクはいないんだ。少なくとも、魔物討伐帰りのパーティでもいれば、話が違ったんだが……」

「そんな……」

 ビリエルの言葉に学院生が絶句する。

「悪いな、お嬢ちゃん。これで勘弁してくれ」

 待避所から出ていく商隊が、学院生に傷薬を渡して立ち去る。

 残るCランクパーティの冒険者が雇い主と交渉しているようだが、商隊主に首を振られて芳しくない。

「裕兄ぃ~」

「困ったね」

 これが元の世界での山の遭難事故ならば、対応策が浮かんでくるのだがと、ビリエルに尋ねれば、今の状態では難しいと言う。


 すると、そこで、森の方からひゅぅ~と風を鳴らす音と共に、光が弾けた。赤の光が尾を伸ばして、頂点で3つに割れて光を放ちながら落ちていく。

 救難信号である。

「リンとイヴが、まだ生きてる!助けて、お願いっ!」

 彼女たちの頬が濡れる。ビリエルの脚衣を揺らす。

 ビリエルは、裕樹が遭遇したアンセルム氏の商隊の盗賊襲撃の際に、厳しい状況でも仲間を助けながら裕樹の助力が入るまで、奮闘し続けた漢である。

「ユウキ……」

 さすがにその後の言葉はビリエルにも紡げない。

 裕樹が馬車の自分の荷物から手の平大のものを持ち出した。

「修二くん、あの樹の高さって、20mくらいかな」

 裕樹が手元のソーラーパネル付きの関数電卓を叩く。

 まあ、マンションで6、7階くらいの高さかな。

「信号の高さが樹の高さの3倍で60m。大気の屈折で5%くらい遠くまで見えるとして、この星の半径が地球と同じくらいならば……ん、この星の半径?もしかしたら……」

 何か気になることがあったのか、途中で手が止まったが、修二に計算結果を見せてくる。

 29.09852177

 この人はどこに行くにも電卓を持ち歩いているんだよな。仕事柄とは言え、病気だな、ビョーキ。

 それって、一緒に、って意味だよね。まあ、流石に今回も「待機!」とか言われたら怒るけど。

 ダグリッチの最大時速50km。林道で出せて半分の速度だとしても、1時間と少し。

 この鳥に完全に任せれば樹にぶつからないかも知れないけど、かなり怖い体験になりそうだ。

 遭難かぁ。一応、この世界の人に俺の事を探してもらったらしいんだよなぁ。

「まあ、先々の状況にもよるけど。往復で5時間、日が陰るまでが限界だよね」

 武士は相身互いじゃないけど。

「修二くんはビリエルと一緒に、その子たちから話を聞いて」

 裕樹は冒険者Bから、こういう場合の留意点などを確認し、店員Aの了承を得て、さらに、もう一つの商隊からダグリッチを一羽借りることと、アンセルム商隊とギムレイまで行動を共にする約束を取り付けて、保護した学院生2人を乗せて出発させた。


      ◆


 裕樹たちに見送られて、アンセルム商隊ともう一つの商隊が危険域から離れるべく馬車の手綱を握る。

 商人Aが後ろを見れば、だんな様が餞別にと渡した槍を頭上で一回転させた後に脇に抱えて、ダグリッチに騎乗した裕樹が森に向けて走り出す姿があった。

百鬼夜行(ワイルドハント)の現場に見ず知らずの者を助けるために踏み込むなど、源人の常識では有り得ない。

 裕樹らは、5時間で戻ると言っていたが、それまであの待避所(セーフエリア)で待っていることは(かな)わない。安全(セーフ)と言っても、多数の魔物に襲撃されればどうしようもない。そもそも、あの場にいたもので彼らが言葉通りに帰って来ると思っているものは一人もいないだろう。いや、私の横で「兄ちゃんが帰って来るまでは、おいらがこの商隊を守る」と息巻いている少年くらいのものか。いや、私も彼らならばと思わずにはいられない。そう感じさせる何かが彼らにはある。

「だんな様が彼らに入れ込む気持ちが私にも分かってまいりました」

 商人Aこと、アントンは呟いた。



「良いか、アントン。ユウキ殿たちが望むことを妨げるようなことをしてはならぬ。私は彼らが為すことを全力で支えようと思う。それが、我が商会の、いや、この世界にとって、良き未来に繋がると感じているからだ」

 アントンは出発前にアンセルムに呼び出された時のことを思い出していた。

「だんな様は、彼らがその……巨人族の系譜であると本気で……」

 そう言いかけたが、細い目でぎろりと睨まれた気がして、後に続く言葉を飲み込んでしまった。

 神代、我ら源人が神とも思って従っていた巨人族。

 (そら)から降りて来た天空に住まう真なる神に敗れて、遠い南の地に去ったとは言え、当時を今に伝える話の数々は話半分としても充分に恐るべき存在であったことを示している。しかも、その力は消え去った訳でも滅んだ訳でもなく、ただ遠い南の()の地に未だに存在していることも確かなことなのである。そう言えば、ユウキの弟子であるシュウジは源人の領域としては最南の地であるビフレスト村に現れたのではなかったか。

確かに裕樹殿は我らよりも頭一つほどは大きい。しかし、そのくらいの体格の者ならば、我らの種の中にも見られないこともない。伝えられる巨人族の威容とはかけ離れている。

 その理由をだんな様は彼らを巨人族と我ら源人との間に育まれた子孫の末裔であるからと考えていた。巨人族とも源人とも離れて暮らしていた者たちが我らの世界に再び踏み出して来たのだと……。それ故に彼らとの融和を求めなければならない。

 ユウキ殿との話しはだんな様にそう感じさせる何かがあったようだ。短い道中だが、彼らの生活様式や様々なことに関する考え方の違いに私も思うところがあった。

 そして、あの槍。穂先が砕け、柄のみが残されていた槍。(いにしえ)に巨人族の戦士が使っていたとされる黒鉄(アダマンタイト)の槍。誰も振るうことが出来なかった槍が、ユウキ殿の手の中で唸り、撓み、周りの空気を震動させる姿を見て、だんな様の夢見るものが私にも少しだけ垣間見えた気がした。



「ポウル君、またすぐに彼らに会えるといいな」

 私に頭を撫でられる少年が、それを信じ切っている目で私を見てきた。

筆者注)計算式L=1.05*(h*(2*R+h))^0.5、R=6400

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