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031 冒険の始まり

 修二たちは、ビフレスト村のポウル君の護衛を兼ねて、冒険者の街ギムレイに行くことをアンセルム氏に報告に伺う。ついに、彼らが元の世界に戻るための方法とそれを巡るこの世界の謎を解くための冒険の始まりである。

 だが、それはアンセルム氏にギムレイに送る予定の荷駄の準備が今日明日にもまとまると言われて、日延べされることになった……気合いと決意が消沈する、締まらない門出である。

 とは言え、商隊の護衛依頼ということで旅の出費は商店持ちになるし依頼料も発生する。そういう意味ではありがたい。


 商隊とその同行者は、店員A、ビリエル、元冒険者Bに裕樹と修二にポウル君の計6人の小所帯となった。豪商であるアンセルム商会が取引する商隊としては規模が小さすぎると言えた。理由はまあ単純にそういうことなのだろう。アンセルム氏がなんだかんだとわざわざ商隊を組んでくれたのだ。世話焼きというか何というか、こちらの心を揺さぶって来る御仁である。

「なかなか様になってるじゃねえか」

 こちらは修二たちの装備を見た元冒険者ビリエルの一言である。

 脚衣も見た目は元の世界の青色のジーンズと変わらないが、“デニムトン”という名前からは綿織物なのか羊皮(ムートン)なのか(トン)なのか判別のつかない魔物の革を使った、こちらの世界で冒険者ズボンと呼ばれるものに替えた。ストレートジーンズのようだが、裾を絞るための革ひもが通してあった。

 主武器は修二は幅広の大剣、裕樹は槍とした。

 冒険者は斧や鎚を使う者も多いが、修二たちが師事(たんれん)してきた経津(ふつ)神刀流に扱う武技は、槍、太刀、小太刀、両刀、薙刀、棒を稽古の理合としている。薙刀や槍の延長線上と考えれば、竿状武器(ポールウェポン)斧槍(ハルバード)半月斧(バルディッシュ)も使えそうであるが、対象が魔物という慣れない相手に加えて、得物も不慣れというのは余分な危険を抱え込むことになると判断した。

 とは言ったものの修二の大剣は剣身の長さ80cmと短いがなかなかに変則的(イレギュラー)である。両刃の中華包丁のような外見(フォルム)は、剣身の幅が切先まで一定で先端が直角に加工されている。店に並ぶ品の大剣のほとんどには重量の軽減のためだろうか、先端寄りに穴が2つ3つ開けられている。重さが気にならない修二は無垢(むく)のものを選ぶ。先端と角の部分は刃になっており持ち運びに危険であるが、斧につけるような革の覆い(カバー)を先端につけて、腰のベルトから下げた金物に尻の位置で水平に差している。背中にはランドセルのような革製の箱型鞄を背負っているために装備する場所がそこしかないのである。尚、その腰の部分には冒険者ナイフも差してある。裕樹は太股の側方に苦無を何本も刺しているし、それだけの装備が必要な旅路であるということなのだ。もっとも、(えいが)の世界の戦闘員はさらに肩掛けの弾帯だったり、手甲や足首に拳銃やナイフを装備したりするようなので、どちらの世界が危険なのかは議論が必要かもしれない。

 補助武器となった剣も、泥荒猪(スムッツィグガルト)戦で失った“村の納屋に控えてあるような代物”ではなく、肉厚で剣の中央に切られた溝=(フラー)がある一品とした。さらに切先3寸、つまり 刃先 (カッティングエッジ)の部分に刃があり、鞘付きである。これならば斬ることも突くことも可能である。泥荒猪(スムッツィグガルト)に刺さって抜けなくなったのは、背骨が剣をくわえこんだのが大きな要因であるが、肉に締め付けられたのも大きい。樋があればそれが軽減できる。


      ◇


 2羽引きの馬車の横を背筋を伸ばした裕樹が颯爽とダグリッチを駆る。

「かぁ~、剣の達人って奴は何でもできるもんなのかよ」

 その横で騎乗の指導をするビリエルが大きな声を上げる。

 先に挑戦した口向きの安定しない騎乗をみせた修二の時とは大違いである。

「おっかなびっくりだとその気持ちは生き物に伝わるからね」

 余裕発言だが、競馬好きの裕樹が元の世界で乗馬体験を何回もしていることを知っている修二である。

「裕兄ぃ~、乗れてるんだから替わってよ~」

「ん、もうちょっと。おっ、修二くん、見てよ。牧場があるよ」

 裕樹が左手を離して指差す。廻りの馬車よりも遅いとはいえ、歩く速度の2倍は出ている。揺れる中、片手を離すのは初心者には難しい。

 街道の西側に目の廻りに黒ぶちをつけ顎ヒゲを生やした惚けた表情のデニムトンがいた。全体的な印象は山羊である。体毛は白かった。冒険者ズボンの青は革にする時の加工剤による染色らしい。

 ちなみにデニムトン、育てやすい上に骨以外は捨てるところがないと言われるほどに使い道も多い。粗食でも問題ないというか、悪食で木の芽や皮、さらには根っ子まで食べてしまうため森の拡大防止に一役買っている。

 皆の視線を集めたデニムトンが、「う゛もうう」と鳴いた。本当に、羊なのか、豚、牛なのか、判別しづらい生き物である。

「マジか」

 片手運転に対してのものなのか、デニムトンに対してのものなのか、修二の呟きはポウル君に混ぜっ返される。

「兄ちゃん、次は俺がビリエルに代わって教えてやるよ。ウッシッシ」

「ビリエルさんな!」

 年上に敬語で話すようにと、ミーケル村長がやるのと同じように、ポウル君にぐりぐりと梅干しを喰らわす。

「ギブッ、ギブッ」

 子供とじゃれ合いながら、ふと上げた修二の目に再びのんびりと草を()む家畜の姿が映る。

「あいつら、とぼけた顔してるよな~。緊張感が感じられん」

 その廻りを囲むのは、申し訳程度の柵である。街道を挟んでいるとは言え、すぐ側に彼らにとっても危険であろう魔物の生息域である森があるのに……である。

「かぁ~、お前なあ、いくらモノを知らないからとは言え……ぷぷぷ、まあ、今まで山奥の森暮らしだったんじゃあなぁ~」

 修二の思考が声に出ていたようである。それを捉えたビリエルが小馬鹿にしたような口調で笑い、得意満面な顔で講釈を垂れる。

 森の側とそれ以外とでは、家畜の育ち方が違うのだと言う。出生率や肉付きなど、もろもろに影響が見られるのだとか。それは畜産だけに止まらない。農作物においても、発芽や根付き、生育具合が異なるのだとか。


 遠い昔には、それが分からずに、森を駆逐し、人が望むように田畑を土地に配し、家畜を育てようとした人々がいたらしい。その人々が作り上げたのが、ここからは東方に位置するユングリグと言う国である。森を切り開き、魔物の危険を遠ざけ、人種が生きる場を自らの意志のままにした。最初のうちは、良かったらしい。だが、次第に土地がやせ衰え、家畜が生気を失い、農作物の実りに陰りが見え始める。今では、砂の国と呼ばれるまでの状況になっている。

 森は危険も要しているが、恵みももたらしているのだ。

 自分らは森と共に生きていくしかないのだと、最後にはビリエルが真面目な口調で締めた。

 難く深刻な話題にありがちな無言の空気感が辺りに漂う。

「いいんだぜ。先輩って、敬ってくれても」

 教えてくれるのは有難いが、どうした訳か名状しがたい気持ちも沸きあがる。イラッとするのは何故だろう。


 ギムレイまでの街道は、ビフレスト村からの街道に比べると道幅も広く、交通量も多かった。それもそのはず、この街道を北進すれば、その先には古都ガウトラ、さらに、エリヘル、鉱山都市ギルナと続く旅路の大動脈なのである。

 固まって落ち着いた道行の大商隊や、安全をもとめてかその後にくっついて行く小荷駄の行商人もいれば、旅費を抑えるためか早足に通り過ぎる小商隊。待避所(セーフエリア)で一時的に合流することになるのかと思いきや、大商隊がその歩みに合わせて、待避所とは関係なく進むので、混み合う様子は全くない。

「宿場町みたいなのができても不思議じゃないし、街道の安全は結局、冒険者任せか」

 何度目かの宿泊地となった待避所で裕樹が納得いかなげに眉をひそめた。

「裕兄、そんなとこで黄昏てないで野菜剥き手伝ってよ」

「僕がやると皮が厚くなるけど」

「いや、自慢げに言われても……」

 裕樹的には剣と包丁は扱い(ジャンル)の違うものらしい。

 食事当番は修二の担当になっていた。

「こう材料が限られると作るのも面白味がまるでない……」

 調味料はないし、道中に山菜が()める訳でもない。見ても食べられるかわからないという理由もあるが、どちらにせよ歩き移動ではないので、ひょいと採取することも難しい。寄り道して食材探しなんてことは、商隊の本筋から外れる。

「……こう麦粥ばかりというのもさぁ」

 麦粥と肉野菜炒めの献立が続く。

 食に関して、我慢の効かない日本人である。

「兄ちゃんの飯、うんまいよ」

 ポウル君がほめるが、修二が食育を始める。

「いや、一汁三菜って言ってな。飯の他に、汁物と肉か魚の主菜に煮物とか焼き物の野菜の副菜が二品が飯の基本なの!飯だけでも、麦粥だけじゃなくて、米飯に、パン、そば、パスタやらなんやらかんやら、いろいろある訳さ」

 山登りでは一皿料理(ワンプレート)で済ますのが普通だったようだが……。

「パンか。俺、あれ、嫌いだったな。あれで、魔物が()れると思った……」

 バナナで釘が打てます的な素振りで、元冒険者のビリエルが遠い目をする。

「それって堅パンのこと?日持ちさせるために?一月二月くらいでいいなら、他にもいろいろあるよ!」

「そうなんですか」

 突然の店員Aの参戦。

「裕兄ぃ~、次の移動ん時は充分に飯の材料を準備してからにしようぜ~」


「やっぱ、冒険者がいいな」

 修二の(この世界においては)間違った常識を植え付けられ、食後の素振りに気合いが入るポウル君であった。


      ◆◆◆


 翌日、余りにも修二がぼやくので、ビリエルが“丸ウサギ”を捕獲してくる。

 憎々し気に、それ見つめる修二。

 修二に訳をしつこく尋ねるビリエルに、ポウル君がビフレスト村での修二の丸ウサギ相手の大立ち回りを漏らす(リーク)

 腹を押えて、笑い転げまわるビリエルを尻目に、修二はわざわざ豆から豆乳とおからを作り、さらに小麦粉を使って、ウサギ肉入りのルウ無しクリームシチューを作り上げた。

 もちろん、ボウル君とビリエルにはただのウサギ肉の串焼きという別メニューを用意して……。

 目を見張り、口を極めて褒めながら、シチューを頬張る店員A。

 見たことのない料理に目に涙を浮かべて、詫びを入れるポウル君。

 裕樹の執り成しもあって、クリームシチューを味わうことが叶ったが、修二を二度と裏切るまいと心に誓うポウル君であった。


      ◆◆◆


 (ヤルンヴィドの森)

 冒険者が辺りに注意を払う。

 杣人(そまびと)が樹を切り倒し、枝を払う。だが、その樹々はまだどれも若々しく建材などに使うならば、それに適した樹が周囲に見受けられた。

 尤も、樹を扱うことを生業とする彼らにそんなことを説くのは愚か者のすることだろう。建材などに使う樹々はこんなに森の深いところにまで入り込まなくとも充分に得ることができる。ヤルンヴィドの森と言うのは、鉄の森の意なのだと知れば、それも納得できるだろう。

 それならば何故にわざわざ危険を冒して、若木を伐採しているのか。

 それはこれらの樹がある物の材料に適しているからだ。

 摩素が豊かな場所で生育した樹は、細かく砕かれ、水に晒され()かれて、薄くその形を変えた後も摩素に対して親和性が高い。つまり、契約などに使われる特殊な紙の材料に適しているのである。

 しかし、森の奥でカコーン、カコーンと派手な音を立てるのは心臓に悪い。この程度の深さならば森の門番たる火喰狼(エルドガルム)の制裁対象に指定されないだろうが、他のどんな魔物の注意を引くかもしれない。

 冒険者は魔物を狩ることも生業の一つだが、通常は獲物を定めて、そのための準備を整えて、対象に挑むものである。来るもの拒まず、なんでもござれと言うような冒険者は何も知らない愚か者の烙印を押されるだろう。

「まだか。まだ必要量に足りないのか」

「これが最後の一本だ、旦那!」

「よっしゃ!冒険者は警戒に半分を残して、搬送の加工が済んだ木材を橇に積み込みを手伝えっ!」

 そんな切迫した状況を横目に、大小外套(ローブ)姿の者と大柄な黒鎧の三人組が森の奥に向かい通り過ぎて行く。

「おい、そこのアンタら!今、その(ルート)を行くのはヤバイ。何と遭遇するか分からんぞ」

 こんな場所からさらに奥地に進む物好きは冒険者くらいな者だが、声を掛けた冒険者は彼らがたったの三人と言うのも気になった。森奥の狩りならば、野営補助や獲物の運搬などのためにそれなりの人員になるものだ。それに、この先に進む(ランク)の冒険者なら、ここに向かっているかも知れない魔物との遭遇を避けて、この場を少し迂回して進むぐらいの選択をしそうなものだった。

「ちっ、アンタら、聞いてんのか!そんなことで目的が果たせるのか」

「果たすぞ。復讐を……な」

 しわがれたその声に、忠告の冒険者は次に言うべき言葉を失った。


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